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第二話 答えを導き出す努力
恐怖に駆られ、せっかく拭いてもらった頬は、また涙で濡れた。
「沙絵莉、ちょっと落ち着きなさい」
「だ、だって」
落ち着いていられるはずがない。ここから、もう脱出できないなんて……
「冷静になりなさい。落ち着いたら、わたしにわかることを説明してあげるから」
「わ、わかること? わ、わかるの、この場所のこととか?」
「まあ、基本的なことはね。特殊空間にあなたがやってきたのは、この空間を操れる者が、あなたをここに連れ込んだということだわ」
連れ込まれた? 連れ込んだやつがいて、それって?
「連れ込んだひとって……に、人間なのよね? まさか、怪物とかモンスターとか、あ、悪魔とかじゃないわよね?」
「色々考え出すわね」
ケラケラ笑いながら沙絵莉が言う。その笑いのおかげで、沙絵莉は少し気持ちがラクになった。
そ、そうよね。怪物や悪魔なんて……
「人ではないと思うわよ」
こともなげに言われ、沙絵莉はカチンと固まった。
ひ、人じゃない?
「はーい、沙絵莉。戻ってらっしゃい」
その言葉とともに、額をパチンと叩かれた。はっと我に返ったが、ゾーッとしてしまい、身体が冷たくなる。
「に、人間じゃないって?」
「言っとくけど、沙絵莉、このわたしも生身の人間じゃないわよ」
「えっ?」
沙絵莉は『沙絵莉』をまじまじと見た。
夢の中に現れていた『沙絵莉』だけど……いまは、生身の人にしか見えない。
「で、でも……」
困惑しながら、沙絵莉は『沙絵莉』の腕に触れた。
「さ、触れるし……これ、ぜったい夢の感触じゃないけど?」
『沙絵莉』は、「絶対ねぇ」と言いながら、小馬鹿にしたような笑いを浮かべる。
その表情に沙絵莉はむっとした。
感情にまかせて腕を振り上げ、『沙絵莉』の腕を叩く。
「痛っ! 何するのよ」
痛そうに顔をしかめ、次に苛立たしそうに睨んでくる。
「ほら、痛いんじゃないの。生身だから痛いんでしょう?」
「やれやれ……特殊空間を知らないがゆえの発言だろうけど……むかつく!」
『沙絵莉』は、思い切り叩き返してきた。
「い、痛っ!」
『沙絵莉』ときたら、反撃を受けないように、さっと後ろに飛び退り、にやにやしながら沙絵莉を見つめる。
「さあ、仲違いしてても意味はないわ。ここから出るためには、ここでの用事を片付けないとね」
用事?
「どういうこと?」
「物知らずに、ひとつひとつ説明するのはめんどくさいわ」
そっけなく言った『沙絵莉』は、ひとりですたすた歩き出した。
「と、どこに行くの?」
驚いて叫ぶと、『沙絵莉』は足を止めて振り返ってきたが、沙絵莉を見て、疲れたようにため息をつく。
「ここまで待ってもお迎えは来ない。この現実を把握しなさい」
『沙絵莉』の言葉で、沙絵莉は迎えに来てくれないアークのことを思い出し、泣きそうになって唇を噛んだ。
「アーク、危険にさらされたりしてないかしら?」
「はい? どうして唐突に、彼の話になるのよ?」
戸惑い顔で聞かれ、沙絵莉も戸惑った。
「唐突じゃないでしょ? アークのことを持ち出したのは、あなたじゃないの」
「わたしは彼の事なんて……あ、ああ、お迎えの話?」
「え、ええ。アークの事でしょ?」
「違うわよ。わたしはあなたをここに連れ込んだ者のことを言ったのよ」
沙絵莉は顔を歪めた。
そんなやつに、迎えになんて来て欲しくない。
だいたい『沙絵莉』は人間じゃないと言ったではないか……まあ、この『沙絵莉』も自分は人間じゃないと言ったけど……
連れ込んだ者が人間じゃなくても、せめて人型ならいいなぁ。会いたくないけど……
「ねぇ、『沙絵莉』。ここから出るための出口を探すとか、脱出の方法を見つけられそうにない?」
「自ら脱出は、無理って言ったでしょ」
あっさり否定され、沙絵莉は肩を落とした。
「ねぇ、沙絵莉」
「なあに?」
「この空間の詳細は掴めてないけど、連れ込んだ者が、あなたを観察してる可能性もあるのよ」
「ええっ!」
そんな可能性あって欲しくないし。
監視カメラみたいなものがあるのかと、思わず辺りにささっと視線を飛ばす。
「ほら、沙絵莉。とにかく、行きましょう」
「行くって、どこに?」
「悲鳴みたいな声出さないでよ。まったくこの子は情けないわねぇ」
「こんな事態に陥って、平気でいるほうがおかしいわよっ!」
「まあ、それもそうね。とにかく、ひとりじゃないんだから……それだけでもありがたいと思いなさいな」
そう言われると……
確かに、『沙絵莉』が現れてくれなかったら、恐怖でどうにかなっていたかもしれない。
「あの……『沙絵莉』、来てくれて、ありがとう」
『沙絵莉』は、ふふっと笑い、沙絵莉に歩み寄ってきて、手を握り締める。その手はとても温かかった。
この現実的な感触……やっぱり、この『沙絵莉』は、生身のひととしか思えない。
「さあ、あなたの底力を見せてちょうだい」
底力の言葉に、沙絵莉は眉を寄せた。
あれっ?
「あの、『沙絵莉』?」
「なに、どうかした?」
『沙絵莉』は、少々苛立たしげだ。
ぐちぐち言ってないで、いい加減、歩きだせよ。と言いたいようだ。
自分と同じ顔のせいなのか、感情が読み取りやすい気がする。
「だから、その……アークが、いまのわたしは、魔力が暴走しやすいって言ってたのに、感情が乱れても、そんなこと起こらなかったから……どうしてかなって?」
「どうしてか、わからないの?」
わかって当然なのにと言われている気がして、沙絵莉は唇を尖らせた。
「わからなきゃ、おかしいの?」
「まあ、それについてはひとまず置いておきましょう」
「ええっ? 答えを知ってるのなら、教えてよ」
「ひとつくらい、自分で答えを導き出せたほうがいいと思うわ」
言い聞かせるように言われ、沙絵莉はそれ以上、言えなくなった。
自分が恥ずかしくなったのだ。
確かに、わたしは答えを導き出すために、ほんの少しも考えてみようとしていない。
顔をしかめていると、急に『沙絵莉』が微笑んだ。
「な、何?」
「ふふ。ちょっと嬉しかっただけ」
「嬉しいって、何が?」
「また、質問? わたしがどうして嬉しかったか、あなたはすでに導き出せるし、考えたらわかると思うわよ。さ、とにかく、歩いて行ってみましょう」
改めて手を取った『沙絵莉』は、沙絵莉を引っ張るようにして歩き出した。
いまは同じ年くらいなのに、自分が子ども扱いされているようで面白くない気持ちもあるのに、じわじわと嬉しさが込み上げてくる。
『沙絵莉』ってば、頼りがいのある姉みたいだ。
……もし、わたしに姉がいたら、こんな感じだったのかも。
さて、情ない自分でいたくないし、『沙絵莉』と探索しながら、答えを導き出す努力をしてみるとしよう。
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