白銀の風 アーク

第九章

第五話 大賢者の間で



ふわんって感じで身体が浮いた次の瞬間、沙絵莉は地に足をつけていた。

大賢者さんたちのところに連れていかれるらしいのだが、なんで沙絵莉がそんなところに行かなきゃならないのかの説明も聞かぬまま。

それにしても…

「ねぇアーク、テレポって、テレポするひとによって感じる感覚が違うのね」

沙絵莉は側にいるふたりの大賢者を気にしつつ、アークに小声で話しかけた。

「あ、ああ…」

何かにひどく気を取られているようで、アークの受け答えは気もそぞろだ。

なぜ沙絵莉が大賢者たちのところに連れてゆかれるのか、彼もまた、わけがわからなくて困惑しているのだろうか?

「アーク、私が違う世界からやってきちゃった人間だからなんじゃない?」

えっ?という顔でアークが沙絵莉に向いた。

異世界から、いったいどんなやつをこの世界に連れて来たのか、このひとたちにすれば気になるに違いない。

アークの父であるゼノンが、色々伝えたかもしれないけど、たぶん、実物を見ないとってことになって…それで迎えに…

しかし、大賢者たちは、ゼノンさんのなんなのだろう?

アークと一緒で、魔法使いの弟子みたいなものなんだろうか?

魔法使いに仕えるひとたち?

うん、それが一番しっくりくるかも。

「アーク様、サエリ様」

ポンテルスが促すように呼んできた。

頷いたアークが沙絵莉に目を向けてくる。沙絵莉は小さく頷いてアークと一緒に歩き出した。

彼女たちの目の前には、巨大といえる塔のような建物がそびえ立っている。

外壁はほとんど白に誓い薄灰色。

塔のてっぺんを見上げてみたものの、まるで青空に溶け込んでしまっているみたいに見えて、その高さはよくわからない。

塔の入口には、白っぽい服を着た男のひとたちがふたり両側に立っている。門番さんのようだ。

ふたりが、それぞれ杖のような棒を手にしているのを見て、沙絵莉はウキウキした。

これぞまさしく、異世界の門番って感じなのだ。

ひどく真面目な顔をして杖を握り締めている。
あの杖も、アークが見せてくれた杖のように、色々な魔法を使えるんだろう。

アークの言うには、あの杖は子ども騙しってことだったが、こっちは絶対に本物。

その杖からは、さぞかしすごーい魔法が飛び出すに違いない。

あー、見せてもらいたい。

もちろんそんな望みが叶うことはなく、門番さんに深々と頭を下げられ、沙絵莉たちは塔の中へと入っていった。

建物の内部はだだっ広い空間になっていた。ただ、中央部に丸い柱がある。

その柱の前に、ひとが立っている。紫色の髪…

ジェライドさんだ。彼は四人の姿を目にした瞬間、頭を下げた。

アークと大賢者たちは、ジェライドに向かって進んでゆく。

沙絵莉は納得した。たぶんあれはエレベーターだ。彼女の世界のエレベーターとは、根本から仕組みが違うんだろうけど…

もしかすると、あの柱は空洞で、さっき仰天させられた空中に浮かびあがる魔法で、上へとあがってゆくんじゃないだろうか?

「アーク様、サエリ様」

ジェライドはふたりを前にして、改めて頭を下げてきた。

「は、はい」

頭を下げ返しながら沙絵莉は返事をしたが、アークは眉を寄せてジェライドを見つめ返すばかりで何も言わない。

まるで、ジェライドに対して腹を立てているようにも見える。

アークはいったいどうしたのだろう?

頭を上げたジェライドは、すぐに自分の右側にある床から伸びている棒の先端に手で触れた。

棒の先端には宝石みたいな綺麗な青い石がついていて、触れたのに反応して光りを放った。

へーっ、スイッチみたいなものかな?

「サエリ」

アークが促すように声をかけてきて、彼に顔を向けようとした沙絵莉は、柱に楕円形の空洞ができているのに気づいて目を見開いた。

いつの間にか、入口が開いてる…

ははあ、やっぱりさっきの棒がスイッチだったのね。

できればこの穴が開くところが見たかったのに…

ちょっと残念な気分で、沙絵莉は柱の中へと進んだ。そしてすぐに天井を確認した。

あらっ? 空洞じゃない。

とすると、浮かび上がって上の階にゆくわけじゃないってことかしら。

顔を戻した沙絵莉は、自分をじーっと見つめているジェライドの視線に気づいた。

目がかち合い、ジェライドはすっと視線を外してしまったが、いまの視線は、なにやら含みが感じられた。

いったい?

ジェライドが何か言葉を口にした。
小声で聞き取れなかったが、開いていた穴が塞がり、驚く間もなく身体が上昇してゆく感じがした。

どうやら、ジェライドはこのエレベーターを始動させる魔法の言葉を口にしたようだ。

彼はそれをするために、入口で待っていてくれたんだろうか?

そうだったわ。アークがガラクタだといった魔法の利器。あれはジェライドさんと一緒に作ったとかって言ってたっけ。

つまり、このひともアークと同じくらいすごい魔法が使えるんじゃないだろうか?

