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第八話 驚きの真相
ジェライドを感じて飛んできたところは、賢者の塔の入口近くだった。
彼が飛んできたことを察したジェライドが振り向いてきた。
「アーク」
かなり意外そうだ。
「サエリ様は?」
「ああ…いまは母上と一緒だ」
彼女のいまの容態を話そうかと思ったが、躊躇いが湧き、アークはそれだけ言った。
「何かあったのかい?」
アークの表情を読み、ジェライドは眉をひそめて尋ねてくる。
サエリの身体に魔力の核がなかったこと、そしてポンテルスと父が人工的に作り上げた核を埋め込んだことは、自分の胸の内にとどめておいた方がいいような気がする。
ポンテルスも父も、まず間違いなく他言しないだろう。
「父上から、指輪を探し出してくるように言われた」
「ははあ、それで浮かない顔をしてたのか」
合点がいったというように、くすくす笑いながらジェライドが言う。
「それで、結婚指輪は取り出せそうか?」
「そのためにここにやってきたところだよ。あっ、それと、ギルに謝礼を渡しておいたよ。請求書は誰に送ればいいのかな?」
ジェライドは冗談交じりに言う。
もちろんジェライドは、アークに請求するつもりなどないのだ。だが、アークとしては、ジェライドに肩代わりさせたくはない。この謝礼は、サエリが世話になった礼なのだから。
「私が払おう。いくらだ?」
ジェライドが歯をむき出してにっと笑う。そして、両手を出して広げた。
「こんなもんかな」
「一万カラ…じゃないな。十万カラか?」
「いやいや、そんな安くはないよ。何せ、サエリ様を助けてくれた勇者への礼だからね」
「だが、あのギルが、謝礼とはいえ、お金を受け取ったとは思えないが…」
「もちろんだよ。あげたのは利器だ」
「ああ、そういうことか。何をあげたんだい?」
「彼に必要なものさ」
含みのある答えに、アークは眉を上げたが、それ以上聞き出すようなことはしなかった。
何をあげたにしろ、ジェライドのことだ、言葉通り、いまのギルに必要なものだったのだろう。
「そうだ。アーク、君は王宮で演劇会が催されることを聞いているかい?」
「いや、知らない」
突然話が変わり、アークは眉を寄せながら答えた。
そんな話など、いまのアークにはどうでもいいのだが…
王宮での演劇会は、三ヶ月に一度くらい催されているようだが、これまで数回ほどしか参加したことがない。
彼にはひどくつまらないのだ。
「行かないのか?」
「聞くまでもない、行かないさ」
「ふーん。サエリ様をお誘いしてゆけば、喜ばれると思ったんだが…」
サエリ?
アークはきゅっと眉を寄せた。
確かにサエリは喜ぶかもしれない。
しばらくここに留まることになるなら、なおのこと、気晴らしをさせてあげられるかもしれない。
花の祭りでの、アークにはとんでもなくありふれた退屈なショーですら、彼女は瞳をキラキラさせて楽しんでいた。
「ジェライド、その演劇会はいつ行われるんだ?」
「三日後だけど」
「チケットは残っているだろうか?」
心配して尋ねたのに、ジェライドが声を上げて笑い出した。
「何がおかしい?」
「聖賢者様となられるアーク様が、王宮の催しのチケットの心配なんてするからさ」
「どういうことだ?」
「まさか、君は知らないというのか? 王宮で行われる様々な会には、聖賢者のための席が設置されている。何度か座ったことがあっただろう?」
そ、そうだっただろうか?
母に行こうとしつこく誘われて、渋々ついて行って座らされた席だったが、あれがそうだったのか?
