白銀の風 アーク

第十三章

                     
第二話 気になる箱の中身



九時になると、婚約の儀に参加してくれる面々がやってきた。

父の周吾と美月、そして沙絵莉の友人の由美香と泰美も、周吾が連れて来てくれた。

玄関に出迎えにいくと、まず由美香と泰美が玄関に入ってきた。

「いらっしゃい。ふたりとも……わっ!」

「沙絵莉っ!」

泰美が興奮して飛びついてきた。

「こらっ、泰美! まったくもお、あんた少しは落ち着きなさい」

由美香が呆れて叱りつける。

泰美は小さくなりつつも、興奮したまましゃべり始めた。

「だってさぁ、もう興奮しちゃうよ! なんせ、異世界の婚約式に参加させてもらうんだよ。こんなこと、現実に起こるなんてさあ」

泰美の興奮は膨れ上がるばかりのようだ。

そんな泰美を見て、由美香が疲れたように肩を落とす。

ここまで、ずっと泰美に小言を言い続けていたのかもしれない。

苦笑していたら、沙絵莉の父の周吾と美月が入ってきた。

「お父さん、美月さん」

声をかけたら、周吾は少し緊張気味に頷く。
美月のほうも、周吾と同様に緊張しているようだった。

異世界の婚約の儀に参加するなんてありえない話なのだ。緊張して当然だと思う。

「いらっしゃい。さあ、みなさん上がって」

家の奥から亜由子が駆けてきて、みんなを促がす。

周吾と美月が亜由子と一緒に家の奥に向かい、沙絵莉も由美香と泰美とともに付いて行こうとしたが、由美香に腕を掴まれた。

「ねぇ、沙絵莉。わたしたちって、ただ参加すればいいわけ? 服はこれでよかった?」

ふたりはフォーマルなドレスを着ている。

「うん。それでいいと思うよ。実は、わたしもよくわかってないんだけど」

「沙絵莉は、まさかその服じゃないよね?」

「それはそうでしょうよ。主役なんだもの」

泰美と由美香が沙絵莉の服を見て言う。

「用意されてるらしいんだけど……いま、ジェライドさんは、儀式をする部屋を準備中で、終わるのを待ってるところなの」

「なんか、のんびりだね」

泰美が物足りなさそうにそんなことを言うので、沙絵莉は笑った。

「わたしも正直気が抜けたわ。ここにやってきたら、どんな出迎えを受けて、どんなことになるんだろうって、ドキドキしてたのに」

由美香は顔をしかめ、それからぷっと噴き出した。

ふたりとも落ち着いたようで、よかった。

沙絵莉はふたりを応接間に案内した。

するとそこには、いつの間にやって来たのかサリスとポンテルスの姿があった。

周吾と美月は、独特な容姿のポンテルスに、気圧されてしまっているように見えた。

「ちょ、な、なに、あのひと」

沙絵莉の肩越しにポンテルスを見た泰美が、仰天したように呟く。

「泰美、そんな風に言ったら、失礼よ。ほら、異世界の人なんだから……」

「あ、ああ、そうか。だよね。異世界のひとなんだから、普通の人ばっかりじゃない……むごっ」

泰美の口は、由美香の手で塞がれた。

「ごめん、沙絵莉」

由美香が沙絵莉に謝ってくる。

この場合、泰美の反応も仕方がないだろう。初めてポンテルスさんを見た時のわたしは、いまの泰美以上に驚いちゃった気がするし。

そこで、ドアのところに三人がやって来たのに気づいたサリスが、上品なものごしで歩み寄って来た。

由美香と泰美は、いまになってサリスに気づいたようで目を瞠る。

「わわっ! き、綺麗な人……」

この世界にはない淡い水色の髪を持ち、透き通るような肌をしているサリスは、アークという息子がいるとは思えない美しさだ。

「こんにちは。あなた方は、沙絵莉さんのご友人なのね?」

「は、はい。わ、わたしは……松見由美香と言います。それと、こっちは野々垣泰美です」

「は、はい。泰美です。あの、アークさんのお姉さんなんですか?」

「いいえ。わたしはアークの母ですわ」

「へっ? お、お母さん、なんですか? 若すぎるっ!」

「こ、こら、泰美、あんたもうちょっと礼儀正しく!」

由美香が慌てて叱りつける。

「あっ、ごめ……すっ、すみません」

泰美は慌てて謝り、応接間に集まっているみんなを、気まずそうに見回す。

サリスの後ろで鷹揚に微笑んでいたポンテルスが、少し前に出てきた。

そして、ふたりに挨拶する。

「ポンテルスと申します。以後、お見知りおきを」

「は、はい」

「ど、どうも」

ポンテルスを間近に見て、ふたりとも腰を抜かしそうな雰囲気だ。

笑いを堪えていたら、サリスが沙絵莉に話しかけてきた。

「沙絵莉、そろそろ支度をしましょうか?」

「あっ、はい」

頷くと、サリスは亜由子に顔を向けた。

「では、亜由子様もご一緒に」

「はい。でも、サリスさん、支度って?」

「こちらに送り届けた荷物はどちらに?」

「それなら、こっちです。ほら、沙絵莉」

「うん」

沙絵莉は由美香と泰美に向き、「ゆっくりしててね」と声をかけ、サリスと亜由子の後について行った。

荷物が天井までぎっしり詰まっていた部屋にやってくると、アークが部屋の中央に立っていた。

彼はやってきた三人を見て、歩み寄ってくる。

「母上」

「いよいよね」

サリスが、アークに声を弾ませて言う。

それに対して、アークは顔をしかめた。

えっ、なんだか嫌そうだけど……どういうこと?

彼の反応に戸惑っていたら、アークが沙絵莉に向き、気まずそうにする。

その反応に、なおさら不安が増す。

「アークさん、ここの荷物、すっかりなくなっちゃったのね?」

沙絵莉がアークに話しかけようとしたら、部屋を見回していた亜由子が先に、アークに話しかけた。

アークは沙絵莉のほうを気にしつつ、亜由子に向けて口を開く。

「はい。婚約の儀を執り行う準備は、そろそろ終わるとのことです」

「そう。なら、あなた方も支度をしないと」

サリスは急かすように言い、部屋の端の方に残っている箱に歩み寄って行く。

その箱に儀式用の服が入っているのだろう。

ふたりは別々の部屋で着替えることになり、ジェライドは箱をいくつか抱えた。
そしてアークについてくるように促がしながら部屋を出て行った。

ポンテルスもついていくようだ。

沙絵莉を気にするそぶりを見せつつ、アークも行ってしまった。

アークの先ほどの反応は気になったが、箱の中身も気になってならない。

いったいどんな服なんだろう?

あまりにキテレツな恰好をさせられたら、さすがに恥ずかしいんだけど……

沙絵莉は、恐る恐る箱に歩み寄ったのだった。






   
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