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第十四話 魔力の枯渇
う……ん……
瞼を薄く開け、ほんの少し頭を動かした瞬間、ジェライドは激しい頭痛に襲われた。
いっ、たたっ……
無意識に頭に手を当て、癒しを施す。
頭痛が和らぎ、ジェライドははーっと息をつき、ようやく目を開けた。
えっと……ここは?
ジェライドは眉をひそめ、肩肘をついて上体を起こした。
部屋の内部を見回して確認したジェライドは、ぎょっとして起き上った。
なっ?
サエリ様のお母上の家ではないか。
ここは、アユコ殿からあてがってもらった部屋。
いったいいつの間に戻ったんだ?
布団の上に寝かされているが……誰もいない。
だが、気配を探ると、みなこの家にいるようだ。
全員、同じところにいるみたいだが……応接間か?
アークに話しかけようかと思ったが、彼は何やら忙しくしているようだった。
アークの身体に異常などはないようで、ほっと胸を撫で下ろす。
サエリ様の暴走した魔力……どう処理したのかも気になるが……
外にいたのでなければ、外部に発散させられなかっただろうから、彼は自分の身の内に取り込んだ可能性が高いな。
アークであっても、かなり危険な行為……
顔をしかめたせいで、急に頭がふらついてきた。どうしてもそのままにしていられず、ジェライドは眉を寄せ、もう一度横たわった。
この症状……どうやら私は、魔力を限界値まで消耗しているようだ。
しかし、なぜ?
これほどまでに魔力を消費してしまったのはなぜなのだ?
私は……ポンテルスや賢者たちと一緒にいた。
ポンテルスからの指示で、婚約の儀に必要なものを賢者たちに命じて大急ぎで揃えさせた。
ジェライド自身も、あちらこちら駆けずり回る羽目になって……
サリス様のところにも、何度も足を運んだ。
婚約の儀の衣裳を、サリス様が用意なさるということで……さらにアクセサリーなども……
どんどん荷が増えてゆくので、もう少し減らした方がいいんじゃないかと、心の底では思ったのだが……
賢者たちは頭が固く、古式にのっとった形式にこだわるからな。
そこまで考えて、ジェライドは周りをもう一度眺め回した。
ポンテルス殿が、私を介して荷を送ると言い出し、この家に送ったはずの大量の荷は……どこにあるのだろうな?
こちらに無事届いたのは、アークとのやりとりで確認が取れているが。
それにしても、ポンテルス殿ときたら……本当に無鉄砲なことを……
まずはアーク様にお知らせしてから送るべきですと意見したのに、まるで耳を貸してくれず。
あろうことか、唐突に、そして躊躇なく送り始めたのだ。片っ端からどんどん……
その暴挙っぷりに、ジェライドはしばし呆気に取られ、ようやく我に返り、通信の技でアークに呼びかけたのだ。
それで会話をしていて……そうしたら……
あっ、そうだ。
サエリ様の魔力が暴走したらしいとわかり、ポンテルスに、私はいますぐ戻らねばならぬと必死に訴えた。
だが、ポンテルスときたら、まだ送らねばならないものがあるかもしれないとか、道がどうのと言い出して……なかなか送り返してくれなくて……
アークは呼びかけても、もう答えてはくれなかったから、不安が膨らむばかりで……
けれど、こうして戻ってきたということは、ポンテルスが送り返してくれたのだろう。
ジェライドは顔をしかめて、必死にその辺りの記憶を探る。
駄目だ……記憶がない。送り返された瞬間の記憶が……
どういうことだ?
なぜ、私はここに寝ていたのだろう? しかも、魔力を枯渇して……
いま何時なんだ? 私は、いったいどのくらい寝ていたのか?
あーっ! わからないことだらけで、イライラして落ち着かない。
だいたい記憶がないなど、初めての事。
そこでジェライドは、ようやく気づいた。
身体の大さきが、元に戻っている。
いったいいつ戻ったんだ?
当惑しつつも、戻れたことに安堵を感じた。
向こうで戻ろうとしても戻れなくて、ひどく動揺したのだ。
ポンテルスは、こちらに戻りさえすれば、元の姿に戻れるのではないかと言っていたが……言葉は曖昧で。
……とにかく、皆様のところに行き、話を聞かせてもらわねば。
大賢者としては、送った荷がどうなったのかも、確認しなければならないし。
布団から出て立ち上がったジェライドだったが、膝がかくんと折れ、そのまま布団に突っ伏した。
一瞬にして極度の疲労感に襲われる。
……わ、忘れていた。魔力が枯渇していたのだった。
「はあっ」
己の無力さに、ため息をついたところに、アークが現れた。
「やあ、我が友。気分はどうだ?」
わざとらしさの滲む真面目な物言いで、そんな問いを向けてくる。
「いったい何が起こったんだい?」
真剣に問いかけたら、アークが疲れを帯びた眼差しを向けてくる。
「お前がそれを言うのか?」
その問いに、ジェライドは顔をしかめた。
「どういう意味です?」
「まあいい……。それより、来るのが遅くなってすまない。君が目覚めたのには気づいていたんだが」
「い、いや……それはいいんだが……何かあったのか?」
「何かあったかだと?」
「あ、ああ」
「事態を収めていたのさ」
「事態を? あの、アーク、事がわかるように、詳しく説明してくれないか?」
そう頼んだら、アークが疲れた笑いを漏らす。
「話の前に……魔力を消耗しすぎて、いま身体が辛いのだろう?」
「そうなんだよ。アーク、私はどうしてこれほどまでに魔力を枯渇させているんだい?」
「そんなこと私が知るわけがないだろう。それより、まずこれを」
うん?
