|
第十二話 なにを連呼
まったく、沙絵莉ときたら。
行方知れずになってたと思ったら、どこで見つけたんだか超美形な男性を連れて戻ってきて……
なんでか、わたしの目の前で空中に浮かんで……
あー、ありえない。
絶対、そんなわけないのよ。
アークとかいう名前の美形なひと、マジシャンなんだわ。絶対そう。
けど……なんで、わたしに浮いて見せたり……?
そのときピカンとひらめいた。
あっ、そ、そうか。つまり、これ全部、引っかけなのよ。
裏にはテレビ局が絡んでいて、新番組とかで一般庶民をだまくらかして、みんなで笑おう的な番組の企みなのに違いない。
沙絵莉は一般庶民から選ばれた仕掛け人ってやつで……
そうよっ、そうだわ。それ以外にないわ。
沙絵莉の行方知れずも、これで説明がつくじゃないの。
そして、いまのまったく要領の得られない意味不明な話。
まったくもって、見事な大根役者っぷりだったじゃないの。
あーん、完璧納得!
そっかそっか、そうだったんだ。
すべてを理解し納得した由美香は、すっきりした気分で顔を上げた。
超マジックの演出は、もう終わったらしく、沙絵莉とイケメンマジシャンは、彼女の前に並んで突っ立ち、こちらを見ている。
つまりこれって、わたしの反応を見てるのかあ?
あー、激しくムカつくんですけど。
そう思った瞬間、ムカツキに火がついた。
ムカツキは、瞬時に憤りへと昇華する。
「もおっ、仕掛けはすべてわかったわよ!」
憤懣やるかたなく、彼女は沙絵莉に向けて吠えついた。
「は、はい?」
なぬ、沙絵莉さんよ、まだそらっとぼけようとするか。
腕を組んだ由美香はハーッと呆れを込めて息を吐き、視線を斜め右上に上げる。
この部屋のあちこちに、隠しカメラが設置してあるに違いない。
由美香は証拠のブツを探して、つぶさに部屋を見回す。
うーん、完璧に隠しているみたい。
なかなか見つけられない。
「ねぇ、どこに隠してるの?」
「か、隠し? ……あ、あの……何を?」
まだとぼけてそんなことを言う。
イライラが募り、憤怒第二弾がグググッと突き上げてきそうだ。
「もおっ。すべてお見通しだって言ってるの。どこのテレビ局と共謀してるのよ?」
そこまでぞんざいに口にしてしまったあとで、由美香はハッとした。
い、いけない。これって、いずれテレビで流されちゃうっていうのに……わたしときたら、あまりな態度を取ってしまって……
泰美がいたらよかったのに、そしたらひとりで騙されるより……
あっ! も、もしかすると……
「あ、あのさあ、由美香?」
遠慮がちに沙絵莉が話しかけてきたが、頭の中いっぱいの由美香の耳には入らず、彼女は沙絵莉をねめつけた。
「まさか、泰美も共犯なの? 携帯が繋がらなかったのは、そのせい? それに、笹野君も……ねぇ、沙絵莉、全員共犯なんでしょ?」
「ああ、違う、違うって……ほんと、そういうんじゃないから」
もうここまでバレてしまったというのに、まだネタバラシの時ではないと判断されているのか、沙絵莉は必死に両手を振って誤魔化そうとする。
由美香はほとほと呆れた。
「だーから、もうわかってるから……ほら、大成功とか書いた旗か幟、持った人が笑いながら入ってくるんでしょ? それとも、さっさと気づいちゃったから、これって失敗に終わったの? なら、なんか悪い気がしちゃうけど……でもさ……」
語っていると、沙絵莉に両肩をガシッと掴まれた。
ぐっと視線を合わせてきて、由美香は眉をひそめて沙絵莉の目を見返した。
「なに?」
「あのね。本当のことだから。わたしとアークがいま空中に浮いたのって、由美香が思ってるような超マジックじゃないの、現実なのよ」
はあっ?
「なんか……もうしつこいし……視聴者もつまらないと思うんだけどなぁ」
由美香は抗議を込めて、部屋全体を見回した。
どこかで自分を撮影している、カメラの向こう側にいるスタッフたちに向けて、目で訴える。
「ア、アーク?」
沙絵莉が焦ったような声を出し、由美香は顔を元に戻した。
美形マジシャンが、なぜだか自分の顔に向けて手を差し伸べてくる。
驚いて目を見張ったとき、馴染みの着信音が聞こえた。
伸ばされていたマジシャンの手の動きが停止する。
いったい何をしようとしていたのかわからないが、由美香はその手をいぶかしく見据えながら携帯を取り出した。
あっ……泰美からだ。
ははあん。
ピンときた。
これがお次のどっきりの仕掛けってわけか。
これ以上、いったい何をしようというのか?
しかし、疲れるわ。
あーあ、わたし、まだおとなしく付き合わなきゃいけないのかな?
テレビ局になんの義理もないのに付き合い続けるなんて、あまりに馬鹿馬鹿しいんだけど……
しかし、なんでわたしがドッキリの餌食に選ばれたんだか……?
泰美のほうがよっぽど……
「由美香、携帯、出なくていいの?」
沙絵莉から催促され、由美香はふっと笑った。
ほら、やっぱりじゃない。この電話に出ないと、次の仕掛けは始まらないわけよ。
それで、沙絵莉は焦って催促してきたのだ。
「出ません」
きっぱりと言い切る。
これ以上、付き合う気はないぞ。……という気持ちを強固に込めて。
「えっ? い、いいの?」
「いいも何も……わたし……テレビに出演とか嫌だから、断らせて。いえ、断ります。ということで、わたしに仕掛けたドッキリは失敗ってことでお願いね」
「ち、違うってば! だから、本当なの。現実なの。嘘じゃなくて全部本当なのよ」
沙絵莉は大慌てで両手を振り回し、必死になって説得してくる。
すでにおとなしくなった携帯をバッグ戻し、由美香は首を横に振った。そして立ち上がる。
「番組スタッフさんたちが出てくる気がないのなら、わたしが出てくから。沙絵莉、またね」
スタスタとドアまで歩み、そこで振り返った。
こんなことに自分を巻き込んだことには腹を立てているが……沙絵莉には沙絵莉の事情があったかもしれない。
友達づきあいまで解消する気はないからねと伝えて、安心させてやろう。
だいたい、知り合い全員グルみたいだし……
テレビ局もやるよねぇ。
「沙絵、えっ? きゃあーーーっ!」
突然身体の感覚が不安定になり、その違和感バリバリの現象に、由美香は悲鳴を上げた。足元をもつらせてすっころんだはずなのに、転倒したときの衝撃も痛みもない。
「なっ、なっ、えっ? ええっ? なに? なになになになになになに」
『なに』をさんざん連呼したあと、茫然とする。
床が、身体の一メートルほど下にある。由美香は縮めていた足をぐっと伸ばし、爪先を床につけた。
ちょんちょんと、爪先で床をつつけたのだが……
だが……
だが……
「な、なんなのおっ」
頭は真っ白、由美香は情けなく叫んだ。
|
|