|
第4話 友達気分
目を覚ました澪は、ベッドの中で無意識に「ううーん」と伸びをし、くるんと首を回して道隆を確認した。
あっ、まだ寝てる。
彼がいたことに、嬉しくなる。
道隆は、澪よりも先に起きてしまっていることが多いのだ。
今日は休日。だから、のんびり寝ていられる。
それでも、色々と予定があるから、早めに起きなきゃならない。
道隆と、源次郎へのクリスマスプレゼントを買いに、ミヤジマ電機に行こうと約束している。
ミヤジマ電機は、このマンションからけっこう近い。
歩いても五分もあれば着いてしまう。
時計を確認したら、まだ八時だ。もう少し、ベッドでゴロゴロしてられる。
澪は俯せになり、頬杖をついて道隆の寝顔を見つめた。
うーん。しあわせだなぁ。
フカミッチー、出かけるときは眼鏡をかけてるけど、家ではほとんどかけない。
眼鏡をかけてるときと、かけてないときの道隆は、まるでイメージが違う。
眼鏡をかけてるときは、髪もきれいに撫でつけてて、ビジネスマンになる。けど、眼鏡を外すと、前髪も下ろすから……若々しくなっちゃうんだよね。
まあ、実際若いんだけど……
最初は、眼鏡を外した道隆が、道隆だと思えなくて困った。
どっちにもドキドキしちゃうんだよね。
なんだか、ふたり恋人がいるような、不思議な感覚に陥っちゃいそうになる。
……それにしても、よく寝てる。
仕事が忙しいから、疲れてるんだろうなぁ。
ほっぺたをつついたり、唇をなぞったり、キスしたり……ちょっかいをかけたいけど……
睡眠の邪魔をしちゃダメだな。
触れたいけど、ここは我慢、我慢。
そのまま、道隆を見つめて過ごしていた澪は、お手洗いに行きたくなって、ベッドから出た。
ううっ。さ、寒いっ。
もう真冬だもんねぇ。寒いのは当たり前だ。
身を縮めて小走りで駆けて行き、トイレに行く前にリビングのエアコンを入れる。すると、ソファに置き去りにしていた携帯が、ピカピカ光っているのに気づいた。
取り上げて確かめてみたら、親友の苺からのメールだ。
メールを読みながら、澪は寝室に戻った。
いまの澪にとって、大恩人のひとりである羽歌乃おばあちゃんが、澪に会いたがっているから、一度遊びにおいでよという内容だった。
道隆を起こさないようにベッドに潜り込み、思案する。
苺は、よく遊びに来いと誘ってくれるのだが、ここ数か月、遊びにいけていない。
仕事が忙しくて、その余裕がなかったのだ。
遊びに行きたいな。
苺にも、羽歌乃おばあちゃんにも会いたい。
いまの澪がイラストレーターとしてやっていけているのは、親友の苺、そして苺の恋人の藤原さん、そして藤原さんの祖母である羽歌乃のおかげなのだ。
この三人には、足を向けて寝られないほど、恩を感じている。
なにより、羽歌乃が紹介してくれた仕事先に、道隆がいたのだ。
仕事がなくなって、もうどうにもならず、実家に帰ると決めていた。
そこに、苺が救いの手を差し伸べてくれたのだ。
あのまま諦めて、実家に帰ってしまっていたら……
澪は道隆をじっと見つめた。
会えてないよね。
わたし、フカミッチーのいない人生を歩んでるんだ。
そのことを考えると、ゾッとしてしまう。
……会えてよかった。ほんとよかった。
安堵の涙が込みあげてきて、眠っている道隆の頬に落ちた。
あっ、と思ったら、道隆が目を開けた。
「澪?」
名を呼んだ道隆の目が、怪訝そうに細まる。
「どうした? 何かあったのか?」
澪は慌てて首を横に振った。
「ううん。ただ、フカミッチーに会えて本当によかったなって」
「澪……」
道隆が手を伸ばし、澪の涙で濡れた頬に触れる。
「俺も、澪に会えてよかった」
嬉しさのあまり、澪は道隆にきゅっと抱き着いた。
「あっ、フカミッチー、ミヤジマ電機の広告出てるよ」
朝刊を取りに行き、カラフルな広告をパラパラ見ながらリビングに戻ってきた澪は、勇んで道隆に報告した。
「ああ、見せて」
ソファに座ってコーヒーを飲んでいる道隆の隣に澪は座り、大きく広告を開いて彼と一緒に見る。
「デジカメ……」
目的のものを探そうとしていた澪だが、その目は違うものに止まる。
「わっ、見て見て、フカミッチー。このサンタさん、かわいい」
小学生くらいの女の子のサンタさんだ。
真っ赤なワンピースに真っ赤な帽子。笑顔に目を引かれる。
「うん。ああ、かわいいな……けど」
「けど、なに?」
「いや……澪にも似合いそうだと思ってね」
「えっ? そ、そう?」
「澪も、こういうの着てみたくないか?」
「サンタの服?」
「ああ。きっとこの子以上に、似合うぞ」
澪は、きゅっと唇をすぼめた。
それって、サンタの衣装を着たわたしを、見たいっていうことなのかな?
