白銀の風 アーク


第一章
第七話 友の苦情



聖なる地は、ほぼ円形で、島の円周は一キロほどあり、大賢者と賢者、それに修練中の弟子達が持ち回りで守人を務めている。

岸まで彼らを出迎えに来てくれていた大賢者パンセと、少し若手の賢者ケムロに挨拶をし、彼らはパンセを先頭に島の中央へと続いている小道を辿って行った。

道が終わり、開けた場所に出た彼らは自然に立ち止まった。

アークと肩を並べているルィランが、ごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。

「アーク様」

パンセの促しの言葉に、アークは進み出た。

世に存在するあらゆる種類の色で、鮮やかな光を放っている、シャラの木。魔力の源と考えられ、賢者たちの手で大切に守られている。

カーリアン国年代記によると、シャラの木の発祥は太古の昔とあって、はっきりとした年代は記されていない。

その光は神聖で、見る者の心の奥深い部分まで清めてくれる。

そして、まばゆいばかりに輝き放つ光はまぶしさを感じさせず、快い温かみだけを瞳の奥に与えてくれる。

「シャラの木に栄えあれ」

アークはそっと口ずさむように唱え、顔の前で右手を内側から外側に向け、瞑目した。

彼の後ろで、ジェライドも儀式を行い、そして、この儀式に慣れていないルィランもぎこちなく真似た。

「三年ぶりだな」

シャラの木を前に、感慨深く、ルィランは独り言のように呟いた。

聖騎士はこの地で聖なる儀式を受けることになっている。ルィランは十八の歳に聖騎士となった。今はジェライドと同じ二十一歳だ。

「シャラの聖なる玉は、いかほど必要ですかの?」

大賢者パンセの問いを、アークはそのままジェライドに向けた。彼に聞かれても答えようがない。

ジェライドはアークと目を合わせて小さく肩を竦め、パンセに向けて口を開いた。

「かなり。でもアーク様次第です。彼が失敗すればするほど、たくさん必要になるでしょう。パンセ殿」

「で、何を作るんだ?」

「何を作るのか…ですって?」

アークの問いに、ジェライドは大袈裟な身振りで驚いて見せた。

「私に聞くのはお門違いですよ。貴方様が必要とされるものを作りに、我々はこの聖なる地に参ったのですよ。私は単なる助け手に過ぎません。アーク様」

アークは、眉を寄せて口元を引き延ばした。

どこに行くとも言わず、彼をここまで連れて来たくせに…

「おい、ジェライド。俺は何のためにここに連れて来られたんだ。聞かせてもらおうか?」

ジェライドに突っかかるようにルィランは聞いた。

ついでの同行と言われたことが、気に食わなかったのだろう。

「来なければならなかったからでしょう。聖騎士ルィラン…」

大賢者パンセが重々しく言った。

パンセの目を見つめたルィランは、大賢者の口にした言葉以上のものを、心で受け取ったようだった。

ジェライドはルィランの同行はついでと言ったが、やはりそんな軽いことではなかったのだ。

アークは眉をひそめた。

ということは、アークが夢の女を捜す手伝いをするために、ルィランは来たわけではないということか?

まあそうか。ルィランは攻撃や防御魔法には長けているが、魔法の利器を作るのは不得手だ。

だが、それならばルィランが此処に来た必要性とは?

「ジェライド。いったい何が起きる?」

「言うほどの情報を、私は持ってはいないよ」

「おい」

アークとジェライドの会話に、ルィランが聞き捨てならないというように、割り込んできた。

「それはこの国の重大事ということか?」

「分からないから、いま出来ることするために、我々はここにいるんだよ。言っておくけど、私が何もかも分かっていると思い込むのは止めて欲しいな」

「だが、まったく何も知らないというのではないだろう? 何か分かっていることがあるから…」

アークはしつこく食い下がるルィランを止めようとしたが、彼より先にパンセが進み出た。

パンセは、そっとルィランの肩に手を置いた。

「ジェライド殿は、貴方様の友なれば、私がこう申すのも出過ぎた事とは思いまするが…。ジェライド殿はたぐいまれなる力を持つ予知者です。私には大した予知力はございませぬが、予知というのは精神に重く負担なものです。…語ろうにも語れぬことのほうが多いのですよ。それに、見通しに苦しむこともしばしば…。ジェライド殿の苦しみやいかばかりなりと思わずにはいられませぬ」

ジェライドは、パンセの取り成しに、困り顔で頭を掻いている。

そんな彼を見て、ルィランは反省したようだった。

「私は…その、ジェライドすまない。悪かった」

アークは、ルィランの肩を軽く叩き、ふたりをシャラの木へと促した。

彼らが話している間に、シャラの木の根元にケムロが敷物をしいてくれていた。

アークが敷物の上にあぐらを掻いて座ると、ジェライドはアークの隣に座り、ルィランに自分の隣に座るように言った。

パンセはこの場に残ったが、ケムロは弟子の修業を見るために戻って行った。
アークは頭上にたわわに生っているシャラの実を見つめ、そのまま頭の後ろに両手を当てて寝転がった。

