クリスマス特別編
《澪×道隆》
第1話 ありがたい情報


深沢道隆、彼は自分のデスクにゆったりと腰かけ、手にした雑誌を眺める。

赤鼻のトナカイ、そして真っ赤な服を着た、ポップなサンタの絵に、心が和む。

これは、道隆の恋人である澪の描いたイラストだ。

個性的でかわいいと、とても評判がいい。

澪は、ますますイラストレーターとしての腕を上げている。

彼女に言わせると、それは道隆のおかげだと言う。

しあわせな気持ちでいると、イラストにも自然とその気持ちがこもるのだと……

可愛らしい恋人を頭に思い浮かべ、どうにもにやつきそうになる。

道隆は周囲にいる部下たちに気づかれないよう、口元を何気なく押さえた。そして考え込む。

クリスマスか……もうすぐだな……

澪のために、何か特別なことをしてやりたいんだが……

この前、澪を連れて行ったレストランが、パッと浮かぶ。

澪はとても気に入り、また行きたいと言っていたが……

あのレストランでの思い出がわらわらと蘇ってきて、道隆は顔を歪めた。

ロマンティックが、とんでもなくすぎたレストランだった。

なにもかもが甘くセッティングされていて、いまも思い返すと胸焼けした気分になる。

あそこをプロポーズの場に選んだ自分が、いまも許せない。けれど、澪はとても喜んでくれて……

道隆的には最悪でも、澪には最高の思い出となったようだ。

良かったのか、悪かったのかといえば、良かったんだろうな。

それでも……

道隆は、そのレストランを候補から消した。

あそこに行くのは、当分止めておこう。

雑誌から目を上げ、道隆は何気なくオフィスを見回した。

すると、部下の問題児ふたりが、部屋の隅の方で、顔を突き合わせ、なにやらコソコソやっている。

安井と安西だ。

道隆は思わずため息をついた。

あのふたり、また何かやらかしたんじゃないだろうな?

事実をつきとめるため、道隆は静かに立ち上がり、ふたりに気取られぬよう、気配を消して近づいていった。

ふたりは道隆に気づかず、会話を続けている。

「安井先輩、だからもっとぐいぐい行かなきゃ」

安西が安井に向け、ハッパをかけるように言う。

かたや安井は、自信なそうに言い返す。

「安西、簡単に言うけどさぁ。それじゃ、どうすればいいのか、もっと具体的に教えてくれよぉ」

これは……もしや、仕事について話しているのか?

なんだ、こいつら部屋の隅でサボっているのかと思ったら……

考えを改めていたら、安西が「ほいほい」と軽い調子で相槌を打った。

さらに、

「安井先輩。このおいらに、まっかせてくださいよぉ~」

ってな感じで、安西がおちゃらけて言う。

まったくありがたみがないし、頼りになりそうもない。

安井も、もっと頼りになる先輩に相談すればいいものを……

だいたい安井は、この後輩を好色雑草男と自分が名付けたくらいなのに……

こいつを相談相手に選ぶ時点で間違っている。

「女の子ってのは、みんなロマンチックが大好物なんすよ」

安西の言葉に、道隆はきゅっと眉を上げた。

うん? 女の子?

仕事のことで相談していたんじゃなかったのか?

勝手に勘違いしたのだが、事実がわかりイライラしてならない。

俺もおめでたいな。
こいつらが、真面目に仕事について相談しあうなんて、有り得なかったのだ。

憮然としていると、さらに安西が続ける。

「車でドライブして夜景を見るとか、イルミネーションなんかを観に行くのも効果的っすよ」

ふたりの間に踏み込もうとした道隆は、その言葉に一瞬動きを止めた。

ドライブして夜景? イルミネーション?

