白銀の風 アーク

第十二章

                     
第三話 見た目で納得



五分……

ううん、もう十分くらい歩いた気がするんだけど……

沙絵莉は、『沙絵莉』と並び、右、左と、周りを注意深く確認しながら歩いているのだが……

景色にまるで変化がない。

森の中の一本道だ。

まあ、一本道といっても、曲がりくねっているのだが。

なんだかよくわからないが、歩けば歩くほどおぼつかない気持ちになる。

「ねぇ、『沙絵莉』?」

「なあに?」

「ずっと、同じような道が続くわね?」

「そうね」

「もうどのくらい歩いたかしら?」

「歩いただけ……と答えるしかないわね」

一瞬、沙絵莉は眉を寄せたが、確かに問いの答えとしては間違っていない。

これは、質問を変えるべきか。

「何分ぐらい、歩いたかしら?」

「……」

沈黙したまま五歩ほど歩き、沙絵莉が返事を催促しようとしたところで、『沙絵莉』が顔を向けてきた。

どうしてか、にやついている。

自分と同じ顔なものだから、なんとなく嫌な気分になる。

「な、なあに?」

「いずれわかるわよ」

「はい?」

何分歩いたか、いずれわかるって言いたいの?

「意味がわからないんだけど?」

そう口にした沙絵莉は、顔をしかめた。

さきほど、自分で答えを導き出せと言われたことを思い出したからだ。

でも、いまの質問は別物よね?

どのくらいの時間、自分たちが歩いたと思うかと聞いただけ……

「わ、わたしはね。そ、その、十分くらいかなと思うんだけど……」

聞くばかりでなく、自分の考えも伝えるべきと、言葉を急ぐ。

そんな沙絵莉を『沙絵莉』は面白いものでも見るように、じいっと見つめてくる。

「な、なによ?」

「ううん。……時間はないわよ」

「えっ?」

時間がない?

「なに、タイムリミットとかあるの? 脱出するのに急がないといけないとか?」

これは大変と、焦って聞くと、『沙絵莉』が爆笑した。

「な、なんで笑うの? 意味が分からないんだけど?」

笑い続けていた『沙絵莉』が急に笑いを引っ込めたと思ったら、今度は申し訳なさそうな表情を向けられ、沙絵莉は戸惑った。

「そうよね。沙絵莉、ごめんなさい」

「へっ? な、なんで謝るの?」

「ううん。あなたにとってはわからないことだらけなのが当たり前なのに……笑うなんて、私は馬鹿だわね」

「『沙絵莉』、ど、どうしたの?」

密やかな笑みを浮かべた『沙絵莉』は、沙絵莉の両手を取り、ぎゅっと握りしめてきた。

「あなたは私の……特別。楽しかったわ。ありがとう」

今度は唐突にお礼を言う。

もう、さっぱりわけがわからない。

「な、なんか、お別れを言われてるみたいで、嫌なんだけど……」

「ああ、そんなことはないわ。それにまだ……」

「まだ?」

「その時じゃないし……迷いもあるし……あっ、沙絵莉、現れるみたいよ」

『沙絵莉』が何を言っているのかわからず、訝しい眼差しを向けていた沙絵莉は、急に声のトーンを変えて口にされた『沙絵莉』の言葉に、瞬きした。

「現れる?」

そう言った瞬間、目の前の空間が奇妙に揺れた。

夏の日、アスファルトで見る陽炎のようだ。けれど、もちろんそれとは違う。

「なっ、何?」

歪んだ空間に何やら浮かび始めた。

眉を寄せて見ていると、そこに、ふっと顔が現れた。

「ぎゃあーーーーーーーっ!」

沙絵莉はぴょんと飛び上がり、そのまま『沙絵莉』にしがみついた。

「ちょ、ちょっと沙絵莉」

バランスを崩してふたり倒れそうになったが、『沙絵莉』のおかげで地面に転ばずに済んだ。

「かかっ、かっ、顔っ!」

顔が浮いてる。いや、生首が浮いてる。

「落ち着きなさい!」

「ようこそ参った。我が内へ」

『沙絵莉』の叱責と、空間に浮かぶ顔の声が重なる。

沙絵莉は驚愕しているばかりだったが、現れた顔は、自分の発した声が『沙絵莉』のものと重なってしまったことに面白くなさそうな表情になる。

すると、『沙絵莉』のほうは、眉をひそめて「ふーん」と呟いた。

沙絵莉のほうは恐ろしくてならず、夢中で『沙絵莉』の背中に隠れた。

「さ、さ、さ『沙絵莉』!」

意味もなく恐怖に駆られて喚き、無意識に『沙絵莉』を前面に押し出す。

冷静に考えれば、ずいぶんと情けなく卑怯な行いだが、これも恐怖に駆られて我を失ってのこと。

「もおっ、しゃんとなさい!」

沙絵莉は『沙絵莉』に頭をどつかれた。さほど痛くはなかった。

どつかれたところをさすりながら、「だって、な、な、生首ぃぃ」と情なく声を震わせる。

「そう見えるけど……怯える必要なんてないから」

落ち着かせるように言われ、『沙絵莉』の剛毅さに、沙絵莉は尊敬の念を抱いた。

『沙絵莉』ってば凄い。

生首みたいな気持ちの悪い相手でも、負けない自信があるんだろうか?

