白銀の風 アーク

第十三章

                     
第三話 扉の向こう側



「サリスさん、これ、開けてみていいのかしら?」

期待を込めた眼差しをサリスに向けて、亜由子が聞く。

「ええ、どうぞ」

サリスの許可を得て、亜由子は緊張の面持ちで箱の蓋を開けた。

「まあっ」

亜由子は目を見開き、驚きの声を上げる。そんな母に近づき、沙絵莉も箱の中を覗いてみた。

うわーっ、すっごい綺麗な生地だわ。

光が当たっているわけでもないのに、キラキラ輝いている。

淡いグリーンにも見えるし、ブルーにもピンクにも見える。

目を凝らしても、はっきりと判断がつかない。

不思議だわ。

衣裳は、下着からすべて用意されていた。

ふたりに裸を見られるのはさすがに恥ずかしいので、下着を替えるときだけはひとりにしてもらった。

サリスの指示で、順番に衣を重ねていく。

衣裳とか服という雰囲気ではないのだ。衣と表現するのが一番しっくりくる。

さらに重ね着しているのに、そういう感覚もない。

サリスの着ているドレスのような衣裳かと思ったのに、婚約の儀の衣装は全然違うんだわ。

「ねぇ、沙絵莉」

衣裳を着て要る最中に、亜由子が困惑したように呼びかけてきた。

「お母さん、なあに?」

「あんたの肌、そんなに白かった?」

母の問いに、沙絵莉は自分の腕に視線を向けた。

髪がピンク色になったのと同じに、確かに沙絵莉の肌は変化している。
サリスの肌に近い。

「すでに変化がでていますわね。けれど、これは聖なる力の影響で、なんの害もありませんわ。亜由子様」

「力の……影響?」

「ええ。わたしもこのような肌ではなかったのです。そしてこの髪も……聖なる力の影響を受けると、魔力の中でも特に秀でた魔力の色が、表に現れてしまうのですわ」

「よくわからないけど……害がないなら」

亜由子はそう言って沙絵莉の腕を手に取り、肌を見詰める。

「まだらになったりしなくてよかったわね。沙絵莉」

真剣に言われ、沙絵莉は笑ってしまった。

「もおっ、お母さんってば。まだらはいやだわ」

笑って言ったが、亜由子はハッとした様に沙絵莉の髪に目をやる。

「あんた……そういえば、髪の色……」

あっ! お母さん、気づいちゃったんだ?

「ご、ごめん。実はそうで……アークが色を元の色にしてくれてるの。ほんとは、ピンクに変わっちゃってる」

「まあ」

「まあ」

亜由子とサリスは声をハモらせた。

亜由子の驚きはわかるが……

「ピンクなの?」

「あっ、はい」

サリスはなぜか困惑している。

「あの、ピンクだと問題なんですか?」

「いえ、そうではないの。これまで目にしたことがなかったから、驚いたの」

「そうなんですか?」

「とにかく、着替えを終えましょうか?」

「あっ、はい」

サリスすら目にした事がない髪の色だとは……

何か問題があるんじゃないのならいいんだけど……

そんな不安を胸にしつつも、沙絵莉は着替えを終えた。

その瞬間、ふわーっと衣裳が光る。

「な、なに?」

「ふふっ、大丈夫。これは完成した合図のようなものよ」

「そうなんですか?」

「わたしも、婚約の儀でこの衣裳を着たときは、驚かされたわ」

「そうなんですか?」

「ええ。これは婚約の儀の特別な衣裳なの。これでないとダメなのよ」

へーっ。

「それにしても、沙絵莉の魔力は綺麗ね」

「魔力が綺麗?」

「澄み切っているわね。ああ、すでにアークの感化を受けてしまったから、なおさらかしら」

「アークさんの感化?」

亜由子が戸惑って聞く。

「ええ」

サリスが頷いたそのとき、「サエリ様」と、ジェライドが襖越しに声をかけてきた。

「そろそろ時間になりますが、支度は整いましたか?」

「ええ、ジェライド大丈夫よ」

沙絵莉の代わりに返事をしたサリスは、襖に歩み寄り、襖を開けた。

そこには、ジェライドだけでなくポンテルスとアークもいた。

アークを見て、沙絵莉は目を丸くしてしまう。

彼もまた、沙絵莉と似たような衣裳を着ているのだが……

か、輝いてますけど。物凄く!

