白銀の風 アーク

第十章

                     
第十三話 魔力の影響



(アーク、いったいどういうことになってるんだ?)

息巻くようにジェライドが問い詰めてきて、アークは顔をしかめた。

ジェライドはこの部屋にはいない、アユコが用意してくれた別の部屋にいる。そこから呼びかけてきているのだ。

おとなしく寝るとは思っていなかったし、予想通りのことだが、返事に困る。

(アーク)

(もう夜も遅い、明日でいいだろう)

アークは、アユコが用意してくれた布団にすでに潜り込んでいる。

布団の隣にはサエリのベッドがあり、サエリが寝息を立てている。

(話を聞かせてもらえるまでは、絶対に寝ないぞ)

アークは布団の中でため息をついた。

ジェライドには、すでにサエリと魔力のやりとりをしたことを知られてしまった。

どういう成り行きでそんなことになったのか、ジェライドとしては当然知りたいに決まっているが……

アークにしてみれば、ジェライドに絶対に知られたくなかった話を知られてしまって……気が滅入ってならない。

すでにサエリはアークと婚儀を済ませたようなもの……

ジェライドは、サエリの意志に関係なく、彼女をカーリアン国に連れ戻そうとするだろう。

(アーク)

再三呼び掛けられて、アークは仕方なく身を起こした。

(そちらに行く)

むっつりと答え、立ち上がったアークは身を屈めてサエリの寝顔を見つめた。

よく寝ている。夢を見て魔力を暴走させるようなことも、いまのところはなさそうだ。

それでも、用心のためにアークはサエリの額に手で触れ、彼女の眠りを深めた。
そして、身体の周りにシールドを張る。

何かしら変化があれば飛んで戻ってくるつもりだが……用心しておくにこしたことはない。

ここはサエリの世界。何があるかわからない。

アークは、サエリの前髪をそっと掻き上げてから、ジェライドのところに飛んだ。


「座ったら?」

ジェライドは小さな身体で布団に座り込んでいたが、トントンと自分の隣を叩いて促してきた。

アークは、ジェライドと面と向かい、腰を下ろした。

「魔力の受け取りをしたんだね?」

「受け取りはしたさ。だが、私は嫌がるサエリを、無理やり国に連れ去ったりはしないからな」

「うん? ……そんな必要は、感じないけど」

「ジェライド?」

アークはジェライドを訝しく見つめた。

「どういう意味だ?」

「その問いの意味こそ、わからないな。必要を感じないと言っただけだよ。サエリ様は君の妃になる定め」

「定めか……」

そう口にするだけで苦いものが湧く。

「不服そうだね」

「サエリと出会えたことをしあわせだと思う。……だが、定めというものに、自分の人生を操られているようにも感じて……素直に喜べない」

「君は、定めというものを、勘違いしてるよ。アーク」

「勘違い?」

「ああ。定めとは……生まれし前の約束なのさ……定めに操られているなんて捉え方はおかしいんだ」

約束……そうなのだろうか?

「それで? どうして魔力の受け取りを? サエリ様を救うためって、言っていたけど……」

これはもう話すしかなさそうだ。いまさら事態は変わらない。

アークは、サエリを救うために為された出来事を、ジェライドに語って聞かせた。

サエリらの種族が、魔力の核を持たないことを知り、ジェライドは目を丸くする。

「信じられないな。そんなの人体の機能に反しているとしか……魔力の核を持たずに生まれたなんて話、聞いたこともない」

「ポンテルスも父上も、君同様に驚いたさ」

「やはり、おふたりは凄いな。核なんてものを作ってしまえるなんて……それがまた信じられない話だ。どんなことをしてお造りになったんだろう?」

「戻って、ポンテルスに聞けばいいさ。なんならいますぐ、君を国に送り返してやろうか?」

「それは遠慮するよ。私はここにいる必要があるからね」

もとより、ジェライドを送り返すなんてつもりはなかったが、ジェライドの言葉にはむっとする。

サエリの国からアークの国まで、ジェライドを確実に飛ばせるのか自信が持てない。

テレポは確実でない限り、使うべきではない。

「けど、サエリ様の種族は核がなくても普通に生きているわけだよね。しかも、核がないのに魔力を持っている。……不思議すぎる種族だな」

顎に手を当てて、ひたすら感心している。

小さな身体なままだから、こうして見ていると笑えてくる。

「私も驚いたさ。とにかく、サエリは魔力の核を持つに至ったが、幼子のように……いや、生まれたばかりの赤子よりも魔力を制御できない。それで……」

「魔力の受け取りか……うん。方法的には、それしかないだろうと、私も思う。けど……」

思案げに顔をしかめたジェライドを見てアークは、「どうした?」と呼びかけた。

「う、うん……」

口ごもっているジェライドを見て、アークは眉を寄せた。

「ジェライド?」

「いや……魔力の受け取りをしてしまったわけだし……すぐに婚約式をしなければ……」

「それは、戻ってからのことだ。いまは……」

「でも……そうのんびりしていられないよ。大賢者のひとりとしては……」

「いまはいい。先走るな、ジェライド」

「いや、先走るとかじゃなくてさ……私も詳しくはわからないんだけど……魔力の受け取りの影響が……出始めたら……」

「影響?」

受け取りの?

