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第十七話 律儀に訂正
「アーク様」
現れたジェライドは、この場にいる全員にさっと視線を飛ばすと、アークに向き直り、畏まって頭を下げた。
「ジェライド。こちらの御二方はサエリのご友人だ」
「はっ」
お辞儀して答えたジェライドは、改めて由美香と泰美に向く。
「初めてお目にかかります。私はアーク様の従者で、ジェライドと申します。以後、お見知りおきを」
「わーっ、すっごーい」
ジェライドが折り目正しく挨拶を終えたところで、なんと泰美は、パチパチと手を叩きながら叫んだ。
唐突にそんなことをやられ、ジェライドは面食らったに違いなく、訝しそうな眼差しを泰美に向ける。
「従者? 異世界って、そんな風習があるの? あ……ああ、違うか……きっと、異世界ってのはいっぱいあるんだろうから……まあ、異世界があればの話だけど……」
「由美香ってば、何わけのわからないことぶちぶち言っちゃってんのよ」
泰美の言うとおり、独り言をぶちぶち言っていた由美香は、泰美の指摘にむっとしたようだった。
「わけのわからないことなんて……ちょっと考えがまとまってないだけよ」
プリプリしながら由美香は泰美に文句を言う。だが、泰美は「あはは」と笑い飛ばした。
「由美香ってばおっかしい。考えがまとまってないから、聞いてるこっちには、わけがわからなく聞こえるんじゃん」
「もういいわっ!」
由美香はぴしゃりと言い、「それより」と言いながら沙絵莉に向いてきた。
彼女と目を合せ、紗絵莉は頷いた。
「魔法を見せてもらう……」
そのことを求められているものと思って口にしたが、「違う違う」と止められた。
「違うって、なに?」
「わたしたち、まだ、この子に自己紹介してないわよ」
呆れたように言われ、ああ、そうかと思う。
そうしている間に、泰美がジェライドの前に歩み寄る。そして、膝立ちして視線を合せた。
まるきり、小さな子どもを相手にしている態度だ。
ジェライドに対して、申し訳なくなる。だが、確かにいまのジェライドの見た目は小さいのだから、このふたりの態度も仕方がない。
「ジェラッドちゃん、わたしは野々垣泰美よ。よろしくね」
首を傾げて、にこっと微笑む。
「は、はい」
沙絵莉は思わず顔に手のひらを当てた。
いまのふたりのやりとり、ちょっと痛い。
それに、名前が微妙に違ったし。
「泰美、ジェライドちゃんよ。ジェラッドちゃんじゃなくて」
名前が違うことを教えようと思っていたら、由美香が代わりに訂正してくれた。
「えっ? ジェラッ……イド?」
「ジェライド。ねっ、でしょう?」
由美香もジェライドの前にゆき、これまた膝立ちになってジェライドに話しかける。
ジェライドは、ふたりの行動に、困惑させられているようだ。
この場合、助けに入った方がいいのだろうか?
けど、アークは?