色とりどりの魔力を秘めた玉を瞬きもせずに見つめていたアークは、以前から試す度に失敗していた手技を、もう一度やってみようかと思いたった。

ジェライドに大賢者パンセが付き人となってくれている今が、いいチャンスかも知れない。

アークは身を起こして、パンセに顔を向けた。

「大賢者パンセ、魔力のほど良く熟した玉を…、まず光から…熟度が同程度のものが良いのですが」

アークの要望を聞いたパンセは頷き、しばらくシャラの木の回りを巡り、実を一つもぐと、丁寧に薄桃色の皮を剥ぎ、中から虹色に光る玉を取り出した。

パンセから玉を受け取ったアークが、手のひらの上で仔細に調べていると、興味深々の顔でルィランが寄って来た。

「綺麗なものだな」

「ああ。もぎたてだからな…光が澄んでいる」

すっとルィランの手が伸びてきて、アークは慌てて玉を握り締めた。

「駄目だよ。ルィラン」

少し苦笑しつつ、ジェライドはルィランを軽くいさめた。

「触れてはいけなかったのか?」

「いけない。君が触れたら、玉は微妙に変化する。不純物が混じった玉は、利器として使い物にならなくなる。今回は特にね」

「アークは触れてもいいのか?」

「そりゃぁそうだ。作る本人だからね」

「そういうもんなのか?」

いまいち理解出来てはいないらしいルィランを見て、ジェライドは笑いながら立ち上がり、シャラの木を見上げて、ひとつの実をもいだ。

「お、おい。ジェライド、お前勝手に取っていいのか?」

ルィランは畏れる様に言った。

「大賢者はね。必要だと思えば許可は必要ないんだ。もちろん、ゼノン様にアークは言わずもがな」

もぎ取ったばかりの聖なる玉の皮を丁寧にはぎながら、ジェライドは答え、剥き終えた薄緑色に光る玉をルィランに差し出して見せた。

「風の魔力」

「そう。ルィラン、手のひらの表面に風魔法のシールドで膜を作って。両手ともだよ」

「膜?」

「ほら、君は出来るよ。やって」

ルィランは眉を寄せて、ジェライドの言葉に従い、なんとか膜を張った。

ルィランの手のひらの膜を確かめたジェライドは、手にしていた玉をルィランの手のひらの上に載せようとした。

「い、いいのか?」

ルィランは慌てたように手を引いた。

「ああ。これは君のための玉。いいから手のひらに載せて」

ジェライドはルィランの手の上に、玉をそっと置いた。

ルィランは火と風と土の魔法が特に秀でている。風の玉は彼と相性がいいだろうとアークにも思えた。

「手のひらに吸い付いてくる」

「それでいい。もう片方の手を添えて、両手で包み込んで」

「こうか?」

「うん。少しずつシールドを解いていっていいよ」

ジェライドは簡単に言うが、彼が求めていることは、そう簡単ではない。

「頑張れ、ルィラン」

笑いながら友を激励したアークは、自分の仕事に戻った。

彼は手のひらで転がしていた光の玉の具合を見つめた。

アークの光の魔力が加わった玉は、さきほどよりももっと輝きを増している。

これ以上魔力を込めたら、玉は破裂するというギリギリのところだ。

目視では分からないが、玉がドウンドウンと、膨張と収縮を繰り返しているのが伝わってくる。

次は何の玉にしよう?

