白銀の風 アーク

第十二章

                     
第十五話 真面目に感想



アークが部屋から出て行き、沙絵莉は閉じたドアを見つめて、今日体験した出来事を思い返した。

ウエディングドレスを選んでいる最中に、まさかあんなことが起こるなんて……

大量の荷物が無造作に転がっているのを目にした時には、頭が真っ白になってしまった。

アークが沙絵莉の前に現れてからこっち、とんでもないことばかりだったけど……あれには、もうどう言っていいかわからないほど狼狽させられたなぁ。

アークがいるはずの試着室は突然出現した荷物で押しつぶされていて、中にいる彼は押しつぶされてしまったんじゃないかと思って、パニックに襲われてしまって……

そうしたらアークが文字通り、わたしのところにテレポで飛んできた。

アークが無事とわかって腰が抜けそうなほどほっとしたけど……今度はなんと、ジェライドさんが現れて……

おまけに小さな身体が、パッと元の大きさに戻ってしまったのだ。

目撃したあの店のスタッフさんは、それはもう驚いて……

あのあとの、事態の収拾は、それはもう大変だった。まあ、ほとんどアークひとりで処理したんだけど……

まずスタッフの人たちを、アークが眠らせて……それから彼はあそこに出現した大量の荷物をこの家に飛ばした。

場がすべて片づいたところで、アークはスタッフたちを徐々に目覚めさせた。

初めはぼんやりした様子だったが、だんだん意識がはっきりしてきて、けど、みんな何も覚えてはいなかった。

そのあとは、何もなかったように衣装選びに戻ったのだ。

そして、急いでここに帰ってきた。

荷物を確認するために、襖を開けたら呆気に取られちゃって。

部屋にはもう、踏み込めないほどきっちりと荷が収まっていたのだ。

あの荷は、人の手ではどうやっても下せないだろう。なんせ、天井付近まで重なっているのだ。

そのあと、アークはゼノンと連絡を取り、いくつかの荷を、魔力で取り出して開けていた。すぐさま必要なものがあったらしい。

見せてもらったけど、色んな色のキラキラ輝く玉だった。

通信の玉に似ていたが、これは利器ではないとアークは言っていた。

利器とか、利器じゃないと言われても、何がどう違うのか、まったくわからないんだけど……

それにしても、ほんとアークってすごいわよね。

どんなことでもできちゃうんだもの。

しかも平然と……

「ジェラちゃん……大丈夫かしらね?」

披露宴のパンフレットを、沙絵莉や俊彦と一緒になって見ながら検討していた亜由子が、心配そうに話しかけてきた。

その言葉に、陽奈がピクンと反応する。

「ジェラちゃん?」

期待を込めた目で陽奈に聞かれ、亜由子が慌てる。

「あ……ああっと……お、おうちに帰って、ジェラちゃん、どうしてるかしらってね」

必死に誤魔化す母に、沙絵莉もうんうんと頷く。

「そうだね。ジェラ君は、どうしてるだろうね」

俊彦も話を合わせてくれる。

陽奈は、ジェライドがこちらに戻ってきたことを知らない。

もちろん、彼の大きさが元に戻ってしまったことも。

もともと陽奈は、小さなジェライドしかしらないのだから、内緒にしておくことにしたのだ。

「落ち着かないわね」

亜由子がそわそわとしながら口にする。

「ジェライドさんのこと? それとも……こっち?」

沙絵莉はパンフレットに視線を向けて聞く。

「どっちも、だけど……まあ、結婚式かしらね。三日後なんだもの」

「うん。でも……思っていたより、ちゃんと準備進められてるかなって……」

「まあね。……披露宴会場に飾る花とかは……揃えられるものをってことだし……料理も急すぎると食材が適当になりそうだけど……」

「……それでも、挙式も披露宴もできそうなんだもの。それだけで嬉しいし……凄いことだなって思ってる。本当に、感謝してます! お母さん、俊彦おじさんも……ありがとう」

照れくさくて、最後のほうは口ごもってしまい、沙絵莉はもどかしい気持ちになる。

俊彦は、母の夫なのだ。つまり、沙絵莉の父。

もうすぐ別れ別れになるのだし、最後にお父さんと呼びたいのだけど……呼ぼうとすると、恥かしさが先に立ってどうしても呼べない。

嫁ぐ前に……アークの世界に行く前に……呼べたらと思っているのに……

駄目だなぁ、わたし……

美月さんのこともだ。お母さんと呼べたらと思うんだけど……

わたし……母がふたり、父がふたりずついるのよねぇ。

それが、これまで物凄く嫌だったけど……いまは得したような気持ちになれている。

もっと早くそういう気持ちになれていたら……

そう思うけど、いまだから、こういう気持ちになれているのよね。

あー、お母さんじゃないけど、落ち着かない。

土曜日に結婚式を挙げて……そしたら、いったい何日ここに残っていられるんだろう?

もし、強制的にアークの世界に引き戻されることがなかったら、アークは何日、ここに滞在し続けるつもりだろうか?

まさか、式を終えてすぐとか?

そうい風に、心づもりしておいたほうがいいかも。そうすれば、いざというとき、慌てなくてすむだろう。

「テーブルに置くナプキンも選べるって……それとテーブルクロス……会場全体の雰囲気も選べるなんて、面白いわね」

「う、うん」

「白を基調にするより、淡いピンクとか……いいんじゃないの?」

「そうだね」

……そういえば、アーク、新郎の衣装、どんなものにしたんだろう?

沙絵莉の希望としては、黒のタキシードもいいし……けど彼ならグレーとか、白いスーツなんていうのも似合いそう。

王子様みたいで……

本番のお楽しみといいうことで、教えてもらえなかったものね。

もちろん、わたしのウエディングドレスも見せてない。

わたし、本当に結婚することになったのよね。

……アークと結婚か。

なんか、自分のことじゃないみたい。実感が湧かない感じもあるのに、すごくドキドキもする。

そのとき、ドアがノックされた。

もちろん応接間のドアをノックするような人間は、アークとジェライドしかいない。

「はい、どうぞぉ」

亜由子が返事をすると、すぐにドアが開いた。

アークが入ってきて、その後にジェライドが続く。

「そうだったわねぇ」

ジェライドを見て、母がしみじみと呟く。

本来の姿に戻っているジェライドを見て、母は小さくなる前のジェライドのことを思い出したのだろう。

沙絵莉は陽奈が気になり、何気なく様子を窺ってみた。

やはり、ジェライドを見て、緊張してしまったようだ。

初めて会う人だと思ってるんだろうな。

「ヒナさん」

アークが陽奈に話しかけた。

陽奈は黙ってアークを見上げる。

「こちらは、ジェライドと申す者なのですが……」

「ヒナ様」

ジェライドは初対面の挨拶をせずに、呼びかけた。

彼も、陽奈にどんな態度を取ればいいのかわからず、困ってしまっているようだ。

「一緒」

陽奈がジェライドを見て言う。

よくみると、陽奈の視線はジェライドの髪に向けられていた。

紫の髪が、ジェラちゃんと一緒だと思ったようだ。

「ジェラ君のお姉ちゃんなの?」

陽奈は遠慮がちに問いかけた。

お、お姉ちゃん!

沙絵莉の隣にいるアークが「ぷっ」と小さく噴き出す。

女性に間違われて固まっていたジェライドが、さっとアークに顔を向けて、睨む。

「うーん。まあ確かに、女の人かと思うのも、無理はないかしらね」

ジェライドを見つめ、亜由子がそんな感想を真面目に漏らす。

「お、お母さん」

沙絵莉は慌てて母に呼びかけたのだった。






   
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