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第十三話 魔力の影響
(アーク、いったいどういうことになってるんだ?)
息巻くようにジェライドが問い詰めてきて、アークは顔をしかめた。
ジェライドはこの部屋にはいない、アユコが用意してくれた別の部屋にいる。そこから呼びかけてきているのだ。
おとなしく寝るとは思っていなかったし、予想通りのことだが、返事に困る。
(アーク)
(もう夜も遅い、明日でいいだろう)
アークは、アユコが用意してくれた布団にすでに潜り込んでいる。
布団の隣にはサエリのベッドがあり、サエリが寝息を立てている。
(話を聞かせてもらえるまでは、絶対に寝ないぞ)
アークは布団の中でため息をついた。
ジェライドには、すでにサエリと魔力のやりとりをしたことを知られてしまった。
どういう成り行きでそんなことになったのか、ジェライドとしては当然知りたいに決まっているが……
アークにしてみれば、ジェライドに絶対に知られたくなかった話を知られてしまって……気が滅入ってならない。
すでにサエリはアークと婚儀を済ませたようなもの……
ジェライドは、サエリの意志に関係なく、彼女をカーリアン国に連れ戻そうとするだろう。
(アーク)
再三呼び掛けられて、アークは仕方なく身を起こした。
(そちらに行く)
むっつりと答え、立ち上がったアークは身を屈めてサエリの寝顔を見つめた。
よく寝ている。夢を見て魔力を暴走させるようなことも、いまのところはなさそうだ。
それでも、用心のためにアークはサエリの額に手で触れ、彼女の眠りを深めた。
そして、身体の周りにシールドを張る。
何かしら変化があれば飛んで戻ってくるつもりだが……用心しておくにこしたことはない。
ここはサエリの世界。何があるかわからない。
アークは、サエリの前髪をそっと掻き上げてから、ジェライドのところに飛んだ。
「座ったら?」
ジェライドは小さな身体で布団に座り込んでいたが、トントンと自分の隣を叩いて促してきた。
アークは、ジェライドと面と向かい、腰を下ろした。
「魔力の受け取りをしたんだね?」
「受け取りはしたさ。だが、私は嫌がるサエリを、無理やり国に連れ去ったりはしないからな」
「うん? ……そんな必要は、感じないけど」
「ジェライド?」
アークはジェライドを訝しく見つめた。
「どういう意味だ?」
「その問いの意味こそ、わからないな。必要を感じないと言っただけだよ。サエリ様は君の妃になる定め」
「定めか……」
そう口にするだけで苦いものが湧く。
「不服そうだね」
「サエリと出会えたことをしあわせだと思う。……だが、定めというものに、自分の人生を操られているようにも感じて……素直に喜べない」
「君は、定めというものを、勘違いしてるよ。アーク」
「勘違い?」
「ああ。定めとは……生まれし前の約束なのさ……定めに操られているなんて捉え方はおかしいんだ」
約束……そうなのだろうか?
「それで? どうして魔力の受け取りを? サエリ様を救うためって、言っていたけど……」
これはもう話すしかなさそうだ。いまさら事態は変わらない。
アークは、サエリを救うために為された出来事を、ジェライドに語って聞かせた。
サエリらの種族が、魔力の核を持たないことを知り、ジェライドは目を丸くする。
「信じられないな。そんなの人体の機能に反しているとしか……魔力の核を持たずに生まれたなんて話、聞いたこともない」
「ポンテルスも父上も、君同様に驚いたさ」
「やはり、おふたりは凄いな。核なんてものを作ってしまえるなんて……それがまた信じられない話だ。どんなことをしてお造りになったんだろう?」
「戻って、ポンテルスに聞けばいいさ。なんならいますぐ、君を国に送り返してやろうか?」
「それは遠慮するよ。私はここにいる必要があるからね」
もとより、ジェライドを送り返すなんてつもりはなかったが、ジェライドの言葉にはむっとする。
サエリの国からアークの国まで、ジェライドを確実に飛ばせるのか自信が持てない。
テレポは確実でない限り、使うべきではない。
「けど、サエリ様の種族は核がなくても普通に生きているわけだよね。しかも、核がないのに魔力を持っている。……不思議すぎる種族だな」
顎に手を当てて、ひたすら感心している。
小さな身体なままだから、こうして見ていると笑えてくる。
「私も驚いたさ。とにかく、サエリは魔力の核を持つに至ったが、幼子のように……いや、生まれたばかりの赤子よりも魔力を制御できない。それで……」
「魔力の受け取りか……うん。方法的には、それしかないだろうと、私も思う。けど……」
思案げに顔をしかめたジェライドを見てアークは、「どうした?」と呼びかけた。
「う、うん……」
口ごもっているジェライドを見て、アークは眉を寄せた。
「ジェライド?」
「いや……魔力の受け取りをしてしまったわけだし……すぐに婚約式をしなければ……」
「それは、戻ってからのことだ。いまは……」
「でも……そうのんびりしていられないよ。大賢者のひとりとしては……」
「いまはいい。先走るな、ジェライド」
「いや、先走るとかじゃなくてさ……私も詳しくはわからないんだけど……魔力の受け取りの影響が……出始めたら……」
「影響?」
受け取りの?
