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第十二話 突然の叫び
突然、式を挙げるという話になってしまい、呆気に取られていた沙絵莉だが、慌ててアークに振り返った。
とんでもない成り行きになっていると言うのに、アークときたら、落ち着き払っている。
「ア、アーク、いいの? 結婚式を挙げるって言ってるけど……」
「ああ。私は構わないよ」
こともなげにアークは言う。
「君の世界のしきたりにのっとった結婚の儀を執り行うことができれば、君の親しい者達も嬉しいだろうからね」
そ、そんな、平然と!
しかも、母も俊彦も、準備が整えば、明日にでも式を挙げるつもりのようだ。
つまり、明日には、わたしは現実にアークの妻になるかもしれないってことで……
嬉しくないわけじゃないけど……て、展開が早くて、ついていけないしぃ。
あわあわしている間に、母は周吾に電話をし、即刻式場を探せと指示を出している。
電話を切った母が、こちらに向いてきた。
「沙絵莉」
「は、はい」
「土曜日に式を挙げられる会場は、周吾さんが必ず見つけてくれるって。あなた、急なことだけど、招待したい人に連絡しなさい。何人でもいいわよ」
「な、何人でもって……そ、そんなわけには……」
「何言ってるの。アークさんが異世界人だろうがなんだろうが、派手に結婚式を挙げるわよ。異世界人だなんて、見ただけじゃわかりゃしないから大丈夫よ」
いや、異世界人だと正直に言ったとしても、誰も信じないだろうけど。
結局、誰も反対する者はいないわけで、ひとり動転していた沙絵莉だが、これはもう動転している場合じゃないと携帯を取り出した。
え、えーっと……?
招待状なんて作って出す暇なんてないんだから、とにかく土曜日に結婚式を挙げることになったので、出席してほしいとお願いすればいいのよね?
場所が決まったら、参加してくれるというひとだけに知らせればいいか……
でも、突然すぎて、信じてくれるのかな?
なんにしても、由美香と泰美には、一番に電話をかけよう。
「ちょっと、沙絵莉」
由美香に電話しようとしていたら、母が呼びかけてきた。
「はい?」
「あんたがひとりひとりに連絡してたんじゃ、時間がいくらあっても足りないわよ」
「それはそうだけど……」
「中学、高校、大学、それぞれ一番仲のいい子に、連絡を頼みなさい」
「わかったけど……みんな冗談だと思うんじゃないかな?」
「冗談だと思ったっていいわよ。とにかく連絡よ。それがすんだら、すぐに買い物ですからね」
そう宣言した母は、電話をかけながら俊彦に向く。
「俊彦さん、今日も仕事を休ませてしまったし、さすがに明日は休んでいられないでしょう?」
「何を言ってるんだい。いまはそれどころじゃない。有給休暇はたっぷりあるし、私も準備を手伝うに決まっているだろう」
「でも、大丈夫なの?」
「それは君だって同じだろう?」
「俊彦さん、ありがとう」
「俊彦おじさん、あの、すみません。ありがとうございます」
亜由子と俊彦のやりとりを聞き、ひどく申し訳なくて、沙絵莉は頭を下げて俊彦にお礼を言った。
なんかもう、迷惑をかけてばかりで、申し訳がない。
「私は……いや、その……父親らしいことをさせてほしいんだ」
俊彦の言葉に、沙絵莉は息を止めていた。
……父親。そうなんだよね。俊彦おじさんは……いまはわたしのお父さんで。
もちろんわかっているけど……どうしてもそう思えなくて……呼ぶこともできなくて……
けど、俊彦おじさんは、わたしのことを、自分の娘だと思ってくれてるんだよね。
わたし……ほんと情け知らずだ。自分が嫌になる。
「沙絵莉ちゃん、そんな深刻にならなくていいんだよ」
自己嫌悪に陥り、顔をしかめていたら、俊彦が慌てて言い、さらに言葉を続ける。
「わたしはそう思っている。だが、君にもそう思ってほしいなどとは思っていないんだ」
「俊彦おじさん……」
「そういうことよ。沙絵莉、ほらほら、いいから連絡よ」
母が間に入ってくれ、沙絵莉は頷いた。
そんな沙絵莉を、アークが気がかりそうに見つめてくる。
「沙絵莉?」
「うん、大丈夫」
沙絵莉はアークに笑みを返した。
「友達に、結婚式に来てくれるように連絡するわね」
「ああ」
由美香に電話をかけ、コール音を聞きながら、なんて切り出そうかと悩んでいたが、由美香は電話に出ない。
そこでようやく気づいた。今日は平日で、由美香は大学で授業に出ているんだ。
わたしってば……
本来なら、自分だって大学に行って授業を受けてるはずなのに……
大学か……
もうわたし、大学に通うこともないんだ。大学生ではなくなるんだよね。
すでにアークの世界で、彼とともにいることを選択した。
後悔なんてしてないけど……そういう寂しさは胸にある。
ふーっと息を吐き、沙絵莉はメールを打ち始めた。
由美香は、着信があったのに気づけば、電話してきてくれるだろうけど、週末の予定を開けておいてもらいたいから、早めにメールで知らせておいたほうがいいだろう。
でも、なんて送ろう?
