白銀の風 アーク

第十二章

                     
第十八話 らしからぬ



「アーク、どうしたんだい?」

ジェライドが、アークに歩み寄ってきながら聞いてくる。

そんなジェライドと一緒に、ヒナも後戻りしてくる。

いまだ何も気づいていないらしい友に、アークはどうにも笑いが込み上げてしまう。

「アーク? 何がおかしいんだい?」

ジェライドから訝しげな目を向けられ、このいつもひょうひょうとした友が、どんな驚きを見せてくれるだろうかなどと、不届きな期待をしてしまう。

「いや。もうやって来たらしいんだ」

あっさり口にすると、ジェライドは一瞬、時を止めた。

だが、すぐに面食らったように「えっ?」と叫んだ。

「来た? ど、どういうことだ? だって……何も……」

ジェライドのテンパった様子に、どうにも笑いが膨らんでしまう。

「アーク!」

アークの笑いにカチンときたようで、ジェライドが鋭く叫ぶ。

そんなジェライドを見て、ヒナはおろおろしている。

すると、サエリがフォローに回ってくれた。

「陽奈ちゃん大丈夫よ。ふたりは仲良しさんだし、ただお話ししてるだけだから」

「う、うん」

ジェライドも、動揺したヒナに気遣わしげな目を向ける。

「あの、ヒナ、大きな声を出してしまってびっくりさせたね。ごめんよ」

「アーク、なんなら、わたしと陽奈ちゃんは、先に応接間に戻ってましょうか?」

「いや、我々も早く母とポンテルスに会いたい。ジェライド行こう」

ジェライドを促がしたアークは、先頭を切って応接間に向かった。

応接間のドアは開いていた。

近づいていくと、確かに、アークの母サリスとポンテルスの声が聞こえてくる。

本当に来ているとは……

だが、それでもふたりの気は感じられない。

その理由が何より気になる。

入り口に立ち、部屋の中を確認する。

「失礼します」

礼儀正しく声をかけ、アークは一歩中に入った。

部屋にいる者たちがアークに向く。

「あら、アーク」

サリスがにこやかに声をかけてきた。

ポンテルスもすっと立ち上がり、重々しく「アーク様」と口にし、頭を下げてくる。

「アークさん。ほら、あなたも座っ……あ、あら、ジュラちゃん!」

ソファに座っていたアユコは、アークのあとから入ってきたジェライドを見て、嬉しさを滲ませた驚きとともに立ち上がった。

「まあまあ。ジェラちゃんが来てくれてよかったわね、陽奈ちゃん」

ジェライドの隣にいるヒナを見て、アユコが嬉しそうに声をかける。

頬を桃色に染めたヒナは、照れくさそうにこくんと頷く。

そのあと、アユコとヒナとジェライドがおしゃべりを始め、トシヒコもその輪に混じる。

さらにサリスが沙絵莉に話しかけ、こちらもおしゃべりを始めた。

アークは、まだ立ち上がったままのポンテルスに歩み寄り、彼の隣に座り込んだ。

ポンテルスはアークに一礼し、「アーク様、お隣に失礼いたします」と仰々しく断りを言い、アークの隣にゆっくりとした動作で腰かけてきた。

ポンテルスが座るのをじれながら待っていたアークは、さっそく小声で彼に話しかけた。

「ポンテルス殿……いったいどういった方法で、ここに?」

ポンテルスもサリスも、普通ではない。

なにしろ、ここに実在していないのだ。

だが、サエリたちは、そのことに気づいていないらしい。

「方法は教えられませぬの」

ポンテルスは、にっこり笑って言う。

そういう答えを返されるだろうと、予想してはいたが……

「秘技ですか?」

「まあ……色々とのお」

のんびり口調で話をかわされる。

「では、実体はどこに?」

「すみませぬが、それも教えられぬのです」

まったく、こののらりくらりとした返事に苛立たされる。

だが、この大賢者が答えられぬというのであれば、諦めるしかないのだ。

「危険はないのですね?」

そこだけは押さえておきたい。

「うーむ、ゼロではないのぉ」

「ポンテルス!」

ポンテルスに顔を寄せ、潜めた声で咎めるように呼びかけたら、ポンテルスはくすくす笑う。

「この世のことは、どんなことも完全とはいえませぬの。そうではありませんかの? アーク様」

「それは……」

アークは一呼吸置き、自分をなだめて、また口を開いた。

「それで、おふたりは、その姿のまま、こちらの世界の婚儀に参加なさるおつもりなのですか?」

そう聞くと、ポンテルスが頷く。

「ジェライド殿を媒体にすれば、私とサリス様もこちらの世界にこられたのじゃが……さすがにジェライド殿の身体が危険だと判断しましての」

