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第六話 ちょっぴり無念
シュウゴとミツキの乗った自動車が走り去って行くのを見送り、三人は互いに顔を見合わせた。
「陽奈ちゃんのこと、迎えに行く?」
サエリの問いかけに、ジェライドは畏まって頷いた。
「サエリ様、私が行って参りましょう」
そう口にしたところで、ジェライドは向い側から歩いてくる者達が、自分とアークにちらちらと視線を向けているのに気づいた。
意味ありげで、興味のこもった強い視線だ。
注目されることには慣れているが、その視線に込められている色は特殊と言える。
まあ、これも初めての体験ではない。異国の地ではよく向けられる眼差しだ。
それでも、着ている衣服はこの世界のものなのだし、種族が違うことが明らかなほど外見が違うわけでもないのだが……まあ、注目されるのは、髪か……
サエリのように、色を目立たぬ色に変えればよかったかもしれない。いま、サエリの髪は、アークの手でもとの色に変えられている。
自分のこの紫色の髪は、カーリアン国でも珍しい。
さらにアークの銀色の髪は、唯一無二のもの。
同じ聖なるひとである、アークと、ゼノン様でも色合いが違うのだ。
「どこの国のひとだと思う?」
まだかなり離れているが、意識を向けたことで、微かな声が拾えた。
やはり、異国の者と思われたらしい。
「見てよ、あの背の高い人。ものすっごいかっこいいわよ」
「うわー、ほんと、マジ、外国の俳優クラスじゃん」
どうやら、アークの容姿に感銘を受けているらしい。異空間の世界であっても、アークの容姿は、高く評価されるらしい。
「おい、ジェライド」
アークの声に、ジェライドは顔を向けた。彼が気づかぬうちに、ふたりは歩き出していたらしく、数メートルだが、置いて行かれている。
ジェライドは、すぐさまふたりのあとに続いた。
「アーク、どこに行くんだい? ヒナ様のお迎えは?」
「お前、聞いていなかったのか?」
「はい?」
「人気のない場所まで移動しようと言ったぞ」
「ああ、そうでしたか」
頷いた途端、すぐ近くで、「きゃー、かわいい」との叫びが上がり、ジェライドは眉をひそめて振り返った。
先ほどアークのことを話題にしていた者達が、数メートル近くまで来ている。
明らかにアークのことを異性として意識していて、ジェライドは三人を注視した。
アークに馴れ馴れしく声をかけてくるような無礼をするようであれば、たとえ相手が異空間の世界の者であろうと容赦するつもりはない。
「ジェライドさん、こっちに行きましょう」
そう口にしたサエリに、三人を警戒していたジェライドは不意に手を取られ、仰天した。
一瞬固まり、そのあと、強く手を引く。
「あっ!」
サエリがびっくりした声を上げ、手を離す。
「やーだ。あの子、あのおちびちゃんに嫌われてるじゃん」
嘲笑いのこもった声に、ジェライドはぎょっとして顔を向けた。
こ、この者ときたら、な、何を言うのだ!
あろうことか、一緒にいる他のふたりも、侮蔑のこもった薄笑いの表情を、サエリ様に向けている。
もちろん私はサエリ様を嫌ってなどいない。
サエリ様に手を取られ、サエリ様に触れてしまったことに仰天してしまっただけだ。
サエリ様は、ジェライドが触れてよい相手ではない。聖なるアークの妃となる、とんでもなく特別な女性なのだ。
辱めを受けたように顔を赤くして気まずそうな表情をしているサエリを目にしたジェライドは動転し、サエリの前に屈み込んで跪いた。
「ジェ、ジェライドさん!」
驚いた声を上げるサエリに向けて、ジェライドは心からの謝罪を込め、深々と頭を垂れた。
「サエリ様、あの者が申したようなことなど、事実ではありません。サエリ様は、私などが触れてよい方ではないのです」
「サエリ、ジェライドを許してやってくれ。それと……今後、私以外の男に気安く触れるようなことはしてほしくない」
アークときたら、ひどく不服そうに言った挙句、ジェライドに触れたほうのサエリの手を取り、ばい菌を払うかのようにごしごし拭う。
「アーク様。気持ちはわからないではありませんが……いささか、傷つきます」
アークはジェライドに振り返り、にやりと笑う。
それから、先ほどサエリに対して失礼な言葉を発した者達を睨み殺しそうなほど鋭く見つめた。
「彼女を侮辱するなど、この私が許さぬぞ!」
アークは意図して口にしたわけではないのだろうが、その言葉はこれ以上ないほど高圧的だった。
アークの放つ威圧感がストレートに伝わったのだろう、サエリを侮辱した三人は、身を竦めたあと、逃げるようにいなくなった。
「ア、アークってば」
咎めるようにサエリはアークに声をかけたが、恥かしそうに頬を桃色に染めている。
どうやら、サエリ様を傷つけずに済んだようだと、ジェライドはほっとした。
「ジェライド、人気もなくなったぞ。ヒナさんを迎えに行って来い」
「了解」
笑みを浮かべて軽く返事をしたジェライドは、即座にヒナの元に跳んだ。
目指した場所は、アユコたちの家の入口の前。
当然のことだが、家の中に飛ぶようなことはしないし、姿も消している。
まあ、親しい者達の場合は、臨機応変にって感じだが。
ジェライドは、視線をある一点に向ける。
目的のものを見つめて、期待感からドキドキしてきた。
ここにやってきたとき、サエリ様が押してみせた呼び鈴だ。
カーリアン国にもさまざまな呼び鈴があるが、ここのはかなり異質だ。
まあ、異空間の世界のものなのだからな。当然か。
にやりと笑い、そして、この呼び鈴を試せることに得々としつつ、ジュライドは腕を差し上げた。
そのとき、耳慣れない音を聞き取り、ジェライドはハッとして音がするほうに意識を向けた。
ゴーーーッという音が聞こえる。しかも、空のほうからだ。
いったい?