アークがこれをとジェライドに見せたのは、頭くらいの大きさのきんちゃく袋だ。紐を緩めて、ジェライドの方に差し出してくる。
「ほら、両手を出せ?」
「それはなんなんだい?」
「荷の中に入れてあった。父によれば、ポンテルスが君のために用意したものらしい。シャラの玉だ」
驚きつつも、手のひらを揃えて出すと、シャラの玉がコロコロと転がり出てきた。かなりの数だ。
すべての魔力の玉が揃っていて、キラキラと輝いている。
「こんなに?」
「まあ、それでも足りないだろうが、枯渇状態から抜け出せれば楽になるだろう。あとは、自然回復を待つしかないな」
「ええ、ありがたい」
そう言ったら、アークがくすくすと笑い出した。
「何がおかしいんだい?」
「いや……考えたら、君が魔力を枯渇させた原因に思い至れた」
「……それは?」
「ポンテルスは大量の荷を送ってきた。その方法がいかなるものだかはわからないが……この世界に飛ばすのには相当量の魔力が必要だ。たぶんポンテルスは、君の魔力を使ったに違いない」
「あ……」
言われてみれば……
「そのようだな。向こうに引き戻された時も、かなりの魔力を減じたようだった。こちらに戻るのに、さらに魔力を使ったのだろうから……」
呟いていたら、アークが急に憤りをむき出しにし、「まったく、あの御仁は!」と叫んだ。
「アーク?」
「君が死ぬことはないと、わかっていたんだろうか?」
不安を滲ませて、アークは口にする。
ジェライドは少し考え、にっと笑った。
「わかっていたと思うよ。ポンテルス殿は、そういうさじ加減について、絶妙な勘が働くようだからね」
確かにそうだと思ったのだろう、アークが苦笑いする。
「それに……たぶん私を介さないことには、あの荷は飛ばせなかったんだろうな」
ジェライドはゆっくりと起き上ってみた。ふらつくようなことはなかった。
頭も身体も先ほどのように気怠くない。
どうやら、シャラの玉のおかげで、かなり回復できたようだ。
こうなることがわかっていて、ちゃんと配慮してくれたポンテルスには、感謝すべきだろうな。
しかし、魔力を使えない状況はもうしばらく続くわけで、ひどく心もとない。
とはいえ、アークとサエリ様に何か危険が迫れば、この身を挺してお守りする所存だ。
ああ、そうだ。動けるようになったのだし、送った荷を確認させてもらわねば。
「ねぇ、アーク。ポンテルス殿が送った荷は、どこにあるんだい?」
「空いている部屋に置かせてもらっている」
「それじゃ、確認させてもらいたいんだけど」
「ジェライド。確認より先に、やることがあるだろう?」
「うん?」
「大量の荷を送りつけてきたのがポンテルス殿だとしても、お前も加担していたんだ。まずは大混乱を招いた詫びを、皆様にすべきだろう」
「ああ、そうだった。すまないアーク、婚約の儀を一手に任されて……気が急いてしまって」
そう言いながら部屋から出ようとしたら、アークに肩を掴まれた。
「姿が元に戻っていることを忘れるな」
「ああ、それについても聞こうと思っていたんだ。私の身体が、いつ元に戻ったのか、君は知っているかい?」
「君が戻ってきてすぐだ。目撃者が多くて、そのあと大変だったんだぞ」
「そ、そうだったのか。あの、目撃者って?」
「実は……いや、その話はあとにしよう。みんな、君を心配している。なによりもまず、顔を見せて安心してもらうとしよう」
「アーク、できればその話というのを、先に聞かせてもらえないか? どうも私は皆様にかなり迷惑をかけたらしいが、自分がどんな迷惑をかけたかを知らないのでは、皆様に詫びのしようがない」
外に出ようとするアークを引きとめ、なんとか頼み込む。
アークは仕方ないと思ったのか、ジェライドが意識を失っている間に起こった出来事を手短に話してくれた。
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