白銀の風 アーク

第六章

第一話 豪胆な言葉



クコティーを味わいながら、アークは彼の前に座っている母を見つめた。

いつも穏やかなサリスだが、今朝はことのほか機嫌が良いようだ。

フンフンとハミングしている歌は、母の生まれ故郷の歌だ。

久しぶりに聴いた気がする…

「懐かしいですね」

テーブルにカップを置き、アークは母に言った。

「そうかしら…けっこう口ずさんでいるように思うのだけど…」

「そうだ。祖父母に、この最近お目にかかっていないな」

「母も、貴方に逢いたいと言っていたわよ」

アークは頷いた。

サリスは、頻繁に祖父母に会いに行っている。

テレポで飛べは、いますぐでも会いに行けるのだが…すぐに飛んで戻るというわけにはゆかない。

母は娘だからそれも通用するのだが、アークやゼノンが行く場合は別。

母の生まれた民族は、客人は手厚くもてなすのがしきたりとなっていて、気楽に顔を出してすぐに帰るとは言えないのだ。
それで、ついつい足が遠のく。

親戚を総動員して歓迎の宴をするのだからなぁ〜。

そう考えたアークは、今日行われることになった歓迎の宴のことを思い浮かべ、顔をしかめた。

「アーク、どうしたの?」

「いえ…今日の歓迎の宴が気になって…」

「ええ、ほんと楽しみだわぁ。もうすぐサエリに会えるのねぇ」

サリスは、夢見るように瞳をキラキラさせつつ宙に目を向ける。

どうやら、母の機嫌のよさはサエリに会えるという期待感からのものだったらしい。

「ねぇ、アーク?」

「なんですか?」

「彼女は何色が似合いそう?」

「似合う色? そうですね…あの、母上、何のために…」

「歓迎の宴で着るドレスを用意してはどうかと考えているの」

「ドレス?」

「ええ、サエリがここに来てから選びにいく暇があるのなら後でもいいのだけど…そんな時間はなさそうでしょ?」

アークは眉を寄せた。

「母上、サエリは自分の衣服で充分だろうと思いますよ。私もこれで出るつもりですし」

「まあ、そんなわけにはゆかないわ。宴は公式なものなのよ」

公式という言葉に、アークはぽかんとした。

「は? 公式? 今日の歓迎の宴が、ですか?」

「ええ。賢者達はそのつもりで歓迎の宴の準備をしているわ。貴方が着る公式の服ももうすぐ出来上がると…」

サリスから聞かされた話に驚いたアークは、慌てて立ち上がっていた。

「母上、ち、ちょっと待ってください」

公式の服だと?

「もうすぐ出来上がるとは…まさか、いま作っているとでも?」

「ええ、聖賢者の式服を、貴方は必要ないと言って、作っていなかったでしょ?」

「聖賢者の式服など着るつもりはありませんよ。それに、公式だなんて話、私は聞いていませんよ。簡素な歓迎の宴で充分と…」

「サエリを歓迎する宴なのよ。公式な宴で、貴方の将来の妃を皆様に…」

「皆様って誰のことです?」

痛みを感じる頭を抱え、アークは問いかけた。

母親の隣に座っているゼノンは、アークと妻のやりとりを聞いているものの、一言も語らない。

「もちろろん国王に王妃、それから大賢者達と大臣達。騎士団の…」

「馬鹿な。そんな大袈裟な宴に彼女を連れて行くつもりはありませんよ」

遊びに来ないかと誘っただけなのに…

歓迎の宴に、国の重要人物が全員揃っていたのでは、彼女は怯えて、二度とこの国に来なくなるかもしれない。

「止めさせなければ…」

ポケットに手を入れたアークは、即座に歓迎の宴が執り行われる場所に行こうと玉を握り締めた。

「母上、宴が催される場所を知っていますか?」

「あら…そう言えば聞いていないけど…」

母の言葉に、苛立ちが湧き、アークは父にむっとした目を向けた。

「父上?」

「知らぬな」

「サエリを歓迎する宴なのに、場所も知らせてこないとは…我々が蚊帳の外に置かれているなんておかしくはありませんか?」

「別にそんなつもりじゃないと思うけど…」

そんな母の言葉は、頭に血が上ったアークの耳には入っていなかった。

宴の主催者は、パンセだろうか…?

まずはジェライドの元に…

アークは眉を寄せた。
パンセもジェライドの気も感じられない。

聖なる地にいても、感じることは出来るはずなのに…

「どうやら大賢者の間にいるようだな」

「大賢者の間に?」

アークはおうむ返しに聞いた。

大賢者の間にいるのでは、アークでは彼らの気を感じることはできない。

「大賢者の面々が集まって…悪巧みでもしておるのかもしれぬな」

「父上」

アークは愉快そうに語る父に、咎めるように呼びかけた。

悪巧みというのは、ゼノンの冗談に過ぎないが、サエリが来るという日に、大賢者が顔をつき合わせて話しているなど…いったい何を話しているのか?

