白銀の風 アーク

第十二章

                     
第四話 なぜか粘土遊び



「あら、内緒のひとって誰のこと?」

眉をひそめた『沙絵莉』が、リージに問う。

そのことに沙絵莉は驚いた。

この『沙絵莉』でも、知らないことがあるらしい。

落ち着き払っているし、なんでも知っているのかと思ったのに。

「しーっ」

リージは唇に小さな指を当て、潜めた声を出す。だが、その表情はずいぶん楽しそうだ。

沙絵莉は目尻を垂らしてリージを見つめた。

とにかく可愛いのだ。

天使という存在が本当にいるとすれば、絶対にこんなだろうと思えた。

「内緒のひとは内緒だよ。ふたりがここにいる。……で、リージ、これから呼ぶんだ」

「内緒のひとを?」

「もちろんそうだ」

『沙絵莉』の問いに、さらに胸を張って答えたリージは、急に大声を張り上げた。

「内緒のひと、リージが呼んでるぞお!」

叫び終えたリージは、どうしたというのか、急にハッとした顔になり、困った様子で眉を寄せる。

「リージ、どうしたの?」

眉を寄せて『沙絵莉』が尋ねると、「リージ、間違えた?」と疑問系で言う。

「間違えたの?」

『沙絵莉』も聞き返す。

「内緒のひと、ちっちゃな声で呼ぶんだった?」

また疑問系だ。だが、なぜかリージは、今度は沙絵莉に聞いてきた。もちろん、自分に聞かれてもわからない。

「さ、さあ。どうなのかしら?」

戸惑って答えると、土を踏むような音が聞こえた。

えっ? と思って、顔を向けたら、いつやってきたのか、すごく背の高い男性が立っていた。

髪は短めで体格がよく、ごつい感じだが表情はやわらかい。

このひとが、リージの言う内緒のひとなのだろうか?

「やあ、リージ」

「あら、あなただったの?」

『沙絵莉』が意外そうに口にした。

沙絵莉は『沙絵莉』の知人だとわかり、ほっとした。

「内緒のひと。リージが呼ぶ。大きな声と小さな声。どっちだった?」

「貴方様のお好きなほうでとお願いしましたから、貴方様は間違っておりませんよ。精霊リージ、ありがとうございました」

男性は丁寧に礼を述べ、恭しくリージにお辞儀する。

「間違いない。リージ間違いない。リージ、内緒のひとからご褒美もらう」

「私の用事が終わりましたら、精霊リージ、貴方様の望むものを差し上げましょう」

「内緒のひと、用事が終わったら、リージの望むものもらう」

リージは叫びながら、三人の周りを嬉しそうに跳ね回る。

「それで、用事って?」

リージと男性のやりとりを黙って見ていた『沙絵莉』が、眉をひそめて男性に聞く。

その問いに、男性は苦笑して見せた。その反応に、なぜか『沙絵莉』は嫌そうな顔をする。

「回りくどい言い方はしないでちょうだい」

強い口調で『沙絵莉』は念を押すように言う。

男性は面白そうに微笑み、口を開いた。

「やらなければならないことがあるのではありませんか?」

ちゃめっけのある表情で『沙絵莉』に問う。

問われた『沙絵莉』は、男性を鋭い目で見返す。

「わたしをからかおうだなんて、ずいぶんと命知らずね。内緒のひと!」

『沙絵莉』は威嚇するように言う。すると男性は、身を守るように両手を出した。

そんなふたりを傍観していたら、突然男性は沙絵莉に向いてきた。

そして、手をくるりと回す。

次の瞬間、男性の手には色々なものが載っていた。

マジシャンみたいと思ってしまい、そんな自分に笑ってしまった。

マジシャンのマジックなどではなく、これは本物の魔法だ。

「それは?」

表れた品を見て不審そうに言った『沙絵莉』は、唐突に理解を見せ、「あ、ああ」と口にする。

「『沙絵莉』?」

「さあ、沙絵莉様、そこに座ってくださいますか。さっそく取りかかっていただきましょう」

様呼びされて、戸惑う。それに、何に取りかかれと言うのか?

困惑しつつ座るように促されたほうへ目を向けると、小道だったはずの場所はいつの間にやら開けた場所になっていて、しかも綺麗な敷物が敷かれていた。

こ、これも魔法なの?

