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第十二話 異世界人がネック
「貴方たちの世界のこと、魔法が使えるようだし、とっても不思議な世界って思うけど、アークさんの言葉を聞いて、ちょっと意識が変わったわ」
楽しげに語るアユコの言葉に、アークは頷いた。
自分の国のことは、どんなことも当たり前なのだ。だが、馴染みのないものにとっては、多くが不思議となる。
「けど……違う世界に来られるっていうのがね。……ねぇ、アークさん」
気難しい顔でしばし考え込んでいたアユコが、改まった表情で語りかけてきた。
「はい」
アークは緊張ししつ返事をした。
いましがた、ジェライドの耳に入れたくない話題になり、途中で話が逸れてほっとしたところだったのだが……
「色々聞きたいことはあるんだけど……」
アユコは、そう言って首を傾げて悩む。
いったい何について聞こうと言うのか?
質問したいことは、だいたいわかっているが……
ひとつは魔力の暴走について、そして結婚について。
沙絵莉がああもはっきりと、母に結婚したことを告げるとは思わなかった。もちろん、嬉しかった。
彼女は、アークを必死で庇ってくれたし。
さらにサエリは、アークの世界に行くことを母親にほのめかせた。
ただ、気がかりは彼女の本意。
サエリは、魔力の受け取りという事実により、アークが沙絵莉以外の妻を娶れないと知り、自分がアークの妻となるしかないと思っているとしたら?
それが、アークへの愛ゆえでないのなら……サエリの義務感、自己犠牲など……アークは欲しくないし、望まない。
とにかくいまは、結婚した証となる魔力の受け取りをした事実を、ジェライドに知られるわけにはゆかない。
ジェライドをテレポで送り返してしまいたいが、残念ながらそれはできそうもない。
部屋から出て行けと命じても、素直に応じないだろう。
アユコを眠らせてしまうことはできるが……やるべきではないだろうな。
「魔力の……えっと、なんだったかしら?」
「サエリの魔力のことでしょうか?」
アークの問い返しに、アユコが頷く。
「ええ、そう。あの子の身体に、いったい何が起こってるの?」
「サエリは、魔力をうまく扱えないのです。修練を積むことで、あのようなこともなくなります」
「修練? それはどうやってやるの?」
「魔力は感覚です。まずはサエリが、魔力を種類別に微細に感じられるように導きます」
「種類別……ふんふん、それはだいたいわかるわ。水とか火とかなんでしょ?」
「はい。アユコ殿、ご存知なのですね」
「まあね。魔法ってのの知識は、それなりにあるわよ。ねっ、もしや、ジェラちゃん、火の玉出して、ボーンとかできるの?」
なぜか、アユコはジェライドに向き問いかける。
「はい? 火の玉ですか?」
「そう。さすがにそれは無理? やっぱり使える種類って限られるんでしょ? あなたはどんな魔法が得意な魔法使いさんなの? 見た目でいくと幻みたいなの見せて、敵を煙に巻くとかやっちゃいそうだけど」
アユコの洞察力にアークは驚いて口を開いた。
「アユコ殿、驚きました」
「えっ? 何が?」
アユコは首を傾げて聞き返してきた。
「ジェライドは幻の技にとても長けているのですよ。煙に巻くのも、大の得意で。友人のルィランなどジェライドの幻に騙されてばかりです」
「ア、アーク様」
「まあっ、やっぱりそうなの。それじゃ、さっきの水の玉、あれも幻だったんじゃないでしょうね?」
「いえ、あれはもちろん、正真正銘水の玉です。アユコ様を幻で騙してなどしておりません。だいたい、ルィランのことだって、そんなには騙していませんし」
「でも、騙してるのね。まったく、困ったジェラちゃんだわ。お友達の……えーと、ルィランちゃん?騙して楽しむなんて駄目よ。ルィランちゃんが可哀想でしょう」
アークはどんな反応をしていいやら困った。
どうやら、アユコの中のルィランは、ジェライド同様、幼い子どもとして認知されてしまったようだ。
しかし、ルィランちゃんとは……
ルィランの苦虫をつぶしたような顔を思い浮かべてしまい、笑いが込み上げ、堪えきれずに吹き出しそうになる。
「あの……アユコ様、ルィランは子どもではありません」
ジェライドは、心外だと言うように事実を告げる。
「あら、ジェラちゃんよりも大きいの。まあっ、それじゃ、ジェラちゃんったら、自分より大きいお兄ちゃんをからかってるの。駄目じゃないの、自分より年が上のお兄ちゃんは敬わなきゃ」
「あの……アユコ様。ですから、私は子どもではなく……」
カチャリとドアを開く音がし、トシヒコが戻ってきた。
自分は子どもではないことを、この際はっきりさせようと必死になっていたジェライドは、このバッドなタイミングに、不本意そうに口を閉じた。
「俊彦さん、陽奈ちゃんは?」
「うん。寝たよ」
「俊彦さん、座って。いまね、ジェラちゃんの得意な魔法の話を聞いてたのよ。この子ったら、幻で年上のお兄ちゃんをからかってるっていうのよぉ。いま叱ってたところ」
トシヒコ向けて、アユコはそんな報告をする。
ジェライドは、名誉を傷つけられた様子で、なんとも憐れな顔をしている。
アークはもうたまらなくなり、声を上げて笑い出した。
「アーク様」
「す、すまない……」
笑い続けながら、ジェライドに謝罪する。
「楽しそうでいいんだが……そろそろ遅いし……君らは、自分の世界に帰るんだろうね?」
トシヒコに聞かれ、アークはジェライドに目を向けてから、トシヒコに向き直った。
「私はいま、サエリの側を離れるわけにはゆかないのです」
「魔力がおかしなことになってるからなわけ? 寝てても、危ないことになるの?」
