白銀の風 アーク

第十二章

                     
第一話 救いのない言葉



どういうこと? どういうこと? どういうこと?

そう思うたびに、腹の底から恐怖が突き上げてくる。

これって、テレポの失敗?

わたしはいったいどこに飛ばされたの?

ここはどこ?

「こんなことが起こるなんて、聞いてないわよぉ」

いましも、何か恐いものがどこからか跳び出てきそうで、沙絵莉は震える声で呟いた。

「アーク、どこに行っちゃったの? わたしのこと助けに来てよぉ」

涙声でそう懇願した時、ふと思い出した。

そ、そうよ。アークは、どこにいたって、わたしのところに飛んでこられるはずで……

そうよ、これまでもずっとそうだったじゃない。

だから、安心していいはず……だ。

けど……

アークは、なかなかやってこない。

ここにきて、どのくらい時間が経ったんだろう?

五分? ……もしかして、まだ一分くらいだったり?

おかしなことに、時間の感覚がものすごく曖昧だ。そのくせ、妙に頭が冴えてる。

ここって地球なの? アークの世界に来てないわよね?

それとも、まったく違う世界とか?

沙絵莉は恐る恐る周囲を見回した。

森の中だ。薄い靄がかかっていて、遠くが見通せない。

沙絵莉は、なるべく音を立てないよう、静かに近くの木に歩み寄った。そして、目を近づけて葉っぱの形を確認してみる。

この葉っぱ……よく見る感じだけど……

植物に詳しいわけではないため、これが未知の植物なのか、よく知っている木の葉っぱなのか判別できない。

あーん、もう少し植物に興味持てばよかった。

……アーク、こないなぁ。

彼が現れないという事実に、先ほど得た安堵感が消えてゆきそうになる。

テレポに失敗しただけなら、アークはすぐにわたしを探しにきてくれるはず。

なのにやってこないということは……

彼の身にも、何か起こったとしか……それに、ジェライドさんも。

まさか、こんなことになるなんて……

涙が湧いてきて、沙絵莉は地面にしゃがみ込み、膝を抱えて丸くなった。

も、猛獣とか、出てきたらどうしよう? 

いや、猛獣なんてかわいいものじゃない、テレビゲームのモンスターみたいな、すごいおどろおどろしいのが現れたらどうしよう?

そんなのが火の玉を飛ばしてきたりしたら、逃げられないかもしれない。

丸焦げになって死ぬなんて、い、嫌だなぁ〜。

それくらいなら、電気系の攻撃の方がずっといいかも。それだったら、ビリビリッときて、痛みとか感じる間もなく、一瞬で……

い、いやいや……何を不吉なことを真面目に考えてるのよ。

も、もっとプラス思考になろうよ、わたし。

けど……この状況で、プラス思考になれる?

頼みのアークが来る気配はないし……

膝を抱えて、ずっと地面を見つめていたら、立ち上がるどころか、顔を上げる勇気すらなくなった。

顔を上げたら、目の前にこわーいモンスターがいたりしてぇ〜。

こっ、恐いよぉ。

「何やってんのよ?」

小馬鹿にしたような声がして、沙絵莉はハッとして顔を上げた。

目の前に『沙絵莉』がいた。自分と同じ年くらいの『沙絵莉』だ。

「な、なんで? あっ、あなただったの?」

咎めるように言ったら、『沙絵莉』が怪訝な顔をする。

「あなただったのって、どういう意味よ?」

逆に問い返されたが、強烈な安堵が胸に湧き上がっていた沙絵莉は聞いていなかった。

「もおっ。びっくりさせないでよ。テレポを失敗して、おかしなところに迷い込んだかと思ったじゃない」

それが、夢落ちだったとは……

もう、馬鹿馬鹿しいったらない。

それにしても、わたし、いったいいつ眠り込んだんだろう?

「迷い込んでるわね」

え?

『沙絵莉』、いまなんて?

いや、そんなことはどうでもいい。

沙絵莉は、むっとして『沙絵莉』に目を向けた。

まったく、こんなふうにひとを怖がらせるなんて。『沙絵莉』ってば、あまりに人が悪すぎる。

「もう、心細くて、たまらなかったじゃない」

「だから、出て来てあげたんでしょう」

『沙絵莉』の言葉に、沙絵莉は眉を寄せた。

「ほら、もおっ、涙を拭きなさいよ。情けないわね」

どこから取り出したのか、真っ白なハンカチを出した『沙絵莉』は、沙絵莉の涙で濡れた頬を拭ってくれた。

「夢なんだから、別にわざわざ拭かなくたって……」

「そう思いたいんだろうけど、夢じゃないわよ」

ゆ、夢じゃない?

目を見張り、沙絵莉は『沙絵莉』を見つめた。

はっきり認めたくないのだが、正直なところ、夢とは思えないリアルさを感じていたりするわけで……

「夢落ちでよかったのにぃ」

「まあ、あなたにとっては、現実とも言い難いかもしれないんだけど……」

「何を言っているのか、意味がわからないけど……」

「たぶん、ここは特殊空間ね」

「特殊空間?」

「たぶんね。……わたしも、あなたが窮地に立っているようだから、可哀想だと思って出てきただけで、ここがどこやらわからないのよ」

「出て来たって、いったいどこから出てきたのよ? あ、そ、それなら……あなたがいた場所に戻ったらいいんじゃない? ここは、安全とはいえないかもしれないし」

「馬鹿ねぇ。あなたは連れてけないわよ」

「どうして?」

「どうしても」

「なら、どうするの?」

「どうするもこうするも、残念だけど、自力脱出の方法はないだろうと思うわよ」

『沙絵莉』が現れて、ひとりではなくなり、ほっとしていたのに……

「う、うそ……わたしたち、もう戻れないの?」

救いのない言葉に絶望し、彼女は『沙絵莉』にしがみついた。






   
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