「媒体? ジェライドが、いま極端に魔力を消費しているのは、やはりそのせいだったのですね?」

ポンテルスは肯定して頷く。

「こちらに、たくさんの荷を送ってしまいましたからの」

やはりそういうことだったか。

まったく、ポンテルスときたら……

「ポンテルス。あれらの荷物は、ジェライドに多大な負担をかけてまで送りつけてくるほど、必要なものなのですか?」

アークの問いかけに、なんとポンテルスは首を横に振る。

「は? それはどういうことです?」

「ほとんどのものは、さして必要ではありませぬの」

のほほんとした答えに、アークは一瞬唖然とし、ポンテルスをキッと睨みつけた。

「必要でないのなら」

「ですが、あれはすべて、サリス様の望まれたものなれば」

「えっ?」

ポンテルスがサリスに視線を向け、アークもサリスに目を向けた。

サリスはヒナを相手に、とても楽しそうにおしゃべりをしている。

「母の望んだもの?」

「そうですじゃ。我々大賢者は、聖賢者に仕えし者。聖賢者の奥方であられる、聖なるサリス様もまた同じ」

つまり、サリスがこちらに送りたいと望んだものだから、それらを全て送ったというのか?

ありえない。

「ポンテルス。それならば、ジェライドの身に負担なのだと母に説明してくれれば、母は諦めたに違いないのに」

つい、責めるよう言ってしまう。

ジェライドを犠牲にして送ったことを知ったら、サリスは自分をひどく責めるだろう。

「それを知れば、サリス様はどんなに必要なものであっても、ただのひとつも送ろうとはなさらなかったのではないですかの?」

その指摘に、アークは顔をしかめた。

「そ、それは……ですが、ほどほどにすれば……」

「ふーむ」

ポンテルスは、愚かな若輩者を見るような目で、アークを見つめてくる。

おかげでアークは、居心地が悪くなった。

ポンテルスは大賢者の立場で話をしている。

大賢者として、サリスの望みを叶えられるのであれば、叶えるだけのこと。そういうことなのだろう。

そして、それはジェライドも同じ考えなのに違いない。

つまり、送る必要のないどうでもいい荷を、こちらに送りつけてくるのに、自分の魔力が枯渇するほどに勝手に使われても、それを当然のこととして受け入れ、けして文句など言わない。

だが、アークにしてみれば苛立ってならない。

「アーク様のお気持ちもわからぬではないが……もう過ぎたこと」

「それですませたくはありませんね」

「では、アーク様はどうなさりたいのです?」

そう問い返され、返事に困る。

「サリス様は、こちらの世界であっても、我々の世界と変わりなく、婚約の儀を執り行いたいのでしょうからのお」

婚約の儀か……やはりやるんだよな?

指輪のことは、もう覚悟するよりない。

「さて、すぐにでも、婚約の儀を執り行う準備に取りかかりたく思いまするが……私はここに実在してはおりませぬゆえ、すべてジェライド殿が準備をすることになりますがの」

「ならば、私が手伝いますよ」

「それはなりませぬ」

厳しく禁じるように言われ、アークは眉を寄せる。

「ですが」

「これは賢者の仕事であれば……ジェライド殿も、けして賢者以外の助けをもらうようなことはなさいますまいのお」

自分には何もできないとわかり、アークは歯ぎしりした。

「アーク様、心配はいりませぬ。婚約の儀の準備は、魔力を使わずとも整えられますからの。ああ、そういえば……」

ポンテルスはふと何か思いついたと言うような呟きを漏らす。

「ポンテルス、どうしました?」

気になって問いかけたが、ポンテルスはアークから視線を逸らし、まるで独り言のように言葉を口にし始めた。

「わしの送ったあの荷を、綺麗に積み上げた者がいたようじゃが……その者は、またどこぞに荷を飛ばしたりはせぬだろうかの?」

アークは、故意に視線を逸らしているポンテルスを、じっと見つめた。

これはつまり、ポンテルスやジェライドの知らぬところでなら、自由に手伝えと言っているのだろうな。

まったく……回りくどいことを。

だが、それでもほっとした。

安堵して笑っていると、ポンテルスがこちらに向いた。

そして、ポンテルスらしからぬウインクをする。

アークは、思わず目を丸くした。

そんなアークを見て、ポンテルスは愉快そうに笑い出したのだった。






   
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