白銀の風 アーク

第十一章

                     
第五話 任の重さ



「それじゃ、ジェライドさん、先に」

ジドウシャというらしい乗り物に乗るように、サエリから勧められ、ジェライドは小さく頷いた。

これで移動するらしいのだが……

前と後ろに座席が設けられていて、その後ろの座席に乗るように言われているところだ。

アークやサエリを差し置いて、自分が先に乗り込んでいいものだろうかと、ためらいを感じる。

また、それとは別に、不思議な形態の乗り物への興味に、鼓動が速まる。

外観は金属でできている。

これはいったい、どんなふうに加工されたものなのか?

ジェライドはジドウシャの外側におつかなびっくり触れてみた。

見た目もつやつやとしていたが、手触りも悪くない。

「ジェライド」

背後から小声で声をかけられ、ジドウシャに夢中になっていたジェライドはハッとして顔を上げた。

いまのジェライドからは、遥かに背が高いアークを見上げ、「すみません」と口にして、慌てて乗り込む。

子どもの姿だから、足の短さに、乗り込むのにいくぶん苦労する。

「ジェラちゃん大丈夫? ほら沙絵莉、あなたぼおっとして見てないで、ジェラちゃんに手を貸してあげなさい」

「え? あ……」

アユコがサエリを叱るように言い、ジェライドは泡を食った。

もちろん、サエリ様に、そのようなことはさせられない。

「で、でも……」

困ったように口にするサエリに、ジェライドは「と、とんでもございません」と首を横に振りながら言い、座席の一番端に座った。すぐにアーク、そしてサエリが乗り込んできて、座り込んだ。

前の座席には、すでにシュウゴとミツキが座っている。

アユコとトシヒコ、そしてヒナは、ジドウシャの側に、並んで立っている。

シュウゴとミツキが、辞去することになり、買い物に行くなら乗せて行ってもらえばいいと、アユコが言い出し、彼らは乗せてもらうことになったのだ。

アークはジドウシャに乗れることになり、単純に喜んでいたようだが、彼はアークのようには喜べなかった。

得体のしれない乗り物に乗るのは、少々勇気が必要だ。

まあ、みんなが平然としているのだから、怖れることなどないとはわかっているのだが。

眉をひそめてキョロキョロしていたジェライドは、ヒナと目が合い、見つめ返した。

ヒナは目が合った瞬間、すっと目を外したが、少し視線をさ迷わせてから、またジェライドを見つめてきた。

寂しそうだな……

彼ら三人に行ってほしくないのか、それとも自分も一緒に行きたいのだろうか?