「感化だよ……男性より、女性のほうに特に出るようなんだ」

「そうなのか?」

「うん。すごく個人差があるみたいだけどね……」

「曖昧だな。どういうことなんだ?」

「だから、私も詳しくはわからないって……既婚者じゃないんだからね。……微妙なことなんだよ」

「私と魔力の受け取りをしたために、サエリに、何か影響が出るかもしれないわけか?」

「既存の魔力が、相手の魔力を得て変化するわけだからね。みんなそれぞれ、魔力に個性やら微妙な癖があったりするだろ? 魔力は単純じゃない」

それはわかるが……元々、核を持たなかったサエリの魔力に、癖やら個性があるものだろうか?

アークは自身の魔力について考え込んだ。

どんなと考えてもわからないが、彼の魔力にも、癖やら個性があるのだろうか?

「君の魔力は他に類のない高品質なものだから……悪い影響は出ないだろうけど……どんな種類の影響が出るかがわからないから……なんらかの影響が出始めた場合、サエリ様も、サエリ様のご両親も、驚かせることになるかも」

「どんな影響が出るというんだ?」

「だから、それはわからないって言ってるだろ。個人個人違うんだよ」

「それじゃ、対処しようがないじゃないか」

「そういうこと。だから、少しでも早くサエリ様を、カーリアン国に……」

結局そういう話になるのか。

「とにかく、明日だ。サエリの父上にもお会いしなければならない」

サエリの父には、一度、一方的に会っているのだが……

「うまく説得するしかないね」

「そうだな」

時間を作れれば、サエリの魔力の修練も始めたい。

興奮するたびに、魔力を自動発動させていたのでは、サエリの身が持たないだろう。

「もう話はいいな。私は部屋に戻る」

立ち上がったアークは、座り込んでいるジェライドを見下ろして、口を開いた。

「ジェライド」

「うん?」

「お前の立場はわかる。それに、サエリは私に着いてきてくれるかもしれない。……だが……サエリの意志と選択を尊重すると、約束してくれ」

「そんな心配は必要ないと思うけど……でも、アーク、君はそれでいいのかい?」

「時の大波が無事に過ぎ去ったら……再びサエリに会いにくるつもりだ。その時ならば……」

「時の大波? もしや、ゼノン様が?」

アークは口を滑らせてしまったことに気づき、ハッと喘いで口を閉じた。

しまった!

ゼノンから、時の大波が過ぎ去るまでこの国との国交を絶つと言われたことは、賢者たちに知られてはならなかったのに……

「そういうことか。それで合点がいったよ。サエリ様に結婚を承諾してもらうだけのことではなかったわけだ。時の大波が過ぎ去るまで、この国との行き来を、ゼノン様は、全面的に禁止なさろうとしておいでなわけだね?」

「……聞かなかったことに、してくれないか?」

「アーク……」

「頼む。この通りだ」

アークは、ジェライドに向け、深く頭を下げた。

ジェライドは顔を伏せて吐息をつき、おもむろに顔を上げてきた。

「それについて論議するのは止めよう。その必要をなくせばいい。サエリ様は、君についてきてくださるよ。絶対に。心配いらないよ、アーク」

「そうだといいんだが……」

「それじゃ、休むとしようよ」

「そうだな。おやすみ、ジェライド」

「うん、おやすみ」

ジェライドの言葉を最後に、アークはサエリの部屋に戻った。

布団に入る前に、サエリの様子をもう一度確認したアークは、部屋の電気を消した。

これは何度やっても面白い。

魔法で灯りをつけたり消したりするが、天井にくっついているものが光ったり消えたりするのは、現象過程がわからないぶん、わくわくする。

布団に入る前に真っ暗になった部屋を見回したアークは、サエリのほうに目を向けたところで、ハッとして目を凝らした。

サエリの髪の生え際が……淡く光っている。

「な、なんだ?」

サエリを起こさないように、アークはそっと歩み寄った。

「こ、これは?」

髪が光っている。それも淡い桃色に。
銀色に赤が混じり込んでいるようにも見える。

まさか、これがジェライドの言っていた変化なのか?

この変化を、サエリは素直に受け入れてくれるんだろうか?

嫌がっても、どうしようもないのたが……

この変化に彼女が気づかないようにする術はいくつもあるが……そんな騙すようなことをするべきではないだろう。

「サエリ……」

アークはそっと囁き、淡い桃色の光りを発している髪の生え際に、そっと唇で触れた。






   
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