|
第四話 受け入れられぬ言葉
「君らは本当に、……その、魔法……使い……なのかね?」
周吾は、ひどく口ごもりながらアークとジェライドに向けて問う。
空中をキャンバスにしてのお絵描き遊びは、まだ続いている。
すでに大傑作となりつつある絵をちらりと見た周吾は、こんなことを口にするのもいまさらかとでも言いたげに苦笑した。
アークとジェライドが魔法使いであることを父に受け入れてもらうために、どう説明したもんかと悩んでいたのが、この不思議なお絵描きのおかげで、簡単にクリアできてしまったようだ。
それでも、彼らふたりが異世界の者なのだということを受け入れてもらうのは、また別の話。
魔法使いがこの地球に存在しているってことなら、受け入れやすいだろうが……異世界ってのは……
「我々の国では、魔法使いという言葉は、実のところ使わないのですが……魔法の使い手であることは確かです」
「魔法使いと魔法の使い手と、どう違うのかね? 同じのように聞こえるが」
「そうなのですか?」
問いかけたのに、アークから聞き返され、周吾がまた苦笑いする。
「ああ、同じに聞こえる」
「そうですか。通訳の玉を介して互いの言語を理解していますから……微妙な解釈の違いが起こっているのだと思います」
「通訳の玉?」
なんだねそれは?というように父が口にし、アークは沙絵莉に視線を向けてきた。
「サエリ、君の通訳の玉を、お父上にお見せするかい?」
お父上という御大層な呼び名に、ちょっと笑いそうになりながら沙絵莉は頷いたものの、自分の首に手を触れて、眉を上げた。
通訳の玉の首飾りは、アークによると、首に下がっているらしいが、見えもしないし手にも触れない。
「アーク」
呼びかけた瞬間、手に触れるものがあった。あまりに突然のことで、どきりとしてしまう。
「えっ!」
叫んだのは周吾だった。
周吾の隣に座っている美月も、目を見張り、「ま、まあ」と叫ぶ。
「あら、きれいなネックレスじゃないの」
どうやら、一瞬にして見えるようにしてくれたらしい。亜由子が目を輝かせる。
「驚かされてばかりだな」
周吾が渋々のように言ったが、その顔には笑いが滲んでいた。
あっ、そういえば……
「お母さん、あの玉は?」
通信の玉のことを思い出した沙絵莉は、首から外そうとネックレスを引っ張りながら、母に問いかけたが、母は慌てたように腰を上げ、沙絵莉の手を掴んできた。
「な、なに?」
「もおっ、沙絵莉ってば、そんなにひっぱったらちぎれちゃうわよ」
あ、ああ、そういうことか。
「大丈夫なの。これ、いくらひっぱってものびるの。だから切れたりしないわ」
沙絵莉は、ぐいっと引っ張って見せた。
ネックレスは、やすやすと面白いほど伸びる。
「なんだ、ゴムなのね。見た目じゃわかんないけど」
いや、ゴムなんて素材じゃないと思うが。
沙絵莉は改めてネックレスを外し、手を差し出している母に渡した。
「あら、色が変わっちゃったわよ」
母の言葉どおり、母の手に渡した途端、ネックレスについている玉は色を変えた。
「色も質も、触れている者に応じます」
「そうなの」
答えた亜由子は、それを確かめようとしてか、俊彦に手渡した。
アークの口にしたとおり、また色が変化した。俊彦の手から周吾の手に渡り、美月も手に取り、最後に沙絵莉のところに戻ってきた。
「まあっ、沙絵莉が持つと、ずいぶんとキラキラになるじゃないの。私たちが手にしてた時って、いろんな色が混じっちゃってたのに」
母の言葉に、沙絵莉も思い出した。自分が初めて受け取った時は、こんなふうじゃなくて、やっぱり色が混じっていた気がする。
核のせいだろうか? 身体の中に、魔力の核を作ってもらったから……
なんだか不思議な話だ。そんなものが、本当にわたしの中にあるんだろうか?
「ねぇ、アーク」
「うん?」
「あなたも持って見て、どんな色になるのか知りたい」
「私か?」
アークは戸惑ったようだが、差し出すネックレスを受け取った。
うん?
