白銀の風 アーク

第八章

第十一話 ちょっとした有名人?



サリスの後ろに続くようにして、沙絵莉はトンネルを歩いて行った。

沙絵莉は歩き続けながら首を傾げた。

この間は、こんなに歩かなかったように思うのだが…

ちょっと不安が湧いてきた。

このまま、出口にゆきつけなくて、トンネルの中を彷徨うなんてことには…な、ならないわよね?

だが、いまは沙絵莉ひとりじゃないのだ。

アークの母が一緒なのだもの、きっと大丈夫…なはず。

「ねぇ、サエリ」

サリスが急に振り返ってきて、話しかけてきた。

沙絵莉は「は、はい」と焦って答えた。

「家具を見に行くのもいいかなと思ったのだけど…服の方がいいかしら? それともアクセサリーがいい?」

そう問われて、沙絵莉は返事に困った。

ショッピングはもちろん好きだけど、いまは母のことが気にかかって買い物どころじゃないっていうか…

「あら、どうかした? あっ、お母様のことが気にかかっているのね?」

沙絵莉はこくんと頷き、顔を曇らせた。

早く母と直接連絡を取って、安心させたいのに…自分ではどうにもできないのが、もどかしくてならない。

それでも、母と連絡を取るためには、アークに頼るしかないのだ。

そ、そういえば…

「あ、あの。もしかして、このトンネルにいたら、アークは飛んで来れないんじゃないんですか?」

殿方が一緒だと見えないトンネルだと、言っていたんじゃなかったっけ?

「だ、大丈夫。もうすぐ着くから」

サリスは焦りつつ返事をした。どうやら、このトンネルの中に、アークは飛んでこられないってことらしい。そうわかったら、早いところこのトンネルを出たくなった。

「前に歩いたときよりも、出口まで時間がかかっているように思えてならないんですけど…」

「ああ、それはね…」

パッと明るい日差しを受け、沙絵莉は眩しさに目を細めた。

唐突にトンネルが終わっていた。

眩さに慣れた沙絵莉は、周りをさっと見回した。

えっ? えっ? えっ?

沙絵莉は目を丸くして、周りを何度も眺め回した。

「最初ね、家具を見に行くつもりでトンネルを歩いていたのだけど、途中で私が迷ってしまったものだから…。結局、アクセサリーの店に決めてしまったけど…サエリ、良かったかしら?」

サリスの言葉を上の空で聞きながら、沙絵莉はこくこくと頷いていた。

も、目的地が変えられる?

「前に出たところと場所が違うから、驚いてしまって」

「目的地を決めて歩いていないと、私が一番最初に出た場所に出てしまうの」

「このトンネル。目的地を決めたら、どこでもゆけるんですか?」

沙絵莉は、思わず後ろに振り向きながらサリスに問いかけていた。

だが、あの不思議なトンネルは、跡形もなく消えてしまっていた。

「どこでもというわけではないの。あのトンネルが学んでくれないと駄目なのよ」

「ト、トンネルが学ぶ?」

意味がわからず、沙絵莉は眉をひそめて聞き返した。

「そうなの。そういうトンネルなの」

サリスの答えは、さっぱり疑問の答えになっていない。

だが、アークの母は他に答えようがないのだろう。

思わずくすくす笑い出してしまい、沙絵莉はなんとか笑いを引っ込めようとしたが、なかなか笑い止めない。

「す、すみません」

「いいのいいの」

サリスはそう言い、自分もくすくす笑い出した。

「この世界って、ほんとに不思議でいっぱいですね。わからなくても、それでいいんですね?」

「魔力学者ならば、説明できるのでしょうけど…私みたいな一般の者は、便利だし、ただ使うだけなのよ。もちろん初めは、私も不思議と思っていたし、ゼノンに説明を求めたりしていたのだけど…」

サリスの話を聞いて、沙絵莉はひどく同感を感じ、納得もした。

電化製品とか、沙絵莉だって仕組みなどまるでわからない。
説明だって出来ない。
けど、便利だし、不思議とも思わず使っている。

一緒なのだ。きっと、そういうことなのだ。

そんな納得をしている自分が、沙絵莉は愉快でならなかった。

「さあ、サエリ、入ってみましょう」

サリスに手を取られ、沙絵莉は引っ張られるようにして歩き出した。

目の前に、お店らしい建物がある。

どんな材質で出来ているのか、つるんとしたすべすべの黄色い壁をしてる。

「ここのアクセサリーは、可愛いものが多いの。ほら、若いお嬢さんたちがいっぱいいるでしょう?」

確かに、店の内部は若い女の子でいっぱいだった。

髪の色は様々だし、見た目にも、それぞれかなり個性がある。

顔の作りもだが、背の高さも、手足の長さも、本当にまちまちだ。

出身地とか、種族とかで、みんな違うのだろうか?