ブルルルルン……

不意に、大きな音が鳴り響き、おまけに自動車が振動を始めた。

びっくりしたジェライドは、小さく飛び上がってしまう。

「あっ、エンジンをかけただけだから、大丈夫よ」

アークの向こう側に座っているサエリが慌てて言ったが、その言葉はジェライドではなくアークに向けられたものだ。

どうやら、アークもジェライドと同じに、突然の音と振動にびっくりしたらしい。

「ああ、少し驚いただけだ。すまない」

アークは頬を赤らめ、頭を下げる。

「あ、あの、わ、私も驚きましたよ」

アークひとりだけ、居心地の悪い思いをさせられないと、申し告げた。

アークは、何を考えてか、ジェライドのほうに向いてきて、苦笑いを浮かべる。

「君ら、もしかして、自動車に乗ったことがなかったのかい?」

驚きとともに問われ、ジェライドはアークと目を合わせてから、シュウゴに向けて「はい」と答えた。

「もちろん初めてでございます。あの、シュウゴ様。このジドウシャと言う乗り物は、いったい、どのような仕組みで、また原動力を元に動くのですか?」

「ああ、これはエンジンを搭載……いや、そうか……そうすると、エンジンもわからないのかな?」

「エンジン?」

「お父さん、とにかく走り出したらどうかしら?」

サエリがシュウゴに意見をし、シュウゴも「そうだな」と笑いながら答える。

ジドウシャが動き出そうとするのに気づき、ジェライドは「あ、あの」と、焦って声をかけた。

「うん、どうしたジェライド?」

ジドウシャを制御しているシュウゴも気にしてくれたらしく、ジドウシャも動きを止める。
ただ、ブルルルという音と振動は続いたままだ。

「あ、あの。ヒナ様も、一緒に行きたいのでは?」

ジェライドの言葉に、みながヒナに向いた。

「ジェライドさん、車に乗れる人数には限界があって、もうこれ以上は乗れないの」

「ああ、そうなのですか」

サエリの説明にジェライドは、素直に答えたものの、納得できたわけではない。

ヒナは小さいし、無理をすればジェライドの隣にでも座れそうだが……

「陽奈も、一緒に行きたいかい?」

トシヒコがヒナに優しく問いかけたが、ヒナは、激しく首を横に振る。

「陽奈、いい。べ、別に行きたいとか、思ってない」

強い口調で言う。
行きたいと思っているのは明らかなのだが……

「迎えにこよう」

アークがヒナに言い、ヒナは戸惑ったようにアークを見返す。

「ああ、そうよね。アーク、テレポで迎えにこれるのよね?」

サエリがほっとしたように微笑んで言い、アークが頷く。

「ああ。目的の場所に到着したら、迎えに来よう」

「そうだったわね。テレポ―テーションで帰って来れるっていうんだから、迎えにもきてもらえるわけねぇ。便利じゃないの。陽奈ちゃん、よかったわね」

アユコの言葉に、ヒナはどう反応していいのかわからないようで、顔を赤らめてもじもじしている。

別に行きたいとは思っていないと口にしてしまったばかりだから、行けるのは嬉しいと思うものの、気まずいのだろう。

「それじゃ、お迎えにきてやってちょうだい。支度して待ってるから、よかったわね、陽奈ちゃん」

「あ……う、うん」

俯いた陽奈は、聞き取れないほどの声で返事をした。

ほっとした雰囲気が流れ、その直後、ジドウシャは移動を始めた。

なんとも……面白い。

流れる景色を楽しみながら、ジェライドは笑みを零した。

風変わりな景色に、不可思議な乗り物。心が弾む。

走りながら、シュウゴがジドウシャの仕組みについて説明もしてくれ、興味深く聞いたが、理解できたとはいえなかった。

説明するシュウゴに対して、アークは突っ込んだ質問を繰り返す。
そのうちに、ジドウシャばかりでなく、話は違う方向へと進んでいった。

アークはシュウゴとのやりとりにイキイキしている。

そんなふたりのやりとりを聞きながら、ジェライドは景色を眺めて楽しんだ。

ただ、背が小さくなってしまっているため、窓から外の景色を見るのは、少しばかり大変だ。

アユコはいないのだし、大きくなってはいけないだろうか?

