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第3話 すべてがキラキラ
どうしよう。なんて答えようか?
くるみさんから、さっきどうして宮島さんのことを叩いたのかと、聞かれてしまったが、正直に話すのは、さすがに抵抗があるわけで。
ずっと中学生と思われていたうえに、小学生なのかとまで言われちゃって、怒りとショックで思わず叩いちゃったんだけど……
中学生だと思われたりすることは、残念だけれどちょくちょくある。
実のところ、小学生と言われることも、稀に……
だから、叩いてしまったけど、宮島さんを責められないんだよね。
だって、悪いのはこの自分の背格好と容姿……
どうして、もっと大きくなれないのだろう?
胸も、もっとこう……
そのとき、くるみの胸が目に入り、玲香は思わずため息をつきそうになった。
くるみさんときたら、なんて素敵な胸の膨らみ。
う、羨ましい!
「玲香さん?」
からかうように呼びかけられ、玲香はハッとしてくるみの顔に視線を戻した。
「は、はい。すみません」
考え込んでしまっていたことを、焦って謝ると、くるみが申し訳なさそうな表情になった。
「ごめんね」
えっ? くるみさん、どうして、謝罪を?
「あの?」
「突っ込んだこと聞きすぎたわね。ふたりともごめんね」
くるみは、大成と玲香に向けて頭を下げる。
「なんだ? 君ら、内輪揉めでもしたのか? でも、もう仲直りしたんだろ?」
くるみの隣に立って話を聞いていた矢島というひとが、笑顔で言う。
爽やかな印象のひとだ。歳のわりに無邪気な感じ。
このひと、見た目はわたしと同じ歳くらいに見えるんだけど……
「さあ、陸。わたしたちは役目に戻るわよ。そろそろ始める頃合いだから」
「おお。それじゃ、ふたりとも楽しんでってくれな」
「ああ。ふたりとも、頑張ってな」
大成が声をかけると、ふたりは手を振って去っていった。
ふたりを見送っていた怜香は、こちらに視線を向けている女性たちがいることに気づいた。
なんだか注目されてる?
こちらに目を向けて、ひそひそと話しているが、その視線はあまり感じのいいものではなかった。
あっ、ああ、そうか……さっき、くるみさんが言っていたじゃないか。
宮島君狙いの女の子たちが気落ちするとか……宮島君には彼女はいないという情報が広まっていたとか……
あ、あれ? 宮島……君?
玲香は戸惑いを感じて首を捻った。
くるみさん、宮島さんのこと、宮島君って呼んでたよね?
宮島さんはすでに卒業して社会人なのだから、自分の先輩のはずなのに……
そういえば、くるみさんだけじゃなくて、矢島さんも、先輩に対する口の利き方じゃなかったみたいだ。
ふたりとも、そうは見えなかったけど、大学院生だったり?
それなら、辻褄が合うけど。
「あの、宮島さん?」
「うん? ほら、玲香ちゃん、そろそろ始まるみたいだよ」
大成の言うとおり、会場に設置された舞台上で、景気のいい音楽が鳴り響き始めた。
質問ができなくなったけど、あとで聞くとしよう。
舞台中央に、人が出てきた。
「あっ、くるみさんたちですね」
「うん。あのふたり、一年なのに、役員をやろうとする学生がまったく見つからなくて、学生課の職員に泣きつかれてしまって、パーティの代表スタッフを引き受けたらしいんだ」
えっ、一年?
まさか、ふたりともわたしと同じ年だったの?
そうわかったことで、疑問が膨らむ。
なのに、宮島さんにため口聞いちゃうのか?
