白銀の風 アーク

第六章

第九話 宝物の行方



「それらしいものは、どこにもないな」

「ああ」

アークはルィランの疲れを帯びた言葉に返事をしつつ、ため息をついた。

引き出しの中のものを全部取り出してみたというのに、指輪の箱など何処にも見当たらない。

背筋を伸ばして自分の部屋を見まわしたアークは、きゅっと眉を寄せた。

ジェライドにルィラン、ふたりの手を借りて散々探したのに……いったい何処にあるのだろう?

「まったく君の部屋は…君ひとりが使っているだけだというのに、無駄に広すぎるぞ。それに、この物の多さはなんだ!」

無理やりつれてこられ、探し物の手伝いをする羽目になったルィランは、ずいぶんと立腹しているらしく、苛立ちながら怒鳴った。

探し当てられていれば…機嫌が悪くなることもなかったのだろうが、すでに三時間ほども探し続けているわけで…

サエリのことも、気になってならないというのに…

「ジェライド、少しばかり、サエリの様子を見に…」

「三十分前に見に行ったばかりじゃありませんか。行ったら行ったで、君ときたら戻って来ようとしないし」

無理やり引き戻したじゃないか!
せっかくサエリの寝顔を見つめていたのに…

アークは胸の中だけで言い返した。
探し物を手伝ってもらっている身…もちろん口に出しては言えない。

「まだ眠っておられるのでしょう? それに目覚められたら、セドルがすぐに知らせてくれますよ」

それが嫌なのだ。彼女が目覚めるとき、彼はサエリの側にいたいのだ。

セドルが彼女の目覚めに立ち会うなど……面白くない。

アークは、床一面に転がっているどうでもいいものを見つめ、顔をしかめた。

苛立ちを払拭するために、これらすべて消し去ってやりたくなる。

だが、万が一、大事な指輪の箱がこの中に紛れ込んでいないとも限らない。

「だいたい、どんな箱だったかすら覚えていないんだ」

それでは、探し物の頼りになる透視の技も使えない。

「探し出すのは骨が折れる」

「すでに骨が折れたよ。まったく、君には呆れる。何より大切にしまっておけと、言われなかったのか?」

ルィランから罵声を浴びせられ、アークはむっつりと彼を見つめ返した。

言い返す言葉がないのが、なんとも歯痒い。

「君はちゃんとしまってるのかい? ルィラン」

まだ床のがらくたの中をあさっていたジェライドがルィランに聞く。

「もちろんしまってあるとも。…まさか」

ルィランはきゅっと眉を寄せ、ジェライドをじっと見つめる。

「ジェライド、君もじゃないだろうな?」

ジェライドは口を引き伸ばし、肩を竦めてみせた。

「おいおい! 君らは…まったく!」

ルィランは両腕を振りながら一言一言口にし、怒りの顔で床に座り込んだ。

「だいたいさ、十二のガキなんだよ。そんなものを作らせて、大切にしまって置けなんて、無責任だろ」

「だが、将来必要なものだと知っていたはずだぞ」

いまとなれば、そのとおりなのだが…

十二歳だったころの自分は、結婚とか、女とか、真剣に考えることなどなかった。

「そうだ、ルィラン。君の指輪の箱、どんなやつか見せてくれないか? 箱だけは、みんな同じものなんだし」

同じもの?

「ジェライド、そうなのか?」

「うん。そのはずだよ。指輪の箱は、特定の場所で作られてるんだ」

「特定の場所? それは何処だい?」

「それについては、私は何も知らないよ」

「それじゃ、どこからどういう手段で手に入れるものなんだ?」

「子どもが生まれると、親のもとに届くらしいけど…」

「は? どこから?」

「だから、知らないって」

「受け取った親は知ってるってことだろう? 少なくとも父上は…」

なにせ、父ゼノンは、この国の魔法を取り仕切っている聖賢者なのだ。知らないはずがないんじゃないのか?

