|
第10話 それは大袈裟
車に揺られながら、芹菜は運転席の誠志朗をそっと見つめた。
こんな風に、誠志朗さんの車に乗っているなんて……なんだか信じられない。
突然透輝が現れて、河野さんの車で会社に行くことになってしまって……
会社についたら、なんと久野さんが現れるし……
戸惑っている間に、透輝と離れてしまって、カノンのお化粧を施されたのだ。
それで、いま着ているスーツを着るように言われた。
さらには、説明など何もないまま、企画室のドアの前に連れて行かれたのだ。書類の束まで持たされて……
そこでじっと動かないように言われて、自分が何をすればいいのかわからないので、それはもう途方に暮れた。
スタッフがドアが開けたら、目の前に誠志朗の姿があって、あの瞬間は、正直、飛んで逃げたかった。
けど、誠志朗さんときたら、わたしに歩み寄ってきて、持たされていた書類を掴むと、そのまま大胆に投げ捨ててしまうんだもの。
あれにはほんとびっくりした。
室内に紙が舞って……
みんなもびっくりしていたっけ。
「あの、誠志朗さん」
「うん?」
「わたしが持たされていた紙の束って、取り上げてあんな風に投げ捨てるように、指示を受けていたんですか?」
「指示? そんなもの受けてないさ」
「でも……凄く絵になってましたよ」
「絵になってた?」
誠志朗は芹菜が口にしたことを愉快そうに繰り返し、くっくっと笑う。
「あれを投げたのには理由があるんだ?」
「理由?」
そう問いかけたら、誠志朗が「あ」と小さく声を上げ、次に顔を歪めた。
「もしかすると……そうなのか?」
誠志朗は、独り思案するように呟いている。
「誠志朗さん?」
「いや……結局、今回も、久野さんにいいように踊らされたのかもしれない」
「どういうことが?」
「君が来る前に透輝がやって来たんだが……君と同じようにあいつも紙の束を持ってたんだ」
「そうなんですか?」
「部屋に入ってきた透輝は、僕とすれ違いざま、自分が手に持っていた書類の束を、僕の胸に叩きつけて来たんだ」
芹菜は目を丸くした。
その情景は、ちょっと驚きだ。
透輝が、誠志朗さんに対してそんなことをするなんて。
「ほ、ほんとですか?」
「ああ。正直驚かされたしムカツキもした。まあ、指示されたうえでの演技だったようだが」
「そうだったんですか。透輝とは会社についてすぐ、離れ離れになってしまって」
「うん?」
芹菜の言葉に、誠志朗は眉を寄せた。
「君、ここまで透輝と一緒に来たのか?」
「あっ、はい」
「そうだったのか。僕は、君は久野さんの手によって、大学から拉致されてきたものと思っていた」
拉致の言葉に、芹菜は笑った。
確か久野は、そういうことをしてもおかしくない。
「拉致なんてされてません。透輝が、仕事が午後からオフになったから、真帆さんに会いに行きたいって……電話を掛けたらしいんですけど、繋がらなかったみたいなんです」
「ふーん。どれもこれも引っかかるな?」
「引っかかる?」
「ああ、トウキの仕事が急にオフになったのは、偶然じゃないんじゃないのか?」
「あっ、た、確かにそうですよね。もしかすると、すべて久野さんの?」
「たぶん、そうなんじゃないか」
「凄いですね。それって、仕事がオフになれば、透輝は真帆さんに会いに会社に行くって、確信していたってことですよね?」
「まあ、そこでさらに気になるのは……河野さんだな」
「河野さん?」
「うん。彼は毎回、僕ら同様久野さんの被害者だったが……今回に限っては、久野さんの手先になっていたのかもしれない」
「そうなんでしょうか?」
「あれだけ大掛かりに撮影の準備をしていたんだ、万が一にも透輝がやってこないなんてことになったら、すべてが台無しになる」
「確かにそうですね」
芹菜は納得して頷いた。
「そういえば透輝が、わたしを誘ったらどうかって河野さんに提案されて、それでわたしのところにきたんだって言ってました」
「やはりな。ああ、そういえば、僕は一度も河野さんを見ていないな」
「わたしも、会社に到着したあとは見てません」
「河野さん……我々の知らぬところで、久野さんに嵌められているんじゃないだろうな?」
「……ありえますね」
そのあと、しばしふたりして黙り込んでしまう。
「河野さん、大丈夫でしょうか?」
「まあ、心配はいらないだろう。久野さんは無茶はするが、ひとを危険に晒すような真似はしないさ」
「ですよね」
ほっとした芹菜は、明日からのことを考え、口元に笑みを浮かべた。
また、誠志朗さんの職場でバイトをさせてもらえることになるなんて。
ちょっと大変になるだろうけど、彼と会えるのであれば、いくらでも無理をする。
毎日でなくてもいいと言われたけど……できれば、毎日通いたい。
渡瀬のおじ様から、大学まで迎えを寄こしてくれると言われた。
もちろん、申し訳ないから断ったのだが、遠慮は必要ないと言われて、甘えることにした。
ただ、ひとつ気がかりが……
誠志朗さんとの関係、職場のみんなにバレてしまったのよね。
藤沢さんに、増田さんに、大川さん……
「あれっ、そういえば?」
「うん、どうした?」
「成田さんを見なかったなって……」
「ああ、彼女はいまインフルエンザで休んでいるんだ。もうしばらくは出て来られないだろうな」
「そうだったんですか。ああ、だからなおさら仕事が……」
「そういうこと。でも、君が数時間でもバイトに入ってくれれば、イブは残業の必要はなくなると思うよ。君は我が部署の救いの神だ」
「それは大袈裟です。でも、喜んでもらえるのは嬉しいです」
芹菜は胸を膨らませて答えた。
|
|