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第2話 蒸し返された話
玲香ちゃん、高校生だったのか?
自分を見つめている怜香を改めて見て、確かに高校生かもしれないと思う。
化粧をして、白いコートを羽織っている彼女は……子どもとは思えない。
いつもより、背も高いように感じるし……
しかし、ダンスか……
ダンスって、もちろん社交ダンスなんだよな。
舞い落ちてきたこの紙に、そのことも盛り込んである。
希望者を募って、ダンスのレッスンもするらしい。
これも、柏井さんのアイディアなんだろうか?
それにしても、保科は今日は不参加だと聞いていたのに……
大成は、保科が走って行った方向に視線を向けた。
女性が一緒にいたが、あれが保科の恋人なのだろう。
とても控えめな女性のようだった。
いつも落ち着き払っている保科が、珍しく慌てて駆けて行ったのは、柏井に彼女を連れてゆかれたからなんじゃないだろうか?
さて、ずっとここにいるわけにもいかないし……保科たちも会場に向かったんだろうから、僕たちも……
大成は、玲香に視線を戻した。
黙ったまま、大人しく大成の側にいる。
最初は、男たちに囲まれて、嫌がっていたけど……この場にいることに物怖じはしていないようだ。
やはり、不思議な子だな。
こんな子、これまで僕の周りにはいなかった。
店内での仕事は、接客業。いろんなタイプの客に合せてうまく対応し、みんなを笑顔にしてしまう。
大成は、周囲を眺め回している怜香を、彼女に気取られないようにじっくりと見つめた。
華奢だよな。
高校生でも、女の子はまだこれから成長するんだろうか?
こうやってみると、可愛いと言うより綺麗だ。
きっと化粧をしているせいだろう。
それに睫毛が長いな……
肌が真っ白で、寒さで頬が桃色に染まってて……
玲香を観察していた大成は、ふいに彼女が自分を見上げてきて、どきりとした。
思わずさっと視線を外してしまう。
「宮島さん。まだここにいるんですか?」
その言葉に、慌てて周囲を見回すと、みな会場に向かったのか、先ほどよりぐっと人数が減っている。
ここにいる者達は、ここで待ち合わせしている相手が、まだやって来ないのかもしれない。
「ごめん。会場に行こうか」
高校生だとはっきりしたが、まだ子どもという意識は抜けず、気楽に手を差し出してしまう。
玲香がちょっとためらいを見せ、大成は顔をしかめた。
「ごめん」
「い、いえ。いいです」
引いた手を玲香が掴んできて、手を軽く繋ぐ。
玲香の頬がさきほどより赤く染まり、そのせいか手を繋ぐという行為に、大成は平然としていられなくなった。
それでも、手を離そうとは言えず、そのまま歩き出す。
会場に近づくと、参加者があちこちにいて、どうしてか大成と玲香にちらちらと視線を投げかけてくるように思えた。
僕たち、そんなに気になるほど目立ってたりするのか?
まあ、玲香ちゃんは、かなり可愛い……いや、いまは可愛いに美しいがプラスされているか。
彼女は、やはり目立つかもしれないな。
玲香のほうは、自分に向けられる視線に気づいているのかいないのか、まるで気にしていない。
「おーい、宮島ぁ」
前方から大声で呼びかけられ、大成は顔を上げた。
大きく手を振りながら駆けてくるのは矢島だが……
あいつ。
思わず笑いが込み上げた。
いつもスポーティーな服を着てるのに、なんと黒いスーツを着込んでいる。しかも、普通のデザインではなく、かなり凝っている。襟元のタイも、リボンだし。
「矢島。すごいじゃないか」
近くまで駆け寄ってきた矢島に、大成はすかさず声をかけた。
「そうか? スタッフはみんなこれなんだ。なんか、例年クリスマスパーティでは、これが決まりらしい」
そう説明した矢島は、スポーツマンらしい爽やかな笑みを浮べ、玲香に目を向けた。
玲香も矢島に好感を抱いたようで、笑みを返す。
矢島は、その屈託のなさから誰にでも好かれる。
矢島の爽やかな笑顔に屈することなく、邪険に扱うのは柏井くらいだ。
「この素敵な子が、君のパートナーかい?」
「ああ」
矢島と大成のやり取りを聞いていた怜香は、礼儀正しく背筋を伸ばし、改めて矢島に向き直った。
「初めまして。わたし、伊坂怜香と言います」
「うん。僕は矢島陸だよ。よろしく、伊坂さん。ねぇ、君はこの大学の子じゃないんだろう? 宮島がそう言ってたけど……」
「はい。違います」
「どこの大学なの?」
大学? 矢島ときたら、何を勘違いしているのか。彼女が大学生ではないのは、見ればわかろうというものなのに。
彼女は高校生だと言おうとしたが、矢島の側に柏井がやってきたのに気づいて、大成はいったん口を閉じた。
「こらっ、陸。こんなところで、サボってちゃ駄目で……あっ、宮島君と彼女さん」
矢島の後ろからひょっこり顔を出したのは、柏井だった。
「柏井さん、君、さっき、保科の恋人を連れ去ったのか?」
「ええ。あの年中澄ましてる男、ついつい慌てさせてやりたくなるのよね」
「それで?」
「保科? ええっ、あいつ来てるの? でも、パーティ券……」
「わたしがちゃんと詩歩に売りつけたわよ。陸、狙う相手を考えなさいよ。保科君を狙ったところで、返り討ちに遭うに決まってるでしょ?」
「そ、そうか。詩歩という手があったか」
「ふふん。どこまでも隙のない男だけど、詩歩だけは弱点だもの」
「そうなのか? それは楽しいことを教わったな」
「あららん、宮島君。保科君に何をする気? 何かするときには、わたしにも教えてね」
「いや……別に、何をするつもりもないけど」
「なーんだ、つまんない。……あっ、彼女さん、こんな話ばっかりしてたんじゃ、話に入れなくてつまらないわね。ごめんなさい。ところで、自己紹介してもいいかしら?」
「はい。わたしは、伊坂怜香です。よろしくお願いします」
「わたしは柏井くるみよ。玲香さんって呼んでいい? わたしはくるみでいいから」
親しげに提案され、嬉しかったらしく、玲香は笑顔でこくこくと頷く。
彼女の喜びが伝わってきて、思わず大成も微笑んでいた。
「それにしても、宮島君には、すでにこんな素敵な彼女がいたのねぇ。こりゃ、宮島君狙いの女子たち、気落ちしてるわね。宮島君には彼女はいないって情報が広まってたから」
柏井の言葉に、大成は眉を寄せた。
玲香が彼女だとの勘違いもだが、その後の発言も困る。
「あの、わたし宮島さんの彼女とかではないんです。今日は、券が余っているって聞いて、連れてきていただいただけなんです」
「えっ、そういうことなの?」
柏井は、大成と玲香の両方に問うように聞く。玲香が頷き、大成も頷いて肯定した。
「ねぇ、それじゃあ、さっきは宮島君、どうして玲香さんに叩かれたの?」
すでに終わった話を蒸し返されてしまい、大成は思わず隣に立っている怜香と目を合せた。
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