白銀の風 アーク

第十二章

                     
第七話 一緒にため息



サエリの寝顔を見つめていたアークは、ポケットに手を入れ、通信の玉を取り出した。

やはり、父に連絡してみるべきだろう。

向こうがどういうことになっているのか、状況を確認しなければ。

そして、サエリがいつの間にやら手にしていた、指輪の箱のことも……父に聞けば、もっと、事がはっきりするかもしれない。

それから大賢者たちのことも……アークとサエリ、そしてジェライドまでがいなくなり、その事態を、彼らはどのように受け止めているのか?

指輪の箱については、やはりポンテルスが絡んでいるのだろうか?

それにしても、いったいどうやってサエリに持たせたのだろうか?

眉を寄せたアークは、玉を握り締めた。

「アーク」

まるで待ちかまえていたかのように、即座に応答があった。

アークは一拍置いて、「父上」と呼びかけた。

「そちらはどうなっています?」

「まあ、そうだな。賢者たちが、ひどく気を落としているな」

「あ、ああ……」

父の言葉で、賢者たちの様子が手に取るようにわかり、そんな場合じゃないのに、思わず苦笑しそうになる。

「そちらはどうだ?」

「はい。サエリのご両親に御目通りし、彼女の母君の家に滞在させていただいています」

「それで?」

重ねての問いに、思わず口を噤んでしまう。

父が聞きたいのは、サエリをアークたちの世界に連れ帰れるのか、ということでしかない。

サエリが了承してくれたと伝えるべきだろうが……それを言ったら、即座に向こうに引き戻されそうな気がして口にできなかった。

とにかく、聞きたいことをさっさと聞いたほうがよさそうだ。

アークは、テレポの一瞬の間に、サエリが婚約指輪の箱を手にしていたことを、ゼノンに話して聞かせた。

「ほお」

ゼノンは感心した様な声を出す。

「父上は、ご存知ではなかったのですね?」

「私は関与していない。ポンテルスか、キラタか……そのあたりだろう」

「どうやって、そんなことができたんでしょうか?」

「方法は色々あるだろうな。ポンテルスも、キラタも……お前が……いや、お前だけでなく、私ですら、思いもよらぬ手段を持っているのだろうからな」

嬉しくない情報に、アークは顔をしかめた。

不安がむくむくと膨らむ。

「彼らは、いつでも、我々をそちらに引き戻せると思いますか?」

そう質問したら、潜めた笑い声が聞こえてきた。

「父上?」

笑っている父親に苛立ち、むっとして呼びかけると、笑い声が途絶えた。

「答えははっきりしているのに、問う必要があるのか?」

そんなふうに聞き返されて、ひどく苦いものが込み上げる。

「否定してほしい気持ちがあるからですよ」

思わず不服を零す。

「そうか。それならば悪いが、否定はできない」

「……そうですか」

返事をしながら、ずーんと気が重くなる。

黙っていると、ゼノンが口を開いた。

「大賢者たちが、サエリに干渉できないことに、お前は気づいているか?」

アークは言われたことに戸惑い、瞬きした。

「干渉できない?」

「なんだ、気づいていなかったのか?」

「まさか、彼らは彼女を感知できないと、おっしゃるんですか? 本当に?」

「ああ。そちらの世界にいるお前たちを感知できるのは、間違いなく私だけだろう」

「あの……ということは……ジェライドも、サエリを感知できないということですか?」

「もちろんそうだ」

アークは、驚きに目を丸くした。

「大賢者たちは、その事実を隠そうとするのだろうがな」

また潜めた笑い声が耳に届いたが、今度は心地良く響く。

「驚きましたよ。でも、なぜ?」

「それは私にもわからないな。だが……」

ゼノンが思案するように黙り込む。

返事を待つ心の余裕がなく、アークは「父上?」と話をせっついた。

「お前から聞いた婚約指輪のことだが……それは、大賢者の誰かが、サエリに干渉できたという証だろう?」

