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第八話 探し物の手伝い
肩に温かなぬくもりを感じ、自分の思いに囚われていたジェライドは、現に舞い戻った。
右側に座っているパンセが、彼の肩に手を置き様子を窺っていた。
アークも回復し、さらにサエリ様の容態も安定し、大賢者の間に戻ってきたところだった。
ポンテルスをのぞいた大賢者全員が、いまこの場いる。
もう安心していいはずなのに…精神がピリピリとして、ジェライドは気が落ち着かなかった。
原因は…サエリ様…
「不可解なお人のようだ」
まるでジェライドの考えを読んだかのように、パンセが口にした。
「パンセ殿。…あの方を感じられますか?」
ジェライドは、他の大賢者らに聞こえぬよう、潜めた声で問いかけた。
「大賢者ジェライド」
重々しい呼びかけはキラタのものだった。
ジェライドは、苦手な大賢者キラタに、ひそひそ話しているのを聞き咎められた気がして、慌てて顔を上げた。
「お前だけではないわ。あの娘っ子の気を、我らは感じられぬ」
ジェライドは思わず目を丸くし、キラタを見つめ返していた。
「もしや、シールドを?」
「いや、違うな。そういう種類のものは感じられぬ。居場所は知っているのだ。感じてみろ? あの場所が、曖昧なものになるのではないか? まったく…苛立たしいわい!」
苦々しくキラタが叫ぶ。
「たしかに、私も摩訶不思議で…奇態なものを感じますの」
フゲムが顔をしかめて言い、他の大賢者達も同調して頷く。
みなが自分と同じらしいことに、ジェライドは一瞬ほっとしたものの、事態はほっとしている場合でないと、気を引き締めた。
これからアーク同様に守護せねばならぬサエリ様だというのに、気を感じられないのでは……いったいどうすればいいのだ。
「ポンテルス殿、それにゼノン様…おふたりは、サエリ様の気を感じられるのでは?」
「うむ…」
パンセの言葉に頷いてそう口にしたキラタが、きゅっと眉を寄せ、すっと首を回した。
「…いらっしゃるぞ」
一点を見つめ、呟くようにキラタが口にした途端、ポンテルスだとわかる淡い光が感じられ、ポンテルスそのひとが現れた。
ジェライドは、驚いて眉を上げた。なんとアークも一緒だ。
サエリの身を案じて、飛んでいったのに……なぜ、ポンテルスとここに?
驚きの顔を向けていたジェライドに、ポンテルスが顔を向けてきた。
「ジェライド殿」
「は、はい」
「少しばかり、我らに付き合ってもらえますかの?」
いつものように鷹揚にポンテルスが聞いてきた。
アークのほうは、黙ったままジェライドを見つめている。
なにやら、困った事態に陥っているような表情だ。
「何か…?」
「さあ」
ポンテルスはそう声をかけながら、ジェライドの腕を掴んできた。その次の瞬間、ポンテルスはテレポした。
「わっ」
叫びはルィランのものだった。
現れた先にルィランがいたことで、もちろんジェライドだって驚いた。
そしてここは、ルィランの部屋。
ポンテルスは、ルィランの部屋を、主であるルィランの承諾なしに訪問したのだ。
休日でくつろいでいたらしいところに、突然男三人が…それも世間の者には伝説的存在である長老大賢者ポンテルスが突然目の前に現れたのだ、驚かないほうがおかしい。
「聖騎士ルィラン」
「あ…い、いったい? あ、貴方は、確か…」
「ポンテルスです。お会いするのは、確か三度目でしたの?」
「は、はい」
困惑の表情で返事をしたルィランは、責めるような目をジェライドに向けてきた。
だが、ジェライドを責めるのは、お門違いだ。
「お邪魔しますぞ。座ってもよろしいかの?」
「も、もちろんです。どうぞ」
ルィランは慌てて頭を下げて、手振りで床のクッションを勧め、そんなことをしている自分に憤ったように、ジェライドにはみえた。
「あの…いったい…あの、どうして、ここに?」
ルィランにすれば、当然の問い。ジェライドだって、何がどうしたというのか、はっきりと教えてもらいたいものだ。
ポンテルスが、立場をわきまえてか、まずアークに一番居心地の良さそうなクッションに座るように勧め、アークが座ったところで自分も座り込んだ。
ジェライドは、自分をチラチラと睨んでくる男の横に座るしかなく、睨み返してからルィランの隣に座った。
「実はですの。アーク様がサエリ様と…」
「ポンテルス」
ようやくポンテルスが話を切り出してくれたというのに、どうしてかアークは、話の邪魔をするように呼びかけた。
「なんですかの?」
「その話ですが、意味がわからないんですよ。儀式が完了したとか…いったいどういうことなんですか?」
「儀式?」
その言葉に強く反応してしまい、ジェライドは思わず聞き返していた。
「婚…」
「ですから! あれのどこが…」
「アーク様、私たちはさっぱり意味がわからないんですよ。ポンテルス殿の話す邪魔をせずに、話を続けてもらってください」
「邪魔?」