「沙絵莉、貴方はどんなものが好き? ほら、これなんかどうかしら?」

サリスが手にして見せてくれたのは、首飾りだ。青と白が混じった小花がそのまま首飾りになっている。

「綺麗ですね」

「うんうん、とってもいいわ」

沙絵莉の胸元に首飾りを当て、サリスは満足そうに頷く。

「髪飾りも、お揃いのものを買いましょうか?」

「えっ、でも」

もちろん彼女はお金を持っていない。買うとなればアークの母に払ってもらうしかない。

「買わせてちょうだい。それが嬉しいのよ」

やさしく言われ、沙絵莉は思わず頷いてしまった。

サリスは、本当に嬉しそうな笑みを浮かべ、先ほどの首飾りとお揃いの髪飾りを手に取った。

そのあと、サリスはいくつものアクセサリーを沙絵莉に相談しつつ選び、支払いを済ませにいった。

いくらなんでも、買ってもらいすぎたんじゃないだろうか?

それでも、あまりにアークの母が嬉しそうで止められなかった。

「ねぇ、ねぇ、あなた」

少し離れた場所でサリスの様子を見守っていた沙絵莉は、後ろから肩をちょんちょんとつつかれ、驚いて振り返った。

「は、はい?」

「その服、どこで手に入れたの? 私もすっごい欲しくて手に入れようとしてるんだけど、人気がありすぎて、なかなか出回らないらしいのよ」

「ああ。この服は…その、いただいたんです」

「もらったの? いいわねぇ。ねぇ、その服を手に入れたひと、入手法があるのかしら? 貴方、そのひとに聞いてみてくれない? お願いよ」

人懐こいひとのようだが…見知らぬ相手に、そんな頼みごとしてくるなんて…よほどこの服が欲しいんだろうか?

「まあ、ちょっと、その靴。どこのものなの?」

今度はまた別の女性が、駆け寄ってきて、叫ぶように尋ねてきた。

「はじめて見たわ。ねぇ、どこに売ってるの?」

知らぬ間に、彼女はたくさんの女性客に囲まれていた。

「私、あ、あの…お、お母様ぁ!」

突然の騒ぎに困惑した沙絵莉は、サリスに救いを求めた。





「いいじゃないか、ともかく解決したんだ」

歩きながらいつまでもぷりぷりしているジェライドに、アークは言った。

靄の道を歩いている間に、あのやっかいな玉から指輪の箱が取り出せていたなんて…

さすがのアークも驚いたが…

誰かが…この古の森の住人である存在らが、助けてくれたのに違いない。

この森は、アークにとっても謎だらけだ。

ジェライドは謎を謎のままにするのが嫌いだから、我慢ならないのだろう。

「そういうことではないよ。だいたい私がどうやっても出来ないでいたことを、一瞬にしてやり遂げてしまうなんて…。アーク、君はこのことに脅威を感じないのか?」

「古の森では、どんなことも起こりうるさ」

古の森と言う言葉に、ジェライドは顔をしかめて口を噤んだ。そして、何かぶつぶつ言いながら、靄の道を早足で歩いてゆく。

一刻も早く、この場を後にしたいと思っているようだ。

問題だった指輪の箱は取り出せたし、もう聖なる地にいるパンセのところに行く必要もない。

靄の道を抜けたところに、ルィランがいた。

「ルィラン?」

「やあ」

ルィランは、肩をすくめながらアークの呼びかけに返事をした。

「なんでこんなところに君がいるんだい?」

眉を寄せてむっとしたジェライドが、ルィランに問いかけた。

「よくわからないんだが、突然ゼノン様に呼び出されて」

アークは眉をひそめた。

「何事か起こったのか?」

「いや、伝言を伝えてくるようにとのことでな」

「伝言? いったい何を?」

「サエリ様のところに戻るようにと」

ぎょっとしたアークは、ルィランに詰め寄った。

「彼女に何かあったのか?」

「私は伝言を頼まれただけだ」

ルィランの言葉に、アークは苛立った。だが、ルィランは何も知らないのだろう。

ただ、伝言を伝えに来ただけで…だが、父はなぜルィランをよこしたのだろうか?

いや、いまはともかくサエリの元に飛ばなければ…

彼女に何かあったのに違いないと焦りに駆られたアークは、手にしている指輪の箱をルィランに押しつけるようにして渡し、彼女に向かって飛んだ。





「サエリ」

その性急な叫びに、サリスのほうに顔を向けていた沙絵莉は、驚いて顔を戻した。

目の前にアークがいた。

「アーク」

沙絵莉は思わず彼に呼びかけた。

アークは沙絵莉と目を合わせ、それからギョッとした様子で自分の周囲に視線を向けた。

「ま、まあっ、まあっ」

「キ、キャーーーッ!」

「う、うそっ、ア、ア、アーク様」

アークを見た女の子たちが、いっせいに驚愕した様子で叫び始めた。

「あ、あらまっ」

サリスの声が後方から聞こえ、沙絵莉はおろおろしつつ後ろに向いた。

その瞬間、彼女は腕を掴まれていた。

誰が掴んだかはっきりと理解する前に、沙絵莉は元の部屋に戻っていた。

「あー、驚かされたぞ」

大きく息を吐き、アークはそう口にして沙絵莉に顔を向けてきた。

「アークってば、お母様を置いてきちゃったわ」

沙絵莉は焦って言った。

彼ときたら、現れたと思った途端、部屋に連れ戻すとは。

それにしても、あの場にいた女の子たち、みんなアークを知っているようだった。

そして、彼を見た途端、アイドルでも見たかのように色めき立っていた。

もしや、アークは、この世界ではちょっとした有名人だったりするのだろうか?






   
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