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第九話 哀しい決別
魔力を得るためにはどうすればいいのか?
頭の中はそのことばかりだった。
昨夜お忙しかったサンタ様は、もちろんまだ寝ておいでだ。
家の中は、まるでマコしか存在しないかのような静寂に包まれている。
マコはサンタ様の部屋の前まで行き、しばらくの間、ドアをじっと見つめた。
そうしていれば、サンタ様が気づいて、ドアを開けてくれるのではないかという、淡い期待から…
当然のことだが、ドアは開きはせず、サンタも姿をみせてくれることもなかった。
マコは落胆からため息をつき、その場を離れ、自室に戻った。
ベッドに座り、けだるさを感じてマコは身体を横に倒した。
どうすればいいのだろう?
サンタ様に尋ねれば、魔力を得る方法を教えてくださるだろうか?
彼女が人間に戻るためには、魔力が絶対に必要なのだ。
魔力を得て人間に戻り、人間国に行かなければ、深い傷を負っているカズマには会えない。
マコは両手で頭を抱えた。
身体の中心から悲しみがこみ上げ、涙が溢れた。
何もかもが不可能…そうとしか思えず、零れ続ける涙が抑えられない。
傷が癒えさえすれば、カズマはマコに会うために、また妖精国にやってこようとするかもしれない。
だが、この国は王であるトモエに統治されている。
彼の許可無くして、不法にこの国に入国するというのは難しいことだろうし、もしそうできたとしても、命が危ういほどの危険が伴うに違いない。
マコは、これまでマコに対してやさしかったトモエの護衛兵たちのことを思い出して唇を噛んだ。
気さくないい人ばかりだった…なのに、なのに…
あの彼らが、カズマを…
トモエ王のためならば、彼らはなんだってするのだろう。
彼らは、王に命を捧げるほどの忠誠を誓っているのだから…
あの時の惨劇を思い出し、マコは震えた。
激しく震える手を、マコはぎゅっと握り締め、なんとか自分を落ち着かせようとした。
大丈夫、大丈夫。カズマは生きている。
サンタ様がそう肯定してくださったのだ。
いつか逢える…必ず…
そう思っても、カズマを求める気持ちは抑えられなかった。
逢いたい…彼に逢いたい…
そしてこの目で、無事な姿を確かめたい。
トモエ王に…会いに行ってみようか?
その考えはふいに浮かんだ。
マコはそんなことを考えた自分を愚かしいと思ったが、思い浮かんだ考えは、気味が悪いほど彼女の心に取り付いて捨て去れない。
いったい…?
確かに、トモエ王に頼むなど、無謀なことかもしれない。
けれど他に、マコに出来ることがあるだろうか?
マコは無意識のうちに立ち上がり、家の外に出るとスノーを呼んでいた。
まるで操られているかのように、マコはやってきたスノーの背に跨ると、サンタの家を後にした。
スノーはいつものように、迷いなく疾走した。
城へとまっすぐに向かうつもりだったのだが、きこりの家へと続く別れ道まで来て、彼女はスノーを止めた。
あの池?
あそこにゆけば、何か分かるのではないだろうか?
あそこは、とても不思議な場所だった。
この妖精国の、どの場所よりもカズマと縁があるはずだ。
あの場所は、魔法に包み込まれているような…いや、まるで魔法で作られたもののような…そんな場所なのだ。
スノーは、マコが命じる前にゆっくりと走り出した。
「スノー?」
呼びかけると、スノーは分かっているというように、柔らかにいなないた。
隠された入り口のところにやってきたマコは、スノーから降りて、森と対面するように立った。
カズマがいなくても、入れるだろうか?
マコのその懸念を笑うかのように、あの不思議な光が現れた。
「我は問う。おぬしの名は?」
マコは安堵で涙が出そうになりながら、「わたしは、マコです」と震える声で答えた。
幻の小道は、これまでと同じにマコの前に姿を現した。
マコはごくりと唾を飲み、スノーと並んで小道へと足を踏み出した。
池のある開けた場所は無人ではなかった。
恐れに囚われたマコは、麻痺したような足を引きずるようにして後ずさろうとした。
「マコ」
トモエ王には、不自然なほど驚きはなかった。
ただ、ひどく打ち沈んだ表情でマコをみつめている。
ここにマコが来るのを、まるで知っていたかのようだ。
「ど、どうして?」
彼は、城にいるのではなかったのだろうか?
ブラックに乗って現れた不思議な人物は、そう言っていたのに…
「ブ、ブラックは?」
マコの問いに、トモエの瞳が暗く翳った。希望を無くした者の目のようだ。
「いなくなった…私はあいつに見捨てられたのかもしれない…」
いまにも泣きそうなトモエ王の表情に、マコの胸に疼くような痛みがさした。
「トモエ様」
「私のしたことを恨んでいるだろうな」
マコはなんと言っていいのか分からず、黙っていた。
「だが、私は…そうせずにはいられなかったのだ」
トモエ王は、ゆるく首を振った。
「いや、そうするようにさだめられていたという表現の方が正しいだろう」
「トモエ様?」
肩を落としたトモエは、首を回して水面を見つめた。
「魔力…」
水面に向かって、トモエは言葉を投げかけた。
「魔力があれば、君は人間になれる」
「わ、わたしは、やはり、人間なのですね?」
トモエ王は長いこと沈黙していたが、最後にぽつりと「知らない」と言った。
「ですが、わたしは…」
「マコ、わたしは知ることを許されていないんだ。私の中には…」
知ることを許されていない?
「魔力を得る方法は、あるのですか?」
「ある」
トモエ王の返事に、思わず目を見開いたマコは、期待に胸を躍らせて両手を握り合わせた。
「いったいどうすれば?」
答えを求める思いの強さに、マコは思わずトモエに一歩近づいていた。
「魔力を持つ男と…契りを交わせば…君は自然に魔力を持つようになる」
契りを交わす…?
その意味はすぐに分かった。
マコが身動きするより早く、トモエ王が動き、マコは彼の手の中にいた。
「トモエ様、離してください!」
マコが狼狽して叫ぶほどに、トモエはきつく抱きしめてきた。
トモエ王の表情は、邪悪というしかないほど凶悪なものに変化していて、マコは恐怖に駆られた。
「いやあっ!」
「魔力が欲しいんだろう?私と契れば、君が喉から手が出そうなほど欲しがっている魔力を得られるのだぞ」
トモエはぎらぎらした瞳でそういうと、マコの顎に手を掛け、顔を寄せてくる。
マコは彼女に出来うる限りの力で、トモエの身体を押し返した。
「やめてください。離して!」
マコは足がもつれ、トモエもろとも地面に倒れた。
「やめてぇ!」
力ではトモエ王には敵わない。
絶望に駆られたマコの目から涙が溢れた。
いま彼女を無理やりに組み敷いているのは、長い間彼女が慕ってきたトモエではない。
スノーがいなないた。
ひどく哀しげないななきだった。
スノーは地面に転がっているふたりに顔を寄せてくると、トモエの横腹を鼻先でぐいぐい押しはじめた。
スノーを見つめた王の表情が変わった。
「スノー…」
スノーはトモエ王を諭そうとするように、彼の頬にそっと鼻面を押し当てた。
やさしく切なくなるほど愛の籠もったしぐさだった。
トモエは身体を横に転がしてマコから身を離し、地面に仰向けになった。
「行け!」
突き上げるような悲しさがその言葉にはあった。
もうトモエ王に危険なものは感じなかったが、マコは必死に起き上がり、スノーの背に飛び乗ると同時に、小道へと駆け出した。
哀しかった。…哀しくてならなかった。
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