白銀の風 アーク

第八章

第十話 冒険に出発



「あんな不思議なもの、いったいどうやって作ったんですか?」

沙絵莉は驚きのあまりそんな問いを口にしていた。

魔法の国の住人なのだから、あんな不思議な代物も作れるのかもしれないが…

花の祭りで見たところでは、この国のひと、みながみな、凄い魔法を使えるわけではなさそうだ。

力の凄さも違うし、それぞれに使える魔法の種類も違うようだった。

そういえば…それでいくと、いまさらだけど、アークって凄い魔法使いの枠に入っているのかも。

テレポなんてものができるし、姿も消せる。

そうか…魔法使いの弟子ってのには、そうそうなれるものなのではないのかもしれない。

アークは魔法使いの息子で、だから凄い魔法使いになるための修行を積んでるのだ。

さらに、違う世界を探して飛んで回っているようだし…

「種をもらったの」

「は、はい? 種…ですか?」

サリスの言葉の意味がまるでわからず、沙絵莉は面食らいつつ聞き返した。

「そう。あの不思議な木の種」

「あの木、種を撒いて生えてきたんですか? けど、目に見えないのは?」

「あれはね、殿方が一緒だと見えないようになっているの」

殿方?

つまり、アークと一緒のときに、あのトンネルが現れなかったのは、そのせい?

「そうなんですか? でも、なぜなんですか?」

「ゼノンに見つからないように…」

アークの母は、悪戯っぽく目を輝かせながら、潜めた声で言う。

「えっ?」

「昔ね、色々あったの」

サリスはそう言って、くすっと笑った。

「ねぇ、サエリ」

「はい」

「身体のほうはどう? 気分転換になるんじゃないかと思うし、これから私と少しだけ出かけてみない?」

出かけるという提案に、沙絵莉は戸惑った。

「あの、どこに?」

「そうねぇ。サエリはどんな場所が好き?」

「どんな場所と言われても…」

「賑やかなところとか、静かな場所とか。どちらがいいかしら?」

「でも…アークが帰ってきたら」

「ああ、大丈夫よ。彼は私たちを感じられるもの」

確かにそうだった。

「だけど、まだ母とは連絡が取れてなくて…私の声を聞かないと、心が休まらないと思うんです」

「ま、まあ、そうだったの? わかったわ。サエリ、ちょっと待ってて…」

そう言ったサリスが手を動かした瞬間、手のひらに玉が載っていた。

いったいどこから出したのか、沙絵莉にはわからなかった。

「それは?」

「通信の玉よ」

そう答えたサリスは、玉に向けて「アーク」と呼びかけた。

返事を待っているようだが、何も聞こえてこない。

「あの?」

「おかしいわね」

サリスは眉をひそめ、首を傾げてそう言い、戸惑い顔で沙絵莉に顔を向けてきた。

「大丈夫よ、サエリ。ちょっと待っていてね」

そうなんでもなさそうに言ったサリスだが、アークと連絡が取れないのは普通ではないらしく、少しおろおろしている。

そんなサリスの様子に、沙絵莉は心配になってきた。

「ゼノン」

「なんだね」

アークの父の声だ。

空中に響くその声は、沙絵莉の耳にもはっきりと聞き取れた。

「アークが呼びかけに答えないの。どこにいるかわかるかしら?」

アークの父は答えない。

サリスのように、アークに向けて呼びかけているのだろうか?それとも、アークの居場所を探しているのか?

「大丈夫だ。靄の道に入り込んでいるようだ」

沙絵莉は眉を上げた。

いま、靄の道と聞こえたけど…? なんなのだ、それは?

