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第5話 約束にキスを
「ねぇ、フカミッチー」
ミヤジマ電機に向かって歩きながら、澪が話しかけてきた。
あたりに人はいないようだが、外を歩いているのだから、フカミッチーはやめてほしい。
「澪」
「いまの……」
呼びかけたと同時に澪が話を続け、ふたりの声が重なる。
「あっ」
澪が小さく叫び、口を手で覆う。
言いたいことがわかったらしい。
「ミ、チ、タ、カ」
一文字一文字区切って言い直した澪に、つい笑ってしまう。
彼が笑ったことで、澪はほっとした顔をするわけで、こうなると重ねて注意も出来ない。
まあ、これで気を付けてくれるだろう。
「あ、あのお、ミチタカ」
おずおずと澪が話しかけてきた。
名前で呼んでくれたが……なんとなくカタカナで呼ばれている気がするのは、気のせいだろうか?
「うん?」
「手、繋いでも……いい?」
期待を込めた眼差しを向けられ、道隆は内心顔を歪めた。
路上で手を繋なぐというのは……いささか……道隆にとってハードルが高い。
ふたりきりのときなら、いくらでもベタベタできるが……公衆の面前でべたつくのは、相手が愛する澪であっても抵抗がある。
「……嫌?」
沈黙のあとの問いかけに、嫌とは返せないが、手も出せない。
すると、澪がため息を落とす。
残念そうで、道隆の胸がうずく。
「澪」
すまない気持ちで呼びかけたら、澪が顔を上げてきた。そして、くすっと笑う。
「澪?」
「そういえば、芹菜さんたちも、繋いでなかったなって……」
一瞬、誰のことを言っているのかと思ったが、誠志朗の婚約者の名前だと思い出す。
「大成君のお兄さんも、人前では手を繋いだりしなさそう」
そう思うことで納得しようとしているようで、罪の意識に囚われる。澪が不憫にすら思えてきた。
照れくさい気持ちを押し込め、道隆は澪の手をぐっと握った。
驚いた澪が彼を見上げてくる。
感激のこもった潤んだ瞳で見つめられ、頬の辺りがむず痒い。
落ち着かない道隆は、歩く速度を速めた。
ミヤジマ電機は、クリスマス前ということもあってか、駐車場はほどよく混み合っていた。
経営者と顔見知りであるからか、繁盛しているのは嬉しいことだった。
店内に入るとクリスマスソングが流れていて、いたるところに新聞の折り込みチラシと同じものが貼ってあった。
「なんか、ウキウキしちゃうね」
繋いでいた手を離し、澪が両手を合わせて言う。
ようやく手を離せて、内心ほっとしている自分が後ろめたい。
澪は、こんな俺が物足りないんじゃないだろうか?
「大成君はいるのかなぁ? ちょっと探してくるね」
ひとり反省していたら、止める間もなく澪が駆け去る。
落ち着きのない澪に苦笑しつつ、道隆は店内をゆっくりと見回した。
大成はとても背が高い。いるのであれば、すぐに見つけられるはずだ。
ああ、いたな。
大成の姿を発見し、彼に向かっていると、澪の声が聞えてきた。
「あっ、大成君だぁ、こんにちはぁ」
「どうも。いらっしゃいませ」
大成が畏まって頭を下げているというのに、澪は道隆に向いて手を振ってくる。
やれやれ。
「フカミッチー、大成君いたよぉ」
その澪の声は、店内中に響き、道隆は顔がひきつった。
だからといって、その呼びかけを無視するわけにはいかない。
道隆は顔を強張らせて、ふたりに歩み寄っていった。
彼の気持ちを汲み取っているようで、大成は苦笑している。
気まずい道隆は、挨拶より先に澪を注意した。
「澪、その名で呼ぶのは……」
「あ、でした。二人きりの時だけって約束したんだった。ご、ごめんなさい」
顔を赤らめて、気まずそうにしている澪に、つい口元が緩んでしまう。
「うん」
澪に声をかけ、道隆は大成に向いた。
「どうも大成君」
「何かお探しですか?」
「ああ」
「クリスマスプレゼントなんです。フカミッ……じゃなかった、ミチタカがデジカメがいいって」
言い直した自分の名は、またカタカナ変換されているように聞こえたが……まあ、いいだろう。
「デジカメですか。どこのメーカーがいいのかな?」
大成とともに、三人はデジカメ売り場に向かった。