「あら……透けちゃったわね」
母の言うように、色がない。透明になってしまっている。
だが、急に緑の色がさしはじめ、見ている間に、緑色がどんどん濃くなっていく。
「まあっ」
亜由子が声を上げ、沙絵莉はネックレスからアークに視線を移した。
「どうして最初は透明だったの?」
「魔力を注いでいなかったからだ。何色にしようかと迷ったから……」
「あなた、色が変えられるっていうの?」
「魔力はなんでもいいんだ。通信の技を起動させるエネルギーでしかないから」
「そ、そうなの」
意味がよくわからなかったが、思わず頷いてしまう。
アークは微笑み、沙絵莉にネックレスを返してきた。まだ緑色のままだ。
「君らが魔法を使えるというのは、信じがたいが信じるしかないようだ。それで、どうして娘の沙絵莉も、君らと同じように魔法を使えるようになったのかな?」
「使えるってほどじゃ」
そう答えたところで、夢のことを思い出した。
そ、そうだった。テレポしたってことにしちゃったんだったっけ。
「まあ、これから……なのよね、アーク?」
沙絵莉はアークに助けを求めて話しかけた。
「ああ。……サエリは、これから魔力を学ばなければなりません。まずは基礎から」
沙絵莉に頷いたアークは、両親たちに顔を向けて話す。
「いや……ちょっと待ってくれないか。まだ理解できていないことが多いんだが……たとえば、その……君らは魔法を使える特別な人種のようだが……」
「ジンシュ?」
人種が伝わらなかったらしく、アークが聞き返す。
「人種というのは失礼な表現だったかな? すまない。ならば、種族……ではどうかな?」
「ああ、はい。種族ですね。ええ、我々は魔法を使える種族です」
アークが納得したことに、周吾はほっとしたようだった。また話を続ける。
「まずは、どこを拠点にして住んでいるのかな?」
父の問いに、沙絵莉は緊張した。
やはり父は、アークたちが異世界の人間だとまでは思っていない。地球のどこかに住んでいる魔法を使える種族というほうが信じやすいだろう。
「拠点? 住んでいるのは、カーリアン国ですが。私やジェライドは、首都のシャラダムに住んでいます」
「カーリアン国? ……シャラダム?」
周吾は眉をひそめて考え込んでしまった。そんな国が世界のどこかにあっただろうかと思案しているようだが……もちろんありはしない。
いまが、ふたりは異世界の住人だと伝えるタイミングだろう。
「あ、あの……その……ふ、ふたりはね。つまり、異世界のひとで」
「イセカイ?」
困惑の反応を返してくるのは、両親たちのはずだったのに、なぜかアークが不思議そうに聞き返してきた。
「え? え、ええ、異世界」
「国外だろう?」
「コクガイ?」
「ああ、異世界というのは……」
かなり間を空けてから、「違うだろ」と言う。
眉をひそめたが、ここは反論すべきだろう。
彼らは異世界のひとだというのを、両親たちにわかってもらわなければならないのに、アークが違うなんて言っては、わかってもらいようがない。
「異世界じゃないの。あなたの住んでいるカーリアン国なんて、地球には存在しないわよ」
「サエリ、その、チキュウとはなんだい?」
「地球は、わたしたちが住んでる日本がある惑星のことよ」
「ワクセイ? ……ああ、惑星だな。ニホンというのが君の国の名で……」
「アーク様」
陽奈とお絵描きを続行していたジェライドが急に声をかけてきた。
どうしたというのか、顔色が悪いように見える。
「ジェライド、どうした?」
「ジェラちゃん、どうしたの? 気分でも悪い?」
「いえ。そういうことでは……アーク様、少々お話が」
ジェライドは場を外しましょうというような仕種をする。アークが顔をしかめた。
「いや、あとにしよう」
「ですが」
「ジェライド」
「わかりました。皆様、申し訳ございませんでした」
無礼をしたと思ったのか、ジェライドはみんなに向けて頭を下げる。
「なになに、ジェラちゃん、どうしたの?」
「いえ。たいしたことではないのです」
「あら、なら、わたしたちにも話してくれない」
「お母さん。そんなこと言ったら、ジェライドさんが困っちゃうわよ」
「なんでも話してくれなきゃ、お互いに信用できないでしょ? 信用できなきゃ、沙絵莉を行かせたりしないわよ」
「お、お母さん」
「その通りですね」
アークが素直に認めて頷く。
「ちょっと待ってくれ。君ら、その……亜由子、行かせるってなんだい?」
話が微妙な内容へと進み、沙絵莉は顔をしかめた。
「どうせ言わなきゃならないことだから……沙絵莉、あんたから周吾さんに報告するのがいいんじゃない」
母から話を向けられ、焦ったが、確かに報告するなら、自分ですべきだろう。
沙絵莉は覚悟を決め、父に向き直った。
「あ、あの……お父さん、わたしね……アークと結婚することになってるというか、色々あって、すでにしちゃったというか……というわけで、アークの世界に行くって決めたというか」
「まったく、沙絵莉ってば、何をごにょごにょ言ってんの。きっちり言い切りなさいよ」
母に小言を言われ、沙絵莉は、「だ、だって」と肩を縮めた。
「異世界に行く? 結婚?」
周吾は目を見開き、確認を取るように言ってきた。
沙絵莉は気まずくなりつつも、こくこくと頷く。
「あ、ありえんだろう。異世界? 結婚?」
そのふたつの言葉を、周吾はどうしても受け入れられないようで、困惑顔で繰り返すばかりだった。
|
|