白銀の風 アーク

第十三章

                     
第六話 敵か味方か!



沙絵莉たちが撮影会を繰り広げている同時刻、二日前にケンティラと旅に出たセサラサーは、地面に這いつくばっている連れを見て、ため息をついていた。

「ケンティラ殿、そろそろ寝る場所を探しませんか?」

薬草採りに夢中で、何度呼びかけても振り返ってくれなかったケンティラだったが、ようやく顔を上げてくれた。

「ほら、もう薄暗いですよ」

セサラサーが周りを見回して言うと、ケンティラはいまさら気づいたようで、ひどく驚きの顔をする。

やれやれ、この吾人は、薬草を前にすると他のことが何も目に入らないのだからな。

苦笑しつつキョロキョロしているケンティラを見ていたら、彼はセサラサーに向き、「申し訳ありません」と深々と頭を下げてきた。

「珍しい薬草を見つけてしまったもので……」

すまなそうに言ったものの、ケンティラの瞳が煌めく。

「この辺り、珍しい薬草の宝庫なんですよ。驚きました。旅に出てまだ三日目なのに、こんな幸運に見舞われるなんて」

ケンティラはセサラサーの手を思い切り握り締めてきた。

「これもセザ殿のおかげです」

セサラサーの手柄ではないのは重々承知だが、そんな言葉をもらうとその気になっていい気分になってしまう。

ケンティラは純真な男だから、言葉も嘘偽りがなく、心に響く。

さてと。
もう夜になる。寝る場所と、飯を食う場所を確保しないとな。

風はないが、夜気は冷たい。
気持ちよく一晩過ごせる場所としては……昨夜のように洞窟などが見つかるとありがたいのだが。

「もう少し、この先まで歩いてみましょう。この近くには小川もあるようだし……」

「ああ。そういえば、せせらぎが聞えます。セザ殿、私はこうみえて釣りが得意なんですよ。釣りの道具も持っているんです。今夜のおかずに大物を釣り上げましょう」

豊富に薬草を採取できたからだろう、ケンティラは意気揚々と、セサラサーに先んじて歩き出した。

魚か……俺はどっちかというと、肉のほうがいいんだが……

この辺りには、食用になる動物も生息しているはずだがな。

そうだ、鳥もいいよな。

薄暗い空を眺め、鳥の肉に塩を振ってあぶる場面を想像し、口中に唾が湧いてくる。

だが、まあ……ケンティラ殿もかなり張り切っておられるし、一緒に釣りをしてやったら喜ぶだろう。

よし、今日のところは魚で我慢しておくか。

そう決めたセサラサーはケンティラに追いつこうとしたところで、ひゅっと風の鳴る音がした。

警鐘が鳴り響き、セサラサーはとっさに身構えたが、ハッとして身を守る術を持たぬケンティラに視線を注ぐ。

「ケンティラ殿!」

警告するように鋭く叫んだセサラサーは、辺りを窺いケンティラに駆け寄ろうとした。

だが、目の前に立ちふさがる者がいる。

「誰だ!」

分厚いフードで顔を覆っているので正体が知れない。

「愚か者が!」

しわがれた女の声だった。

「ひっ!」

ケンティラが悲鳴を上げ、地べたにへたり込んだ。

身を守ってやりたいが、正体不明の女が間に立ちふさがっていて、動くに動けない。

こうなっては、相手の注意をこちらに向けねば。

セサラサーは剣を抜き、正面から挑みかかった。

「お前は誰だ?」

「人の山に入り、わしの大事な薬草を無断で採る様な盗人らに、名乗る気はない!」

「人の山? なんの権限があって、そんなことを言う? ここらの山が私物であるはずは……」

堂々と豪語していたら、セサラサーの足元に、ビシャン!という物凄い音とともに穴が空いた。

なにをやらかしたのか、穴から煙が立つ。

「ひーーっ」

仰天したケンティラがさらなる悲鳴をあげて、尻もちをついたまま後ずさる。

「さあて、次は盗人の腹に穴をあけてやろう」

そう言う相手の目は本気だ。

それに魔法で攻撃されては、セサラサーに勝ち目はないかもしれない。

けれど、話してわかってくれる相手だろうか?

「ちょっと待ってくれ」

「待てだと?」

「ああ。薬草を採ったことを怒っているのなら、すべて返す。それで許してくれないか?」

「か、返す?」

腰を抜かしているケンティラが驚いて叫ぶ。

フードの女が自分の背後にいるケンティラに振り返った。

「こやつ、自分の立場がわかっておらぬようだな。成敗してくれるわ!」

怒った女が、持っている杖を大きく振り上げたのを見て、セサラサーはその腕に飛びついて掴もうとした。
だが、相手は一枚上手、さっと身をかわされた。

さらに、身をかわした瞬間、ビシンと腹部に衝撃を食らった。

「うっ!」

セサラサーは痛みに腹を押さえ、うずくまる。

「弱っちいのぉ」

さげすむように言いながら、フードの女が高笑いする。

悔しさに、セサラサーの顔が歪む。

剣士としての腕前には自信があったのに……老齢の女相手に、まるで歯が立たぬとは……

守るべきケンティラも、守れそうにない。

どうしたらいいんだ?

絶望に駆られていたら、女が目深に被っていたフードを脱いだ。

綺麗な金色の髪が零れ出て、セサラサーは目を瞠った。

ど、どういうことだ? 年寄りじゃなかったのか?

「ほら、ふたりとも立ちな」

綺麗な顔に似合わぬ乱暴な口のきき方で命じてくる。

「いったい?」

「おぬしらは、どうやら私の待ち人らしい」

待ち人?

「いつまで腰を抜かしているつもりじゃ? 立てと言っておろう」

言った端から、セサラサーの足元に、またバシンという音と共に衝撃が走り、靴の先すれすれのところに穴が空く。

どうやらかなり短気な御仁らしい。

セサラサーは、相手に質問するのを諦め、さっとケンティラに駆け寄った。
「大丈夫ですか?」

「わ、私より……貴方は? は、腹のところに攻撃を受けたのに」

そうだった。

いまさら腹部を確認してみたら、見た目はどうにもなっていない。
ただ、ジンジンする痛みは残っていた。

腹に食らったのは衝撃波の弱いやつだったのだろう。
地面に穴を開けたほうは、かなりの威力だったが。

どうやら手加減をして衝撃波を放ったらしい。

つまり、この女はかなりの魔力の手練れだということだ。

それにしても、待ち人というのは、どういうことなのだ?

この女、いったい敵なのか味方なのか?

だが、さしあたっての危険は去ったと考えてもいいのではないだろうか。

セサラサーは歩けと強制してくる相手に抗うこともできず、不安そうなケンティラに付き添うようにして歩き出したのだった。



つづく



   
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