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第二話 気になる箱の中身
九時になると、婚約の儀に参加してくれる面々がやってきた。
父の周吾と美月、そして沙絵莉の友人の由美香と泰美も、周吾が連れて来てくれた。
玄関に出迎えにいくと、まず由美香と泰美が玄関に入ってきた。
「いらっしゃい。ふたりとも……わっ!」
「沙絵莉っ!」
泰美が興奮して飛びついてきた。
「こらっ、泰美! まったくもお、あんた少しは落ち着きなさい」
由美香が呆れて叱りつける。
泰美は小さくなりつつも、興奮したまましゃべり始めた。
「だってさぁ、もう興奮しちゃうよ! なんせ、異世界の婚約式に参加させてもらうんだよ。こんなこと、現実に起こるなんてさあ」
泰美の興奮は膨れ上がるばかりのようだ。
そんな泰美を見て、由美香が疲れたように肩を落とす。
ここまで、ずっと泰美に小言を言い続けていたのかもしれない。
苦笑していたら、沙絵莉の父の周吾と美月が入ってきた。
「お父さん、美月さん」
声をかけたら、周吾は少し緊張気味に頷く。
美月のほうも、周吾と同様に緊張しているようだった。
異世界の婚約の儀に参加するなんてありえない話なのだ。緊張して当然だと思う。
「いらっしゃい。さあ、みなさん上がって」
家の奥から亜由子が駆けてきて、みんなを促がす。
周吾と美月が亜由子と一緒に家の奥に向かい、沙絵莉も由美香と泰美とともに付いて行こうとしたが、由美香に腕を掴まれた。
「ねぇ、沙絵莉。わたしたちって、ただ参加すればいいわけ? 服はこれでよかった?」
ふたりはフォーマルなドレスを着ている。
「うん。それでいいと思うよ。実は、わたしもよくわかってないんだけど」
「沙絵莉は、まさかその服じゃないよね?」
「それはそうでしょうよ。主役なんだもの」
泰美と由美香が沙絵莉の服を見て言う。
「用意されてるらしいんだけど……いま、ジェライドさんは、儀式をする部屋を準備中で、終わるのを待ってるところなの」
「なんか、のんびりだね」
泰美が物足りなさそうにそんなことを言うので、沙絵莉は笑った。
「わたしも正直気が抜けたわ。ここにやってきたら、どんな出迎えを受けて、どんなことになるんだろうって、ドキドキしてたのに」
由美香は顔をしかめ、それからぷっと噴き出した。
ふたりとも落ち着いたようで、よかった。
沙絵莉はふたりを応接間に案内した。
するとそこには、いつの間にやって来たのかサリスとポンテルスの姿があった。
周吾と美月は、独特な容姿のポンテルスに、気圧されてしまっているように見えた。
「ちょ、な、なに、あのひと」
沙絵莉の肩越しにポンテルスを見た泰美が、仰天したように呟く。
「泰美、そんな風に言ったら、失礼よ。ほら、異世界の人なんだから……」
「あ、ああ、そうか。だよね。異世界のひとなんだから、普通の人ばっかりじゃない……むごっ」
泰美の口は、由美香の手で塞がれた。
「ごめん、沙絵莉」
由美香が沙絵莉に謝ってくる。
この場合、泰美の反応も仕方がないだろう。初めてポンテルスさんを見た時のわたしは、いまの泰美以上に驚いちゃった気がするし。
そこで、ドアのところに三人がやって来たのに気づいたサリスが、上品なものごしで歩み寄って来た。
由美香と泰美は、いまになってサリスに気づいたようで目を瞠る。
「わわっ! き、綺麗な人……」
この世界にはない淡い水色の髪を持ち、透き通るような肌をしているサリスは、アークという息子がいるとは思えない美しさだ。
「こんにちは。あなた方は、沙絵莉さんのご友人なのね?」
「は、はい。わ、わたしは……松見由美香と言います。それと、こっちは野々垣泰美です」
「は、はい。泰美です。あの、アークさんのお姉さんなんですか?」
「いいえ。わたしはアークの母ですわ」
「へっ? お、お母さん、なんですか? 若すぎるっ!」
「こ、こら、泰美、あんたもうちょっと礼儀正しく!」
由美香が慌てて叱りつける。
「あっ、ごめ……すっ、すみません」
泰美は慌てて謝り、応接間に集まっているみんなを、気まずそうに見回す。
サリスの後ろで鷹揚に微笑んでいたポンテルスが、少し前に出てきた。
そして、ふたりに挨拶する。
「ポンテルスと申します。以後、お見知りおきを」
「は、はい」
「ど、どうも」
ポンテルスを間近に見て、ふたりとも腰を抜かしそうな雰囲気だ。
笑いを堪えていたら、サリスが沙絵莉に話しかけてきた。
「沙絵莉、そろそろ支度をしましょうか?」
「あっ、はい」
頷くと、サリスは亜由子に顔を向けた。
「では、亜由子様もご一緒に」
「はい。でも、サリスさん、支度って?」
「こちらに送り届けた荷物はどちらに?」
「それなら、こっちです。ほら、沙絵莉」
「うん」
沙絵莉は由美香と泰美に向き、「ゆっくりしててね」と声をかけ、サリスと亜由子の後について行った。
荷物が天井までぎっしり詰まっていた部屋にやってくると、アークが部屋の中央に立っていた。
彼はやってきた三人を見て、歩み寄ってくる。
「母上」
「いよいよね」
サリスが、アークに声を弾ませて言う。
それに対して、アークは顔をしかめた。
えっ、なんだか嫌そうだけど……どういうこと?
彼の反応に戸惑っていたら、アークが沙絵莉に向き、気まずそうにする。
その反応に、なおさら不安が増す。
「アークさん、ここの荷物、すっかりなくなっちゃったのね?」
沙絵莉がアークに話しかけようとしたら、部屋を見回していた亜由子が先に、アークに話しかけた。
アークは沙絵莉のほうを気にしつつ、亜由子に向けて口を開く。
「はい。婚約の儀を執り行う準備は、そろそろ終わるとのことです」
「そう。なら、あなた方も支度をしないと」
サリスは急かすように言い、部屋の端の方に残っている箱に歩み寄って行く。
その箱に儀式用の服が入っているのだろう。
ふたりは別々の部屋で着替えることになり、ジェライドは箱をいくつか抱えた。
そしてアークについてくるように促がしながら部屋を出て行った。
ポンテルスもついていくようだ。
沙絵莉を気にするそぶりを見せつつ、アークも行ってしまった。
アークの先ほどの反応は気になったが、箱の中身も気になってならない。
いったいどんな服なんだろう?
あまりにキテレツな恰好をさせられたら、さすがに恥ずかしいんだけど……
沙絵莉は、恐る恐る箱に歩み寄ったのだった。
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