アークを窺うと、笑いを堪えている。
まったく、アークってば、面白がってるわね。
「わたしは松見由美香よ。ジェライドちゃん、よろしく。……それにしても、こんなに小さいのに、貴方もワープができるの?」
「……はい。できますが。その技を使って、いまここへと飛んできましたので」
「そうよねぇ。ねぇ、あなたの世界って、みんなワープやら魔法が使えるの?」
「……魔力は、誰しも使えるものです」
ジェライドがきっぱり言うと、泰美は否定して大げさに首を横に振って見せる。
「いやいや、使えないのよ。わたしたちの世界では、普通には使えないの。ジェラッドちゃんのところは、普通にワープなんてものできちゃうわけかぁ。すっごいねぇ」
感心したように泰美が言う。
「いえ、普通の者にはワープは使えません」
「えっ? 魔法の使えない普通のひともいるの?」
「なんだそうなの? それじゃ、普通のひとは魔法を使えないってこと?」
泰美の言葉に被せるように由美香が、ジェライドに問う。
「でも、いまジェラッ……ライドちゃん、魔法はみんな使えるって、言わなかったっけ?」
「泰美。ほら、ジェライドちゃんはまだ小さいんだから」
由美香がたしなめるように言い、泰美は「そっか」と小さく舌を出して、自分の頭をこつんと叩いた。
「そうよねぇ。ごめんね、ジェラッライドちゃん」
「ジェライドちゃんよ。あんたはもう、名前を間違えるなんて駄目よ」
「……ごめん。えーっと、ジェラ……」
「ジェライドちゃんよ」
「呼びづらいようでしたら、彼のことはジェラで構いませんよ」
見かねたのか、面白がってか、アークがそんな口添えをする。
「ジェラちゃんか。うんうん、そのほうが呼びやすい。みんなからは、そう呼ばれてるの?」
泰美から問いかけられたジェライドは、目を白黒させながら「いえ」と答え、さらに続ける。
「そのように、私を呼ぶのは、サエリ様の御母上であられるアユコ様と……」
「様ぁ? 沙絵莉のこと、様呼びしてるの?」
驚いたように泰美が言うと、ジェライドは真面目な顔で「もちろんです」ときっぱり答える。
「サエリ様は、聖なるひとであられるアーク様の妃となられるお方でありますれば」
「き、妃?」
面食らった様に由美香が口にし、泰美も驚いて捲し立て始めた。
「な、なあに、妃って……沙絵莉、あんたとアークさんって、そういう関係なの?」
由美香が額を押さえて目を瞑り、疲れたように背を丸める。
「あーー、頭痛くなってきた。異世界からやってきた王子様が、突然妃になってくれだなんて……それって物語では定番だけど、現実離れしすぎてるわ」
まるで文句を言うように由美香が言う。
沙絵莉自身だって、そう思うが……
「確かに現実離れしてるけど……」
どうしたって現実なのだから仕方がないではないか。まあ、アークは王子様ではないのだが。
「アーク様は、王子ではありません」
沙絵莉が思っていたまま、代弁するようにジェライドが律儀に訂正する。
「ああ、王子様っていうのは、本気で言ったわけじゃないのよ、ジェラちゃん」
由美香が笑いながら言う。
「……そうなのですか?」
「そうそう。王子様ってのは、さすがにできすぎってやつよね」
泰美がそう言うと、ジェライドは顔をしかめた。
なにやら、泰美の言葉が気に入らないようだけど……どうしたのだろう?
「さて、そろそろ本題に入りませんか?」
それまで黙って話を聞いていたアークが、丁寧に口を挟んだ。
「本題?」
なんのことだと言うように、泰美が聞く。
由美香も泰美と同じような戸惑い顔をしていたが、不意に思い出した様だった。
「そうよ。魔法を見せてもらうって話だったじゃない」
「ジェラちゃん、魔法の杖を持ってるの?」
由美香の言葉に泰美もそうだったと思い出したらしく、すぐさまジェライドに尋ねた。
「……杖は持っておりますが……アーク様?」
「魔力を見せてほしいとのことなのだ。我々が……異世界の者であることを信じていだたくために」
「そういうことでしたか」
「ジェラちゃんも、魔法が使えるの?」
「……魔力は使えます」
アークも魔法と言う言葉に違和感を感じていたようだが、ジェライドも同じらしい。
いちいち魔力と言い替えているのが、沙絵莉には面白く感じる。
「でも、いまは杖を持ってないみたいね」
ふたりは、小さなジェライドの全身に視線を這わせる。
「杖ならば、ありますが」
そのジェライドの言葉に、沙絵莉は思わずどきりとした。
また何もないところから、杖を取り出すのに違いない。
何度見ても、あんな不思議なことを目の前でやられるとドキドキする。
マジシャンが、同じようなことをやっているのを見たことはあるが、あれはネタがあると思うから、見てるこっちも受け入れやすい。
「どこに?」
「服の中に隠してるの?」
泰美と由美香の言葉に「いえ」と小さく首を振ったジェライドが、「ここに」と言った瞬間、彼の右手には杖が握られていた。
由美香と泰美は揃って、目玉が転がり落ちそうなほど目を見開いたのだった。
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