アークに許しをもらいたいと思ったが、シュウゴとの話が弾んでいて声をかけづらかった。だがしばらくして、シュウゴとアークの会話が一段落した。

この機に、ジェライドはアークの意識に直接話しかけた。

『アーク』

『なんだ?』

『アユコ様はいないし、元の身体に戻ってもいいだろう?』

『変身したままでは、身体が辛いのか?』

『辛いということはないけど……』

『ならば、そのままでいたほうがいい。変身するなら、シュウゴ殿とミツキ殿に説明しなければならなくなる』

それはそうか……

『……わかりましたよ』

『すまないな』

『アークが謝ることじゃないよ』

前を見つめていたアークが、ちらりとジェライドに向く。

『魔力は温存しておいたほうがいい。まだしばらくこの地に留まらなければならない。異国の地で魔力を枯渇させないようにしよう』

その言葉に眉を上げ、ジェライドは意識間での会話をやめた。

もちろん、意識間での会話は魔力を消耗する。

顔を窓に向けたジェライドは、内心ため息をついた。

まったく私ときたら、変身のことなどより、もっと語らなければならない重大なことがあったのに……

アークは、この場所が、異国の地であると思っているようだが……ここはそんなものではない。

知識として、理解してはいる場所……ここは、カーリアン国とは違う空間にある世界なのに違いない。

異空間の場所、だからジェライドは自力では飛んでこられないし、カーリアン国にいる者達と通信ができないのだ。

だが、アークにはそれができる。
だから彼は、サエリを求めて、この地に飛んでこられたし、通信もできるのだ。

いまさらながらに、聖なるひとの、ただならぬ力を思い知らされた。

もちろん、聖なる人であろうと、異空間のテレポは、尋常ではない魔力を消費するのだろう。

倒れるはずだよ……と、改めて思う。

異空間を、幾度もテレポしたのだ。さすがのアークも意識不明になろうというもの。

しかし、異空間の世界……か。

とんでもないところに、アークの運命のひとは生まれたものだ。

この事実に、アークはまだ気づいていないのだ。

ゼノン様はどうなのだろう?

「ねぇ、沙絵莉さん」

ミツキの声に、ジェライドは思考を止めた。ミツキが後ろへと首を回してきている。

「はい」

「あの。私たちの家にも、あ、遊びに……」

「はい。行かせてもらいます」

「あ……え、ええ。楽しみにしているわね」

サエリの返事に、ミツキの心が激しく揺れ動いたのを感じる。さらに、泣きそうになっている心の揺れが伝わってくる。それは、激しい喜びの感情……

ジドウシャの動きを制御しているシュウゴも、ミツキと同様の感情を抱いているようだ。

その余波を、サエリもまた受けている。

よくわからないが……みんな、喜んでいるようだ。アークまでも……

ジドウシャが動きを止めた。ブルルルという音と振動は続いたままだ。

「お父さん、美月さん、どうもありがとう」

サエリがシュウゴたちに礼を述べ、アークとジェライドに頷いてきた。

どうやら、目的地に着いたようで、三人はここで下りることになるらしい。

サエリがドアを開けてジドウシャから降り、アークがシュウゴに顔を向ける。

「ありがとうございました。ジドウシャはとても乗り心地がよいですね」

「酔わなかったようだね。慣れてないと、気分が悪くなりはしないかと心配していたんだが」

「乗り物には、どんなものであれ、強いのですよ。テレポに酔わない者は、乗り物に強いのです」

「テレポというのは、酔いやすいのかね?」

「ええ。それはもう、凄いの。わたしも、いつも吐きそうになっちゃってるわ。アークがすぐに治してくれるんだけど」

サエリは屈み込むようにして顔を覗かせ、少し興奮気味にシュウゴに答える。

「治す? 気分が悪いのも治せるのかい? 死にそうな大怪我をした娘を、君は魔法で治したというし……まったく君は、すごいんだな」

この地で大怪我を負ったサエリをアークが救った話を、サエリはみなに向けて語った。

それでジェライドは、瀕死のサエリとともにアークが現れたあの緊急事態の経緯を、詳しく知ることが出来た。

娘の命が危うかったと知り、もちろんシュウゴはひどく動揺し、サエリを必死に助けようとしたアークに深く感謝した。

「いえ、私は、治すまでは……」

感心したように言ったシュウゴに向けてアークは否定して首を振り、さらに言葉を返している途中で、サエリがふたりの話の間に、焦ったように割り込んだ。

「お父さん、車、通行の邪魔になっちゃってるみたいだわ」

「おっ、そうか。君らはしばらく滞在するんだし……この話も、また今度」

「はい」

苦笑しつつ返事をしたアークは、早く降りるように急かしてくるサエリに従ってジドウシャから降りた。ジェライドもそれに続く。

いまのシュウゴの言葉を聞き、実は少々、気が重い。

滞在が長くなるのは、いまの状況下では致し方ないのだろうが……早くカーリアン国に帰りたいというのが本音。

ゼノンはどう考えているかわからないが、大賢者たちは全員、アークとサエリの帰還を切望しているに違いない。

アークは、カーリアン国にとって、かけがえのない存在。そしていまはサエリもアークと並ぶ特別な存在。

それほどの重要人物を、いま彼は、一手に任されているのだ。

ジェライドは、いまさらながらに、任の重さに身震いしたのだった。






   
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