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第八話 手の掛かる愛弟子
「ジェライド殿。ち、ちょっとお待ち下さい」
スタスタと歩を進めていたジェライドは、セサラサーに腕を取られて、足を止めた。
「こ、ここに、入るんですか?」
セサラサーは、こわごわと目の前の塔を見つめて尋ねてきた。
「そうだけど…初めてかい?」
「もちろんですよ。ここは賢者の塔。誰でもが入れる場所ではありませんよ」
「君は賢者の見習い。入る権利が与えられてる。まあ、三階までだけどね」
塔は楕円系で、かなりの高さがある。薄灰色のすべすべとした外壁の塔だ。
日光の当たり具合では、かなりの距離まで光を放つ。
入り口には塔を守護するように、杖を手にした賢者が両脇にふたり佇んでいる。
ジェライドはまだ渋っているセサラサーを連れて、彼に向けて深々と頭を下げてきた賢者たちに手を上げて応え、中へと入った。
「いったいここに何の用事があるんです?」
セサラサーは酷く声をひそめて問いかけてきつつ、きょろきょろと周りを見回している。
「言ったろ。君に賢者もそう悪くないってことを教えるために来たんだよ」
ジェライドはすれ違った賢者に「どうも」と挨拶しつつ、目的の場所へと足を速めた。
一時間半後には、テレポ係として騎士館に行かなければならないのだ、ぐずぐずしていられない。
塔のほぼ中央にある丸い柱の前に近づいたジェライドは、柱の手前に立っている棒状のものの先端に手を伸ばした。
先端には、拳ほどの大きさの青い石がついていて、ジェライドが触れた途端青く光った。
「そ、それはなんですか?」
セサラサーが聞いてきたと同じタイミングで、目の前の壁に大きな穴が開いた。
「お、お、おっ」
かなりぎょっとしたらしく、セサラサーは腰が引けたような滑稽な姿で叫んだ。
「セザ、ほら、入って」
先に穴の中に入ったジェライドはセサラサーを呼んだが、セサラサーは顔を引きつらせているばかりで、変な格好のまま動こうとしない。
「セサラサー。来ないと置いて行くよ」
セザと呼ばずに、わざとセサラサーが嫌っている名で呼んだというのに、セサラサーは異議ひとつ唱えず、びくついたまま口を開いた。
「行ってください。俺、いいです」
ジェライドは、セサラサーをじっと見つめた。
「聖騎士を目指していた男の言葉とも思えないね」
「気味が悪いんですよ。いったいこの部屋はなんなんです。何にもないじゃありませんか。そこに入ったら、そののっぺらぼうな部屋の中に、閉じ込められるんでしょう?」
「上の階に行くだけのことだよ。ちょっと変わった乗り物だと思えばいい」
「普通に階段はないんですか? 俺は階段で行きますよ」
「この塔に階段はない。移動手段はこれだけだよ」
「お、俺は…」
ジェライドは心の中でため息をついた。
この思ってもいなかった臆病ぶりに呆れ、もうかまうのをやめようかとも思ったが、確かにこの乗り物は、初めて見る者には、気味がいいとはいえない代物なのかもしれない。
「セザ。僕は大賢者だが、弟子などひとりも持ったことがない。もし、君がこの乗り物を征服できたら、僕の愛弟子にすることを考えないでもない。そして、君がこの乗り物を拒むなら、もう二度と僕は君に声を掛けることはないだろう」
セサラサーは顔を歪めた。
彼はごくりと唾を飲み込み、目を瞑った途端、ものすごい勢いで突進してきた。
「ストップ、ストップ、セザ」
そう声を掛けたが、セサラサーは壁にぶつかってしたたか頭を打った。
「うおっ、おっ」
両手で額を押さえてしゃがみこんだセサラサーを見て、ジェライドは首を横に振りつつ壁に手を当てて、「ヴォール」と口にした。
穴が塞がったと同時に、身体に微かな圧が掛かり、またすぐに穴が開いた。
「ほら、大丈夫かい? セザ、行くよ」
「へっ、行く?」
顔を上げたセサラサーは、よほど痛かったのか右目から涙を零していた。
セサラサーは意味が分からないというような顔をしつつも、すでにジェライドが穴の中にいないのを見て、凄まじい勢いで立ち上がり、穴から飛び出てきた。
無人になった穴はすぐに塞がり、のっぺらぼうの柱に戻った。
「ジ、ジェライド殿。いったいなんだったんです?」
「何が?」
「ですから…」
周囲の景色に目を向けたセサラサーは、目をパチパチさせた。
「こっ、ここはどこです?」
「もちろん、二階だよ。ほら、こっちだよ」
自分が額の痛みに涙を零している間に、二階まで上がってきていたことに、気づかなかったらしい。
「ど、どこに?」
おたおたしてばかりで、なかなかついてこないセサラサーにジェライドは振り返り、顔をしかめた。
