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第十一話 ちょっとした有名人?
サリスの後ろに続くようにして、沙絵莉はトンネルを歩いて行った。
沙絵莉は歩き続けながら首を傾げた。
この間は、こんなに歩かなかったように思うのだが…
ちょっと不安が湧いてきた。
このまま、出口にゆきつけなくて、トンネルの中を彷徨うなんてことには…な、ならないわよね?
だが、いまは沙絵莉ひとりじゃないのだ。
アークの母が一緒なのだもの、きっと大丈夫…なはず。
「ねぇ、サエリ」
サリスが急に振り返ってきて、話しかけてきた。
沙絵莉は「は、はい」と焦って答えた。
「家具を見に行くのもいいかなと思ったのだけど…服の方がいいかしら? それともアクセサリーがいい?」
そう問われて、沙絵莉は返事に困った。
ショッピングはもちろん好きだけど、いまは母のことが気にかかって買い物どころじゃないっていうか…
「あら、どうかした? あっ、お母様のことが気にかかっているのね?」
沙絵莉はこくんと頷き、顔を曇らせた。
早く母と直接連絡を取って、安心させたいのに…自分ではどうにもできないのが、もどかしくてならない。
それでも、母と連絡を取るためには、アークに頼るしかないのだ。
そ、そういえば…
「あ、あの。もしかして、このトンネルにいたら、アークは飛んで来れないんじゃないんですか?」
殿方が一緒だと見えないトンネルだと、言っていたんじゃなかったっけ?
「だ、大丈夫。もうすぐ着くから」
サリスは焦りつつ返事をした。どうやら、このトンネルの中に、アークは飛んでこられないってことらしい。そうわかったら、早いところこのトンネルを出たくなった。
「前に歩いたときよりも、出口まで時間がかかっているように思えてならないんですけど…」
「ああ、それはね…」
パッと明るい日差しを受け、沙絵莉は眩しさに目を細めた。
唐突にトンネルが終わっていた。
眩さに慣れた沙絵莉は、周りをさっと見回した。
えっ? えっ? えっ?
沙絵莉は目を丸くして、周りを何度も眺め回した。
「最初ね、家具を見に行くつもりでトンネルを歩いていたのだけど、途中で私が迷ってしまったものだから…。結局、アクセサリーの店に決めてしまったけど…サエリ、良かったかしら?」
サリスの言葉を上の空で聞きながら、沙絵莉はこくこくと頷いていた。
も、目的地が変えられる?
「前に出たところと場所が違うから、驚いてしまって」
「目的地を決めて歩いていないと、私が一番最初に出た場所に出てしまうの」
「このトンネル。目的地を決めたら、どこでもゆけるんですか?」
沙絵莉は、思わず後ろに振り向きながらサリスに問いかけていた。
だが、あの不思議なトンネルは、跡形もなく消えてしまっていた。
「どこでもというわけではないの。あのトンネルが学んでくれないと駄目なのよ」
「ト、トンネルが学ぶ?」
意味がわからず、沙絵莉は眉をひそめて聞き返した。
「そうなの。そういうトンネルなの」
サリスの答えは、さっぱり疑問の答えになっていない。
だが、アークの母は他に答えようがないのだろう。
思わずくすくす笑い出してしまい、沙絵莉はなんとか笑いを引っ込めようとしたが、なかなか笑い止めない。
「す、すみません」
「いいのいいの」
サリスはそう言い、自分もくすくす笑い出した。
「この世界って、ほんとに不思議でいっぱいですね。わからなくても、それでいいんですね?」
「魔力学者ならば、説明できるのでしょうけど…私みたいな一般の者は、便利だし、ただ使うだけなのよ。もちろん初めは、私も不思議と思っていたし、ゼノンに説明を求めたりしていたのだけど…」
サリスの話を聞いて、沙絵莉はひどく同感を感じ、納得もした。
電化製品とか、沙絵莉だって仕組みなどまるでわからない。
説明だって出来ない。
けど、便利だし、不思議とも思わず使っている。
一緒なのだ。きっと、そういうことなのだ。
そんな納得をしている自分が、沙絵莉は愉快でならなかった。
「さあ、サエリ、入ってみましょう」
サリスに手を取られ、沙絵莉は引っ張られるようにして歩き出した。
目の前に、お店らしい建物がある。
どんな材質で出来ているのか、つるんとしたすべすべの黄色い壁をしてる。
「ここのアクセサリーは、可愛いものが多いの。ほら、若いお嬢さんたちがいっぱいいるでしょう?」
確かに、店の内部は若い女の子でいっぱいだった。
髪の色は様々だし、見た目にも、それぞれかなり個性がある。
顔の作りもだが、背の高さも、手足の長さも、本当にまちまちだ。
出身地とか、種族とかで、みんな違うのだろうか?
