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第四話 けど…なんで?
ち、宙に浮けるなんて!
そんなとんでもなくすっごいことができるっていうのに、アークときたら、なんで教えてくれないのだ。
ほっぺたを膨らませてアークを睨んでいた沙絵莉だが、彼女の顔を戸惑ったように見つめてくるアークを見て、肩を落とした。
彼は、私がどれほど驚いたか、まったくわかっていない。
アークにとっては、当たり前のことなんだろう。
「浮遊の技…驚かせたか…。サエリ、すまない」
頭を下げるアークに、沙絵莉は首を横に振った。
「ねぇアーク、ひとつ聞いてもいい?」
「あ、ああ、なんだい?」
「浮かび上がったりするのって、みんながみんなじゃないわよね?」
「ああ、もちろんだ。気の魔力を操れる者でなければできないが…」
「それって、ほんの少しのひとってこと?」
花の祭りで見た見世物では、ふわふわと宙に浮いて、音楽に合わせて踊ったり、派手なパフォーマンスをしたりして、観客から大喝采を浴びていた。
それって、ひとが浮くのが珍しいことだからなはず。だからこそ、見世物になって、お金を稼げるんだし。
「いや、そんなことはない。この国で浮遊を使える者は、数多くいる」
な、なんだ。そうなのか?
「でも、花の祭りの見世物で、ひとが浮かぶショーを見て、みんなすごく興奮して楽しんでたわ。あれって、珍しいからでしょ?」
「もちろん一般の者には、珍しいのさ」
「それじゃ貴方も、やろうと思えば、浮かんで見せて、お金が取れるってこと?」
「考えたこともないな」
愉快そうに笑いながらアークは答える。
「ねぇ、もうひとつ聞いてもいい?」
「今度はなんだい?」
手にした杖に視線を向けてアークは聞いてくる。その杖も、早く使って見せて欲しいんだけど…
「テレポも、たくさんのひとが使えるの?」
「浮遊の技を使える者よりは、少ないだろうな…」
今度は人差し指で杖をそっと撫で上げながら、アークは言う。
「癒しの技を使えるひとは、多いの?」
「多い。癒しの技は多種多様だ。ひとによって使える種類もレベルも違う。利器を使って癒しの技を使える者もいるし…」
「もしかして、そのうち私も使えるようになったりする?」
期待いっぱいで沙絵莉は聞いた。
「わからないな」
やっぱり…そっか。
そううまい具合にはゆかないらしい。
「使えるようになるかもしれないが…君次第だ」
「訓練次第ってこと?」
「それもあるが…魔力をどんなことに使えるようになるかは、君次第なんだ」
「どういうこと?」
沙絵莉は首を傾げて聞き返した。
「どこの学校でも、まず最初に所持する魔力の種類と質、量を調べる。そして魔力の基礎を学び、大まかな実践をし、本人に最適な訓練を積んでゆく」
「大まかな実践? どんなことをするの?」
「所持する魔力を使ってみるのさ。そして、自分にはどんなことができるかを確認してゆくんだ」
なにができるか確認するのか?
「どんなに練習しようと、できないことはできない。自分の得意なものを知ることで、将来どんな職種に就くべきか、おのずと見えてくる」
得意なものか…?
「私も何かできるようになったら嬉しいけど…私の場合、まず覚えることが呼吸クラスなのよね?」
初歩どころか、本能レベルからの学びなのだ。魔法なんてもの、一生かかっても使えそうもない。
だいたい、彼女は魔法世界の住人じゃないのだし、魔法の素質などあるはずがない。
それでも、魔法の利器に魔力を無意識に注入しているって話だから、魔法の利器を使うことはできるようになるかもしれない。
うんうん、それなら期待しちゃってよさそうだ。
「ねぇねぇアーク、利器って、魔力が注入できれば簡単に使えるの?」
「簡単に使えるかは、利器によるし、ひとにもよる」
「なんだ、またひとによるの?」
顔をしかめて文句のように言う沙絵莉を見て、アークはおかしそうに笑う。
「利器は、エネルギーの充填をしても、発動させなければ使えないというものが多いんだ」
「そうなの。ねぇ、アーク、この部屋にある利器だけど、そのうちに私も使えるようになるかもしれない?」
「そうだね。君が魔力を取り出せるようになれば」
「でも、それが難しいんでしょう?」
「やってみなければわからない」
ひとしきり聞きたい質問をして、沙絵莉も気が済んだ。
「それじゃ、アーク、杖を使って見せて」
瞳をキラキラさせながら、沙絵莉はアークに頼んだ。
「わかった。ここでは場所が狭すぎるから、そっちの部屋に移動しよう」
「はーい」
ワクワク気分で元気良く返事をし、沙絵莉はいそいそと部屋を出た。
少し遅れて出てきたアークは、杖のほかにも色々と手に持っている。
首を傾げて見ていると、アークは部屋の中央にあるテーブルの上に手にしていた物を置いた。
「それはなんなの? やっぱり利器?」
「ああ、そうだが…これは的にするのさ」
「的?」
アークは頷き、数歩後ろに下がった。
そして杖を差し上げ、それから杖をまっすぐ的に向けた。
ヒュンと微かな音がし、テーブルの上の物が弾けとんだ。
「衝撃波だ。これは純粋な気の魔力。次は」
目を丸くしてアークの魔法を心に受け入れようとしているところだったのに、彼はそう言い、床に転がった的にまた杖を差し伸べた。
「えっ?」
沙絵莉は唖然とした。
的にしていた物が、ふわりと空中に浮かびあがったのだ。
「これが念の魔力。持続させるために集中力が必要だ」
アークが杖をすっと振り上げると、浮かび上がっていた物体は、くるくると回転しつつ、下へ降りてゆき、テーブルの上に静かに着地した。
これって…す、凄すぎるんじゃ?
