白銀の風 アーク

第三章

第九話 魔法の首飾り



まったく、男のひとなのに、なんて憂い顔をするのだ。

沙絵莉は深く息を吸い込み、心臓が口から飛び出ていかないように、胸に手を当てて鼓動を静めようとした。

「わ、わかったわ。…まだちょっと、不服だけど。信じてあげるわ」

すでに来てしまっているのだし、あまり深刻に考えても、いまさらだという気がしないでもない。

もちろん、こんな風に、簡単に納得してしまっていいのかわからないけど…

なんにしても、とんでもなく珍しい場所に来ているわけで…

せっかく来たのなら、見物して回らなきゃ、もったいなくないかしら…

「お祭りに連れて行ってくれるんでしょ?」

沙絵莉の言葉に、アークはほっとしたような笑みを浮かべた。

「ああ」

頷きながら、アークはポケットに手を入れて何か取り出した。

彼女が見つめていると、帽子だったらしく、すぐに頭にかぶった。

ずいぶんと変わった形の帽子で、後ろは襟足までの長さがあり、つばも深く垂れ下がっていて、彼の顔は鼻の中ほどまで隠れて見えない。

彼の銀色の髪も、すっかり見えなくなってしまった。

紺色の帽子ですっかり頭部が包まれてしまったアークを見て、彼女は思わず吹き出した。

「そんなにおかしいか?」

少し不安そうに聞かれ、沙絵莉は首を横に振った。

「そうでもないわ。ただ、ちょっと見慣れないデザインだから」

「そうか」

帽子に隠れていないアークの唇を見つめていた沙絵莉は、彼が何か差し出してきたのに気づいて、視線を下に向けた。

いつ取り出したのか、アークの手のひらの上に、丸い玉のついたアクセサリーのようなものが載っていた。

もしや、これも、魔法で取り出したのだろうか?

「どうやって出したの?」

不思議な気分で問いかけた沙絵莉に、アークは首を傾げた。

「どうやってって、ポケットから出したんだが…」

ポ、ポケット?

「あ、な、なんだ、そうなの」

魔法使いだからと、考えすぎてしまったらしい。

思わず笑いが込み上げ、沙絵莉はくすくす笑いながら頬を赤らめた。

この世界のアクセサリーだろうけど…

もしやアークからのプレゼント?
もらえるのだろうか?