「はい。夢を見てということもあり得ます。怖い夢、興奮した夢など、感情が高ぶると、どういう異変があるかわかりませんので」
「まさか、サエリの部屋で一緒に寝たいっていうの?」
「そうさせていただければ、ありがたいです」
「案外大胆な性格だわね。あの子に何もしないって、約束できるわけ?」
「何もとは? 触れないでいることはできないかもしれません」
「アークさん、言うわねぇ。触れないでいられないって言われて、親として、いいわよって言えるわけないでしょう」
「ですが、魔力が暴走しそうになったら、彼女の身体に触れないことには、制御できません」
「あ、あら……そういうことなわけ、触れるって」
「はい?」
「アユコ様、アーク様とサエリ様は、まだ婚儀を済ませておいでではありません。そのような心配は無用かと」
「あら……でも……ちょっと待ってよ。ふたりはもう結婚したんだとかって、言語道断なことを、サエリははっきり言ったわよ」
先ほどの話を急に思い出したらしい。アユコは興奮気味に言葉を紡ぐ。
アークは、不味い気分でジェライドをちらりと見た。
「アーク様? 結婚したとは?」
聞き捨てならないことを聞いたというように、ジェライドが目を光らせる。さらに、アユコが「そうよ、そうだったわ」と叫び、話し始める。
アークは顔をしかめた。これは不味い状況になりつつある。
「沙絵莉が気を失ったりして、うやむやなままになっちゃってたじゃないの。貴方の世界では、離婚ってのがないから、もうアークさんはあの子と結婚するしかないんだとかって」
「結婚って……あの……」
困惑しているトシヒコと、眉間を寄せたアユコが、彼の返事を待つように見つめてくる。
「アーク様、どういうことなのです? 婚儀など……まだ執り行っておりませんよね?」
「あら? ジェラちゃん、そうなの?」
三人から見つめられ、アークは進退窮まった。
だが、サエリの両親に嘘はつけない。
「婚儀はまだあげておりません。ですが、婚儀のあとに執り行う魔力の受け取りをしました。サエリのまとまりのない魔力に、どうしても秩序を学ばせる必要があったのです。秩序を学ばせられる唯一の方法は、夫婦となった男女にのみ許される、魔力の受け取りだけでした」
アユコとトシヒコに真実を告げたアークは、ジェライドに(言葉を挟むな)と、頭に直接言葉を飛ばした。ジェライドは眉を寄せて反応した。
「よ、よくわからないな」
「正直、私もわからないわ。けど、それはサエリを救うためだったわけよね? 魔力の受け取りってのをしないと、サエリは危なかったんでしょ?」
「はい」
「それで、貴方はもう、うちのサエリとしか結婚できない?」
「そういうことになります」
「絶対に結婚なんて許さないって言ったら、どうするつもり?」
「許していただけるまで、お願いするしかありません」
「ねぇ、アークさん、貴方っていくつなの?」
「二十歳になります」
「そう。それくらいの年齢なら、これまで恋人がいたりとかもしたでしょ?」
「アユコ様、アーク様は聖なるお方です。アーク様と結ばれる女性は、サエリ様だけです」
ジェライドがきっぱりと言う。
「ちょっと、だからね。恋人がいたんでしょうって聞いてるのよ。はぐらかさないで本当のこと白状しなさい」
「そのような相手は、もちろんおりません」
「そう言われて、信じると思うの?」
「ですが、私の愛する女性は、サエリだけなのです」
「ほかの女性と付き合った経験は一度だってないって、言いきるわけ?」
「はい。そのようなことはありません」
アークの答えに、アユコは気難しい顔で黙り込んでしまった。
「どうしてサエリなのよ?」
苛立ったように言われ、アークは困惑した。
どうしてと言われても……
「サエリ様は、アーク様の定められしお相手だからです」
困っているアークの助けになろうというのか、ジェライドが口を挟んできた。
「定められしお相手? それもよくわからないけど……だって貴方、すっごくモテそうだし、そのぶん女性経験も豊富そうだわ」
「ありえません!」
ジェライドが驚きいっぱいに、大声で否定した。
「じ、ジェラちゃん?」
「アーク様は聖なるお方なれば、定められし女性であるサエリ様でないほかの女性となど、ありえません。そのような侮辱を聖なるアーク様に向けるなど……」
「ジェライド!」
サエリの母に憤りを突き付けるジェライドを、アークは激しく叱責した。
「いいか、ジェライド。国が違うのだぞ」
「す、すみません」
ひどく不本意そうに、ジェライドは謝る。
大賢者であるジェライドにとって、聖なるひとは特別な存在だ。ここで憤るのは、本能ともいえる。
仕方がないのかもしれないが、サエリの母であるアユコに憤りを向けるなど、許すわけにはゆかない。
「アークさん、ジェラちゃんを怒らないでちょうだい。私が悪かったわ。それに、貴方が潔白だってことも、ジェラちゃんのおかげで信じられたわ」
「アユコ殿」
「どういうことかまだ理解できないけど、ともかく貴方の相手はサエリだけなのね? 他の世界に女がごろごろいたりしないのよね?」
他の世界に女がごろごろ?
「どこの国も、ほぼ半分は女性ですので、女性は大勢いると思いますが……」
アークの答えに、アユコが吹き出した。
何が面白かったのか、トシヒコも一緒に笑っている。
「アーク君はこれ以上ないほど潔白だな。彼なら、沙絵莉ちゃんを泣かせたりしないんじゃないかな、亜由子さん」
「まあ、そうね。けど、異世界人ってのが、やっぱりネックよねぇ」
ひどく残念そうに、アユコが首を振る。
異世界人がネック?
意味がわからず、アークは首を捻った。
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