正直なところ、手品じゃないのと問いたくなる。
「あと、この杖で何が使えたかな?」
「あ、あの、アーク?」
考え込んでいたアークは、沙絵莉の呼びかけに顔を上げて彼女に向いてきた。
「うん?」
「その杖が凄いの? それとも凄いのは貴方なの?」
真面目な顔で問いかけた沙絵莉を見て、アークはぷっと吹き出し、声を上げて笑い出した。
「どうして笑うの?」
「なんでもないさ。もう杖については満足したかい?」
「充分よ。凄かったわ。びっくり」
「それじゃ、この杖はもういらないな」
「ア、アーク」
先ほどの部屋に戻っていこうとするアークを、沙絵莉は呼び止めた。
「なんだい?」
「その杖。貴方の宝物なのよね?」
「サエリ、こんなもの、ガラクタのひとつに過ぎない」
「そ、それじゃ、それ私にくれない?」
アークは、おかしなことを聞いたというように眉をひそめる。
「これが欲しいのか? サエリ、杖が欲しいなら、君専用の新しいものを…」
「それがいいの、駄目?」
「欲しいなら、君にあげるが…。だが、手に持つのは禁止だよ」
「わかってるわ。私の部屋に置いておきたいけど…」
アークは、なんでこんなものを欲しがるんだというような表情だが、沙絵莉にすれば、それはまさしく本物の魔法の杖。
手元に置いといて、好きなだけ眺めていられたら、最高にわくわくできる。
杖を持って部屋を出るアークのあとに、沙絵莉は弾むような足取りで続いた。
「ポンテルス?」
アークが立ち止まり、沙絵莉は彼の背中からひょこっと顔を出してみた。
わっ? 風変わりな容貌の人がふたりいる。
とても大きなひとは、先ほどアークが見せてくれたポンテルスというひとに違いない。そっくりだもの。
そして、もうひとりのひとは、とっても小さい。
それに、どうしてか、ひどく機嫌が悪そうだ。
「キラタ殿? おふたりして、何事ですか?」
「アーク様」
ポンテルスがアークに向けて名を呼び、ふたり揃って頭を下げてきた。そして次の瞬間、ふたりの視線は沙絵莉に向いてきた。
「サエリ、大賢者ポンテルスと大賢者キラタだ」
自分の役割というように、アークが紹介してくれた。沙絵莉はちょっと焦りながらふたりに向けてお辞儀した。
「あの、私、柏田沙絵莉です。初めまして。よろしくお願いします」
頭を上げると、大賢者だというふたりとも、片膝をついて頭を垂れている。もちろん沙絵莉は戸惑った。
「サエリ様。こうして御目通りが叶いましたこと、嬉しく思います」
キラタという小さなひとが言ったが、顔が不機嫌そうだから、嬉しいとの言葉はひどく違和感を覚えた。
「サエリ様の来訪を、我らは心から待ち望んでおりましたゆえ…」
「ポンテルス」
ゆったりと語るポンテルスがもどかしかったからか、アークは話を制止するように呼びかけた。
「堅苦しい挨拶はもういい。それより、おふたりともサエリに会うために、ここにいらしたんですか?」
「お迎えに上がりました」
相変わらず機嫌の悪そうな渋い顔でキラタが言う。
もしかするとこのひと、これが普通の顔なのかもしれない。
それにしても、お迎えって?
「迎え?」
アークも意外なことだったのか、怪訝そうに聞き返す。
「大賢者の間にて、大賢者全員、サエリ様のおいでをお待ち申しておりますれば」
「突然すぎる。彼女を困惑させてしまう。だいたいまだ彼女は本調子ではないのですよ。ポンテルス、貴方はご存知ではありませんか」
「ご負担をおかけするほどお引止めはいたしませぬゆえ」
「ゼノン様もおいでです」
ポンテルスのゆっくりした話の最後に、付け加えるようにキラタが言った。
アークはひどく驚いたようだ。
「父上も?」
ポンテルスとキラタは揃って頷く。
アークが沙絵莉に振り返ってきた。その顔はひどく険しく、沙絵莉を戸惑わせた。
いったいぜんたい、なにがどうなっているのだ?
大賢者さんたちの集まっているところに、私は挨拶にいかなきゃならないってことらしい。
沙絵莉は自分を見つめている三人を見つめ返し、首を傾げた。
けど…なんで?
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