考え考え、メールを打って行く。
アークはやることがなくて手持ち無沙汰だからなのか、携帯に興味を引かれてなのか、沙絵莉の携帯を覗き込んでいる。
もちろん、アークはこの世界の文字は読めないから、内容は理解できないはずだ。
よし、これでいいかな。
書き上げたメールを確認する。
(次の土曜日、結婚式をあげることになったの。まだ場所も時間も決まっていないんだけど、予定開けて置いて。絶対に出席してね。泰美にも同じメール送っとくから。また電話もするね)
うん、よさそうだ。
それじゃ、送信っと……
続けて泰美にもメールを打ち、翼にも送った。
メールを読んだみんなの反応が気になるが……もう、なるようになるだろう。
「ちょっと、沙絵莉。ねぇ、ねぇ、こっちのドレスもよくない?」
ウエディングドレスを試着している沙絵莉のところに、母が新たなウエディングドレスを手にして言う。
すでに何着目かわからないくらい試着した。
ここは、美月の知り合いの店で、ウエディングドレスを扱っている。
美月が勧めてくれた店だけあって、素敵なデザインのドレスばかりで、迷ってしまってなかなか決められない。
「ウエディングドレスなんだから、純白のドレスじゃなきゃって思ってたんだけど……花のいっぱいついたこれとかも、華やかですごくいいわよね」
「沙絵莉さんは、どちらも似合うから、迷いますね」
「そうなのよ、美月さん。悩んでいる余裕もないっていうのに……困ったわ」
「お色直しに、二着とか三着とかあってもいいんじゃないかと思うんですけど」
「そうよね」
「お、お母さん、一着で充分だから」
ふたりの言葉を聞いて、沙絵莉は慌てて否定した。
どれもこれも素敵で、沙絵莉だって決められない。
色んなドレスを着られるなら、それはもう嬉しいんだけど……
ここのドレスは、貸衣装などではない。
あまりに高額になりすぎるし、こんなドレスを持っていても、この先、着る機会なんてないだろう。
何着も買うなんてもったいない。
「沙絵莉、一着はないわよ。お色直しは絶対に必要よ。最低もう一着。できれば二着は欲しいわね」
「でも、お母さん。一度しか着ないのに、もったいないわよ」
「こういうドレス、アークさんの世界に持って行けば、案外むこうのひとたちに受けるんじゃないの。そういう点では、振袖もいいかもしれないわね。沙絵莉、振袖も持って行きなさいよ」
「お母さん、落ち着いて。振袖を持っていっても、わたし、自分では帯を結べないし、着られないから」
「あら、それはそうか……でも、残念ね」
「あの、わたし、このドレスが好きかも。これにしてもいい?」
沙絵莉は、試着した中で一番華のある純白のドレスを選んでふたりに見せた。
「わたしもそれがいいと思ったのよ。美月さん、どうかしら?」
「ええ。沙絵莉さんにとってもお似合いだわ。……でも、本当に結婚してしまうのね」
美月がしんみりと言う。
「この子が、あんな超のつくような美男子を捕まえるとはねぇ。しかも、魔法まで使えるって……」
亜由子は呆れ顔で首を横に振る。
「お、お母さん、その話は……」
「耳に入ったところで、誰も信じやしないわよ」
まあ、それはそうだけど……
「あの、アークはもう決めたのかしら?」
別の試着室で、俊彦に付き添ってもらい、彼も新郎の衣装を選んでいるところだ。
自分のドレス選びもわくわくしたけど、アークの衣装も、ものすごーく楽しみだ。
彼なら、どんなものも着こなしてしまうだろう。
カッコイイだろうなぁ。
タキシード姿のアークを、頭の中で想像してにやつく。
「うわっ!」
大きな叫び声がして、沙絵莉はぎょっとした。
さらに、何やら大きな物音までして、沙絵莉は亜由子や美月と目を見交わした。
いまの叫び声、間違いなくアークだった。
い、いったい、彼に何が?
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