白銀の風 アーク

第九章

第二話 あってない造り



「ねぇ、アーク」

「なんだい?」

「貴方はどんな魔法を使えるの?」

沙絵莉の質問を聞き、アークは苦笑する。

「何がおかしいの?」

「いや、君が魔法と言うから…」

「魔法って、言葉としておかしいの?」

「技だ。魔力を使っての技」

「技?」

そうだというようにアークが頷く。

「まあ、それなら技でもいいわ。ともかく、貴方はまず、テレポが…瞬間移動が出来るでしょう?」

「ああ」

「それから幻の技」

「そうだな」

「それで、あとは、どんな魔法が使えるの?」

「色々だ」

「だから、その色々を聞かせて」

沙絵莉は期待いっぱいに尋ねた。

彼がどんな魔法を使えるのか、胸がわくわくする。

テレビゲームでよくある、火の玉を飛ばして敵をやっつけたり、電撃で敵をビリビリにしちゃったりとか…

けど、この世界は空想世界じゃなくて現実世界なんだものね。
火の玉とか電撃とかって、考えたらひとに怪我をさせちゃうわけだわ。

…そう思うと、かなり恐い。

「サエリ、どうかしたのか?」

よほど顔をしかめていたのか、眉をひそめてアークが聞いてきた。

「あ…な、なんでも。ねぇ、杖みたいなものとか、使ったりしないの? こう、棒みたいなのとかで…」

「杖か、あるぞ」

「あるの?」

アークの答えに、沙絵莉のテンションはポンと跳ね上がった。

「どんなの? アーク、見せて、見せて」

アークの身体に手をかけて揺らしながら、沙絵莉は彼にせっついた。

「私は持って…いや、そういえば…まだあるかもしれないな」

考え込みながらアークが言う。

「どこにあるの?」

「わからない。子どもの頃に、遊びに使っていたものがあるんだが…物入れに放りこんだままかもしれない」

遊びに使っていたという言葉に、沙絵莉は笑いが込み上げた。

小さなアークが、魔法の杖を振り回して遊んでいる姿が頭に思い浮かぶ。

なんだか、とっても微笑ましい。

「物入れに? その杖、あなたの部屋にあるの?」

「そうだ。けど、私の使っていた古いものを探さなくても…。ちょっと行って、新しいものを持ってこよう」

アークは話しながら、立ち上がった。

「えっ? どこかに行っちゃうの?」

沙絵莉は慌てて言った。

「すぐに戻る」

「待って!」

すぐにも飛んでいってしまいそうで、沙絵莉は焦りいっぱいに彼を引き止めた。

「数分で戻って…」

「いいの。杖はもういいの」

沙絵莉はきっぱりと言った。

杖なんか見なくたっていい。

ここに、ひとり取り残されるのは心細い。

「それなら…私の部屋に行って、一緒に探してみるかい?」

「あ、貴方の部屋に? 行ってもいいの?」

「もちろんいいさ。それじゃ、行くかい?」

沙絵莉は笑顔で頷き、立ち上がった。

「頭は、サエリ、ふらついたりしないか?」

「全然大丈夫よ。なんともないわ。ねぇ、杖を探したあとにでも、またお母さんに連絡できる?」

「そうだな」

アークは考え込みながら、沙絵莉を促してドアへと歩き出した。

「夕食の前に連絡を取ろうか? …これからは、食事の後と決めて連絡するというのはどうかな?」

「一日三回?」

母の顔を思い浮かべながら沙絵莉は口にした。

朝昼晩と定期的に連絡をすれば、帰る日がかなり遅くなっても、安心してくれるんじゃないだろうか?

でも、何故戻れないのか、母はその理由を問い正してくるに違いない。

だけど、本当の事を伝えられるだろうか?

