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第十三話 大混乱の収拾
アークは、呆然として目の前の惨状を見つめた。
突然、出現した大量のもの。
それが彼のいる狭い部屋を埋め尽くし、外にまで転がり出ている。
アーク自身は、常に防御するよう身に沁みついているため、もちろん無傷だ。
「ア、アーク君!」
カーテンを隔てた向こう側にいるトシヒコが、動転したようにアークの名を呼ぶ。
狭い場所から、大量の品が転がり出てきたのだ、驚きもするだろう。
「トシヒコ殿、大丈夫ですか?」
アークはカーテン越しにトシヒコに声をかけた。外に出たいのだが、足の踏み場もない状態で、この場から出るに出られない。
浮遊の技を使うか、テレポすれば簡単に出られるが、部屋の外にいるのはトシヒコだけではない。
その者達を驚かせて騒ぎになってしまっては、トシヒコやサエリたちを困らせてしまうだろう。
床に転がった箱のふたが外れ、中身が飛び出ている。
きらびやかな布……それに、宝飾品もあるようだ。
これはどうみても、アークの国の品……
「いったい?」
「な、なんなの、これ?」
サエリの母、アユコの声だ。
「アユ……」
「アーク様」
アユコに呼びかけようとしていたところに、自分を呼ぶ声が聞こえ、アークは眉をひそめた。
いまの声は、アークが常に首に下げている首飾りを介して聞こえた。
「あ、あ、あ……」
「お、落ち着いて。大丈夫だから」
女性のうわずった声に、アユコの声が続く。
さらにトシヒコも、何やら話している。
外の様子も気になるが、ここは、何を置いても、自分に呼びかけてきた声に応じるべきだろう。
ジェライド……だったよな?
幼い姿のときの……
これらの荷をここに出現させたのは、ジェライドなのか?
だが、ジュライドにそんな芸当ができるだろうか?
彼は、自力ではこのサエリの世界にテレポできないはずで……
「いったいどういうことだ?」
アークは苛立ちとともにジェライドに怒鳴り返した。
「はい? アーク様、どういうこととは?」
こちらの状況を把握できていないからだろう、ジェライドは戸惑ったような返事をする。
それに、畏まった語りをしているのは、ジェライドの側に、誰かほかの者がいるということだ。
「この大量の荷だ。ジェライド、君のしわざか?」
「私ではありません。ポンテルス殿ですよ」
ポンテルスか……
「どういうつもりだ?」
「もちろん、婚約の儀に必要な品々です。私をそちらに送り返す前に、送らなければならないとポンテルス殿がおっしゃるので」
平然と報告するジェライドに、眩暈がする。
「送るのはいい。だが、前もって知らせてから送ったらどうなんだ?」
「そうした方がよいと、私が口にする前に、ポンテルス殿が送ってしまわれたのですよ」
あの御仁は……
今度は頭痛がしてきた。
こちらの都合というのものを、少しは考えてくれればいいものを。
それにしても、ポンテルスはどういう手法を使ってこれらの荷を送ってよこしたのだ?
まったく、とんでもないひとだな。
こうしてジェライドと会話している間も、部屋の外では大変な騒ぎになってしまっているようだ。
「アークさんってば、あなた大丈夫なの?」
「アーク!」
アユコの呼びかけに続き、サエリの叫び、それと同時にアークはのっぴきならない危険を感じ取り、一瞬にしてサエリの側に飛んでいた。
「サエリ!」
名を呼び、彼女の両腕を掴む。
ビリビリビリと空気を切り裂く様な振動が起こり、アークはサエリの身体から発する膨大な魔力を自分の身に吸収した。
危険を伴う行為なのだが、咄嗟のことで、それしか手段を思いつかなかった。
なんとしても、魔力を暴走させ、この部屋を破壊させるわけにはいかない。
「ゴホゴホッ、ゴホッ、ゴホッ……」
自分の身に取り込んだサエリの魔力の反動で、胸の辺りに衝撃を受けたせいで、激しく咳き込んでしまう。
「ア、アーク」
「ああ、も……もう、大丈夫だ」
アークは大きく息を吸い込み、肩を大きく上下させた。
なんとか処理できたようだ。
「はあーっ」
肩を震わせ、アークは大きく息をついた。
「何が、どうなってるの?」
アユコが動転した様子で、アークとサエリの側にきた。
「すみません。説明はあとで……サエリ、大丈夫かい? 身体のどこかに異常を感じないか?」
「わ、わたし……ど、動悸がしてる……けど……」
そう言って、息苦しそうにする。
「痛みは?」
サエリが首を横に振り、アークはほっと胸を撫で下ろした。
アークの身に何か起こったのではないかと動揺したために、サエリの魔力が暴走したのだろう。
「よかった……サエリ、騒ぎを引き起こしてしまってすまない」
アークは床に座り込んでいる女性ふたりに視線を向けた。彼女たちはこの店の者達だ。ミツキとアユコがふたりの側にいる。
「そちらの方々は大丈夫でしたか?」
「あの……あの……この荷物、いったいどこから?」
床に散らばっている大量の荷を見つめ、呆然とした顔で問いかけてくる。
すると、トシヒコが慌てたようすで口を開いた。
「彼はマジシャンなんですよ。こんなふうにひとを驚かせるのが趣味らしいんだが……失敗してしまったようだ」
「ああ、そうなのよ。ほんと、まだまだ未熟ねぇ、アークさん」
トシヒコの言葉にアユコが調子を合わせる。
アークの腕の中にいるサエリが小さく笑い出した。
サエリに視線を向けると、「未熟だって?」と言う。アークは頷いた。
「ああ、そのようだ」
「片づけは、私たちでやらせていただくわね」
アユコが店の者に申し出たが、店の者は、とんでもないとばかりに首を横に振る。
「お客様にそんなことをやらせるわけには参りませんわ」
「いいの、いいの。このひとなら、あっという間に片付けられるから。マジシャンだし」
アユコが冗談めかして言うと、店の者の目がアークに向く。
この事態、どう処理するのが一番手っ取り早いだろうか?
現状をさっと確認し、アークはサエリに潜めた声で話しかけた。
「サエリ、この方々には、しばし眠っていただくのが一番かと思うのだが?」
サエリは眉を寄せてアユコに向き、それから部屋の惨状を眺め回す。
「……それがいいかも」
「うむ。では……」
ふたりに向けてアークが手をかざした瞬間、「わあっ!」という叫びが聞こえ、目の前の床にジェライドが転がり出た。
「まあっ、ジェラちゃん」
アユコがそう叫んだ次の瞬間、ジェライドの身体は元の大きさに戻っていた。
しかも、気を失っているようで、身動きひとつしない。
「キャアーー!」
「キャーーーッ!」
耳をつんざくような悲鳴が一度にあがる。
この大混乱ぶりに、アークはため息をつき、事態の収拾に乗り出したのだった。
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