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第七話 強烈な抱擁
ほとんどの者が、大賢者の間を去った後も、ジェライドは自分の椅子に座りこんでいた。
パンセとフゲムも、まだ残っている。
しかし、サエリ様はいったいどんな閃知を?
閃知とは、それぞれの守護者より賜るものだ。一人一人、閃知を賜る守護者は違う。
閃知や予知、幸言などの出来る者達は、皆それぞれの守護者の言葉を聞くことのできる、特異な者達なのだ。
ジェライドのような大賢者の守護者は、過去の大賢者であり、予知者の守護者は過去の予知者とだいたい決まっている。
もちろんすべての人に守護者はいる。例外はない。ただ、特異な能力を持っていない限り、言葉という形での閃知は受け取れないし、予知などは不可能なのだ。
それでも、予知夢や、ちょっとした閃きならば誰しも受けとっている。それが予知夢だとか閃知の類だと、本人が気づくかどうかはわからないが…
サエリ様の守護者は、いったい誰なのだろう?
ジェライドはわからなかったが、大賢者達の中には、それが誰だかわかった者もいるのだろうか?
考え込んでいると、目の前に唐突にポンテルスが現れた。
ジェライドは立ち上がり、ポンテルスに向けて軽く頭を下げた。
「セサラサーはどうかの?」
その問いは、まるで予想しないもので、ジェライドは少々戸惑った。
「セサラサーですか?」
セサラサーはジェライドの弟子だが、ポンテルスが興味を持つような人物ではないのだが…
「彼ならば、修練に励んでいるはずですが」
そう言えば、バッシラ族との戦以降、彼と会っていない。
向こうからも会いに来ないし…
「そうかの」
そう口にしたポンテルスは、すぐに背を向け、部屋から出て行った。
ジェライドは戸惑いを深めながら、ポンテルスを見送ったが、ポンテルスの姿が見えなくなった途端、ハッと気づいた。
意識を失ったサエリを連れて姿を消したゼノンとアーク。その三人に、ポンテルスはついて行ったのだった。
私ときたら…サエリ様の容態を聞きたかったのに…
唐突に現れたと思った途端、セサラサーのことを聞かれたせいで…
しかし、ポンテルスがセサラサーのことを持ち出したのには、何がしかの意図があったと思える。
セサラサーか…
どうやら、様子を見に行ったほうがよさそうだ。
ジェライドは即刻立ち上がり、大賢者の間を後にした。
賢者の塔を下降しながら、ジェライドは思わず小さく笑った。
セサラサーは、こいつに乗り込むのに、あんなにも怖れて嫌がったというのに、サエリ様はまるで動じていなかったな。
これに似た乗り物に、精通しているのだろうか?
サエリの住んでいる国は、いったいどんなところなのだろうか?
アークによると、かなり風変わりな国らしい。
行ってみたいものだが…残念ながら、彼はアークのようには飛んでゆけない。
サエリの国に飛んで行ったアークを、感知することはできなかったし…
正直、アークがサエリの国に飛ぶたびに、ジェライドはヒヤヒヤさせられている。
大賢者の誰も話題にしないが…サエリの国に飛んでいるアークを、感じられているのだろうか?
ポンテルスやキラタはどうなのだろう?
出口が開き、ジェライドは無意識に外に出た。そして、そのまま賢者の塔を後にした。
何も考えずに騎士館を眺めつつ歩いていた彼は、ぴたりと足を止めた。
そうだった。セサラサー…
ジェライドはセサラサーを感じてみた。
どうやら彼は書庫にいるようだった。
書庫にやってきたのは本当に久しぶりだった。
ここは魔力が複雑に絡み合い、なんとも表現しようのない匂いが漂う場所。
書籍の材質とインクが、多種多様なせいだろう。
おっ、セサラサーだ。
セサラサーでしかありえない後ろ姿を見つけ、歩み寄っていくと、彼は誰かと熱心に話し込んでいた。
だが、セサラサーばかりが夢中になり、一方的に相手に話しているという感じだ。
「セザ」
声をかけると、セサラサーはすぐに振り返ってきた。
「おおっ、これはジェライド殿」
ジェライドはセサラサーに笑みを見せ、セサラサーが話し相手にしていた人物に目を向けてみた。
彼は確か…?