「『沙絵莉』大丈夫? やっつけられる?」

「や、やっつけ? こやつときたら、失礼なやつだの」

ぼそぼそとした声が聞こえた。

機嫌を損ねたような声で、沙絵莉はおそるおそる『沙絵莉』の後ろから顔を出した。

依然、生首が宙に浮いていて、顔を出した沙絵莉に視線が向く。

目が合い、思わず「ぎゃっ」と叫んで首を引っこめたが、沙絵莉は眉をひそめた。

この生首の顔……?

沙絵莉の頭の中に、以前、鏡に現れた老人の顔がはっきりと浮かび上がった。

あれは、アークの家のお風呂に入った時のことだ。

「あああっ!」

生首を指さして、叫ぶ。

どうして忘れてたんだろう?

いまのいままで、まったく思い出しもしなかった。

あの時は、目を合わせた途端、金縛りにあったみたいに身体が動かせなくなって……そりゃあもう恐ろしかった。

「こ、この生首……」

「ああ、そうだったわね」

『沙絵莉』が相槌を打って言う。

「そ、そうだったって……『沙絵莉』、あなた知ってるの?」

「あなたに起こったことなら、全部知ってるに決まってるわよ。あなたはわたしなんだもの」

そう言われて、一応納得する。

「それじゃ、敵ってわけじゃないの? わたしたち、大丈夫なの?」

「大丈夫よ。彼はわたしの古い友人よ」

この生首が『沙絵莉』の友達?

ず、ずいぶんな友人を持っているものだ。

もしや『沙絵莉』って、妖怪の仲間かなんかなのだろうか?

ほかにも、ろくろ首とか、砂かけじじい……いや、ばばあだったか……恐い妖怪たちが出てきたりはしないだろうか?

沙絵莉は頬をヒクヒクさせて、生首のほうを窺った。

「生首じゃないわよ。いま私たちに見せてるのが首から上なだけで、リージは胴体も持ち合わせてるわ」

リージ?

「ほ、ほんとに知り合い?」

「ええ」

あっさりと肯定され、沙絵莉はどっと疲れを覚えた。

安心した途端、立っていられなくなり、へなへなとしゃがみ込んでしまう。

「リージ、もう十分楽しんだでしょう? ちゃんと姿を見せたらどう」

座り込んだ沙絵莉を立たせながら、『沙絵莉』が生首老人に言う。

「気に入ってるんだ」

そう言いながら、首が前回転を始めた。

くるくるがぐるぐるくらいの回転になり、最後は視覚では捉えられなくなるくらい、物凄い勢いで回り出した。

「な、な、な?」

目を丸くしていると、パンと破裂音がして、回転していた生首が消滅した。

「き、消えちゃった?」

何もなくなった空間を見つめ、パチパチ瞬きしていると、頭に重みが加わった。

何かが頭に乗っていると気付いた途端、沙絵莉は悲鳴を上げて頭の上を闇雲に払った。

状況からいって、消えた生首が自分の頭の上に乗っかったのだと思ったのだ。

くすくす笑いが頭上から聞こえてきた。さきほどの老人の声ではなく、ずいぶんと可愛らしい声だ。

沙絵莉はハッとして頭上を見た。

「えっ?」

見たものに唖然とする。

こ、これって?

一歳くらいの赤ん坊のイメージだけど……人ではないのははっきりしている。

しいて言えば、ファンタジーアニメの世界から、現実の世界へと飛び出して来たキャラクターのようだ。

金色のキラキラな髪が好き勝手にピンピン跳ねていて、ほっぺたも手足も赤ちゃんみたいにふっくらしている。そして大きな眼と口。

「沙絵莉。彼はリージ、精霊よ」

精霊? 妖精みたいなものってことかな? それなら見た目で納得かも。

「それで、リージ。いったいこの子になんの用事があって、ここに連れ込んだの?」

「リージ、頼まれた。内緒のひと」

『沙絵莉』の問いに、リージという名らしいちっちゃな子は、胸を張って答える。

その様はあまりに可愛らしく、沙絵莉は思わず噴き出しそうになり、ぐっと堪えた。

それにしても……内緒のひと?






   
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