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第十話 膨らむ淡い期待
サンタの家に戻ったマコは、何もする気力がなく、そのまま自室に引きこもった。
魔力のある男と契ることが、唯一、彼女が魔力を得る方法だなんて…
だが、魔力がなければ人間には戻れないのだ。
それ以外に方法はないのだろうか?
サンタ様なら、ご存知なのでは?
気力を回復するまで、ぼうっとしてソファに座っていたマコは、やっと気持ちを立て直して台所に向かった。
マコは、気もそぞろになりそうな自分をいさめながら夕食の準備をした。
昨夜は、忙しいサンタに迷惑を掛けてしまったのだから、今日は過ちをおかしたくない。
だがもちろん、傷を負っているカズマのことが心配でならなかったし、トモエ王のことも気掛かりでならなかった。
そして、魔力を得る方法も…
食事の支度が終わっても、サンタの起きる気配はなかった。
マコはサンタの部屋の前まで行って、目覚めておいでではないかと、様子を窺ってみたが気配すら感じない。
「まだ早いものね…」
マコはため息混じりに呟いた。
台所に戻ったり、またサンタの部屋の前まで行ったりと、延々と繰り返したところで、マコはまた自室に引き上げた。
ベッドに横になって目を閉じているうちに、彼女は寝てしまったらしかった。
ドアを叩く音が聞こえたように思えて、マコは目を開けた。
部屋の中は少し薄暗かった。
「マコ」
サンタの呼びかけに、マコは飛び跳ねるように起き上がった。
「サンタ様!」
マコはドアを開け、サンタの姿を見て思わず飛びついていた。
「おおっ、これは嬉しい歓迎ぶりだのぉ」
「す、すみません。嬉しかったものですから…つい」
ホッとした反動か、マコは湧きあがる涙をぬぐいながら謝りを口にした。
「さあ、台所に行こうかね」
マコはサンタと一緒に台所に入り、勧められるまま椅子に座り込んだ。
「それで、昨日はどういうことが起きたのだね?」
サンタに問われ、マコは頷いて昨日のことを早口に語った。
「それが、サンタ様もご存知の通り、カツマがカズマ様で、…彼がどうしてもゆかなければならないところがあると…その場所に着く前に、トモエ様が護衛の方々と追いかけてきていたようで…」
「それで?」
サンタにやさしく促され、マコは頷き、頭の中で話をまとめながら続けた。
「妖精国と人間国とを隔てている川の向こう岸に、人間たちがいたのです。カズマ様はその者達が、私の両親だと教えてくれたのです。対岸から、その方たちは、私の名を呼んでいました」
「そうか」
「サンタ様、あの方達は本当に私の両親なのでしょうか?」
「カズマがそう言ったのだろう?お前はそれを信じていないのかね?」
マコは恥ずかしさに囚われ、頬を赤く染めた。
「すみません。サンタ様に肯定していただきたかったのです。カズマ様の言葉を信じています。あの方たちは、私の両親に違いありません」
サンタは、小さく頷いた。
「わたしは…」
マコは口にしようとして、ためらい、もう一度サンタを見つめて口を開いた。
「私は人間なのだと…いえ人間なのです。私の両親は人間なのですから、人間でしかありえません」
「そうだな」
「私は、なぜ妖精族に?…どうしてここに来たのですか?」
「お前は、生まれたその日にある者にさらわれた。そしてその者は、お前を妖精の姿にし、妖精国に連れて来た…」
「そしてここに?」
「いや、妖精国に適当に投げ捨てたといったほうがよいだろう。その者にお前に対する愛情はなかったのだ。だが、投げ捨てたといっても、お前が死なぬことは知っていたのだよ」
「わたしは、それで、どなたかに拾われたのですか?」
「妖精国の前王がお前を救った。彼は…賢者に託された」
「け、賢者様に?」
「ああ。前王は賢者に命じられ、お前を私のところに連れて来た」
「そうだったのですか…」
「お前が十歳になるまでは、ある女性がお前の世話をここで焼いていた」
女性?
マコは眉をひそめた。
「そんな方がいた記憶は?」
「ないだろうな。十歳を境にその者はここに来られなくなった。わたしらには十年が精一杯だったのだよ」
マコは、サンタの語る意味が分からず瞬きした。
「あ、あの、どういうことか?」
「いずれ、お前は思い出すだろう。それよりも、カズマとトモエはその後どうしたのかな?」
「ああ、そうでした。カズマ様は、トモエ王に忘却の魔法というものを掛けられておいでだったようです。姿がカズマ様に戻られた時に、その魔法が解けたようでした」
サンタの相槌をもらい、マコはまた話し続けた。
「カ、カズマ様は、トモエ様の護衛兵に背中を切りつけられて…。王は魔法で、カズマ様を川向こうに吹き飛ばしておしまいになったのです」
改めて起こった事実を口にしているうちに、マコの背筋に激しい恐れが這い上がってきた。
「カ、カズマ様は、本当に大丈夫なのですよね?」
「ああ。心配いらない」
やさしく口にされたサンタの言葉に、マコは安堵し、止まらない震えをなんとかなだめようとした。
「サンタ様。私はどうすれば人間に戻れるのでしょうか?」
「魔力が必要だ」
マコは言いようもないほどに気落ちした。
やはり…魔力…
「サンタ様の魔力で…」
「いや、誰でもない、お前の魔力でなければならない」
「わ、私には…魔力などありません。それとも、私が魔力を得られる方法とか…あるのですか?」
マコは望みを託して、必死の眼差しをサンタに向けた。
「ひとつだけある」
ひとつ…その言葉に、落胆が痛いほど心を締め付けた。
そ、それはどんな?
その問いは口に出来なかった。
恥じらいもあったが、サンタの返事によって、落胆の傷をえぐるだけだ。
「さあ、居間に行こうかの?」
そう促されて顔を上げたマコは、慌てて立ちあがった。
いつの間に用意したのか、サンタはお茶の用意をしたトレーを手にしている。
「お茶ならば、私がいれましたのに…」
マコは手を差し出し、サンタからトレーを受け取った。
「客人がおいでなのだよ」
え?
マコは目を丸くした。
「ま、まあ、少しも気づきませんでしたわ。サンタ様、申し訳ありません」
彼女が眠っている間に、誰か来ていたなんて…
「行こうかの」
「あ、あのサンタ様?」
先に歩いてゆこうとするサンタに、マコは慌てて呼び掛けた。
「お客様とは…どなたなのですか?」
一瞬、カズマではと思ったマコは、急いでそのありえない期待を打ち消した。
「炎の魔女だよ」
「炎の魔女?」
初めて聞く名だった。
魔女?つまり、魔法が使える女性ということだ。
マコの胸に、淡く期待が膨らんだ。
そのお方ならば、彼女が魔力を得る別の方法を知っておいでかもしれない。
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