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第1話 意外な発言
大成を睨んでいた玲香は、少しずつ頭が冷えてきた。
中学生発言にとどまらず、なんと小学生だと思われた屈辱にカッときて、大成の頬を叩いてしまった。
暴言は許せないが、ヒリヒリする手のひらに、なんともいえず気まずさが湧く。
なにせ、これまで人を叩いたなんて経験、玲香にはない。
た、叩いちゃったよ。
宮島さん、いまだに固まってるし……
きっと、女に頬を叩かれた経験なんて、ないんだろう。
どうしよう? 謝るべき?
けど、よりにもよって、小学生って思われたんだよ。
それに、これで大学生ですと真実を伝えても、彼は信じないんじゃないだろうか?
冗談を言っていると思い込んで、噴き出されたら?
……こ、今度こそ、立ち直れなくなりそうだ。
さらに、本当に大学生なのだと知ったら……どんな反応をするのだろう?
……いや、いまさらもうどうでもいいか?
年上で社会人の宮島さんに対して、淡い恋ごころを抱いていたなんて、おこがましいにもほどがあったのかもしれない。
どうせ、わたしなんて……チャイルドモデルがお似合いの……
「玲香ちゃん」
ずっと唖然としていた大成が、遠慮がちに呼びかけてきた。
玲香はびくりとして、思わず後ろに一歩下がった。
ど、どうしよう。
理由はどうあれ、頬を叩いちゃって、もう顔を合わせていられない。
そうだ、もう逃げ帰ろう。
お父さんか、お兄ちゃんのどっちかに電話すれば迎えにきてもらえる。
すぐさま飛んで逃げようとした怜香だが、すんでのところで理性が勝った。
逃げ帰るなんて真似をしたら、やっぱり子どもだなと思われてしまうだろう。
ここはぐっと堪えて、叩いたことを謝罪し、年齢相当の行動を取るべきだ。
うん、そうしよう。それが一番よ。
すっと姿勢を正し、大成の目を見つめた怜香は、深々と頭を下げた。
「れ、怜香ちゃん」
「叩いてしまって、すみませんでした」
「い、いや……そ、その……」
「あの、わたし……」
もうこれで失礼しますと言おうとしてなかなか切り出せずにいたところに、紙が舞い落ちてきた。
な、なに?
大成がさっと手を出して紙を手に取る。
「なんだ?」
眉を寄せて紙に視線を向けた大成は、顔を上げて周りを見回す。
周囲にも、何枚か紙が散らばっている。
「保科、どうしたんだ?」
驚いたように大成が声を上げた。
思わず大成が見ている方に玲香も視線を向けてみると、先ほど自分を助けてくれた男性が走り去ってゆくところだった。
「ああ、柏井さんが……」
柏井さん?
それって、さっき宮島さんと一緒にいた女性のことだろうか?
どこかに行ってしまったのか、このあたりにはいないようだ。
あのひとは宮島さんと、かなり親しいようだった。
やっぱり、宮島さんの恋人だったりするのだろうか?
わたしがのこのこやって来たのがよくなかったんじゃないだろうか?
「追いかけてください。わたしはいいので」
「えっ?」
「さっきのひとです。宮島さんと親しそうに話をしていた人……」
「それって、柏井さんのことを言ってる?」
「お名前は知りません」
「ああ、だよね。……柏井さんのことは気にしなくていいんだ。彼女は、今回のパーティの実行委員なんだよ。これもきっと、彼女がばら撒いたんだよ」
大成はさきほど舞い落ちてきた紙を、玲香に差し出してきた。
玲香はためらいながら、紙を手に取る。
宮島さん、叩いたことは、もういいんだろうか?
紙に書いてある内容に目を通しながら考える。
「玲香ちゃん、あの、ごめんね。君が小学生なわけないよね」
玲香は視線を上げ、大成と目を合せた。
じっと見つめると、大成は少し怯んだ目をしつつも口を開こうとしたが、そのまま閉じてしまった。
「わたしは、確かに子どもっぽいかもしれませんけど……小学生でもなければ、中学生でもありませんから」
「あっ、そ、そうなの?」
その言い方に、ちょいとばかし殺意が湧いた。
戸惑うなんて、失礼なっ!!
「ごめん。勝手に思い込んでて……サンタガールの衣装が、あんまりにも君にぴったりで……その可愛かったから」
こ、これは喜ぶべきなのか? それとも、ムカつくべきなのか?
「玲香ちゃん。仲直り、してくれないかな? せっかくだし、パーティを楽しもう」
なだめるように言いながら、大成は手を差し出してきた。
この状況に胸がどきんとし、頬がほんのり熱くなる。
玲香はおずおずと、大成の手に自分の手を重ねた。
触れ合った手に、ドキドキが増してきた時、大成は繋いでいる手を上下に振った。
「これで、仲直りだね」
まるで子どもにするように、にっこり笑って握手をする。
玲香は裏切られた気分で、喉元に込み上げてきたすっぱいものを呑み込んだ。
やっぱり、子ども扱いじゃないか‼
わたしは大学生だぞと、邪気なく微笑んでいる大成の耳元で、大声で怒鳴ってやりたい。
それでも、玲香はぐっと我慢した。
社会人の宮島さんにとっては、まだ十八才の玲香など、子どもに分類されて当たり前。
子ども扱いされたくないと駄々をこねるなんて、それこそお子様だ。
お子様扱いをされてもいいじゃないか。
背伸びなんてしたら、なおさら子どもっぽく映るに違いない。
よし、もう贅沢は言わない。
憧れの人と、パーティを楽しめることに感謝して、今日という日を楽しもう。イブなんだものね。
「条件があります」
「じょ、条件?」
面食らったように言う大成に向けて、玲香はにっこりと微笑んだ。
「はい。パーティの間、わたしだけのダンスのパートナーになってくれるのなら、許してあげます」
「ダ、ダンス? でも僕、踊れないけど……」
おずおずと困ったように告白する大成は、ちょっと微笑ましく映った。
この玲香さんに、どーんと任せなさいと言いたくなる。
「大丈夫ですよ。わたしが教えてあげます」
「怜香ちゃん。君、ダンスが踊れるの?」
そんなにも意外そうに言わないで欲しいが、まあ、いいだろう。
「ええ」
ダンスは得意だし、大好きだ。
玲香の家では、毎年、数回パーティを催しているし、パーティに招待されてでかけたりもする。
そしてパーティにダンスはつきもの。
ダンスの経験は、これでも豊富なのだ。
「驚いたな。君って……」
そう言ったきり、大成は黙り込んでいる
「はい?」
玲香は気になって、話の続きを催促した。
大成が苦笑する。
そして、自分の髪に指を通して、はにかんだ顔をする。
またまた胸がきゅんとした。
やっぱり、このひとのこと……好きかも。
わたしのこと、相手になんてしてくれないんだろうけど……
「いや……正体不明というか……」
正体不明? なんだそれ?
「正体不明というのは言葉が悪かったかな。……つまり……そうだな。謎めいてる……かな」
な、謎めいている?
このわたしがってこと?
とんでもなく意外な発言に、どう対応していいかわからない。
だが、大成の目を見ると、本気で言っているとわかる。
なんだか笑いが込み上げてきた。
わたしのことを子どもだと思っているくせに……謎めいてるだなんて……
宮島さんってば、おかしなひとだ。
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