そのうち、彼にできる魔法も、見せてくれたら嬉しいんだけど…

そんなことを考えている間に、壁に穴が開いた。
今度はまともに目にできたのだが、あまりに一瞬すぎて、気づいたらもう穴が開いていたという感じ。

一歩外に出た沙絵莉は、目を見張った。

無機質な感じの塔だったのに、ここはまるで違う。

長い歴史を思わせる荘厳な建造物だ。

この場に立ちこめている圧倒的なものが、体の中にどっと流れこんできたような不思議な感覚に囚われる。

「さあ、入って」

その場の雰囲気に呑まれて周囲を眺め回していた沙絵莉は、アークに促されて開け放たれたドアから部屋の中に入った。

白い衣を着た人々が大きなテーブルを囲って、整列していた。

この人たちが大賢者なのか?

思っていたより人数が多い。

一番奥のほうに、アークの父ゼノンがいた。ゼノンは沙絵莉たちが入ってきたのを見て、ゆっくりと立ち上がった。

頭を下げている大賢者達の前を進み、ゼノンの側までアークと歩いて行く。

沙絵莉は、ひとつの椅子を勧められ、椅子を背にして立った。アークはゼノンと沙絵莉の間の椅子に座るようだ。

しかし、まだ全員立ち上がったまま。

それにしても…やっぱりここは異世界なんだわ。そう実感する。

顔を上げた大賢者たちの顔を見て、言葉を無くす。

なんか、なんか…このひとたち、すごいかも。それは迎えに来てくれたポンテルスもキラタもジェライドも、そしてアークも例外じゃなくて…

気を呑まれたということなのか、舞い上がってしまいでもしたのか、まるで考えがまとまらないのだ。

そんな彼女に構わず、ゼノンが何か語り、大賢者達の自己紹介が始まった。だが、いまの沙絵莉の頭は何も受け入れない。

私、どうしちゃったんだろう?

頭の中が破裂しそうなほどいっぱいになりすぎてて、思考を動かす余地がないって感じなのだ。

いまの自分の状態に困惑していると、腕を軽く揺さぶれられ、沙絵莉はハッと我に返った。

腕を揺さぶってきたのはアークだ。彼は気がかりそうに沙絵莉を見つめている。

いまや、この場にいる全員の視線がまっすぐに自分に向いている。それに気づいた沙絵莉は、椅子から飛び上がるようにして立ち、姿勢を正した。

あ、あれっ、いま私、椅子に座ってたよね?

いったいいつ椅子に座ったのかも、記憶がないんだけど…

「サエリ、彼らに返礼を」

アークが耳元に囁いてきた。

へ、返礼?

沙絵莉は、目を丸くしてアークを見つめ返した。

どんな返礼をすればいいというのだ?

頼りにしたいアークも、困ったような顔をしているばかりだ。

そんなぁ。

この場にふさわしい挨拶など、沙絵莉の頭では、なんにも思いつけないのに…

困りきった沙絵莉は、彼女の返礼を待っている大賢者たちにおずおずと目を向けたが、その視線に気持ちはびびるばかりだ。ど、どうしよう?

えーと、えーっと…

「あの、柏田沙絵莉です」

もとかくそう挨拶したが、この後に続く言葉をなにも思いつけない。

「あの…よろしくお願いします」

諦めた沙絵莉は、そう締めくくり、頭を下げた。

もっと気のきいた挨拶ができるものならしたかったが…彼女には無理だ。

自分にがっかりしつつ座ろうとした時、それは聞こえた。

パッと顔を上げた沙絵莉は、部屋の中を見回した。

「サエリ、どうした?」

「えっ? あの、今のって、誰だったの?」

沙絵莉の言葉に、アークは戸惑った顔をする。

「いまの、聞いたでしょ?」

アークはぐっと眉を寄せる。

「声が聞こえたのか?」

その返事に、沙絵莉は困惑した。

「やだ、聞こえたじゃない」

とても不思議な響きの笑い声…部屋中に響き渡るほど大きかったではないか。

「みなさんも、聞いたでしょう?」

うろたえた彼女は、みんなに向けて言った。けれど、皆沈黙したままだ。

えっ? わ、私の耳がおかしいの?

ひどく恥ずかしくなり、沙絵莉は顔を真っ赤に染めた。

「閃知だろうか」

静まり返った中、ゼノンが言った。

セ、センチ?

沙絵莉は、ゼノンに向いた。ゼノンは重く頷く。

ゼノンとの間にいるアークは、ひどく真剣な眼差しを沙絵莉に向けてきている。

「サエリ、その声は何と?」

ゼノンに聞かれ、彼女はゼノンに視線を向けた。突然額のあたりがジリジリし始めた。

くすぐったいような刺激に驚き、沙絵莉は手で押さえた。すると今度は、強烈に心臓がバクバクしてきた。

「サエリ」

心配そうにアークが呼びかけてきた。

アークに向けて頷こうとしたが、それも無理なくらい急激に身体がだるくなった。

身体にまるで力が入らない。

沙絵莉はアークのほうに倒れ込んだ。






   
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