ならば、考えないでもないんですけど……
「ねぇ、フカミッチー、大成君いるかなぁ?」
部屋を出て、エレベーターに向かいながら、澪は道隆に話しかけた。
「澪。外ではその呼び名は使わない約束だろ?」
あっ、そうだった。
「ごめんなさい。つい」
澪は、誤魔化すように、ちろりと舌を出す。
エレベーターが一階まで止まらずに下り、扉が開く。
源次郎に声をかけようと、管理人室に駆け寄ろうとしたら、エントランスの扉が開き、人が入ってきた。
あっ。
大成君のお兄さんだ。
確か、このひとは誠志朗という名前だったはず。
大成君には、お兄さんが三人もいるんだけど、このお兄さんは、とても大成君に似ている。
大成君が成長したら、きっとこんな感じになるんだろう。
誠志朗はひとりではなかった。
澪は、思わず目を見張ってしまった。
とても可憐な感じの女性が一緒だ。
「宮島さん」
道隆が挨拶の声をかけた。
伴っている女性と会話をしていた誠志朗が、こちらに向く。
「ああ。深沢さん、こんにちは」
笑みを浮かべ、誠志朗は挨拶を返してきた。
澪は、初対面の女性のほうに声をかけることにした。
「こんにちは」
「こんにちは」
恥ずかしそうに返事を返され、あれっと思う。
このひと……どこかで見たことがあるような?
「芹。こちらは、深沢さんと、深沢さんの婚約者の水木さんだ」
誠志朗が、道隆と澪のことを、彼女に紹介してくれる。
「水木さん、初めまして。楠木芹菜です」
少し固い挨拶をもらい、澪はにこっと笑って返した。
芹菜さんか、名前まで可憐な感じだなぁ。
それにしても、芹菜さんはひどく緊張しているように見える。
人見知りするタイプなのかもしれない。
「わたしは澪っていいます。水木澪です。こちらこそ、よろしくお願いします」
澪たちが挨拶を交わし合っている横で、男同士は自分たちだけの会話を続けている。
「これから、ミヤジマ電機に行くところなんですよ」
「そうですか。ありがとうございます」
笑いながらお辞儀をし、誠志朗は芹菜に向く。
「それじゃ、芹、行こうか」
誠志朗は彼女を促してから、澪と道隆に向いて軽く頭を下げた。そして、彼女を連れてエレベーターに乗り込んだ。
扉が閉まる前に、澪は芹菜さんに急いで手を振った。
「仲良くなりたいなぁ」
澪は、にまにましつつつ呟いた。
だって、扉が閉まる直前、芹菜さんは澪にはにかみながら手を振り返してくれたのだ。
その時点で、もう芹菜さんとは、友達になれた気分だ。
――それにしても、
芹菜さんって、どこかで見た気がするんだよねぇ?
それが、どうにも気になってならない澪だった。
つづく
|
|