「さあ、私にはなんとも言えないな。知っておられるかもしれないが…ともかく、ルィラン頼むよ、箱を見れば、アークも何か手掛かりを思い出すかもしれない」

「テレポで戻って、取って来いってのか?」

「テレポの練習になるじゃないか。あんまりやってないんだろう?」

「そうでもない」

憮然として口にしたルィランが、パッと消えた。

やれやれ…手伝ってもらってなんだが、文句ばかり言われては精神に応える。

かつて無いほど取り散らかってしまった部屋を改めて眺め、アークは脱力した。

「ちょっとの手掛かりでいいんだ。何か思い出さないかい?」

アークはため息をつきながら、ジェライドに向けて首を横に振った。

ちょっとでも思い出していれば、とっくの昔に捜し当てている。

八年前。十二の誕生日に作った指輪。

思い出したくもないが、ずいぶん適当に作った気がする。

あまりに気がなかったので、出来映えにも頓着しなかったし、しまい場所などいまやさっぱりわからないというわけで…

「なあ、ジェライド。いま作ってはどうかな。指輪の箱は、どうしてもあれでなければならないというなら、なんとか手に入れて…わかりはしないだろう、きっと」

今の自分だったら、サエリのために心を込めて素晴らしい指輪を作る。

あんなへんてこな…たぶんそのはずだ…指輪をサエリに贈るなんて…

た、耐えられない…

「ああー、なんであのとき、もう少し先のことを考えなかったんだろう。見つかったとしても…あんなもの、とても渡せない」

「残念でした。君がサエリ様のところに行っている間に、サリス様から聞いたんだけど、あの指輪でなくちゃ認められないんだそうだよ」

「認められない?」

「効力がないんだって…あれにはそういう魔法が秘められているんだそうだ」

「それだったら異国のサエリはどうなるんだ。彼女の国ではこんなしきたりはないに違いないぞ」

「さあ。私にはなんとも言えないけど…。サエリ様のみ免除されるのかもしれないね。でも君は駄目だよ。あれがなくちゃ、婚約は認められないし、なんとしても結婚指輪と合わせて捜し出さなきゃ」

結婚指輪!

アークはがっくりと肩を落とした。

思い出したくないもの第二弾だ。

結婚指輪となる指輪は、十五のときに作っている。が、十二のときに作ったものと同じく、丸い輪を成しているのかさえ怪しい。

まったく十二や十五の少年に、未来の花嫁に贈る指輪を作らせるだなんてしきたり、いったいどこのどいつが考え出したのだろう。

無茶もいいところだ。

「ジェライド、君は見つけ出せそうか?」

「思い出させないでくれよ。私はいいんだよ。今のところ必要ないんだから」

「人の振りみてってやつだな。いまから捜して出しておけば慌てることもないし、手を加える時間もあるんだろうな…」

「またまた残念でした。あれは必要にならないと箱の蓋が開かない造りになってる」

「いったい誰だ、そんなやっかいなものを…」

「君のご先祖様あたりじゃないのかな? 私には、他に思いつけないけど…」

確かに、その可能性が一番高い気がする。

「いまが必要なときだろう? いま探し出せば蓋は開くだろう。そうでないと手渡せ…」

「だから、箱を開けられるのは、相手の女性だけなんだよ」

「なんだって? …それってつまり、サエリ…ということか?」

「ああ、そういうことになるね」

アークは血の気が引いて、気分が悪くなった。

もし無事に探し出せたとしても…開けたサエリは、どんなにかがっかりするだろう…

もはや、打つ手は無しってことなのか?

「君の気が楽になるなら言うけど、もし将来、私の恋が成就したとすると、恥をかくのは一緒だ。あんな指輪作らなきゃよかった…」

ふたりはしばし、落ち込みを分かち合っていたが、アークは思いなおし、周りの物を片側に寄せると隙間に寝転がった。

どんなに恥をかこうとも、どんなにサエリをがっかりさせようとも、あれがなければサエリとの婚約も結婚も認められないのだ。

なんとしても、探し出さなければならない。

アークは、目を細めて過去を探った。

「十二の誕生日…」

「盛大な祝いの宴があったはずだよ」

アークの呟きに、ジェライドが後を引き継ぎ、さらに言葉を続ける。

「まあ、君の誕生日は毎年盛大な宴が催されているわけだけど。その年はいくぶん特別だったはずだ」

特別?

