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第十八話 鳥肌もの
「……ななっ、そ、それ、ど、どこから出てきたの?」
「異空間です」
仰天している泰美に向けて、ジェライドはこともなげに言う。
「異空間?」「い、異空間?」
由美香と泰美は声を合わせて叫んだ。
「はい」
ジェライドは畏まって返事をする。
「どのような魔力がよろしいのでしょうか? アーク様」
「そうだな。サエリ、幻はどうだろうか?」
「幻って、わたしの家でやったみたいなやつ? いいんじゃ……」
口にしている途中で、沙絵莉は肩を叩かれた。
口を閉じて振り返ってみると、泰美だ。
「泰美、なあに?」
「ねぇ、さっき、由美香が言ってたじゃん……ひとを浮かしたりとかって、ほんとにできるの?」
「あ、うん」
沙絵莉は返事をしながら、アークに向いた。
「ええ、できます」
「なら、それやって見せてほしいけど。ねぇ、ジェラちゃんも、できるの?」
「はい」
「なら、その杖で、やって見せてよ。わたしのこと、浮かせてみて」
ワクワクした表情で、泰美はジェライドの前に立った。そして、さあこい、といわんばかりに足を開き、両手も広げて、魔法を待ち構える。
「それでしたら、杖など必要ありませんが……」
「えっ、そうなの? なら、杖はどんなときに必要なの?」
「杖は、魔力を集中させるためのものです。同じ魔力だけを使いたいときなど、未熟な者にとってはかなり重宝する魔力の利器なのです」
「未熟なひとよう?」
「はい。私も杖は使いますが、戦闘時くらいですね」
「戦闘時?」
「由美香、きっと、子ども同士の喧嘩のときってことよ」
「あ、ああ、そっか」
見た目で勝手に解釈しているふたりに、訂正を入れようかと思ったが、それを沙絵莉が口にしてしまっていいものかわからない。
それに、戦闘という言葉が気にかかる。
アークの世界って、戦闘とか、するのだろうか?
戦闘って、つまり、戦争ってことなのよね?
彼の国、とても平和そうだったのに……花の祭りのときなんか、とくに……
まあ、修練場というところでは、みんな戦いの練習をやっていたけど……
あれは防犯のため……実践はなくとも、いざというときのために、国を守る兵隊がいるということなんじゃなかったのだろうか?
あっ、そういえば、夢の中の『沙絵莉』が……時の大波とかって口にしていた。
……不穏なものが、影で何やら動いてるとかって……
不穏なものって、なんなのだろう?
それは、戦争になる可能性があったり?
背筋がぞっとしてしまい、沙絵莉は思わずビクリと身を震わせていた。
「怖い?」と、『夢の中の沙絵莉』が言ったっけ。
アークの世界に行ったら、アークも生死に関わる恐ろしい戦いに巻き込まれたりするんだろうか?
そんなの恐いし、嫌だ。
わたしは、アークのために何もしてあげられないだろうし……
沙絵莉は顔をしかめた。
アークの力になれるような、実戦で役に立つ、戦う力がわたしにもあればいいのに……心の底からそう思う。
『ほお』
頭の中で大きな声が響き、沙絵莉がぎょっとしたとき、「わあっ!」と大きな歓声が上がった。
沙絵莉は、みんなに顔を向けた。
なんと、空中にカップが浮かんでいた。
いや、浮かんでいると言うより、静止しているという表現の方が正しいかもしれない。
浮かぶというのではなく、カップは空中でぴたりと静止しているようなのだ。
どうやら沙絵莉が考え事をしている間に、ジェライドは魔法を使ったらしい。
けど……いま、聞いた声は、なんだったんだろう?
みんな、何も言わないけど……?
男のひとの声だったけど、絶対に、アークでもジェライドでもなかった。
そのとき、泰美がごくりと唾を呑み込み、恐る恐るといった手つきで、カップに向けて指を伸ばした。
空中に静止しているカップを指でぐいぐい押すが、カップはびくともしない。
「な、なんで? 空中で固まってるみたい」
ぞっとしたように叫んだ泰美は、今度はカップをがしっと掴んで揺すろうとしたが、カップは同じ位置から微動だにしない。
カップはまるで、空中に張り付いてでもいるようだ。
次に由美香もカップを握り締めた。
「ほ、ほんとだ。動かない。なんで?」
愕然として言う。
「固定させていますので。動かしましょうか? まずは上下に」
困惑しているふたりを余所に、ジェライドは涼しい顔で言う。
その途端、カップはゆっくりと上昇し始め、力一杯カップを握り締めている由美香と泰美の手も一緒に上昇しはじめた。
「や、や、や」
「わわわっ、やだっ」
由美香のほうは、もう我慢できないというように、顔をしかめて手を引いた。
「これ気持ち悪すぎるわ」
「うん、た、確かに」
由美香に同意しつつも、泰美はカップから手を離さない。
顔をしかめ、意地でも離すかと思っているような風情だ。
するとカップは、今度はゆっくりと下降し始めた。
「うわーっ。なんか腕がむずむずする」
手を引いた泰美の腕は、すごい鳥肌が立っている。
「こいつは理に適ってないよぉ」
「同感」
「ねぇ、泰美。どう、魔法を信じられた?」
沙絵莉は期待して泰美に問いかけた。
「信じたよ」
泰美は鳥肌の立った腕を、さすりながら言う。
沙絵莉はほっとした。
そのとき、アークから「サエリ」と呼びかけられた。
「なあに?」
「この方の記憶の封印も、解こうと思うが」
あっ、そ、そうだった。
沙絵莉は思わず由美香と目を合せた。由美香が頷き、泰美に向く。
「泰美」
「うん? ねぇ、いまその人が口にした、記憶の封印ってなんなの?」
その問いかけに、由美香は疲れたような笑い顔になり、首を横に振った。
「私たちはね、とんでもない事態に遭遇してたのよ。けど、このひとに記憶を封印されてて、忘れてたってわけ」
「はいっ? なにそれ、記憶の封印? そんなの、ありえないよ」
「それがありえたのよ。あんたも、さっさと戻してもらいなさいよ。意味がわかるから」
「いや、わかんないって……」
呆れたように泰美は手を振って言う。
アークが沙絵莉に向いてきて、指示を仰ぐように見つめてきた。
沙絵莉はこくんと頷いた。
するとアークは泰美に向く。
だが何をするでもない。けれど、泰美は劇的に表情を変えた。
「あっ! ああっ!」
悲鳴のように叫んだ泰美は、両手で頭を抱えた。
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