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第三話 扉の向こう側
「サリスさん、これ、開けてみていいのかしら?」
期待を込めた眼差しをサリスに向けて、亜由子が聞く。
「ええ、どうぞ」
サリスの許可を得て、亜由子は緊張の面持ちで箱の蓋を開けた。
「まあっ」
亜由子は目を見開き、驚きの声を上げる。そんな母に近づき、沙絵莉も箱の中を覗いてみた。
うわーっ、すっごい綺麗な生地だわ。
光が当たっているわけでもないのに、キラキラ輝いている。
淡いグリーンにも見えるし、ブルーにもピンクにも見える。
目を凝らしても、はっきりと判断がつかない。
不思議だわ。
衣裳は、下着からすべて用意されていた。
ふたりに裸を見られるのはさすがに恥ずかしいので、下着を替えるときだけはひとりにしてもらった。
サリスの指示で、順番に衣を重ねていく。
衣裳とか服という雰囲気ではないのだ。衣と表現するのが一番しっくりくる。
さらに重ね着しているのに、そういう感覚もない。
サリスの着ているドレスのような衣裳かと思ったのに、婚約の儀の衣装は全然違うんだわ。
「ねぇ、沙絵莉」
衣裳を着て要る最中に、亜由子が困惑したように呼びかけてきた。
「お母さん、なあに?」
「あんたの肌、そんなに白かった?」
母の問いに、沙絵莉は自分の腕に視線を向けた。
髪がピンク色になったのと同じに、確かに沙絵莉の肌は変化している。
サリスの肌に近い。
「すでに変化がでていますわね。けれど、これは聖なる力の影響で、なんの害もありませんわ。亜由子様」
「力の……影響?」
「ええ。わたしもこのような肌ではなかったのです。そしてこの髪も……聖なる力の影響を受けると、魔力の中でも特に秀でた魔力の色が、表に現れてしまうのですわ」
「よくわからないけど……害がないなら」
亜由子はそう言って沙絵莉の腕を手に取り、肌を見詰める。
「まだらになったりしなくてよかったわね。沙絵莉」
真剣に言われ、沙絵莉は笑ってしまった。
「もおっ、お母さんってば。まだらはいやだわ」
笑って言ったが、亜由子はハッとした様に沙絵莉の髪に目をやる。
「あんた……そういえば、髪の色……」
あっ! お母さん、気づいちゃったんだ?
「ご、ごめん。実はそうで……アークが色を元の色にしてくれてるの。ほんとは、ピンクに変わっちゃってる」
「まあ」
「まあ」
亜由子とサリスは声をハモらせた。
亜由子の驚きはわかるが……
「ピンクなの?」
「あっ、はい」
サリスはなぜか困惑している。
「あの、ピンクだと問題なんですか?」
「いえ、そうではないの。これまで目にしたことがなかったから、驚いたの」
「そうなんですか?」
「とにかく、着替えを終えましょうか?」
「あっ、はい」
サリスすら目にした事がない髪の色だとは……
何か問題があるんじゃないのならいいんだけど……
そんな不安を胸にしつつも、沙絵莉は着替えを終えた。
その瞬間、ふわーっと衣裳が光る。
「な、なに?」
「ふふっ、大丈夫。これは完成した合図のようなものよ」
「そうなんですか?」
「わたしも、婚約の儀でこの衣裳を着たときは、驚かされたわ」
「そうなんですか?」
「ええ。これは婚約の儀の特別な衣裳なの。これでないとダメなのよ」
へーっ。
「それにしても、沙絵莉の魔力は綺麗ね」
「魔力が綺麗?」
「澄み切っているわね。ああ、すでにアークの感化を受けてしまったから、なおさらかしら」
「アークさんの感化?」
亜由子が戸惑って聞く。
「ええ」
サリスが頷いたそのとき、「サエリ様」と、ジェライドが襖越しに声をかけてきた。
「そろそろ時間になりますが、支度は整いましたか?」
「ええ、ジェライド大丈夫よ」
沙絵莉の代わりに返事をしたサリスは、襖に歩み寄り、襖を開けた。
そこには、ジェライドだけでなくポンテルスとアークもいた。
アークを見て、沙絵莉は目を丸くしてしまう。
彼もまた、沙絵莉と似たような衣裳を着ているのだが……
か、輝いてますけど。物凄く!