ジェライドの言葉を聞いたアークは、聞きとがめるようにむっとして叫んだ。
「私だってわからないんだ。だから聞いているだけだ」
「だから、わかるように説明をしてもらえばいいじゃありませんか?」
身を乗り出すようにして、目の前にいるアークに言い返していたジェライドは、ルィランから肩を掴まれ、ぐいっと後ろへと身体をさげられた。
「あの、大賢者様。お聞きしたいのですが…その話は、ここでないといけないのですか?」
もっともなルィランの質問。
「ここが一番手っ取り早いと思いましての」
「どうしてです?」
「探し物を手伝っていただくには、アーク様の親友であられるジェライド殿とルィラン殿が適任であれば…」
「探し物って?」
「探し物?」
ジェライドは、ルィランと声を揃えて聞き返していた。
「指輪の箱ですじゃ」
「指輪の箱?」
ジェライドはそう口にして、ルィランと目を合わせ、それからアークに視線を向けた。
「知っているか?」
アークの問いにジェライドは眉を寄せた。
「知っているかって? 指輪の箱ですか?」
「ああ、君はどこにあるか知っているのか?」
「話が見えないんですが…指輪の箱とは?」
「なんだ、君にもわからないのか?」
がっかりといくぶん責める口調で言うアークに、困惑が増す。
「わかりませんよ。いったいどうして私が指輪の箱とやらを知っていると思うんです?」
「母上は、ころりと転がり出てくるとでもいうように、手を差し出してきた。きっとどこかにあるんだ」
「指輪の箱が?」
「箱に入っているかなんてことまでは知らないさ。指輪はどこだと聞かれた」
「まず、ひとつはっきりさせてほしいんですが、その指輪とはどういったものなのですか?」
「おお、そのことを伝えるのを忘れておりましたの。婚約指輪ですじゃ」
「婚約…」
「指輪?」
ジェライドの言葉に付け足すようにルィランは言い、怪訝そうに眉を寄せた。
「そうですじゃ。アーク様とサエリ様は、愛の誓いの儀式を…」
「愛の誓いの儀式?」
とんでもなく驚いたせいで、ジェライドはすっとんきょうな叫びを上げてしまった。
勢い、アークに目を向けたが、愛の誓いの儀式…つまり、婚約の儀式を済ませたらしいのに、アークは渋い顔をしている。
しかし、サエリ様は、いまがいまこん睡状態で…目覚められたということなのか?
そして、愛の誓いの儀式を済ませたと…?
「そ、それは…儀式を終えられたのなら、指輪が必要ですよね」
「ああ、あの指輪か」
納得したように口にしたルィランに、ジェライドはさっと顔を向けた。
「わかるのか?」
そう叫んだのは、アークだった。
「わかるって…君ら、まさか…忘れてるのか?」
ルィランは、アークとジェライドの表情を見て、信じられないというような眼差しを向けてきた。
「忘れて…って?」
「ルィラン、そんなものがどこにあるというんだ? なんで君は知ってる?」
「知ってるって…君らが忘れてるだけだろう?」
呆れ顔のルィランを見て、アークはかなりの苛立ちが湧いたようだった。
「あれ…?」
ルィランが驚いた顔をして、急に叫んだ。
「ルィラン、答えろ」
「それは…おい、気づいてるか? 大賢者様がいないぞ」
「えっ?」
確かに、いつの間にいなくなったのか、ポンテルスの姿が消えている。
「神出鬼没の方だ。自分の役目を終えたから、消えたんだろう」
「役目を終えた?」
「ああ、指輪のありかを知っている君のところに、ポンテルスは私を連れてきた。もうここにいる必要もないと思って帰ったんだろう」
「指輪のありかなんて知らないぞ」
「あの指輪かと言ったじゃないか?」
「それは確かに言ったが…なあ、十二の誕生日のこと思い出してみろ。聖なる人である君も、大賢者である君も、これに関しては、一般庶民と同じなんじゃないのか?」
「十二の誕生日?」
ジェライドは、アークと顔を見合わせ、十二の誕生日の日の記憶をさらった。
「ああっ!」
アークが突然叫んだ。
「思い出したのか?」
楽しげにルィランが言う。
ジェライドも思い出していた。
アークも同様に思い出したのだろう。
十二歳の誕生日。親代わりであるパンセが朝食の後、指輪の材料をくれて、婚約の儀に必要な指輪だから、心を込めて作るようにと…
「アーク、作ったんだろ、もちろん君も?」
「作った…」
茫然とした様子でアークは答えた。
その様子から、アークは十二の誕生日に自分が作った指輪をどこにやったかわからないだろうことが、はっきりと伝わってきた。
婚約の儀に絶対に必要なアイテムだとわかっているのに…今の今までまったく思い出せなかったとは…
「アーク、作った指輪、どこに置いたかわかるかい?」
どうにも情けない顔で、アークは首を横に振る。
「探さないと…」
「きっと私の部屋だ。行くぞっ!」
「お、おいっ」
アークは、抵抗するルィランとジェライドの腕を掴んだと思うと、有無を言わさずテレポした。
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