白銀の風 アーク

第十一章

                     
第十二話 なにを連呼



まったく、沙絵莉ときたら。

行方知れずになってたと思ったら、どこで見つけたんだか超美形な男性を連れて戻ってきて……

なんでか、わたしの目の前で空中に浮かんで……

あー、ありえない。

絶対、そんなわけないのよ。

アークとかいう名前の美形なひと、マジシャンなんだわ。絶対そう。

けど……なんで、わたしに浮いて見せたり……?

そのときピカンとひらめいた。

あっ、そ、そうか。つまり、これ全部、引っかけなのよ。

裏にはテレビ局が絡んでいて、新番組とかで一般庶民をだまくらかして、みんなで笑おう的な番組の企みなのに違いない。

沙絵莉は一般庶民から選ばれた仕掛け人ってやつで……

そうよっ、そうだわ。それ以外にないわ。

沙絵莉の行方知れずも、これで説明がつくじゃないの。

そして、いまのまったく要領の得られない意味不明な話。

まったくもって、見事な大根役者っぷりだったじゃないの。

あーん、完璧納得!

そっかそっか、そうだったんだ。

すべてを理解し納得した由美香は、すっきりした気分で顔を上げた。

超マジックの演出は、もう終わったらしく、沙絵莉とイケメンマジシャンは、彼女の前に並んで突っ立ち、こちらを見ている。

つまりこれって、わたしの反応を見てるのかあ?

あー、激しくムカつくんですけど。

そう思った瞬間、ムカツキに火がついた。
ムカツキは、瞬時に憤りへと昇華する。

「もおっ、仕掛けはすべてわかったわよ!」

憤懣やるかたなく、彼女は沙絵莉に向けて吠えついた。

「は、はい?」

なぬ、沙絵莉さんよ、まだそらっとぼけようとするか。

腕を組んだ由美香はハーッと呆れを込めて息を吐き、視線を斜め右上に上げる。

この部屋のあちこちに、隠しカメラが設置してあるに違いない。

由美香は証拠のブツを探して、つぶさに部屋を見回す。

うーん、完璧に隠しているみたい。

なかなか見つけられない。

「ねぇ、どこに隠してるの?」

「か、隠し? ……あ、あの……何を?」

まだとぼけてそんなことを言う。

イライラが募り、憤怒第二弾がグググッと突き上げてきそうだ。

「もおっ。すべてお見通しだって言ってるの。どこのテレビ局と共謀してるのよ?」

そこまでぞんざいに口にしてしまったあとで、由美香はハッとした。

い、いけない。これって、いずれテレビで流されちゃうっていうのに……わたしときたら、あまりな態度を取ってしまって……

泰美がいたらよかったのに、そしたらひとりで騙されるより……

あっ! も、もしかすると……

「あ、あのさあ、由美香?」

遠慮がちに沙絵莉が話しかけてきたが、頭の中いっぱいの由美香の耳には入らず、彼女は沙絵莉をねめつけた。

「まさか、泰美も共犯なの? 携帯が繋がらなかったのは、そのせい? それに、笹野君も……ねぇ、沙絵莉、全員共犯なんでしょ?」

「ああ、違う、違うって……ほんと、そういうんじゃないから」

もうここまでバレてしまったというのに、まだネタバラシの時ではないと判断されているのか、沙絵莉は必死に両手を振って誤魔化そうとする。

由美香はほとほと呆れた。

「だーから、もうわかってるから……ほら、大成功とか書いた旗か幟、持った人が笑いながら入ってくるんでしょ? それとも、さっさと気づいちゃったから、これって失敗に終わったの? なら、なんか悪い気がしちゃうけど……でもさ……」

語っていると、沙絵莉に両肩をガシッと掴まれた。

ぐっと視線を合わせてきて、由美香は眉をひそめて沙絵莉の目を見返した。

「なに?」

「あのね。本当のことだから。わたしとアークがいま空中に浮いたのって、由美香が思ってるような超マジックじゃないの、現実なのよ」

はあっ?

「なんか……もうしつこいし……視聴者もつまらないと思うんだけどなぁ」

由美香は抗議を込めて、部屋全体を見回した。

どこかで自分を撮影している、カメラの向こう側にいるスタッフたちに向けて、目で訴える。

「ア、アーク?」

沙絵莉が焦ったような声を出し、由美香は顔を元に戻した。

美形マジシャンが、なぜだか自分の顔に向けて手を差し伸べてくる。

驚いて目を見張ったとき、馴染みの着信音が聞こえた。

伸ばされていたマジシャンの手の動きが停止する。

いったい何をしようとしていたのかわからないが、由美香はその手をいぶかしく見据えながら携帯を取り出した。

あっ……泰美からだ。

ははあん。

ピンときた。

これがお次のどっきりの仕掛けってわけか。

これ以上、いったい何をしようというのか?

しかし、疲れるわ。

あーあ、わたし、まだおとなしく付き合わなきゃいけないのかな?

テレビ局になんの義理もないのに付き合い続けるなんて、あまりに馬鹿馬鹿しいんだけど……

しかし、なんでわたしがドッキリの餌食に選ばれたんだか……?

泰美のほうがよっぽど……

「由美香、携帯、出なくていいの?」

沙絵莉から催促され、由美香はふっと笑った。

ほら、やっぱりじゃない。この電話に出ないと、次の仕掛けは始まらないわけよ。
それで、沙絵莉は焦って催促してきたのだ。

「出ません」

きっぱりと言い切る。

これ以上、付き合う気はないぞ。……という気持ちを強固に込めて。

「えっ? い、いいの?」

「いいも何も……わたし……テレビに出演とか嫌だから、断らせて。いえ、断ります。ということで、わたしに仕掛けたドッキリは失敗ってことでお願いね」

「ち、違うってば! だから、本当なの。現実なの。嘘じゃなくて全部本当なのよ」

沙絵莉は大慌てで両手を振り回し、必死になって説得してくる。

すでにおとなしくなった携帯をバッグ戻し、由美香は首を横に振った。そして立ち上がる。

「番組スタッフさんたちが出てくる気がないのなら、わたしが出てくから。沙絵莉、またね」

スタスタとドアまで歩み、そこで振り返った。

こんなことに自分を巻き込んだことには腹を立てているが……沙絵莉には沙絵莉の事情があったかもしれない。

友達づきあいまで解消する気はないからねと伝えて、安心させてやろう。

だいたい、知り合い全員グルみたいだし……

テレビ局もやるよねぇ。

「沙絵、えっ? きゃあーーーっ!」

突然身体の感覚が不安定になり、その違和感バリバリの現象に、由美香は悲鳴を上げた。足元をもつらせてすっころんだはずなのに、転倒したときの衝撃も痛みもない。

「なっ、なっ、えっ? ええっ? なに? なになになになになになに」

『なに』をさんざん連呼したあと、茫然とする。

床が、身体の一メートルほど下にある。由美香は縮めていた足をぐっと伸ばし、爪先を床につけた。

ちょんちょんと、爪先で床をつつけたのだが……

だが……

だが……

「な、なんなのおっ」

頭は真っ白、由美香は情けなく叫んだ。






   
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