白銀の風 アーク

第十三章

                     
第五話 興奮気味に撮影会



すべてが、元に戻っている。

その事実に唖然としていた沙絵莉は、ドキリとして隣に視線を向けた。そして、そこにアークがいることに、心の底から安堵した。

アークまで消えちゃったんじゃないかって一瞬思わされて……

ああ、心臓が止まるかと思った。

「サエリ」

胸を押さえていたら、アークが心配そうに呼びかけてきた。

「あっ、大丈夫だから。あなたまで消えちゃったんじゃないかって、動揺したものだから」

「サエリ」

アークは小さく笑み、沙絵莉の手をやさしく握り締めてきた。

彼に触れられて、ほんのり頬が赤らんでしまう。

照れくさくて視線を下げたら、アークの小指に嵌っている指輪が目に入った。

あの小箱に入っていた指輪。

気づいたら小箱を手にしていて……ほんと驚かされた。

この指輪が入っていた小箱は、いったいどこからやってきたのかしら?

「もおっ、どういうことだったの?」

亜由子が苛立ったように口にし、沙絵莉は顔を上げて母に目を向けた。

「ジェラちゃんでもアークさんでもいいから、ちゃんと説明してちょうだい」

亜由子はふたりに詰め寄る。

沙絵莉はこの場にいる全員に視線を巡らせてから、部屋を改めて確認した。

部屋はいつもの通りになっていて、儀式のために設置されたものが所狭しと並んでいる。
そこにひとが十人いるのだから、かなり狭苦しい。

ドアの一番近くにいた由美香がドアを開けた。

すると、みんなこの狭苦しさに閉口していたのか、何も言わずにぞろぞろと外に出る。

アークとジェライドに詰め寄っていた亜由子も、眉間に縦皺を寄せつつ外に出てきた。

最後に部屋から出たアークとジェライドを待ち構え、両手を腰に当ててふたりの前に立ち塞がる。

「我々も知らなかったのです」

アークが亜由子に言うと、ジェライドも頷く。

「知らなかったの?」

ふたりとも「はい」と頷く。

他のみんなは、この三人のやりとりを見守っている。

「あのひとたちは誰なわけ?」

「こういう形で現れて、紹介もできませんでしたが……」

「そうよぉ。あなたのお父さんとも、話ができなかったなんて……せっかく来てもらったのに」

亜由子はひどく残念そうだ。

「すみません」

申し訳なさそうにアークが謝ると、亜由子は気を取り直したように、「それで、そのほか、ずらりと並んでいた人たちは、誰だったの?」と尋ねた。

「まず、上座にいたのが、カーリアン国王のローデス、そして王妃のミュライです」

アークがさらりと答え、沙絵莉は仰天した。

こっ、国王に王妃?

「は? ちょ、ちょっと待ってよ!」

沙絵莉同様に慌てふためいた様子で、亜由子が叫ぶ。

もちろん、他のみんなもおおいに驚いている。

まさか、国王様と王妃様が参列していたなんて、びっくりだ!

いまさら、心臓が破裂しそうなほどバクバクしてきてしまう。

「アークさん、どうして教えてくれなかったの!」

亜由子が噛みつく。

すると亜由子の隣にいた俊彦が「亜由子さん」となだめるように声をかけた。

「だ、だって……」

「私も驚いたが……向こう側にも事情があるんだろう」

苦笑気味にそう言ったのは、父の周吾だった。

「そうなのです」

周吾の言葉に救われたというように、ジェライドが口を挟む。

「聖なるひとであるアーク様の婚約の儀には、大賢者全員と国王と王妃が参列すると、決まっているのです」

ジェライドはそう説明し、さらに続ける。

「今回、異世界で執り行うことになり、やむなく欠席という形になるのだと思っていたのですが……ポンテルス殿は、初めからこのつもりだったのでしょうね」

「とにかく、これで向こうの世界の婚約の儀式は終わったというわけだな」

周吾が事態を治めるように発言した。

それに応じるように俊彦が場所を変えようと提案してくれ、全員応接間に移動した。

亜由子がお茶を淹れてくれることになり、美月がその手伝いに行ってくれる。

沙絵莉は流れ的に、アークと並んで腰かけることになってしまった。

婚約の儀の衣装を着ていることもあり、この状況はかなり恥ずかしい。

「沙絵莉、指輪を見せて」

泰美が側に来て言う。

沙絵莉は頷いて左手を差し出した。

「うわーっ、すっごい素敵な指輪!」

「デザイン、とっても凝ってるね。宝石の色もすっごい綺麗」

由美香も感心したように言う。

沙絵莉は改めて、自分の小指に嵌っている指輪を見た。

ほんと、とんでもなく輝いてる。

アーク、前に、適当に作ってしまったと、ひどく悔やみながら、わたしに謝罪してきたのに……

適当に作ったなんて、とんでもない。

けど、謙遜してというわけではなさそうだ。

あのときのアークは、心底、困ったように口にしていたもの。

これはいったいどういうことなのかしら?

アークに視線を向けたら、彼は沙絵莉の心の問いがわかっているようで、困り顔で苦笑いしている。

この場で聞くのもなんだし、あとでふたりきりになれたときに聞いてみることにしよう。

「まさか、違う世界の王様と王妃様に御目道りすることがあろうとは」

「本当に、驚きましたよ」

周吾と俊彦の会話が耳に入り、沙絵莉はふたりに目を向けた。

「王様もそうとう威厳がありましたが、アーク君のお父さんは群を抜いていましたね。そうそう、アーク君、君はお母さん似だね」

俊彦の言葉に、アークは笑顔で頷く。

「そうですね」

うん。確かに、アークはお母さんのほうに似てるよね。

そこに亜由子と美月がお茶を運んできた。そのときになって気づいたが、この場にジェライドがいない。

「アーク、ジェライドさんは?」

「儀式の後片付けをしている」

「えっ、ひとりで?」

聞き返したら、アークは少し首を傾げ、口を開く。

「ひとりではないな。陽奈さんが一緒にいるようだ」

えっ? 陽奈ちゃん?

いまさら陽奈の姿を探したが、確かにこの場にいない。

みんなと一緒に、陽奈ちゃんもここに戻ってきたんだけど、そのあとひとりで戻っちゃったのね。

「大丈夫かしら? ジェライドさんの邪魔になっていない?」

「大丈夫だ。陽奈さんは、もうこちらに戻って来ているようだ」

「そう」

陽奈ちゃん、どうしてジェライドさんのところに?

あっ、そうか。ジェラちゃんが、次はいつ来てくれるのか、ジェライドさんに聞きに行ったのかも。

向こうの世界に戻る前に、ジェラちゃんとして陽奈ちゃんの前に現れることができるのかしら?

そう考えたところで、ひとつ気になってきた。

明日は結婚式だけど……式が終わったあと、私はいつまで、こっちに残っていられるのかしら?

そこのところも、アークに聞いておかなくちゃ。

はっきり知りたくない気持ちはあるけど、そんなこと言っていられないものね。

突然、この世界を去ることになってしまったら困る。

「ねぇ、沙絵莉。アークさんと並んでいるところを撮らせてくれない?」

泰美が尋ねてきて、沙絵莉はアークに視線を回したが、それと同時に亜由子と周吾と俊彦の三人が、それぞれ焦り始めた。

「そうだった! うっかりしていた。写真を撮らねば」

「ほんとよ。なんで忘れてるんだか。泰美さん、ありがとう!」

思い出させてくれた泰美に、亜由子は両手を掴んで感謝する。

「は、はい」

泰美は慌てて返事をした。

そのあと、興奮気味な中で、撮影会が続いたのだった。






   
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