「沙絵莉、貴方はどんなものが好き? ほら、これなんかどうかしら?」
サリスが手にして見せてくれたのは、首飾りだ。青と白が混じった小花がそのまま首飾りになっている。
「綺麗ですね」
「うんうん、とってもいいわ」
沙絵莉の胸元に首飾りを当て、サリスは満足そうに頷く。
「髪飾りも、お揃いのものを買いましょうか?」
「えっ、でも」
もちろん彼女はお金を持っていない。買うとなればアークの母に払ってもらうしかない。
「買わせてちょうだい。それが嬉しいのよ」
やさしく言われ、沙絵莉は思わず頷いてしまった。
サリスは、本当に嬉しそうな笑みを浮かべ、先ほどの首飾りとお揃いの髪飾りを手に取った。
そのあと、サリスはいくつものアクセサリーを沙絵莉に相談しつつ選び、支払いを済ませにいった。
いくらなんでも、買ってもらいすぎたんじゃないだろうか?
それでも、あまりにアークの母が嬉しそうで止められなかった。
「ねぇ、ねぇ、あなた」
少し離れた場所でサリスの様子を見守っていた沙絵莉は、後ろから肩をちょんちょんとつつかれ、驚いて振り返った。
「は、はい?」
「その服、どこで手に入れたの? 私もすっごい欲しくて手に入れようとしてるんだけど、人気がありすぎて、なかなか出回らないらしいのよ」
「ああ。この服は…その、いただいたんです」
「もらったの? いいわねぇ。ねぇ、その服を手に入れたひと、入手法があるのかしら? 貴方、そのひとに聞いてみてくれない? お願いよ」
人懐こいひとのようだが…見知らぬ相手に、そんな頼みごとしてくるなんて…よほどこの服が欲しいんだろうか?
「まあ、ちょっと、その靴。どこのものなの?」
今度はまた別の女性が、駆け寄ってきて、叫ぶように尋ねてきた。
「はじめて見たわ。ねぇ、どこに売ってるの?」
知らぬ間に、彼女はたくさんの女性客に囲まれていた。
「私、あ、あの…お、お母様ぁ!」
突然の騒ぎに困惑した沙絵莉は、サリスに救いを求めた。
「いいじゃないか、ともかく解決したんだ」
歩きながらいつまでもぷりぷりしているジェライドに、アークは言った。
靄の道を歩いている間に、あのやっかいな玉から指輪の箱が取り出せていたなんて…
さすがのアークも驚いたが…
誰かが…この古の森の住人である存在らが、助けてくれたのに違いない。
この森は、アークにとっても謎だらけだ。
ジェライドは謎を謎のままにするのが嫌いだから、我慢ならないのだろう。
「そういうことではないよ。だいたい私がどうやっても出来ないでいたことを、一瞬にしてやり遂げてしまうなんて…。アーク、君はこのことに脅威を感じないのか?」
「古の森では、どんなことも起こりうるさ」
古の森と言う言葉に、ジェライドは顔をしかめて口を噤んだ。そして、何かぶつぶつ言いながら、靄の道を早足で歩いてゆく。
一刻も早く、この場を後にしたいと思っているようだ。
問題だった指輪の箱は取り出せたし、もう聖なる地にいるパンセのところに行く必要もない。
靄の道を抜けたところに、ルィランがいた。
「ルィラン?」
「やあ」
ルィランは、肩をすくめながらアークの呼びかけに返事をした。
「なんでこんなところに君がいるんだい?」
眉を寄せてむっとしたジェライドが、ルィランに問いかけた。
「よくわからないんだが、突然ゼノン様に呼び出されて」
アークは眉をひそめた。
「何事か起こったのか?」
「いや、伝言を伝えてくるようにとのことでな」
「伝言? いったい何を?」
「サエリ様のところに戻るようにと」
ぎょっとしたアークは、ルィランに詰め寄った。
「彼女に何かあったのか?」
「私は伝言を頼まれただけだ」
ルィランの言葉に、アークは苛立った。だが、ルィランは何も知らないのだろう。
ただ、伝言を伝えに来ただけで…だが、父はなぜルィランをよこしたのだろうか?
いや、いまはともかくサエリの元に飛ばなければ…
彼女に何かあったのに違いないと焦りに駆られたアークは、手にしている指輪の箱をルィランに押しつけるようにして渡し、彼女に向かって飛んだ。
「サエリ」
その性急な叫びに、サリスのほうに顔を向けていた沙絵莉は、驚いて顔を戻した。
目の前にアークがいた。
「アーク」
沙絵莉は思わず彼に呼びかけた。
アークは沙絵莉と目を合わせ、それからギョッとした様子で自分の周囲に視線を向けた。
「ま、まあっ、まあっ」
「キ、キャーーーッ!」
「う、うそっ、ア、ア、アーク様」
アークを見た女の子たちが、いっせいに驚愕した様子で叫び始めた。
「あ、あらまっ」
サリスの声が後方から聞こえ、沙絵莉はおろおろしつつ後ろに向いた。
その瞬間、彼女は腕を掴まれていた。
誰が掴んだかはっきりと理解する前に、沙絵莉は元の部屋に戻っていた。
「あー、驚かされたぞ」
大きく息を吐き、アークはそう口にして沙絵莉に顔を向けてきた。
「アークってば、お母様を置いてきちゃったわ」
沙絵莉は焦って言った。
彼ときたら、現れたと思った途端、部屋に連れ戻すとは。
それにしても、あの場にいた女の子たち、みんなアークを知っているようだった。
そして、彼を見た途端、アイドルでも見たかのように色めき立っていた。
もしや、アークは、この世界ではちょっとした有名人だったりするのだろうか?
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