「いいかい、セザ。僕は忙しいんだ。君の相手が出来る時間は限られてる。ここは確かに君にとって驚きの場だろう。だか、もう時間を無駄に浪費するのはやめてくれないか? ついてこなければ置いてゆくからね」
厳しい声で言い渡したジェライドは、言葉のとおり、後ろに振り向かずに目的の部屋に急いだ。
なめらかな壁が続く通路を迷いなく歩き、ジェライドは立ち止まって壁に手を触れた。
また壁に穴が開き、彼は中へと入った。
ただ広い部屋の中にはひとりの賢者と賢者の修行者が十人ほどいて、入ってきたジェライドの姿に驚きの表情をしつつも、すぐに姿勢を正して頭を下げてきた。
「大賢者ジェライド。この部屋をお使いですか?」
「ああ。邪魔をして申し訳ないけど、ちょっとスペースを借りるよ」
セサラサーの様子を窺ってみると、部屋の中に入ってきていたものの、居心地悪そうに立ち尽くしている。
「私どもは、場を外しましょうか?」
セサラサーに目を向けた賢者は、控えめにそう申し出てきた。
修行者達は、賢者の後ろで行儀よく整列している。
「いや、そんな必要はないよ。君らの方が先客なんだ。私に気を使わないでくれ」
「よろしいのですか?」
「いいんだ。僕は、彼とちょっとしたものを作りに来ただけだから」
ジェライドの言葉に、賢者は興味を持ったようだった。
「もし、お差し支えなければ、何を作られるのか教えていただけますか?」
「かまわないよ。見学したければ、好きに見てるといい」
賢者は幸運を手にしたもののように嬉しげな笑みを浮かべ、自分の弟子らしい後ろに控えている修行者たちを手招いた。
「大賢者ジェライドから許しをいただいた。大賢者様の技を見せていただく機会はそうそうない。ジェライド様の邪魔をしない位置で見せていただくように」
「はい」
賢者の言葉に、全員、緊張した声を揃えた。
「ほら、セザ。始めるよ」
ジェライドから声を掛けられたセサラサーは、まるきりありがたくなさそうに、大勢の注目を浴びつつ歩き寄ってきた。
ジェライドは壁に歩み寄り、ひとつの取っ手を掴んで引っ張った。
引き出しの中には、たくさんの棒が入っている。
ジェライドは太さを調べつつ、数本の棒を取り出した。
「ほら、セザ、持ってみて」
「これは?」
「杖を作るんだよ。君には太いほうがいい。手に持ってしっかり握り締められるなら、この一番太いのにしようと思うけど、どうだい?」
セサラサーは、ジェライドに言われるまま、一番太い棒を握り締めた。
「ちょっと離れてください」
ジェライドは、見学している者達に手を振って下がるように命じ、セサラサーの前に立った。
「セザ、こう構えて、渾身の力で握り締めるんだ。防御の魔法を忘れずにね」
戸惑いながらも、セサラサーはジェライドの指示通りに棒を構えた。
ジェライドは宙から取り出した杖で、思い切りセサラサーの持つ棒を叩いた。
「うわっ」
セサラサーは声を上げたものの、棒を落としはしなかった。
「大丈夫みたいだな?」
ジェライドは独り言のように言いながら、セサラサーから棒を取り上げて点検した。
「ジェライド殿?」
棒を調べている最中だったジェライドは、セサラサーの呼びかけに、上の空で「うん?」と返事をした。
「い、いえ…」
ぶつぶつと不服そうな声を出したセサラサーは、手のひらをゴシゴシ擦り合わせながら、黙り込んだ。
「あ…セザ、君の手は大丈夫だったかい?」
丈夫そうなセサラサーだが、先ほどの一撃はちょっと激しすぎたかもしれない。
「は?」
「ヒビは入ってないかな。ちょっと見せて」
ジェライドはセサラサーの手のひらに手を当て、癒しを発した。
「どう?」
「は、はあ、ビリビリした痺れがありましたが、もう感じません」
「すまない。ちょっとやりすぎた。けど、手に馴染むかってことと、強度を知りたかったんだよ。ごめん」
ジェライドはそう謝罪を口にしつつも、ポケットに入れていた、シャラの木の空っぽの玉を使いつつ、どんどん棒を加工していった。
興味を惹かれて、賢者と修行者たちはジェライドを囲むように、さらに寄ってきていた。
みんなジェライドの手技を、食い入るように見つめてくる。
「どうしてそんなことが出来るんです?」
そう驚愕したように聞いてきたのは、セサラサーだ。
「賢者だからね」
「賢者とは、こんなことが出来るものなのですか?」
「言ったろ。君に賢者も悪くないってことを証明してあげるって。ほら、まずはこれでいい。使いながら、もっと使い勝手がいいように加工してゆけばいいからね」
「この杖がどんな役に立つんですか?」