顔を上げ、音が聞こえてくる空に目を向けるものの、音の発生源など何も見当たらない。
なのに、音のほうはどんどん大きくなってくるのだ。
これはいったい、どうしたことだ?
何もないのに、なぜ音が?
空だよな?
それは間違いないのに……
きょろきょろと空全体を眺め回したジェライドは、眉を寄せた。
なにかあるぞ。銀色に光っている。それが少しずつ移動している。
あれが、この爆音のような音の発生源なのか?
そうではなさそうだ。なにせ、小さいし、音がするのは別方向。
音のするほうと銀色の小さな物体を交互に見ていると、音が移動しているように思えてきた。
しかも、少しずつ移動しているあの銀色の物体の方向へと……
気になる。もう、気になってならない。
あの銀色の物体のところに飛んでみるか?
そうすれば、あれがなんであるか確認できるし。音についても解明できるかもしれない。
よしっ。テレポで飛んで、確認してすぐに戻ってこよう。
一瞬で行って戻って来られる。
銀色の物体を見つめ、飛ぼうとした瞬間、「ウウーッ、ワン!」と威嚇するような吠え声が聞こえ、ジェライドは反射的に振り返り、杖をパッと取り出して構えた。
「も、もおっ、こらっ、クロ! 小さな子に吠えないの。まったく、大人に向かっては吠えられないくせにっ」
小太りの女性が、動物に向かって文句を言っている。文句を言われている動物……クロというらしいが……は、まだジェライドに向かって吠え続けている。
牙を剥いて、威嚇の表情をする動物は、危険に思えるが……女性は恐れてはいないようだ。
これって、飼い馴らしてでもいるのか?
手綱までつけて連れ歩くとは……剛毅な女性だ。どうせなら、もっとかわいらしくておとなしい、手綱など必要のない動物を飼えばよいものを。物好きだな。
まあ、カーリアン国にも、獰猛な動物を手なずけて悦に入っている者はいるが……
「ほら、行くわよ」
女性は、手綱を思い切り引っ張った。動物は首をぐいっと引かれ、苦しかったのか、ぴょんと飛び跳ねて、女性の足元に移動した。
「吠えつかせちゃって、ごめんなさいね」
申し訳なさそうに謝罪され、ジェライドは「いえ、大丈夫ですよ」と真顔で答えた。
「あらまっ」
ジェライドの返事に、女性が楽しそうに叫んで笑う。
おかしな返答をしただろうか?
それでも、女性の態度は友好的だ。連れている動物は相変わらず、彼を敵視しているが。
「日本語、ちゃんと話せるのね」
「言葉ですか? ええ、話せますよ」
「面白いわねぇ。外国の子って、こんな小さいのに、大人みたいな日本語使うのねぇ」
大人みたいなニホンゴ?
「その髪の色、地毛なの? 染めてるの?」
「この髪ですか? 染めてはおりませんよ」
「まあっ、こんな紫の髪をしたひとって、いたのねぇ。ねぇ、あなたのお母さんも紫なの?」
「母ですか?」
母のことに話が及び、いささか複雑な気分になる。
「いえ、母はこの色ではありません。それより、ご婦人。少し質問をさせていただきたいのですが、構いませんか?」
「えっ? 質問って、なあに?」
「その動物は、なんという名なのですか?」
「ああ、この子はクロよ。もうやんちゃで困っちゃうのよ。それに、こんなだけど、怖がりでね。それで吠えてばかりいるのよ」
クロと言うのは、名前だと思うのだが……質問が悪かったか?
それにしても……
「恐がりなのですか?」
どうみても、獰猛そうになのに。
「そうなの。……わ、わかったわよ。もう行くってば。お嬢ちゃん、それじゃね」
動物に引きずられるようにして、女性は去って行った。
突然の異空間の世界の住人との遭遇は、かなり楽しかったが……オジョウチャンというのは、なんのことなのだろう?
あとで、アユコ様か、トシヒコ様に聞いてみるとしよう。
「さてと」
笑みを浮べたジェライドは、空を見上げた。
では、銀色の物体のところに……
うん? あれっ?
空をきょろきょろと見渡すが、先ほどの銀色の物体、すでに空にない。
なんだ、もう行ってしまったのか?
残念だったな……また来ないだろうか?
がっかりして玄関に視線を戻し、ハッとする。
そ、そうだった。私ときたら、ヒナ様を迎えにきたというのに……
ジェライドは慌ててドアに歩み寄り、呼び鈴に手を伸ばす。
あ、あれっ?
思ったより、呼び鈴の位置が高いようだ。
爪先立ちになり、ぐぐっと背伸びし、腕を精一杯伸ばし、ようやく押せた。
ピンポーンと軽い音がし、ジェライドは達成感を感じてにやりと笑った。
あとは、待っていれば、この四角のものから声が聞こえるはず。
ワクワクしながら待っていると、突然、目の前のドアがガラガラっと開いた。
「ジェラちゃん戻って来たわね。陽奈ちゃん、もういまかいまかと待ってたのよ。さあ、入って」
アユコは、ほらほらとジェライドを中へと招く。
四角いものから聞こえる声を楽しみにしていたジェライドは、ちょっぴり無念な気分で、家の中に入ったのだった。
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