くるみが挨拶を終え、開会が宣言された。
拍手が湧き起こり、会場は一気に華やいだ。
かなりの参加者がいる。
みな着飾っているが、ほとんど学生だからか、玲香が普段参加しているパーティとは違い、一種独特の雰囲気だ。
「ほら、玲香ちゃん、飲み物。ジンジャーエールで良かったかい?」
「あっ。はい」
思わず受け取ってしまったが、正直炭酸系は苦手だ。
「ありがとうございます」
「うん? もしかして、嫌いだった?」
「えっ?」
言い当てられて驚き、大成を見上げる。
「な、なんで?」
「いや、ちょっとしょんぼりしたから……」
その言葉に、目を見張ってしまう。
そんなに顔に出したつもりもないのに……
「なら、何がいい?」
「あ、炭酸が入っていなければ」
「ああ、炭酸が苦手だったんだね」
「はい」
「オレンジジュースでいいかな?」
頷くと、すぐにオレンジジュースの入ったグラスを取ってくれる。先ほどのジンジャーエールは、大成が飲むことにしたようだ。
宮島さん、こんな風に細やかな気遣いのできるひとなんだ。
オレンジジュースを味わいながら、またひとつ大成の良いところを発見できたことに、しあわせな気持ちになる。
それからふたりは、パーティを存分に楽しんだ。
大成の知り合いから声をかけられ、玲香の知らない話題で盛り上がったりもしたが、みんな、大成の隣にいる怜香のことも気をかけてくれ、それなりに話に混ぜてもらえた。
意外だったのは、みな玲香のことを大学生だと思って接してくれたこと。それが、かなり嬉しかった。
「みなさーん!」
学生バンドのライブが終わったところで、マイクを持ったくるみが舞台に登場した。
「あと、三十分ほどしたら、ダンスタイムに入りま~す」
その言葉に、「オーーッ!」という野太い歓声が上がり、玲香はびっくりした。びくんと肩を跳ねさせてしまい、大成が振り返った。
目が合い、思わず「い、いえ」と曖昧に口にしてしまう。
男の人たち、そんなにダンスを待ちわびていたんだろうか?
「いいですか、みなさん。フォークダンスじゃありませんよ、社交ダンスです」
「わかってるって!」
一人が大声で返し、会場がドッと笑いで沸いた。
くるみは笑いながら大きく頷き、さらに説明を続ける。
「ワルツと、チークダンスを予定しております。お配りしたチラシにありますように、ワルツのステップのレッスンをこのあと別室で行います。ダンスに自信のない方の参加をお待ちしております」
くるみが舞台から下がり、舞台上では次の催しものの準備が始まった。
うーん、大学のパーティって、すごく趣向が凝っていて面白い。
「玲香ちゃん」
「はい?」
大成の呼びかけに、玲香は彼を見上げたが、その表情はなぜだかいくぶん曇っている。
「どうしたんですか?」
「いや、ダンスだけど……。やっぱり、僕も踊らなきゃいけないんだよね?」
「もちろんです。ダンスはひとりでは踊れませんから」
「なら、僕もステップを習いに行くべきかなと思って。……君は踊れるんだろうけど、僕と一緒に行くよね?」
玲香は考え込んだ。
大勢のひとと一緒に、ステップのレッスンはちょっと……
「とりたてて練習なんてしなくても、ワルツくらいなら本番でどうとでもなりますよ」
玲香の言葉に、大成は苦笑する。
「君は踊れるからそう思うんだよ。僕は自信ないな」
「そうですか? ……あの、なら、どこか空いている部屋とか、ないんでしょうか? ふたりだけでレッスンできるところがあれば……」
玲香の提案で、ふたりは会場を出て、レッスンができる場所を探すことになった。
「あら、どこ行くの?」
歩いていると、くるみが声をかけてきた。
「ああ、柏井さん。ねぇ、どこか空いている部屋はないかな?」
「空いている部屋? えっ、もしかして、玲香さん、気分でも悪くなっちゃったの?」
そんなことはないですと答えようとしたら、突然大成が肩を抱いてきた。
びっくりして彼の顔を見ると、なにやら瞬きで合図をしてくる。
自分に合わせろと言いたいようだ。
「実はそうなんだ。玲香ちゃん、大丈夫かい?」
「あ、はい。ま、まあ」
演技も誤魔化しも得意でなく、そんな答えしか返せなかった。
大成は、ダンスのレッスンをすることを知られたくなかったようだが、くるみはすべてお見通しという表情をしている。
「その先に行くと、スタッフの控室があるんだけど、その隣の部屋なら空いてるわ。……それじゃ、わたしはダンスのレッスンのほうに行かなきゃならないから、これでね」
くるみはにっこり笑い、歩き去ってゆく。
「なんか、バレバレだったかな?」
「そのようですね」
ふたりは言葉を交わし、そのあと声を上げて笑った。
そしてどちらからともなく手を繋ぐと、くるみの教えてくれた部屋に向かう。
大成と手を繋いで歩きながら、玲香はこれまで体験したことのない種類のときめきを感じていた。
パーティを楽しみながら、玲香は大成の魅力を再確認した。
スーツをビシッと着込んだ背の高い大成は、玲香がこれまで会った男性の中で、誰より素敵に見える。
なんか……やっぱり、わたし、宮島さんに恋してるかも。
初恋は実らないって聞くし、結局片思いで終わってしまうのかもしれないけど……それでも恋する気持ちは悪くないと思えた。
ほんわかした気分になったり、きゅんと胸が切なかったり、ドキドキしたり……
ちらりと大成の横顔を見た怜香は、口元をほころばせた。
なにより、世界のすべてがキラキラして見える。
End
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