「まだなんの役にも立たないよ。仕上げはこれからだ」
ジェライドは、セサラサーに杖らしい形状となった棒を手渡した。
「セザ、君の利き手は左手だったね。この部分に右手を当てて、左手はここに」
セサラサーが両手で持った棒を、ジェライドは水平にし、自分は杖の両端に軽く手を添えた。
「電の魔力だ。電だけ。それ以外を混ぜたら純度が悪くなり、それだけ質が悪くなる。いいかい、純度百だ。セザ、出来るね?」
「電…だけですか?」
電の魔力は、セサラサーのもっとも大きな魔力。だが、それだからといって純度百の魔力を出すのは簡単なことではない。
「セザ。チャンスは一度。もし、電の純度百の魔力をこの杖に必要量込めることが出来たら、明日、私とともに、バッシラ族制圧に参加する許可を与えよう」
セサラサーは目を見開いた。
「ほ、ほんとうに、戦に、参戦させてもらえるんですか?」
「ああ、これが出来たらね。純度百。行くよ」
顎に力を入れて、これまでにない真剣な目で固く頷いたセサラサーは、自分の手に意識を集中した。
ジェライドはセサラサーの魔力の動きを透視しつつ導いた。
セサラサーの両手がぼんやり光を発し、ピリピリと辺りの空気が振動し始めた。
ジェライドはセサラサーから発している電の魔力が四方に飛ばないように、シールドを張った。
杖の中へと魔力が注がれてゆき、どんどん凝縮してゆく。
その様をしっかりと見ることのできる賢者は、感銘を受けつつ凝視している。
修行者の中にも数人、魔力の動きを目で見ることの出来る者もいて、驚きとともに目を見張っていた。
電の魔力を発しているセサラサーには、杖が自分の内部の電の魔力を無尽蔵に飲み込んでゆくように感じられているに違いない。
時間が経つごとに、セサラサーの額から汗が滲み、滴り落ち始めた。
「いいだろう」
ジェライドのようやくの言葉に、セサラサーは一度、了解を取るようにジェライドの瞳を覗き込み、それからゆっくりと手を離した。
杖は両端にジェライドの手が添えられているように見えるものの、実際は宙に浮いている。
ジェライドは宙に浮いている杖の周りでゆっくりと手を動かし、シールドを杖の表面に固く塗りつけた。
必要なこと全てをやりおえて、ジェライドは両手を下ろした。
なんの支えもなくなった杖は、当然落下し、床に跳ねつつ転がった。
「ジェ、ジェライド殿、杖が壊れてしまいますよ」
慌てたようにセサラサーは杖を拾い上げ、傷がないか点検し始めた。
「セザ、床に転がったくらいで傷ついたり壊れるような杖など、戦闘の役に立たないよ」
「戦闘?」
「もちろん、もう分かってるだろ。これは電撃の杖だ。超破壊力のあるね」
「電撃の?」
「この杖の凄さを君が知るのは、まだまだこれからだよ」
腕を組んだジェライドは、セサラサーに向けて、にやりと笑った。
周囲でいくつものため息が聞こえ、ジェライドは見物していた賢者に振り向いた。
「それじゃ、僕等はこれで帰ります。場所を貸してくださってありがとう」
「いえ。こちらこそ、素晴らしい秘技を見せていただき、ありがとうございました」
感嘆したように賢者が言い、全員から深々と頭を下げられ、ジェライドは照れを感じて急いで部屋を出た。
「師匠は、凄いんですね」
賢者の塔から出て歩き出した途端、これ以上ないほどの笑顔でセサラサーが言った。
「師匠?」
セサラサーに怪訝な目を向けたジェライドに、セサラサーがにっと笑った。
「先ほどの技は、本当にびっくり仰天でした。みんなも酷くびっくりしていたし…愛弟子としては、師匠、鼻が高いですよ」
「セザ、あれは君が…」
弟子などと言ったのは、あの場限りのでまかせだったのに…
ジェライドは、満ち足りているセサラサーの魂を感じ、口を閉じることにした。
ひとりくらい手の掛かる弟子がいても、いいかもしれない。
ジェライドは、子どものような無邪気な笑顔で、杖を剣のようにブンブン振り回しているセサラサーを見つめ、笑みを零した。
「やあーーっ!」
そのどでかく野太い掛け声とともに、いつの間にか光を発している杖を、凄い勢いでセサラサーが前方に振り出したのを見て、ジェライドはぎょっとした。
不味いと思った瞬間、杖から強烈な電撃がほとばしり、正面の騎士館の二階の壁に、爆音とともに大きな穴が開いた。
「あ」
とんでもないことをしでかした犯人は、そんな気の抜けた声を出し、顔を引きつらせているジェライドに振り返ってきた。
「師匠。逃げますか?」
手が掛かりすぎだ…
ジェライドは、ため息をつきつつ頭を掻いた。
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