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第一話 救いのない言葉
どういうこと? どういうこと? どういうこと?
そう思うたびに、腹の底から恐怖が突き上げてくる。
これって、テレポの失敗?
わたしはいったいどこに飛ばされたの?
ここはどこ?
「こんなことが起こるなんて、聞いてないわよぉ」
いましも、何か恐いものがどこからか跳び出てきそうで、沙絵莉は震える声で呟いた。
「アーク、どこに行っちゃったの? わたしのこと助けに来てよぉ」
涙声でそう懇願した時、ふと思い出した。
そ、そうよ。アークは、どこにいたって、わたしのところに飛んでこられるはずで……
そうよ、これまでもずっとそうだったじゃない。
だから、安心していいはず……だ。
けど……
アークは、なかなかやってこない。
ここにきて、どのくらい時間が経ったんだろう?
五分? ……もしかして、まだ一分くらいだったり?
おかしなことに、時間の感覚がものすごく曖昧だ。そのくせ、妙に頭が冴えてる。
ここって地球なの? アークの世界に来てないわよね?
それとも、まったく違う世界とか?
沙絵莉は恐る恐る周囲を見回した。
森の中だ。薄い靄がかかっていて、遠くが見通せない。
沙絵莉は、なるべく音を立てないよう、静かに近くの木に歩み寄った。そして、目を近づけて葉っぱの形を確認してみる。
この葉っぱ……よく見る感じだけど……
植物に詳しいわけではないため、これが未知の植物なのか、よく知っている木の葉っぱなのか判別できない。
あーん、もう少し植物に興味持てばよかった。
……アーク、こないなぁ。
彼が現れないという事実に、先ほど得た安堵感が消えてゆきそうになる。
テレポに失敗しただけなら、アークはすぐにわたしを探しにきてくれるはず。
なのにやってこないということは……
彼の身にも、何か起こったとしか……それに、ジェライドさんも。
まさか、こんなことになるなんて……
涙が湧いてきて、沙絵莉は地面にしゃがみ込み、膝を抱えて丸くなった。
も、猛獣とか、出てきたらどうしよう?
いや、猛獣なんてかわいいものじゃない、テレビゲームのモンスターみたいな、すごいおどろおどろしいのが現れたらどうしよう?
そんなのが火の玉を飛ばしてきたりしたら、逃げられないかもしれない。
丸焦げになって死ぬなんて、い、嫌だなぁ〜。
それくらいなら、電気系の攻撃の方がずっといいかも。それだったら、ビリビリッときて、痛みとか感じる間もなく、一瞬で……
い、いやいや……何を不吉なことを真面目に考えてるのよ。
も、もっとプラス思考になろうよ、わたし。
けど……この状況で、プラス思考になれる?
頼みのアークが来る気配はないし……
膝を抱えて、ずっと地面を見つめていたら、立ち上がるどころか、顔を上げる勇気すらなくなった。
顔を上げたら、目の前にこわーいモンスターがいたりしてぇ〜。
こっ、恐いよぉ。
「何やってんのよ?」
小馬鹿にしたような声がして、沙絵莉はハッとして顔を上げた。
目の前に『沙絵莉』がいた。自分と同じ年くらいの『沙絵莉』だ。
「な、なんで? あっ、あなただったの?」
咎めるように言ったら、『沙絵莉』が怪訝な顔をする。
「あなただったのって、どういう意味よ?」
逆に問い返されたが、強烈な安堵が胸に湧き上がっていた沙絵莉は聞いていなかった。
「もおっ。びっくりさせないでよ。テレポを失敗して、おかしなところに迷い込んだかと思ったじゃない」
それが、夢落ちだったとは……
もう、馬鹿馬鹿しいったらない。
それにしても、わたし、いったいいつ眠り込んだんだろう?
「迷い込んでるわね」
え?
『沙絵莉』、いまなんて?
いや、そんなことはどうでもいい。
沙絵莉は、むっとして『沙絵莉』に目を向けた。
まったく、こんなふうにひとを怖がらせるなんて。『沙絵莉』ってば、あまりに人が悪すぎる。
「もう、心細くて、たまらなかったじゃない」
「だから、出て来てあげたんでしょう」
『沙絵莉』の言葉に、沙絵莉は眉を寄せた。
「ほら、もおっ、涙を拭きなさいよ。情けないわね」
どこから取り出したのか、真っ白なハンカチを出した『沙絵莉』は、沙絵莉の涙で濡れた頬を拭ってくれた。
「夢なんだから、別にわざわざ拭かなくたって……」
「そう思いたいんだろうけど、夢じゃないわよ」
ゆ、夢じゃない?
目を見張り、沙絵莉は『沙絵莉』を見つめた。
はっきり認めたくないのだが、正直なところ、夢とは思えないリアルさを感じていたりするわけで……
「夢落ちでよかったのにぃ」
「まあ、あなたにとっては、現実とも言い難いかもしれないんだけど……」
「何を言っているのか、意味がわからないけど……」
「たぶん、ここは特殊空間ね」
「特殊空間?」
「たぶんね。……わたしも、あなたが窮地に立っているようだから、可哀想だと思って出てきただけで、ここがどこやらわからないのよ」
「出て来たって、いったいどこから出てきたのよ? あ、そ、それなら……あなたがいた場所に戻ったらいいんじゃない? ここは、安全とはいえないかもしれないし」
「馬鹿ねぇ。あなたは連れてけないわよ」
「どうして?」
「どうしても」
「なら、どうするの?」
「どうするもこうするも、残念だけど、自力脱出の方法はないだろうと思うわよ」
『沙絵莉』が現れて、ひとりではなくなり、ほっとしていたのに……
「う、うそ……わたしたち、もう戻れないの?」
救いのない言葉に絶望し、彼女は『沙絵莉』にしがみついた。
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