「テーブルが必要なんじゃなくて」

沙絵莉のように驚きもせず『沙絵莉』が言う。

「精霊リージ、お願いできますか?」

男性が、依然飛び回っているリージに頼む。

リージは、大喜びで戻ってきた。

「お願いされた。リージお願される」

リージが嬉しそうに言い、突然絨毯の上にテーブルが現れた。

「うっわ」

テーブルを見た沙絵莉は、思わず声を上げてしまった。

な、なんとも……奇々怪々なテーブルだ。形も独創的だが、なにより色合いが物凄い。

マーブル模様になっているのだが、良く見れば、このマーブル模様、ぐるりぐるりと動いている。

「な、なんか……」

見ていると吐き気が込み上げてくるんですけど……

「うーん。精霊リージ、もっとほかにはありませんか?」

男性もさすがにこれはないと思ったようだ。

リージが愉快そうにくすくす笑うと、テーブルは他のものに変わった。

今度はとてもシンプルなものだ。どうやらリージは、三人をからかったらしい。

なんとも、おちゃめな精霊さんだ。

テーブルが奇々怪々でなくなったことにほっとしていると、今度は絨毯が盛り上がり始めた。

沙絵莉がぎょっとしている間に、テーブルと高さを合せたソファになった。

お、面白い。

「ほんと、魔法って、なんでもできるのね?」

思わず興奮して口にすると、『沙絵莉』が振り返ってきた。

「これは魔法じゃないわよ」

笑いながら言われ、沙絵莉は眉をひそめた。

「魔法でないなら、この現象はなんなの?」

「ここには……そう、束縛がないのよ。意識が形になるということなの」

そんな説明をされても、さっぱりわからない。

「まあいいから。あなたのやるべきことは、ここに座り、必要なことをする。そしたら帰れるから」

帰れると聞いて、沙絵莉は慌てた。

「そ、そうだったわ」

ここにきてから、もうかなり経ってしまっている。

「わたしが消えて、みんな心配しているわ」

「その心配はないから」

「どういうこと?」

「だから、ここには時間はないと言ったでしょう」

ここには時間がない? 

そ、そういえば……聞いたかな。なにやらタイムリミットがあるのかと思ったんだけど……

「それって?」

「ここに来る前の時間に戻れるということよ」

意味を理解した沙絵莉は、目を丸くして自分の周りにいる三人を見つめた。





「ねぇ、『沙絵莉』これってなんなの?」

沙絵莉は、少し離れた場所で遊んでいるリージと男性を窺いながら、『沙絵莉』に潜めた声で尋ねた。

指示されるままテーブルに着き、粘土遊びのようなことをしているのだが……

「必要なことよ、とてもね」

「もっとわかるように教えてくれない?」

「いずれわかる……んじゃないかしら」

「いまの言葉の間は、何?」

「もおっ、うるさいわね。しゃべってないで、もっと気を向けて作りなさいよ」

叱られて沙絵莉は拗ねた。

「だって、これが何やらわからないのに……」

「何言ってるの、わかってるじゃないの」

確かに、何を作っているかはわかっているけど……

「だから、どうしてこんなものをこんなところで作らなきゃならないのかがわからないんだから、気になるでしょう」

「こちらの気持ちを汲みなさいよ。話せるなら話してるわ。けど話せないの」

「どうして?」

「影響を受けてしまうからよ」

さっぱりわからない。

聞くほどにわけがわからなくなるのだから、やっていられない。

質問のしすぎで、いい加減『沙絵莉』がカリカリしてきたのを感じて、沙絵莉は仕方なく口を閉じることにした。

そして作るほうに専念する。

やっていることはとても面白いけど……これがなんになるのだろう?

それにしても、不思議な物体だ。

こねまわして輪っかにしているのはやわらかい金属みたいなものだ。

さらに色とりどりの石が揃っていて、どれでも自由に使えと言われた。

完成ともいえない適当な仕上がりだったが、男性の指示に従い、沙絵莉はそれを小箱に収めた。

「はいはい。終わったわね。沙絵莉、ご苦労様」

その言葉を聞いていたら、急に強い眩暈に襲われた。

「うっ!」

眉を寄せて目をぎゅっと閉じ、少しの吐き気を感じて口を押さえようとしたが、手にしていた小箱が唇に当たる。

「沙絵莉、大丈夫かい?」

やさしい声がし、やさしい手が背中に触れる。

沙絵莉はぎょっとして目を開けた。

目の前にアークがいた。






   
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