魔法の使える異世界にいるなんて、お母さんたち、絶対に信じないだろうし…

「そのくらいがいいと思う。ただ…」

ドアに歩み寄りながら考え込んでいた沙絵莉は、顔を上げてアークと目を合わせた。

「ただ、何?」

ドアノブに手を掛けたアークは、そのまま動きを止めた。

「君が魔力を少しでも使えるようになるまでは、回数がもっと少ない方がいいんだろうが…」

「魔力を使う練習…ねぇ、いつから教えてもらえるの?」

「まだ決めてはいないが…ポンテルスと連絡を取って…そうだな、明日くらいからではどうかな?」

「私はそれでいいわ。ポンテルスさんが、予定とかないといいけど…」

「彼は…いつでも大丈夫だ」

「そうなの?」

アークは頷き、ドアを開けた。

そのときになって、沙絵莉はこのドアから外に出るのは初めてなのだと気づいた。

アークに続いて、外に出た沙絵莉は、ゆっくりと周りを眺めまわした。

わおっ。

沙絵莉は唇だけ動かして、心の中で感嘆の叫びを上げた。

すごいかも。

あちこちに彫刻が施されている。それも緻密な。

色合いも落ち着いていて、全体の雰囲気はとてもシックだ。

私がいた部屋は、普通というか…殺風景な感じだったのに…

「サエリ、こっちだ」

物珍しさに、いつまでもきょろきょろと見回していた沙絵莉は、アークに促されて顔を向けた。

「凄いお家ね。私、びっくりしちゃって」

「気に入ったかい?」

「もちろん、とても素敵だと思うわ」

「良かった。さあ、ここだよ」

アークの言葉に、沙絵莉はきゅっと眉を寄せた。

確かにアークの言うように、目の前にドアがある。けど…

沙絵莉は自分たちがいま出てきたドアに視線を貼り付けた。

「このドアが、貴方の部屋?」

「そうだが…どうして?」

沙絵莉はアークを訝しく見つめ、ふたつのドアの距離を改めて確認した。

三メートルほどしか離れていないのだ。

けど、こちら側って、あの不思議な洗濯玉やらが置いてある脱衣所の部屋と、あのでかすぎる豪華な浴室があるはずなのだ。

つまり、十メートルくらいは離れていなければならないはず。

「ここは脱衣所か、浴室でしょ?」

「浴室? いや、ここは私の部屋だ、ほら」

アークがドアを大きく開き、沙絵莉は顔を前に出してドアの中を確認した。

脱衣所でも浴室でもなかった。
部屋だ。それもかなり広い。
落ち着いた青色と銀色が基調になっている。

座り心地の良さそうな高級だと分かるソファのセットがゆったりとした空間に置かれ、テーブルや飾り棚がある。

だけど、この部屋には、あるべきものがない。

一歩中に入った沙絵莉は、後から入ってきたアークに戸惑い顔で振り返った。

「あの…ベッドは? ここ、貴方の部屋なんでしょ?」

「ベッドルームは、あのドアの向うになる」

アークは、ひとつのドアを指さしながら言う。

「ベッドルームって…この部屋も貴方の部屋ってこと?」

自分の部屋がいくつもあるなんて、普通じゃないし…

「この部屋が中心なんだ。サエリ、こっちに」

中心?

アークの言う意味がわからず、沙絵莉は眉をひそめながら、部屋の中を進む彼についていった。

この部屋には、両側にひとつずつドアがある。沙絵莉は彼女にあてがわれた部屋のある方向についているドアを見つめた。

方向と位置から考えると、あのドアを開けたら、私のいた部屋だけど…間には、あの浴室と脱衣所がなきゃおかしいのだが…

「ねぇ、アーク」

「うん?」

「あのドアって…?」

沙絵莉はドアを指さしながら言った。

「もちろん脱衣所だ。君の部屋にも通じていただろ?」

「脱衣所? ねぇ、アーク、どうしてもわからないことがあるんだけど」

「わからないこと? なんだい?」

「貴方の部屋と、私がいた部屋、その間には、あの大きな浴室があるはずよね?」

「あるが…それが?」

当たり前だ、いったい何が問題なのだというような顔でアークが言う。

沙絵莉は苛立った。

「だからぁ、貴方のドアと私のいた部屋のドア、すっごく近かったでしょう? あの間に、あの大きさの浴室は…」

「ああ、そうか。…あれはつまり」

「つまり?」

「あってないんだ」

「あ、あってない? それ、何?」

「だから、あの浴室は、あってないんだ。そういう造りなのさ。ほら、沙絵莉、おいで。杖を探してみよう」

アークはあっさりと話を済ませ、部屋に入ってゆく。

「ちょっと待ってよ。だからあってないってなんなの? あの浴室はどこにあるの?」

「君の部屋のドアから、脱衣所に入っていった先にあるじゃないか」

「そ、そうだけど。もおっ、だからぁ」

沙絵莉は叫んだが、噛み合わない会話にどっと疲れを感じた。

確かに彼の言うように、あのドアを開けたらあるんだろうけど…

ドアとドアは近くて、浴室分のスペースなどないのだ。

それが矛盾してると彼女は言っているのに、アークときたらまるで矛盾と感じていない。

これもまた、魔法ってことなのか?

でも、なんか、受け入れられないんですけどぉ〜。

沙絵莉は心の中で叫び、ごちゃごちゃとしたものがやたらある部屋の中を、杖を探して動きまわっているアークを、疲れた目で見つめた。






   
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