「その年は、祝いに何をもらったかな? 十の時はよく覚えているんだ。サースをもらったからな」

サースとは彼の愛馬のことだ。

「次の年は?」

「うーん。たいがいはシャラの玉で作った利器なんだ。そうだ十一の時は時の玉だった。十三の時に通信の玉をもらっただろ。十四の時に魔剣で、十六の時は浮遊の玉だった」

「どうして、一番大事な十二と十五を飛ばすんだよ」

ジェライドから文句を言われ、アークは顔をしかめた。

「…たぶん、本だったろうと思う。でも、本の類は慶び事の度にもらうことが多かったから、特別ってわけじゃあないな」

ジェライドがぽんと手を打った。

「そうか。たぶん指輪の材料なんだよ。私は両親と離れて暮らしているから、師匠のパンセ殿から頂いた」

そう言えば…贈り物らしいものがなくて、酷く落胆したことが…たぶんあれが十二の誕生日…

少しずつ記憶が浮き上がってきて、アークは目を細め、さらに記憶を探っていった。

期待に胸を膨らませて朝の食卓についたとき、両親から箱を手渡された。そして幾種類もの宝石と透明のシャラの玉…

それで母に言われるまま、自分の部屋に引きこもり、指輪を作ったはずだ。

そして、造り上げてから、宴が催され…
すべてが終わって寝支度を終えた頃、母が部屋にやってきて…

「そうだ、母が出来上がった指輪を、小箱の中に入れさせた」

「アーク、思い出したのか? それで? その箱を君はどうしたんだ?」

そうだ…そのあと、どうしたろう?

アークは腕を組み、唇をへの字に曲げた。

「八つ当たりしたような…気がする」

「八つ当たり?」

なんだか、だんだん自分に嫌気がさしてきた。

「あ、ああ、その箱…指輪の箱に…」

ジェライドが驚きに目を見開き、息を呑んだ。

「ま、まさか! アーク、君、衝撃波かなんかでぶっ飛ばしたんじゃ」

「たぶん、…それに近いな」

尻すぼみに声が小さくなる。

指先から発した衝撃波で狙い撃ちして遊んで、そのまま、転がしたまま寝たと思う。そして…

「マリアナが…」

「マリアナ?」

「次の日かな…彼女が小箱を見せろ見せろと煩わしくて…。マリアナは透視が使えるようになったばかりのころで、その箱の中身も見透かせるに違いないとか言い出して。…もし見られでもしたら、どんなにか馬鹿にするだろうと思って、隠し場所に…」

アークは、がばっと起き上がった。

「あそこだっ!」

「思い出したのか? どこだ?」

「湖だ。木の上に秘密の基地を作ったろ?」

アークは言うより早く飛んでいた。

湖の黒い湖面が星々を映して銀色に輝いている。すぐ後を追ってきたジェライドが脇に立ったが、アークはジェライドを待ってはいなかった。目的の木にさっと飛びつくと小さな小屋をめざしてのぼってゆく。

「アーク、なんで浮遊を使わないんだい?」

ジェライドの声が、力を任せにひたすらのぼってゆく彼の背に飛んできた。

真後ろに顔を向けると、不思議そうな顔で、空中に浮かんだジェライドが見ている。

「夢の続きだな…。好きにやってるんだ、構わないでくれ」

アークは小屋の入口に辿り着き、中にもぐり込んだ。

長い間、主に忘れられて放置されていた小屋の中には、懐かしい匂いが染みついている。

アークはつかの間思い出に浸った。
それから目的を思い出し、小さな小屋の中をごそごそと捜し回った。






   
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