「感化だよ……男性より、女性のほうに特に出るようなんだ」
「そうなのか?」
「うん。すごく個人差があるみたいだけどね……」
「曖昧だな。どういうことなんだ?」
「だから、私も詳しくはわからないって……既婚者じゃないんだからね。……微妙なことなんだよ」
「私と魔力の受け取りをしたために、サエリに、何か影響が出るかもしれないわけか?」
「既存の魔力が、相手の魔力を得て変化するわけだからね。みんなそれぞれ、魔力に個性やら微妙な癖があったりするだろ? 魔力は単純じゃない」
それはわかるが……元々、核を持たなかったサエリの魔力に、癖やら個性があるものだろうか?
アークは自身の魔力について考え込んだ。
どんなと考えてもわからないが、彼の魔力にも、癖やら個性があるのだろうか?
「君の魔力は他に類のない高品質なものだから……悪い影響は出ないだろうけど……どんな種類の影響が出るかがわからないから……なんらかの影響が出始めた場合、サエリ様も、サエリ様のご両親も、驚かせることになるかも」
「どんな影響が出るというんだ?」
「だから、それはわからないって言ってるだろ。個人個人違うんだよ」
「それじゃ、対処しようがないじゃないか」
「そういうこと。だから、少しでも早くサエリ様を、カーリアン国に……」
結局そういう話になるのか。
「とにかく、明日だ。サエリの父上にもお会いしなければならない」
サエリの父には、一度、一方的に会っているのだが……
「うまく説得するしかないね」
「そうだな」
時間を作れれば、サエリの魔力の修練も始めたい。
興奮するたびに、魔力を自動発動させていたのでは、サエリの身が持たないだろう。
「もう話はいいな。私は部屋に戻る」
立ち上がったアークは、座り込んでいるジェライドを見下ろして、口を開いた。
「ジェライド」
「うん?」
「お前の立場はわかる。それに、サエリは私に着いてきてくれるかもしれない。……だが……サエリの意志と選択を尊重すると、約束してくれ」
「そんな心配は必要ないと思うけど……でも、アーク、君はそれでいいのかい?」
「時の大波が無事に過ぎ去ったら……再びサエリに会いにくるつもりだ。その時ならば……」
「時の大波? もしや、ゼノン様が?」
アークは口を滑らせてしまったことに気づき、ハッと喘いで口を閉じた。
しまった!
ゼノンから、時の大波が過ぎ去るまでこの国との国交を絶つと言われたことは、賢者たちに知られてはならなかったのに……
「そういうことか。それで合点がいったよ。サエリ様に結婚を承諾してもらうだけのことではなかったわけだ。時の大波が過ぎ去るまで、この国との行き来を、ゼノン様は、全面的に禁止なさろうとしておいでなわけだね?」
「……聞かなかったことに、してくれないか?」
「アーク……」
「頼む。この通りだ」
アークは、ジェライドに向け、深く頭を下げた。
ジェライドは顔を伏せて吐息をつき、おもむろに顔を上げてきた。
「それについて論議するのは止めよう。その必要をなくせばいい。サエリ様は、君についてきてくださるよ。絶対に。心配いらないよ、アーク」
「そうだといいんだが……」
「それじゃ、休むとしようよ」
「そうだな。おやすみ、ジェライド」
「うん、おやすみ」
ジェライドの言葉を最後に、アークはサエリの部屋に戻った。
布団に入る前に、サエリの様子をもう一度確認したアークは、部屋の電気を消した。
これは何度やっても面白い。
魔法で灯りをつけたり消したりするが、天井にくっついているものが光ったり消えたりするのは、現象過程がわからないぶん、わくわくする。
布団に入る前に真っ暗になった部屋を見回したアークは、サエリのほうに目を向けたところで、ハッとして目を凝らした。
サエリの髪の生え際が……淡く光っている。
「な、なんだ?」
サエリを起こさないように、アークはそっと歩み寄った。
「こ、これは?」
髪が光っている。それも淡い桃色に。
銀色に赤が混じり込んでいるようにも見える。
まさか、これがジェライドの言っていた変化なのか?
この変化を、サエリは素直に受け入れてくれるんだろうか?
嫌がっても、どうしようもないのたが……
この変化に彼女が気づかないようにする術はいくつもあるが……そんな騙すようなことをするべきではないだろう。
「サエリ……」
アークはそっと囁き、淡い桃色の光りを発している髪の生え際に、そっと唇で触れた。
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