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第十五話 真面目に感想
アークが部屋から出て行き、沙絵莉は閉じたドアを見つめて、今日体験した出来事を思い返した。
ウエディングドレスを選んでいる最中に、まさかあんなことが起こるなんて……
大量の荷物が無造作に転がっているのを目にした時には、頭が真っ白になってしまった。
アークが沙絵莉の前に現れてからこっち、とんでもないことばかりだったけど……あれには、もうどう言っていいかわからないほど狼狽させられたなぁ。
アークがいるはずの試着室は突然出現した荷物で押しつぶされていて、中にいる彼は押しつぶされてしまったんじゃないかと思って、パニックに襲われてしまって……
そうしたらアークが文字通り、わたしのところにテレポで飛んできた。
アークが無事とわかって腰が抜けそうなほどほっとしたけど……今度はなんと、ジェライドさんが現れて……
おまけに小さな身体が、パッと元の大きさに戻ってしまったのだ。
目撃したあの店のスタッフさんは、それはもう驚いて……
あのあとの、事態の収拾は、それはもう大変だった。まあ、ほとんどアークひとりで処理したんだけど……
まずスタッフの人たちを、アークが眠らせて……それから彼はあそこに出現した大量の荷物をこの家に飛ばした。
場がすべて片づいたところで、アークはスタッフたちを徐々に目覚めさせた。
初めはぼんやりした様子だったが、だんだん意識がはっきりしてきて、けど、みんな何も覚えてはいなかった。
そのあとは、何もなかったように衣装選びに戻ったのだ。
そして、急いでここに帰ってきた。
荷物を確認するために、襖を開けたら呆気に取られちゃって。
部屋にはもう、踏み込めないほどきっちりと荷が収まっていたのだ。
あの荷は、人の手ではどうやっても下せないだろう。なんせ、天井付近まで重なっているのだ。
そのあと、アークはゼノンと連絡を取り、いくつかの荷を、魔力で取り出して開けていた。すぐさま必要なものがあったらしい。
見せてもらったけど、色んな色のキラキラ輝く玉だった。
通信の玉に似ていたが、これは利器ではないとアークは言っていた。
利器とか、利器じゃないと言われても、何がどう違うのか、まったくわからないんだけど……
それにしても、ほんとアークってすごいわよね。
どんなことでもできちゃうんだもの。
しかも平然と……
「ジェラちゃん……大丈夫かしらね?」
披露宴のパンフレットを、沙絵莉や俊彦と一緒になって見ながら検討していた亜由子が、心配そうに話しかけてきた。
その言葉に、陽奈がピクンと反応する。
「ジェラちゃん?」
期待を込めた目で陽奈に聞かれ、亜由子が慌てる。
「あ……ああっと……お、おうちに帰って、ジェラちゃん、どうしてるかしらってね」
必死に誤魔化す母に、沙絵莉もうんうんと頷く。
「そうだね。ジェラ君は、どうしてるだろうね」
俊彦も話を合わせてくれる。
陽奈は、ジェライドがこちらに戻ってきたことを知らない。
もちろん、彼の大きさが元に戻ってしまったことも。
もともと陽奈は、小さなジェライドしかしらないのだから、内緒にしておくことにしたのだ。
「落ち着かないわね」
亜由子がそわそわとしながら口にする。
「ジェライドさんのこと? それとも……こっち?」
沙絵莉はパンフレットに視線を向けて聞く。
「どっちも、だけど……まあ、結婚式かしらね。三日後なんだもの」
「うん。でも……思っていたより、ちゃんと準備進められてるかなって……」
「まあね。……披露宴会場に飾る花とかは……揃えられるものをってことだし……料理も急すぎると食材が適当になりそうだけど……」
「……それでも、挙式も披露宴もできそうなんだもの。それだけで嬉しいし……凄いことだなって思ってる。本当に、感謝してます! お母さん、俊彦おじさんも……ありがとう」
照れくさくて、最後のほうは口ごもってしまい、沙絵莉はもどかしい気持ちになる。
俊彦は、母の夫なのだ。つまり、沙絵莉の父。
もうすぐ別れ別れになるのだし、最後にお父さんと呼びたいのだけど……呼ぼうとすると、恥かしさが先に立ってどうしても呼べない。
嫁ぐ前に……アークの世界に行く前に……呼べたらと思っているのに……
駄目だなぁ、わたし……
美月さんのこともだ。お母さんと呼べたらと思うんだけど……
わたし……母がふたり、父がふたりずついるのよねぇ。
それが、これまで物凄く嫌だったけど……いまは得したような気持ちになれている。
もっと早くそういう気持ちになれていたら……
そう思うけど、いまだから、こういう気持ちになれているのよね。
あー、お母さんじゃないけど、落ち着かない。
土曜日に結婚式を挙げて……そしたら、いったい何日ここに残っていられるんだろう?
もし、強制的にアークの世界に引き戻されることがなかったら、アークは何日、ここに滞在し続けるつもりだろうか?
まさか、式を終えてすぐとか?
そうい風に、心づもりしておいたほうがいいかも。そうすれば、いざというとき、慌てなくてすむだろう。
「テーブルに置くナプキンも選べるって……それとテーブルクロス……会場全体の雰囲気も選べるなんて、面白いわね」
「う、うん」
「白を基調にするより、淡いピンクとか……いいんじゃないの?」
「そうだね」
……そういえば、アーク、新郎の衣装、どんなものにしたんだろう?
沙絵莉の希望としては、黒のタキシードもいいし……けど彼ならグレーとか、白いスーツなんていうのも似合いそう。
王子様みたいで……
本番のお楽しみといいうことで、教えてもらえなかったものね。
もちろん、わたしのウエディングドレスも見せてない。
わたし、本当に結婚することになったのよね。
……アークと結婚か。
なんか、自分のことじゃないみたい。実感が湧かない感じもあるのに、すごくドキドキもする。
そのとき、ドアがノックされた。
もちろん応接間のドアをノックするような人間は、アークとジェライドしかいない。
「はい、どうぞぉ」
亜由子が返事をすると、すぐにドアが開いた。
アークが入ってきて、その後にジェライドが続く。
「そうだったわねぇ」
ジェライドを見て、母がしみじみと呟く。
本来の姿に戻っているジェライドを見て、母は小さくなる前のジェライドのことを思い出したのだろう。
沙絵莉は陽奈が気になり、何気なく様子を窺ってみた。
やはり、ジェライドを見て、緊張してしまったようだ。
初めて会う人だと思ってるんだろうな。
「ヒナさん」
アークが陽奈に話しかけた。
陽奈は黙ってアークを見上げる。
「こちらは、ジェライドと申す者なのですが……」
「ヒナ様」
ジェライドは初対面の挨拶をせずに、呼びかけた。
彼も、陽奈にどんな態度を取ればいいのかわからず、困ってしまっているようだ。
「一緒」
陽奈がジェライドを見て言う。
よくみると、陽奈の視線はジェライドの髪に向けられていた。
紫の髪が、ジェラちゃんと一緒だと思ったようだ。
「ジェラ君のお姉ちゃんなの?」
陽奈は遠慮がちに問いかけた。
お、お姉ちゃん!
沙絵莉の隣にいるアークが「ぷっ」と小さく噴き出す。
女性に間違われて固まっていたジェライドが、さっとアークに顔を向けて、睨む。
「うーん。まあ確かに、女の人かと思うのも、無理はないかしらね」
ジェライドを見つめ、亜由子がそんな感想を真面目に漏らす。
「お、お母さん」
沙絵莉は慌てて母に呼びかけたのだった。
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