そ、そうだった。

「では、彼らはすでにサエリを感知する術を手に入れたと?」

「テレポしない限り、干渉できないのかもしれない。……なんにしても、彼らは常に感知できるわけではないのは確かだろう」

「そうですか」

アークは安堵した。

「それと、ポンテルスはジェライドをお前たちと一緒に飛ばしたが、己自身はサエリの世界にテレポできないでいる」

「そうなのでしょうか?」

そうであれば嬉しいのだが……

こちらの世界に乗り込まれ、いつものように鷹揚な態度で、ポンテルスの思うようにされては堪らない。

「もし、できるのであれば、すでにそちらに行っているだろう。そうしていないのは、できないからだと思っていい」

「それを聞いて、安心できましたよ」

「アーク、安心しないほうがいいぞ」

胸を撫で下ろしたところで、苦笑混じりに父が諌めてきた。

「ポンテルスは、のんびり昼寝などしていないだろうからな。頭の中で、休まず策略を巡らしているはずだ。さらに、あの御仁には、目に見えぬ存在も力を貸す」

「目に見えぬ存在? それはいったい?」

「ジェライドを送り込んだのにも、あの御仁ならではの理由があるはずだ」

ゼノンはアークの疑問に答えず、話を進める。つまり、答えられないことなのか、答えを持っていないということなのだろう。

「婚約指輪は、どういう意味があると、父上は思われますか?」

「そうだな。……そちらで婚約の儀を執り行えということじゃないのか。……ポンテルスは、お前を慈しんでいるから……ポンテルス個人として、最大限の譲歩をしてくれるのだろう」

「最大限の譲歩……ですか?」

「大賢者という立場から譲れる範囲でな。それを超えれば、強硬手段に出るだろう。結局、お前たちに与えられている時間は少ないと思ったほうがいい。……ああ、わかっているサリス」

どうやら側に母親もいたらしい。母の声が聞こえ、それに父が応えた。

「アーク、それでだ」

「はい」

「サリスが、婚約の儀をそちらで執り行うのであれば、自分は絶対にそちらに行くと言うんだ。……サリスの安全を、お前は保証できるか?」

ゼノンは、ひどく重々しく問いかけてきた。

だが、アークは、母がこちらに来るという話に驚かされていて、父に答えるどころじゃない。

「は、母上が、こちらに?」

「ああ。私は、残念だがどうあってもいけない。私が行けない以上……ああ、わかっているさ。アークと話をさせてくれ、サリス」

母の騒ぐ声が聞こえ、父がなだめる。

両親のやりとりに、思わず口元が緩んでしまう。

「私としては、私が同行できないのであれば、サリスを行かせたくはない。賢者たちも行かせたがらないだろう。それでも、サリスを止めるのは、すでに不可能だな」

疲れたように父が言うと、「もちろんよ!」と、明るく元気な母の声が聞こえた。

アークは思わず、父と一緒にため息をつきそうになった。

「そういうことだ。それでだ、サリスには、大賢者がひとり同行する形になると思う」

「ち、父上、待ってください。そんな風に勝手に話を進められても、困りますよ」

母が来てくれると言うのは、悪くないことだとは思う。思うが……それはアークの気持ちで、サエリやアユコたちがどう思うかはわからない。

「さっさと話を進めた方がいいんじゃないのか? でなければ、せっかくポンテルスが譲歩してくれようとしているのに、婚約の儀も執り行えないまま、こちらに強制的に引き戻されることになるぞ。お前は、そうなったほうがいいというのか?」

「それは……と、とにかく、明日の朝になったら、このことについて、サエリや彼女の家族と相談しますから……」

「後悔したくなければ、緊急に事を起こせと忠告しておこう。では」

通信は切れた。

眩暈を覚えつつ、アークはすやすやと眠っているサエリを見つめたのだった。






   
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