大賢者達の動向も気になるが…宴の準備の方は、いったい誰が取り仕切っているというのだ。

コンコンとノックの音がし、賢者の来訪が告げられた。

やってきた賢者は、今回のアークの衣装の担当になった者で、出来上がったばかりの衣装を手にしていた。

「宴はどこで執り行われるんだ?」

一度試着をという賢者に対し、機嫌を損なっていたアークは、ぶっきら棒に尋ねた。

「はい。宮殿の水精霊の間でございます」

水精霊の間と聞いて、アークは思い切り顔を歪めた。

それだけで、もうどれだけ本格的な宴になるのかが分かる。

簡素と言った彼の言葉は、まったく聞き入れられていない。

そのことに激怒したアークは、瞬時にテレポしていた。
それでも、騒ぎになるのを懸念して姿を消す配慮は忘れなかった。

水精霊の間は、ひとでごった返していた。

賢者とその弟子達が、宴の準備に右往左往している。

なんでこんなことになったんだ?

私の落度か?

サエリを連れて来るつもりだと、パンセに告げてしまったから…

だが、連れて来ると言っただけなのに…パンセは、なぜこんなにも大袈裟な…

「アーク」

耳近くでゼノンが囁く声が聞こえ、アークは顔を向けた。

父の姿は見えないが、姿を消していると分かる。

わざわざ父親が彼のところへやって来たことに、アークは驚いた。

「何かありましたか?」

「そうではない。私の部屋にいこう」

ゼノンの気配が消えた。

アークは、すぐに父の後を追った。

「父上」

「まあ、座れ」

息子の災難がおかしいのか、苦笑している父親を、アークはむすっとして見つめた。

ゼノンの真向かいに座り込んだアークは、頭を落としてため息をついた。

「そう落ち込むこともなかろう」

からかうように言う父に、アークは反論しようと口を開いた。

「まったく、ワケがわかりません。パンセ殿に話したばかりに…パンセ殿は何故…」

「感じているからだろう」

感じている?

「そして、知っているからだ」

「父上?」

「賢者らは、自分達の存在を、サエリに強く印象付けておきたいのだ」

「印象付ける? なぜです?」

「サエリが、お前にとって唯一無二の存在だからだ」

父の言葉に、アークは顔をしかめた。

確かに、サエリはアークにとって特別な存在。
彼女以外の女性とは、けして契りを交わさないだろう。

つまり、彼女を妃として迎えることができなければ、この国の世継ぎは途絶えるということになる。

アークは、いまさら事の重大さを意識し、苦いものを呑み込んだ気分になった。

「彼らはサエリを逃すまい」

「父上、そんな言い方は」

「言葉を飾っても仕方なかろう?」

「ですが…」

「気持ちは分かるがな。…父、そして私も…嫌というほど味合わされた」

ゼノンは一度肩を竦め、それから微笑んだ。

「いいかアーク、賢者など気にすることはない。…それに、私も父も愛する者を手に入れた」

けれど、アークもそう出来るとは限らない。

サエリは、自分の国を出るのを嫌がるかもしれない。そしたら、彼の妃になってはもらえない。

「未来を案じるな。ともかく、サエリを連れに行くといい。賢者達の思惑にみすみす乗ることもない」

「ですが、すでに公式の宴として…」

「お前は甘いな」

呆れたように父親に言われ、アークは渋い顔をした。

「よいか、アーク。賢者達は我らの敵になることもある」

厳しい口調でゼノンが言う。

「敵? 彼らが?」

「お前はこれまで、賢者達と本気で衝突したことがない。だかな、それでは賢者達の思うがままに操られることになるぞ。彼らは国存続のために、我らの命を守るために命をかけるが、事情によっては、我らの心は完璧に無視される」

アークは唇を噛んだ。

父の今の言葉は、彼の心にわだかまっている真実…

「もちろんそれが賢者たちの役目なのだから、彼らを責めることはできない」

分かるだろうというようにゼノンから見つめられ、もどかしさを感じつつも、アークは頷いた。

「サエリには、彼女の決断で、この国にきてもらいたいと、私もサリスも望んでいる」

「父上…それは容易なことでは…」

「そうだな」

アークは大きく息を吐き出して気持ちを切り替え、宴のことに話を戻した。

「それでは宴の方は、いったいどうしたら?」

「宴など捨て置け、この屋敷に招いて、我らだけでサエリを迎えよう」

豪胆な父の言葉に、アークは安堵を感じ、笑みを浮かべた。






   
inserted by FC2 system