眩しいくらいだ。
「まあ、アーク」
「まあ、アークさん」
サリスと亜由子は、また声をハモらせた。
「このような衣裳は、照れくさいですね。ですが」
頬をほんのり赤く染めたアークは、部屋に入ってきて、沙絵莉に歩み寄って来た。
「沙絵莉、息を呑むほどに美しい」
心を奪われたように言葉を紡ぐアークに、沙絵莉は真っ赤になった。
あ、アークってば……
だいたいアークのほうがキラキラ輝いてて、息を呑んでしまうくらい魅力的なんですけど……
「アーク様、沙絵莉様の髪を元に戻されねば」
ポンテルスが、アークにそう声をかける。
アークはポンテルスに振り返り、渋い顔をする。
「どうしても戻さなければならないのか?」
「もちろんですじゃ」
きっぱり言われ、アークは沙絵莉に顔を戻してくる。
「だそうだ。沙絵莉、いいか?」
ああ、そうか。
アークはわたしの髪の色が変わってしまったことを、わたしの母が知らないと思っているんだわ。
「アーク、もうバレちゃってるの。だから、大丈夫よ」
そう言ったら、アークはほっとしたように息を吐く。
アークは軽く手を上げた。
その瞬間、沙絵莉の髪は淡いピンクに戻った。
「まあ、美しい色」
感嘆したようにサリスは呟き、ポンテルスに向く。
「ねぇ、ポンテルス、あなた見たことがあって?」
「いえ。この色はサエリ様の色であれば、これまで見たことなどありませぬな」
これ、わたしの色なの?
よくわからないけど……
あらっ? なんか髪が、やたら輝いてるような?
アークの銀色の髪も輝いてるし。
それって、この衣裳のせいなんじゃないの?
それから、全員、婚約の儀を執り行う部屋に移動することになった。
応接間で、沙絵莉たちの着替えが終わるのを待っていてくれたみんなと、階段の下で合流した。
婚約の儀の衣装に身を包んだアークと沙絵莉を見て、みんなかなりの驚きっぷりだった。
「うわーっ! 王子様とお姫様みたい」
陽奈が大きな声で叫び、思わずというようにパチパチと手を叩く。
由美香と泰美は、腰を抜かすんじゃないかというほど驚いているし、父も美月も俊彦も同様だ。
みんなが落ち着きを取り戻し、時間も迫っているということで、二階へと上がって行った。
けれど、儀式らしくきっちりと行列を組んで、というのではなく、普通に歩いていくので、なんとなく気が緩む。
だが、ジェライドがドアの横に立ったところで、一瞬にして雰囲気が変わった。
「では、扉を開かせていただきます。みなさまは、右側に並んでおります椅子に御着席ください。アーク様とサエリ様は、みなさまが御着席されてのち、ポンテルス殿の後に続き、中央をお進みください」
うわーっ、急に儀式らしくなっちゃったわ。
おかげで心臓がドキドキしてきた。
予行練習させてもらえたら安心だったのに……
戸惑わずにやれるのかしら?
そんな不安を抱いている間に、ジェライドが扉に手をかけた。
そのとき、気づいた。なんと扉の形が変わっているのだ。
この部屋の扉は普通のドアで、そんなに大きくもなかったし、だいたい両手開きでもなかったのに……
そう思ったのは、もちろん沙絵莉だけではなかった。
俊彦も亜由子もびっくりしている。
だが、本当の驚きはこのあとだった。
開け放された六畳の部屋は、とんでもなく広くなっており、部屋の左側に並んでいる椅子には、着飾った人々とともに、大賢者たちまでも畏まって座っていたのだ。
さらに、中央に立っている男性は、アークの父そのひとだった。
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