「君の席も、そして君の妃となられる方の席も、ずーっと空席だったけど、これからは埋まることが多くなるかも知れないね」
ジェライドの言葉に、面映さを感じ、アークは視線を逸らして照れ隠しに頭を掻いた。
「それよりジェライド、結婚指輪もだが、婚約指輪を先に見つけた方がよいと思うんだが」
「ああ、そっちは心配いらない。すぐに戻ってくるよ。タイミングを見計らっているところさ」
「タイミング?」
「相手は、あのマリアナとライドだからねぇ。あのふたりは一筋縄でゆかない」
「だが、そんなものを待っていたら、いつまでたっても取り戻せないんじゃないか?」
「大丈夫。もうすぐ時期がくる」
自信満々に言うジェライドを見て、アークは口を閉じた。
この大賢者がそう言うのであれば、任せておけばいい。
「問題は、これだよ」
ジェライドの胸のところに、大きな包みがひょっこり出てきた。
どうやら、ジェライド特有の幻で見えなくしていたらしい。
黒い布に包まれているのは、もちろん指輪の箱をふたつも取り込んでいる透明な玉。
「こうやって、懐で温めていたら、卵のように生まれてでてきてくれればいいんだけどねぇ」
疲れたように口にされたジェライドの言葉に、アークはつい吹き出した。
笑い事でなく、アークもそんなことにでもなってくれたらと願いたいところだが、現実は厳しい。
「それで、これからどうする?」
「まずはキラタ殿。今日は、ここにいらっしゃっているようなんだ」
そう言って、ジェライドは賢者の塔のてっぺん辺りを指さす。
「珍しいな」
「たぶんゼノン様が呼んだんだよ。…あの…」
ジェライドは、何か言いかけたが、迷ったように瞳を揺らし、口を閉じた。
「ジェライド?」
「話していいのか悪いのか…なぜか判断がつかないんだ。この選択で、未来が変わるような気がするっていうのに…」
ジェライドの言葉はアークをひどく戸惑わせた。
「未来が変わる?」
「どんな風になんて聞かないでくれよ。そんなことまでは、私にだってわからないんだからね。…きっと、どちらでもいいんだよ。変化はするけど…どちらも正しい道となるんだ」
眉を寄せて語っていたジェライドは、アークをじっと見つめてきた。
「君はどう感じる?」
「何も…だが、話して欲しい」
まるでそれが答えだというように、ジェライドは笑みを浮かべた。
「わかった。それじゃ、私の部屋で話そう。テレポで行くかい、それとも…」
「テレポで」
アークがそう言った次の瞬間、ふたりは賢者の塔のジェライドの専用室にいた。
ジェライドにとって、淡い紫という色は落ち着くらしく、この部屋は白と淡い紫で統一されている。
座り心地の良いソファにアークは座り込んだ。
「話してくれ」
自分の椅子に座ったジェライドは頷き、すぐに話し始めた。
「バイラの弟子…秘儀に参加した…」
ジェライドの言葉に、アークは目を見開いた。
バッシラ領土で執り行われた秘儀のせいで、意識を失くした若者。
魂の存在が感じられず、ジェライドもアークもショックを受けたのだが、ポンテルスは若者は救われると言ってくれた。
「彼が? 目覚めたのか?」
「いや…そうじゃない」
息せき切って尋ねるアークに、ジェライドは否定して手を振る。
「彼を救うために、ポンテルス殿とゼノン様は動いておられた」
それは知っている。アークは頷いた。
「それで、何か手段が見つかったとかなのか? キラタが呼ばれたのはそのためなのか?」
「キラタ殿も、もともと参加していらっしゃるんだよ」
「なんだ。それでは、何か進展があったとかではなく、そのための話し合いが行われているというだけのことなのか?」
「実は…ビジョンを見たんだ」
「うん? どんな? 未来のか?」
「わからない。…ひどく曖昧なビジョンだった。あの若者が、私の腰くらいの位置に浮いていて…全身、透き通っていたんだけど、一箇所だけ黒くて…」
「黒い? いったいどんなものだった?」