悪くないアイデアじゃないか。

「それはよさそうだな。……って、おい、安西。まずはデートに誘わなきゃなんねぇんだよ。相手がオッケーくれなきゃ、先に進めねえんだって」

安井がそう言うと、安西はひとさし指をふりながら、チッチッと舌を鳴らす。

「デートに誘うと考えるから、小難しくなるんすよ」

もっともらしく言い、安西はにやりと笑う。

「いいですか、安井先輩。『俺、面白いところを見つけたんだ』、まずそう言って相手の興味を引く」

「へえっ。いいかも」

安井はこくこくと頷く。その反応に気をよくしたらしい安西は声に嬉しさを滲ませて続きを話す。

「安井先輩、その次が大事なんすよ」

「そうなのか?」

安西はしたり顔で頷く。

「タイミングよく、さりげなーくパンフレットを見せるんですよ。こんなふうにね」

安西は紙の束を取り出し、安井に向けて見せる。

彼らのやりとりを聞いていた道隆は、ふたりの間に踏み込み、安西の手にしている紙の束をさっと取り上げた。

「あっ、何す……うっわっ!」

「ふ、深沢課長!」

ふたりが動転して叫ぶ。

普段温厚な道隆なのだが、このふたりには、恐ろしい鬼に見えるのかもしれない。

「頼んだ仕事は終わったんだろうな?」

「す、すみません」

「あとちょっとでおわるんでぇ。失礼しまーす」

逃げ足の速い安西は、あっという間にいなくなった。

要領の悪い安井は、道隆を前にしてあわあわしているばかりだ。

まったく、どっちもどっちだが……

多少、安井のほうがかわいげがある。

だが、困ったことに、こいつは澪に思いを寄せている。

澪は俺の恋人だと宣言したいところだがな……

落ち込むのが目に見えているため、言い出せずにいる。
それに、澪と付き合っている相手が道隆だと知れば、安井との関係がぎくしゃくしたものになってしまいそうだ。

それでも、相手が澪では、もう可能性はないとわかったほうが、こいつのためだよな。

このままでは、次の恋に行けないだろうし……

こいつも、さっさと澪に告白すればいいのだ。

そしたら決着がつくのに。

「な、なんすか?」

おどおどと安井が言い、安井を見つめて考え込んでいた道隆は我に返った。

「いや……お前に言うべきかと……」

あやふやな感じで口にし、安井の様子を見る。

「あ、あ、あの……な、な、何を?」

まるで、クビを宣言されるんじゃないかといわんばかりの狼狽ぶりだ。

「ああ、報告書確認したが、悪くなかったぞ」

思わず仕事の話に切り替える。

安井は安堵を見せ、大喜びする。

単純ぶりに、道隆は笑いを堪えた。


自分のデスクに戻った道隆は、安西から取り上げたものに一枚一枚目を通した。

安西からの情報だが、こいつは悪くない。

クリスマスのイルミネーションのパンフレットが三枚。
この周辺のものばかりだ。どこも車で三十分くらいしかかからない。

こんなにあちこちでやっていたのかと、道隆は驚いた。

あとは、某大学のクリスマスパーティのチラシ。

うん、これはどうでもいいな。

夜景のほうは、数ヶ所、メモで書き出してあった。

夜景もいいが……やはり、イルミネーションがよさそうだな。

キラキラしたものや、幻想的なものが好きな澪が喜びそうだ。

このパンフレットをコピーさせてもらうとしよう。

それで、澪に見せて、彼女に選ばせるというのはどうだろうか?

そうだ。さりげなく居間のテーブルの上に置いておくというのはどうだ?

澪が、どう反応するか楽しめるし……

うん。悪くない。

道隆は胸を弾ませて仕事に戻った。


その後、仕事でいつもようにうっかりミスをしでかした安井と、職場に舞い戻って来た安西への対応が、それなりにソフトだったのは言うまでもない。





つづく


プチあとがき
クリスマス特別番外編ということで、今年は、澪×道隆のお話を書いてみました。

どのカップルにしようか迷ったんですけど……

大成×怜香のその後とか、詩歩×海斗とかもいいかなぁと思ったんですが……
そちらを期待されていた方、ごめんなさい。

このお話、もちろんまだ続きますので、楽しみにしてくださったら嬉しいです♪

読んでくださってありがとう!!

fuu(2013/12/20)


  
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