「まあ、そうなの。聖なる地に向かっているのかしら? それとも戻ってくるところ?」

また少し沈黙が続き、ゼノンが答えてきた。

「パンセはまだ来ていないと言っている。向かっているところのようだな。アークと連絡を取りたいのか?」

「ええ。サエリがお母様とまだ連絡が取れていないそうなの。心配なさっていると思うと、落ち着かないって。私もサエリのお母様の気持ちを思うと、辛くて…」

「そうか。ならば、誰か呼びに向かわせようか?」

「そうしてくださる?」

「わかった」

その言葉を最後に、サリスは手のひらの上から玉をかき消した。

「凄いですね。手品みたい」

「手品?」

「あ、な、なんでもないです」

きょとんとしているサリスに向けて、沙絵莉は慌てて手を振った。

私ってば、手品だなんて…アークの母が行なっていることは、本物の魔術なのに。

「いまみたいに、玉を消したりって、どうやってるんですか?」

「ああ。あれは私がやっているのではないの。玉が戻ってゆくのよ」

「玉が…戻ってゆく?」

「そういう仕掛けになっているの。必要なときに求めると、求めに応じて現れる」

当たり前のように言われ、沙絵莉はどんな顔をしていいやら困った。

さっぱりわからない。

「私の利器は、ほとんどがゼノンが作ってくれたものなの。彼はどんな仕掛けかわかっているけど…。けどね、言葉で説明されても理解はできなかったわ」

今度の言葉は、なんとなくわかった。

サリスは沙絵莉と同じなのかもしれない。

理解はできないけど、玉を使えてる。沙絵莉がアークの首飾りで、通信ができたように…

「あの、靄の道って? それって、遠いんですか? アークはいまその道を歩いているんですか?」

「そのようだわ。でも、すぐ近くよ。この屋敷の敷地内にあるの」

「そうなんですか」

そう返事をした沙絵莉は、眉を上げた。

「あの、その靄の道って、通信ができないんですか?」

「ええ。あそこはとても特殊な場所なの」

「そうなんですか」

他に言いようがなく、沙絵莉は同じ言葉を繰り返した。

「ねぇ、沙絵莉。ちょっとだけ気晴らしにゆかない? アークは呼びにいってもらったから、すぐに私たちのところに来てくれるわ」

そこまで言われてしまうと、断れない。

「はい、それじゃ…ちょっとだけ」

「では、着替えなくちゃね。実は、素敵な服を取り寄せたのよ」

サリスはいそいそと動き、壁際に移動させてあったテーブルの上から何かを取り上げて戻ってきた。

「いま、この部族の服が流行らしいの」

沙絵莉は、サリスの言葉に笑みを浮かべた。

どこの世界でも、流行というのはあるらしい。

「わあっ、ほんと素敵ですね」

オレンジの布地のワンピースで、細い黄色の紐を使って、模様がつけてある。

ほんと、民族衣装という感じかも。

「靴もあるのよ」

そう言って差し出された靴は、布地でできた軽そうな靴だった。

宝石のような綺麗な石が飾られている。

かなり細かい手作業で作られたもののようだ。

相当に時間がかかっていそうだが…

こういうものも、もしや、魔法でちょちょいのちょいって感じで出来たりするんだろうか?





サリスを待たせないように、沙絵莉は急いで洗面所に入り、着替えをした。

アークがいまにも戻ってくるかもしれないと思っていたのだが、着替えを終えても彼は戻ってきてはいなかった。

洗面所のドアを開けた沙絵莉は、目の前に知らない女性が立っていて、面食らった。

「あ、あの」

「私よ、私」

そう言ってその女性、くすくすと笑う。

そう言われても、まったく会ったことのないひとだ。

「あの、どなたですか?」

見知らぬひととふたりきりになっていることに落ち着けず、沙絵莉は萎縮して尋ねた。

「サリスよ。驚かせすぎちゃったみたいね」

一瞬にして見知らぬ女性はサリスに戻った。

「えっ? えっ?」

「これをかぶると、私だと知られずに済むから…」

知られずに済むから?

沙絵莉は、サリスの言葉に目をぱちくりさせた。

なぜ、顔を変える必要が…

あっ、そういえば…アークも花の祭りのとき、顔を隠す目的であの完全に頭部をすっぽり覆ってしまう面白い帽子をかぶってて…

「あの…どうして顔を隠す必要が?」

「そのほうがゆっくりできるし、楽しめるの。それより沙絵莉、その服、とっても似合っているわ。素敵よ」

「そ、そうですか?」

「ええ。さあ、ゆきましょう」

サリスは意気揚々と沙絵莉の手を取り、窓へと向かう。

初め面食らったが、すぐにあの不思議なトンネルを抜けてゆくつもりなのだと気づいた。

窓を開け、サリスとともにベランダに出た。

「あの、お母様。やっぱり、あのトンネルは…」

「まあっ」

トンネルが見えないことに困惑していたところなのに、どうしたのか、サリスが突然嬉しげな叫びを上げ、沙絵莉は驚いた。

「えっと…あの?」

「ねぇ、沙絵莉。もう一度呼んで」

「はい? あの?」

「いま、私のことを、お母様と呼んでくださったでしょう?」

「あっ、…よ、呼びました」

アークのお母様とずっと呼んでいたのに、思わずお母様と呼んでしまったようだ。

「嬉しいわぁ。サエリ、これからも私のこと、お母様と呼んでくださる?」

「お、お母様がそれでよければ…」

「もちろんよ。嬉しいわ。さあ、サエリ、行きましょう」

スキップを踏むように身体を弾ませながら、サリスはベランダの端へと彼女を連れて行く。

「あっ!」

目の前に、あのトンネルの小道が出現していた。

「こ、これです。この道」

このトンネルの道は、やはり、ちゃんとこうして現実に存在していたのだ。

「懐かしいわぁ。すっかり忘れていて…」

サリスは愛しそうにトンネルの小道を形作っている木の幹に触れて撫でる。

ざわざわざわと木の葉が揺れる音がした。

サリスに触れられて、木が喜んでいるように感じた。

「さあ、サエリ。冒険に出発よ」

楽しげに差し伸べられた手を握り締め、沙絵莉はサリスに連れられ、トンネルに入っていったのだった。






   
inserted by FC2 system