透明なビニール製みたいな紐に、透明な玉がついていて、日光を反射して、虹色というか、色が複雑に変化して見える。

ガラス玉とかではないのだろう…たぶん…

「不思議な色合い…あなたの瞳みたい…」

「私の?」

「ええ」

沙絵莉は頷き、つばに隠れて見えないアークの瞳を、つばの下から覗き込んだ。

彼女は思わず息を呑んだ。

帽子の中で、光が遮られているのに、彼の瞳がはっきりと見えたのだ。

まるで、瞳の中で、無数の銀色の星がきらめいているかのようだ。

「あ、あなたの瞳…」

沙絵莉は感嘆して、知らぬ間に言葉を口にしていた。

彼女の瞳を見つめ返していたアークは、沙絵莉の反応に、どう思ったのか目を細めた。

「変わっているからな…私の瞳の色は…」

「変わってるの?」

彼女の問いに、アークはぐっと眉を寄せた。

「変わっていると、君も思ったのだろう?」

「ここのひとは、みんなあなたと同じなんじゃないの?」

「いや…同じではない」

「そうなの。それじゃ、青とか、緑の瞳のひともいるわけね?」

「そうだ」

ここの住人は、みな魔法が使えるひとたちなのだ。青や緑といっても、アークのように、きっと不思議な感じなのに違いない。

「嫌か?」

アークの問いの意味が分からず、沙絵莉は首を捻った。

「何が?」

「いや、私の瞳だが…」

「とても綺麗よ」

沙絵莉の言葉は、アークを戸惑わせたようだった。

男の人なのだし、瞳が綺麗などと女性から真顔で言われたら、戸惑うのも当然かもしれない。

彼女は、アークの手の上に載っているアクセサリーに視線を向けた。

プレゼントを催促するようで、どうかと思ったが、沙絵莉は指をさし「あの…これは?」と尋ねてみた。

「あ、ああ。これは君に。これを身につけておくと、ここの言語が理解できるから」

そう聞いて反射的に頷いたものの、沙絵莉はあることに気づいて、彼に顔を向けた。

「あなたとは会話できてるわ。あなたは日本語が話せるの?」

「ニ・ホンゴ?」

「え、ええ」

思わずそう返事をしたものの、沙絵莉はきゅっと眉を寄せた。

彼は、これを身につけると、ここの言語が理解できると…いま…

あっ、そうか。

「わかったわ。これって、魔法の翻訳機なのね? あなたも、これと同じのをつけてるんでしょ?」

アークは、少し考えてから、首を縦に振った。

「まったく同じものではないが、そうだ」

やはり、これは魔法の首飾りということなのだ。

「これを身につけているだけで、言語を理解し合えるの?」

「ああ」

さもあろう、違う世界ならと納得してしまうあたり、なんだか尋常じゃないが…

「サエリ」

目の前に首飾りを差し出され、手に取った彼女は目の前まで持ってきて、マジマジと見つめた。

「これ、どうやってつければいいの?」

「頭から…」

「けど、これ、輪が小さい…あっ…なんだ伸びるのね」

ゴムのような弾力があるわけでもないのに、輪になった紐の部分を伸ばすと、簡単に伸びた。

「ど、どうしよう。伸ばしすぎちゃったわ」

五十センチほどの幅まで伸びてしまった首飾りを見つめ、沙絵莉は顔を引きつらせた。

「サエリ、大丈夫だ。元に戻る」

その言葉とともに、アークは沙絵莉の両手をぐっと近づけた。

「わわわっ」

確かに、首飾りの紐は元通りになっている。

「ど、どうなってるの、これ?」

驚きに駆られた彼女は、興奮して首飾りの不思議な伸縮ぶりを何度も試した。

くすくす笑う声に気づき、沙絵莉は動きを止めて、笑っているアークに目を向けた。

「だ、だってぇ、不思議なんですもの」

「君の国も、不思議なものだらけだぞ」

「えっ? 不思議なものだらけ? そんなこと…」

「親しんでいるものは、不思議には感じないのさ。さあ、サエリ、ともかくそれを首に下げて。祭りに行こう」

そうだった。これからふたりで、祭りに行くのだ。

異世界の祭り、いったいどんなだろう?

花の祭りだというからには、花がいっぱいなのに違いない。
そしてもちろん、不思議もいっぱいなのに違いない。

「ねぇ、ドラゴンなんてのも、いたりするの?」

「ドラゴン? それはいったいなんだい?」

その反応からみると、どうやらこの世界にドラゴンはいないらしい。

ファンタジーの定番なのに…

まあ、ファンタジーってのは、現実離れしすぎてる。

魔法はあっても、ここは現実の世界なのだ。

アークだって、見たところ普通の人間。

妖精や小人なんて、幻想世界的な存在などは、さすがにいないんだろう。

そんなことを真面目に考えてひとり納得しつつ、沙絵莉は首飾りを首に下げ、玉に指先でそっと触れてみた。

柔らかな温かみを感じる。

「サエリ、その玉は、服の下に隠してくれるかい」

「どうして?」

「人目を引きすぎるんだ。この玉そのものが珍しい品だからね。君も、人からじろじろ見られたくはないだろう?」

へぇ〜。これって、珍しいものなのか?

外から見えないように玉を服の中にしまいこんだところで、アークが手を差し出してきた。

彼の手を握り締めた途端、この世界に突然飛んできたことが頭に浮かび、彼女は手を繋ぐことにためらいを感じて顔を上げた。

「下町の祭りでいいかい?」

そんな風に問われても、沙絵莉には、この世界のことは何ひとつわからないのだ。

「あなたがいいと思うところを、案内してくれればいいわ。…あの、またテレポーテーションをするの?」

「ああ。…目的の場所はかなり遠いからね。テレポは、そんなに嫌かい?」

どうやら、テレポをするしか道はないらしい。

沙絵莉はためらいを捨てて、彼と手を繋いだ。

「サエリ、これから町中へテレポで飛ぶが、そこでは、私の名はけして口にしないで欲しい」

「なぜ?」

「その、ちょっとばかり、まずいんだ」

まずい?

「あなた…もしかして…」

「うん?」

「何か悪いことをして、指名手配とかされてるの? それで、帽子で顔を隠してるんじゃないの? アーク、あなたってば、いったいどんな罪を犯したの?」

もしや、珍しいというこの玉も、どこぞで盗んできたものだったりするのではないだろうか?

そんな疑いを本気で考えて口にしたのに、アークは冗談と取ったらしく、愉快そうに笑い出した。

「そう実は、監獄から昨日脱走したんだ。警備兵の奴らに追われている」

声を潜めてそんなことを囁かれ、沙絵莉は混乱した。

「まあっ、何をやったの?」

「秘密だ」

彼が満面の笑みを浮かべた途端、沙絵莉はまた、表現できない不可思議な感覚に襲われていた。






   
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