そう考えていた彼に、ジェライドが「闇の玉」と言った。

アークはジェライドに振り返った。

「頭の中に響いたんだよ。悪く思わないでくれ」

光と闇は相反するもの…

アークは光の玉を膝の上に置き、パンセから闇の玉を受け取ると仔細に調べた。

幾らか迷いが生じる。

二つの玉は最高の状態のものだ。
失敗すればふたつとも粉々に砕けてしまうかもしれない。

アークは利き腕の右手に闇の玉を、左手に光の玉を持ち、器用に中指と人差し指の先に挟んだ。

時間を掛けて精神を集中し、それぞれの魔力と指先の玉とをしっかりと繋ぐと、ふたつの玉をゆっくりと近づけていった。

ふたつの玉が触れた瞬間、時が止まった気がした。彼の鼓動が急激に速くなる。

玉は互いを容易に受け入れ、慎重に近づけていくアークをからかうように、あっさりと一つになった。

闇の中に光が渦を巻く。

しばらくその動きに見入っていると、闇の中に無限の星のように光が分散した。

「闇と光が融合するとは…」

それをやってのけた当人なのに、アークは強烈な畏怖を感じ、思わず感嘆したように口走っていた。

ルィランが顔を近づけてきて、玉を覗き込んだ。

「なんというのか…綺麗だな。光の点は、星そのもののようだ」

驚きをあらわにルィランは言い、そんなルィランの横に顔を並べたジェライドは、物も言わずに玉を見つめている。

「アーク様、闇と光は元を同じくするものです。光あるところには必ず闇があるものなれば、融合は可能でしょう」

パンセの言葉にアークは頭を叩いた。まだまだ勉強が足りないらしい。

しかし、闇と光の関係に対する考えを改められたのは大きな収穫だ。

自己判断で思い込んでいる間違いは、本人が信じ込んでいるだけに訂正が難しい。

「私はかなりな愚か者らしい。光と闇の玉はけして融合させられないと頭から思い込んでいました。それにしても…」

アークは玉を見つめて、苦笑した。

「偉大な所業を成し得たと、いい気になっていた」

「その通りですとも」

 あっさりと肯定したパンセの言葉に、アークはいささかぽかんとした。

ジェライドが笑い出した。

「アーク、玉の融合なんて思いついたとしても、誰でも彼でも出来やしないって。パンセ殿は、君が玉を融合させたことを偉大な所業だと言ったのさ。こんなことが出来るのは、たぶん聖賢者の血筋の者。つまり、君とゼノン様だけだろうと思うよ」

「そうか?君だって、やってみたら出来るんじゃないか?」

「いや、無理だろうね。…それじゃ、次は?」

ジェライドに尋ねられ、アークはジェライドを見返した。

「教えてくれないのか?」

「閃かない」

ジェライドはそう言って肩を竦めた。

アークは、思案しつつ玉を選び、次々に融合させていった。どれにしようか決めかねていても、ジェライドが教えてくれる事はもはやなかった。

電の玉を融合させるところまでは気味が悪いほど順調に進み、最後に念の玉を入れようとしたところで、念の玉が弾け飛び、砕けてしまった。

アークは無事だった玉を握り締めて安堵した。

「良かった。せっかくここまでに造り上げた玉が駄目にならずにすんで…」

もう一度挑戦してみたが、やはり念の玉は相容れなかった。

アークはしばし考え込んだ。

「全種類の玉を融合させなければならないのか?」

それまで玉の融合を黙って眺めていたルィランが言った。

「以前から全部の玉を融合するのにトライしてきたんだが…まだ成功したためしがない。いまならと思えたんだが…。そうだな…」

ルィランが両手に握り締めている風の玉…

「ルィラン、気分転換に、君にテレポの玉を作ってやろう」

「テレポ? 俺はテレポの利器を使えないぞ。発動に必要な闇の魔力を持っていないんだからな…」

アークはニヤッと笑うと、闇と念、そして火の玉の三つをもぎ取り、またたく間に融合させた。

「よし、あとは風だな。ルィラン、最後は君のその風の玉だ」

眉を寄せつつ、ルィランはアークの前で手を開いた。

「うん。いい状態だ。…行くぞ」

「アーク、ルィランの玉が核だよ」

アークはジェライドに視線を向け、顔をしかめた。まったく難しい事を簡単に言うやつだ。

だがそうするのがいいのだろう。

アークは、気を引き締め、ルィランの玉を見据えた。そして指先で挟んだ玉を、慎重にルィランの玉に近づけて行った。

玉が触れる瞬間、ルィランの玉が微かに浮き、アークは全身を緊張させた。

ルィランの玉はまた手のひらに戻り、アークの指先の玉を一瞬にして吸い込んだ。

「やったぞ!」

高度な手技を無事成し終え、アークは思わず声を高めた。

パンセとジェライドは笑みと拍手でアークの健闘をたたえてくれたが、ルィランはなんのことやらという感じだ。

「ルィラン、玉を包むように両手を合わせて、玉に気を集中しろ」

ルィランに命じ、アークはルィランの手を彼の手で包み込んだ。

「熱っ!」

ルィランが大きな叫びを上げ、アークから乱暴に手を引き抜いた。

「落とすな!」

アークは慌てて叫んだ。

ルィランはなんとか玉を落とさずに済み、アークはほっとした。

「よし、ルィラン使い方を教えよう」

「な、なんで、あんなに熱くなったんだ?」

苦情のように言うルィランに、アークは笑った。

強烈な熱は確かに感じた筈だが、もちろん火傷などしていない。

「異なる魔力同士の摩擦熱みたいなものだ。言っておくが、あの強烈な熱が発生していなかったら、失敗してるんだぞ」

「前もって、言っておいてくれればいいだろ!」

ぎょっとさせられたのが、腹立たしくてならないのだろう、ルィランはなじる様に怒鳴った。

「発熱することを君が知っていたら、間違いなく失敗してる。君の気が散るからな」

アークは、ルィランに恨みがましい目で睨まれ、笑い出した。






   
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