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第六話 敵か味方か!
沙絵莉たちが撮影会を繰り広げている同時刻、二日前にケンティラと旅に出たセサラサーは、地面に這いつくばっている連れを見て、ため息をついていた。
「ケンティラ殿、そろそろ寝る場所を探しませんか?」
薬草採りに夢中で、何度呼びかけても振り返ってくれなかったケンティラだったが、ようやく顔を上げてくれた。
「ほら、もう薄暗いですよ」
セサラサーが周りを見回して言うと、ケンティラはいまさら気づいたようで、ひどく驚きの顔をする。
やれやれ、この吾人は、薬草を前にすると他のことが何も目に入らないのだからな。
苦笑しつつキョロキョロしているケンティラを見ていたら、彼はセサラサーに向き、「申し訳ありません」と深々と頭を下げてきた。
「珍しい薬草を見つけてしまったもので……」
すまなそうに言ったものの、ケンティラの瞳が煌めく。
「この辺り、珍しい薬草の宝庫なんですよ。驚きました。旅に出てまだ三日目なのに、こんな幸運に見舞われるなんて」
ケンティラはセサラサーの手を思い切り握り締めてきた。
「これもセザ殿のおかげです」
セサラサーの手柄ではないのは重々承知だが、そんな言葉をもらうとその気になっていい気分になってしまう。
ケンティラは純真な男だから、言葉も嘘偽りがなく、心に響く。
さてと。
もう夜になる。寝る場所と、飯を食う場所を確保しないとな。
風はないが、夜気は冷たい。
気持ちよく一晩過ごせる場所としては……昨夜のように洞窟などが見つかるとありがたいのだが。
「もう少し、この先まで歩いてみましょう。この近くには小川もあるようだし……」
「ああ。そういえば、せせらぎが聞えます。セザ殿、私はこうみえて釣りが得意なんですよ。釣りの道具も持っているんです。今夜のおかずに大物を釣り上げましょう」
豊富に薬草を採取できたからだろう、ケンティラは意気揚々と、セサラサーに先んじて歩き出した。
魚か……俺はどっちかというと、肉のほうがいいんだが……
この辺りには、食用になる動物も生息しているはずだがな。
そうだ、鳥もいいよな。
薄暗い空を眺め、鳥の肉に塩を振ってあぶる場面を想像し、口中に唾が湧いてくる。
だが、まあ……ケンティラ殿もかなり張り切っておられるし、一緒に釣りをしてやったら喜ぶだろう。
よし、今日のところは魚で我慢しておくか。
そう決めたセサラサーはケンティラに追いつこうとしたところで、ひゅっと風の鳴る音がした。
警鐘が鳴り響き、セサラサーはとっさに身構えたが、ハッとして身を守る術を持たぬケンティラに視線を注ぐ。
「ケンティラ殿!」
警告するように鋭く叫んだセサラサーは、辺りを窺いケンティラに駆け寄ろうとした。
だが、目の前に立ちふさがる者がいる。
「誰だ!」
分厚いフードで顔を覆っているので正体が知れない。
「愚か者が!」
しわがれた女の声だった。
「ひっ!」
ケンティラが悲鳴を上げ、地べたにへたり込んだ。
身を守ってやりたいが、正体不明の女が間に立ちふさがっていて、動くに動けない。
こうなっては、相手の注意をこちらに向けねば。
セサラサーは剣を抜き、正面から挑みかかった。
「お前は誰だ?」
「人の山に入り、わしの大事な薬草を無断で採る様な盗人らに、名乗る気はない!」
「人の山? なんの権限があって、そんなことを言う? ここらの山が私物であるはずは……」
堂々と豪語していたら、セサラサーの足元に、ビシャン!という物凄い音とともに穴が空いた。
なにをやらかしたのか、穴から煙が立つ。
「ひーーっ」
仰天したケンティラがさらなる悲鳴をあげて、尻もちをついたまま後ずさる。
「さあて、次は盗人の腹に穴をあけてやろう」
そう言う相手の目は本気だ。
それに魔法で攻撃されては、セサラサーに勝ち目はないかもしれない。
けれど、話してわかってくれる相手だろうか?
「ちょっと待ってくれ」
「待てだと?」
「ああ。薬草を採ったことを怒っているのなら、すべて返す。それで許してくれないか?」
「か、返す?」
腰を抜かしているケンティラが驚いて叫ぶ。
フードの女が自分の背後にいるケンティラに振り返った。
「こやつ、自分の立場がわかっておらぬようだな。成敗してくれるわ!」
怒った女が、持っている杖を大きく振り上げたのを見て、セサラサーはその腕に飛びついて掴もうとした。
だが、相手は一枚上手、さっと身をかわされた。
さらに、身をかわした瞬間、ビシンと腹部に衝撃を食らった。
「うっ!」
セサラサーは痛みに腹を押さえ、うずくまる。
「弱っちいのぉ」
さげすむように言いながら、フードの女が高笑いする。
悔しさに、セサラサーの顔が歪む。
剣士としての腕前には自信があったのに……老齢の女相手に、まるで歯が立たぬとは……
守るべきケンティラも、守れそうにない。
どうしたらいいんだ?
絶望に駆られていたら、女が目深に被っていたフードを脱いだ。
綺麗な金色の髪が零れ出て、セサラサーは目を瞠った。
ど、どういうことだ? 年寄りじゃなかったのか?
「ほら、ふたりとも立ちな」
綺麗な顔に似合わぬ乱暴な口のきき方で命じてくる。
「いったい?」
「おぬしらは、どうやら私の待ち人らしい」
待ち人?
「いつまで腰を抜かしているつもりじゃ? 立てと言っておろう」
言った端から、セサラサーの足元に、またバシンという音と共に衝撃が走り、靴の先すれすれのところに穴が空く。
どうやらかなり短気な御仁らしい。
セサラサーは、相手に質問するのを諦め、さっとケンティラに駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「わ、私より……貴方は? は、腹のところに攻撃を受けたのに」
そうだった。
いまさら腹部を確認してみたら、見た目はどうにもなっていない。
ただ、ジンジンする痛みは残っていた。
腹に食らったのは衝撃波の弱いやつだったのだろう。
地面に穴を開けたほうは、かなりの威力だったが。
どうやら手加減をして衝撃波を放ったらしい。
つまり、この女はかなりの魔力の手練れだということだ。
それにしても、待ち人というのは、どういうことなのだ?
この女、いったい敵なのか味方なのか?
だが、さしあたっての危険は去ったと考えてもいいのではないだろうか。
セサラサーは歩けと強制してくる相手に抗うこともできず、不安そうなケンティラに付き添うようにして歩き出したのだった。
つづく
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