「こ、これは、大賢者ジェライド様」
ジェライドと目が合った途端、ぎょっとした顔をしていた相手は、焦りまくって椅子から立ち上がり、腰を折って深々と頭を下げてきた。
書庫にはあと数人いて、みな立ち上がり、頭を下げてくる。
みなの邪魔をしたくないのに、結果的に、姿を見せると居合わせた者達の邪魔になってしまうのが、なんとも…
「貴方は植物学者のケンティラでしたね?」
「は、はい」
「彼はとても物知りで、私は色々と教わっているんですよ、ジェライド殿」
「そうなのか?」
「い、いえ…お、教えるというほどのことは何も…」
ジェライドが大賢者だからか、ケンティラはひれ伏さんばかりに頭を下げる。
「ケンティラ殿。そんなにビクビクしなくても、ジェライド殿はそんなに怖い方ではありませんぞ」
「セ、セザ殿…」
セサラサーの方に向いたケンティラは、か細い声で困ったように言う。
「セザ、いまいいかい?」
これ以上、ここにいてはケンティラに気の毒でならず、ジェライドは言った。
「おおっ、ジェライド殿。もしや何かありましたか? これの出番とか?」
瞳を輝かせたセサラサーは、腰に下げている杖をぎゅっと握り締めて言う。
「いや、それの出番はないよ」
ジェライドの言葉に、セサラサーの瞳の輝きは失せ、あからさまに肩を落とす。
「あれから、集中的に訓練していて、かなりものにしたんですが…」
どうやら、ジェライドが面倒を見ていない間も、賢者の修行や、彼が与えた杖の訓練を怠ってはいなかったらしい。
基本真面目なやつだからな、セサラサーは。
「ふーん、それなら、杖の熟練度もついでに見せてもらうかな」
「おおお、そうですか?」
途端に元気を盛り返したセサラサーは、襲いかかってきそうなほどの勢いで迫ってくる。
「では、行こうか。ケンティラ殿、せっかく会話が弾んでいたようですが…」
立ち去る前に、ジェライドはセサラサーの側で萎縮しているケンティラに声をかけた。
「い、いえ」
激しく首を横に振り、ケンティラはまた頭を下げる。
「では、セザ、行こうか?」
「はっ。ケンティラ殿、ではまた」
ケンティラがセサラサーに向けて頷いたのを確認し、ジェライドはセサラサーを連れて書庫をあとにした。
「ジェライド殿。わかりましたよ」
通廊を並んで歩いていると、得々とした表情でセサラサーがそんなことを言ってきた。
「わかったって、何をだい?」
「もちろん、ジェライド殿が、私に書庫に行けとおっしゃったわけですよ」
ジェライドは足を止め、セサラサーに顔を向けた。
「何がわかった?」
「私は旅に出ます」
唐突過ぎる言葉に、ジェライドは眉を上げた。
「旅? 君はいったいどこに行くつもりだい?」
「もちろん、いまの私に必要なところですよ」
ジェライドは首を傾げた。
「その、君に必要なところってのはどこなのか聞かせてくれないか?」
「そ、それは、まだわかりません」
「わからない? 目的地がわかっていないのに、どこに向かって行くんだ?」
「きっと導きがあると思うんですよ。私が行くべき場所へと…」
「出発する日は決めているのか?」
「ジェライド殿と私の所属先の班長に許しを頂ければ、すぐにでもと思っているんです」
「セサラサー、なんのために旅に出るのか、はっきりと聞かせてもらわないと許しはやれないよ」
「そ、そんなぁ」
情けない顔でセサラサーは叫ぶ。
「旅に出たければ、目的を話すことだ」
ジェライドはきっぱりと申し渡した。セサラサーは黙り込んでしまった。
セサラサーを促し、ジェライドはまた歩き出した。
ひとりで旅に行かせたりしたら、そそっかしいセサラサーのことだ、なにかとんでもない厄介ごとに巻き込まれる気がしてならない。
それでも、セサラサーはどうしても旅に出たいと望んでいるようだ。
「ジェライド殿。…ケンティラ殿と約束したんですよ。だから…」
「うん? ケンティラと、どんな約束をしたというんだ?」
「彼と一緒に、旅に出るんです」
「ケンティラもかい? 彼の方は、なんのために旅に出るんだ?」
「もろちん植物の研究と採集のためですよ。彼は植物学者の修行者なんですから。ですが、彼も師匠に旅には出せないと言われてしまったんです。珍しい植物を研究採集したいわけで、当然場所は秘境の地、そんな場所へのひとり旅は危険だからと…」
「それで君が、用心棒として彼に付いて行こうというわけか?」
これでだいたい読めた。
用心棒ならば、賢者の修行というより、仕事は騎士に近い。
獰猛な動物や野蛮民族と戦うことにだってなるはず。
賢者の修行なんぞより、セサラサーにすれば心が躍るだろう。
許してやるべきだろうか?
「セザ、君、剣を所持していくつもりだろ?」
賢者は剣を持てない決まりになっている。だからこそ、この杖を与えたのだが…
セサラサーは、ジェライドの指摘に、ひどく気まずそうな顔になった。
「ま、まあ。杖はそこそこ使えるようにはなりましたが、剣の腕の方が達者ですし、そのほうがいいのではないかと、思ってはいますが…」
セサラサーは、ジェライドの反応を窺いながら言う。
困ったものだが…セサラサーの言うとおりだろう。
ふたりの安全を考えるなら、旅の間だけ、黙認してやるより仕方がないようだ。
「セザ、いったいどの方面に行くつもりなのか、それと日程のほうも、ケンティラから聞いて私に報告するように」
しかめっ面で言った途端、ジェライドは歓喜の叫びを上げるセサラサーから、熱くて痛みを伴う強烈な抱擁を受けていた。
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