眩しいくらいだ。

「まあ、アーク」

「まあ、アークさん」

サリスと亜由子は、また声をハモらせた。

「このような衣裳は、照れくさいですね。ですが」

頬をほんのり赤く染めたアークは、部屋に入ってきて、沙絵莉に歩み寄って来た。

「沙絵莉、息を呑むほどに美しい」

心を奪われたように言葉を紡ぐアークに、沙絵莉は真っ赤になった。

あ、アークってば……

だいたいアークのほうがキラキラ輝いてて、息を呑んでしまうくらい魅力的なんですけど……

「アーク様、沙絵莉様の髪を元に戻されねば」

ポンテルスが、アークにそう声をかける。

アークはポンテルスに振り返り、渋い顔をする。

「どうしても戻さなければならないのか?」

「もちろんですじゃ」

きっぱり言われ、アークは沙絵莉に顔を戻してくる。

「だそうだ。沙絵莉、いいか?」

ああ、そうか。
アークはわたしの髪の色が変わってしまったことを、わたしの母が知らないと思っているんだわ。

「アーク、もうバレちゃってるの。だから、大丈夫よ」

そう言ったら、アークはほっとしたように息を吐く。

アークは軽く手を上げた。
その瞬間、沙絵莉の髪は淡いピンクに戻った。

「まあ、美しい色」

感嘆したようにサリスは呟き、ポンテルスに向く。

「ねぇ、ポンテルス、あなた見たことがあって?」

「いえ。この色はサエリ様の色であれば、これまで見たことなどありませぬな」

これ、わたしの色なの?

よくわからないけど……

あらっ? なんか髪が、やたら輝いてるような?

アークの銀色の髪も輝いてるし。

それって、この衣裳のせいなんじゃないの?


それから、全員、婚約の儀を執り行う部屋に移動することになった。

応接間で、沙絵莉たちの着替えが終わるのを待っていてくれたみんなと、階段の下で合流した。

婚約の儀の衣装に身を包んだアークと沙絵莉を見て、みんなかなりの驚きっぷりだった。

「うわーっ! 王子様とお姫様みたい」

陽奈が大きな声で叫び、思わずというようにパチパチと手を叩く。

由美香と泰美は、腰を抜かすんじゃないかというほど驚いているし、父も美月も俊彦も同様だ。

みんなが落ち着きを取り戻し、時間も迫っているということで、二階へと上がって行った。

けれど、儀式らしくきっちりと行列を組んで、というのではなく、普通に歩いていくので、なんとなく気が緩む。

だが、ジェライドがドアの横に立ったところで、一瞬にして雰囲気が変わった。

「では、扉を開かせていただきます。みなさまは、右側に並んでおります椅子に御着席ください。アーク様とサエリ様は、みなさまが御着席されてのち、ポンテルス殿の後に続き、中央をお進みください」

うわーっ、急に儀式らしくなっちゃったわ。

おかげで心臓がドキドキしてきた。

予行練習させてもらえたら安心だったのに……

戸惑わずにやれるのかしら?

そんな不安を抱いている間に、ジェライドが扉に手をかけた。

そのとき、気づいた。なんと扉の形が変わっているのだ。

この部屋の扉は普通のドアで、そんなに大きくもなかったし、だいたい両手開きでもなかったのに……

そう思ったのは、もちろん沙絵莉だけではなかった。
俊彦も亜由子もびっくりしている。

だが、本当の驚きはこのあとだった。

開け放された六畳の部屋は、とんでもなく広くなっており、部屋の左側に並んでいる椅子には、着飾った人々とともに、大賢者たちまでも畏まって座っていたのだ。

さらに、中央に立っている男性は、アークの父そのひとだった。






   
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