「ぎざぎざな石…という表現が一番ぴったりくるかな。…ビジョンはそれだけだったんだけど…ビジョンが消えてから、ふっと思ったんだ」
「うん」
アークはジェライドの邪魔をしないように、短い相槌を打った。
「あれは彼の魂じゃないかって…」
「ぎざぎざの石のようなものがか?」
「ああ。あの石そのものが魂かも知れないし、あの石の中に取り込まれているのかもしれない…なぜそんなことになったのかは謎だけど…ゼノン様たちは、黒い石となった魂を元に戻すために、手段がないか、話し合っているのではないかと思う」
「そうか…助かって欲しいが…」
「ポンテルス殿が救われるとおっしゃったんだから、きっと彼は救われるよ」
そうであって欲しいと望むように、ジェライドは言う。
アークは頷いた。アークだってジェライドと同じ思いだ。
胸にずっと抱いている黒い包みから、ジェライドは玉を取り出して、アークの前に置いた。
「そしてだ、僕らの最大の問題はこれだ」
しかめっ面をして、大問題の玉を見据えているジェライドを見て、アークはため息をついた。
無意識に大きく息を吸い、沙絵莉は目を開けた。
そして自分がベッドに寝ていることに気づいて、眉をひそめた。
自分がいつ眠り込んだのか、まったく覚えがない。
「サエリ、目が覚めたの?」
アークの母の声が聞こえ、沙絵莉は驚きとともに声のしたほうに顔を向けた。
サリスはベランダに出ていたらしく、開け放った窓のところから沙絵莉を見つめている。
「あ…はい」
沙絵莉は急いで起き上がった。
「あらあら、慌てないで、ゆっくり起き上がったほうがよいわ」
小走りで駆け寄ってきたサリスは、沙絵莉を見つめてあたたかな笑みを浮かべる。
そして、彼女の額に手のひらで触れ、顔を覗き込んできた。
「頭がくらくらしていない?」
「大丈夫です。私、いつの間に寝ちゃったのか…」
「貴方は、まだまだ完治していないから…」
沙絵莉は頷き、俯いてため息を落とした。
「そうみたいですね。早く元気にならなきゃいけないのに…」
そう口にしながら、沙絵莉は部屋の中を無意識に見回していた。
アークは、またいない…
「アークは、いま用事があって、出かけてしまっているの」
その言葉に、沙絵莉は胸が詰まった。
彼はまた、新しい世界を探しに行ったのでは?
「い、いつ、戻ってくるんですか?」
「すぐに戻ると思うわ。サエリ、彼がいないと寂しい?」
笑みを浮かべて問われ、沙絵莉は顔を赤らめた。そして、小さく頷いた。
「彼がいないと、私は自分の世界に戻れませんし…。私ひとりでいると、とても心細くって…あ、あの…ごめんなさい」
サリスが側にいてくれるというのに、心細いだなんて口にするべきではなかった。
「貴方の気持ちはとても良くわかるわ」
沙絵莉は顔を上げ、アークの母を見つめた。アークの母は、安心させるように頷く。
「それにしても、懐かしいわ」
サリスはそう独り言のように言いながら、部屋を見回す。
「あの…懐かしいって?」
「ここに連れてこられた時、ここが私の部屋だったの」
ここはアークの母の部屋だったのか?
だが、連れてこられた時って、どういうことなのだろうか?
「そうなんですか?」
ほかに言う言葉が思いつけず、沙絵莉は言った。
急にサリスがくすくす笑い出し、彼女は戸惑った。
何かおかしな事を言ってしまっただろうか?
「ごめんなさいね」
どうしてなのか、サリスは、ひどく申し訳なさそうな表情をしている。
「貴方を迷子にしてしまった張本人は、私なの」
沙絵莉は意味がすぐには理解できず、首を傾げた。
「はい? それって…あの…えっと? 迷子にって…まさか、あのベランダのトンネルのことですか?」
「そう。あれはね、私が作ったの」
驚きの真相に、沙絵莉は目をパチクリさせてサリスの顔を見つめた。
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