相談しつつ、源次郎に贈るデジカメを選んでいると、急に澪が「ああっ」と、驚いたように叫んだ。
「澪、どうした?」
「あの子がいるの。ほら、チラシの子」
澪が指をさしているが、それらしい子など見当たらない。
「うん?」
「もう行っちゃった。いま、そこの通路を横切ったの」
「ああ。玲香ちゃんですね。クリスマスキャンペーンで、接客をしてくれてるんです」
「可愛いですね。小学生くらいなのに、そういうお仕事もするんですか?」
澪の問いに、大成は「そのようです」と曖昧な返事をする。
「ミチタカ、ちょっと会いに行ってきていい?」
「ああ、いいよ。行っておいで。デジカメは、大成君と相談して決めておくよ」
澪は頷き、すっ飛んで行った。
やれやれ、もう成人しているというのに、澪ときたら、あのサンタの子とかわらないな。
「目尻、とんでもなく垂れてますよ」
耳元に顔を寄せて、大成がからかってきた。
道隆は顔をしかめたが、にやにやしている大成を見て、噴き出してしまった。
「でも、羨ましいな」
実感のこもった大成の言葉に、道隆は眉を上げた。
「君は彼女はいないのか?」
「ええ。残念ながら」
「君なら、いくらでも彼女候補がいそうだけどな……ピンとくる子がいないのかい?」
「そう……ですね」
「そうそう、ここに来るとき、君のお兄さんの誠志朗さんに会ったよ。婚約者と一緒だった」
「……そうですか。あの、深沢さん。これなんかどうですか? これだったら操作が簡単だし、使い勝手も悪くないし……源さんも喜ぶと思いますよ。カラーは……そうだな、赤とかいいかもしれませんよ。どうですか?」
大成は、赤いデジカメを手に取り、道隆に見せる。
「ああ、いいかもしれないな。源さんは派手な色合いのもののほうが好きだからな」
「道隆ぁ」
サンタに会いに行った澪が、興奮して戻ってきた。
サンタガールがよほど可愛かったらしい。彼女は写メまで撮らせてもらっていた。
源次郎へのクリスマスプレゼントは、大成が勧めてくれたものに決めた。
ラッピングしてもらった商品を手に、ふたりはマンションに戻った。
道隆が、大事なことを忘れていたのに気づいたのは、夕方になってからだった。
しまった!
雑誌に目を通していた道隆は、ハッとして顔を上げた。
澪はキッチンで夕食の準備中だ。
大学のクリスマスパーティーのチケットが手に入れられないか、大成君に聞こうと思っていたのに……
それもあって、ミヤジマ電機に行ったというのに……俺ときたら……
彼の携帯番号は知らないし……困ったな。
もう一度、行くしかないか。
考え込んだ道隆は、ふとひらめいて、パソコンを開いた。
大成の大学を検索し、パーティーの情報が掲載されていないか確認してみる。
おっ、あるな。
クリスマスパーティーの特設ページが設けられていて、チケットの購入方法もアップされている。
確認してみたら、大学近くのコンビニでもチケットを取り扱っていた。
よし。明日、行ってみるとしよう。
売り切れたりしていないといいんだが。
「フカミッチー、どうかしたの?」
顔をしかめていたら、それに気づいた澪が、キッチンから声をかけてきた。
「いや。そろそろお腹が空いたなと思ってね」
道隆は立ち上がり、キッチンに入った。
「もうちょっと待っててね。もうすぐだから」
道隆が選んで買った、ピンクのエプロンをつけた澪を、彼は調理の邪魔にならないように、後ろから軽く抱きしめた。
「道隆……」
「うん」
澪を手に入れられて、こうして一緒に暮らせていることに、胸がいっぱいになる。
来年になったら、それぞれの両親に会いに行こう。
「澪、愛してるよ」
囁きに応じるように、澪は道隆の腕にそっと頬を寄せてくる。
子猫のような澪。
もどかしいほど、愛しさが込み上げる。
「明日は、パーティー用のドレスを買いに行こう」
そう口にした道隆は、澪の顔を覗き込み、約束の証のようにキスをした。
End
この翌日、
道隆はコンビニにて、無事チケットを手に入れます。
ふたりが、大学のクリスマスパーティーに行った話は、
また次の機会に♪
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