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第11話 たぶんそう
「さて、このまま夕食を食べに行こうか?」
「それなら、梅木さんのレストランがいいです。ここ最近行っていないから、奈津子さんにお会いしたいし……」
「そうだな。そうしようか」
梅木夫妻の経営するレストランでは、いつものように大歓迎を受けた。
ただ、かなり混んでいたのでふたりとも忙しく、たいして話はできなかった。
美味しいお料理をお腹いっぱいいただいて、ふたりは誠志朗のマンションに戻った。
「何か飲み物を用意しようか? 芹、何がいい?」
「誠志朗さん、疲れてるでしょう? わたしが用意しますよ」
「疲れているように見えるか?」
「はい。目元とか……目も充血してるし……」
「そうか……」
誠志朗は右手を自分の目元に当てる。
やはり、ひどく疲れているようだ。
芹菜は誠志朗の背中に回り、後ろから彼を押してソファに座らせた。
そしてキッチンに入る。
「すまない」
「せっかく早めに帰れたんですから、ゆっくり身体を休めてください」
「ありがとう」
コーヒーを用意し、誠志朗にカップを差し出す。
「はい。どうぞ」
「うん。……あの、芹」
「はい」
「座って」
隣に座るように促され、おずおずと腰かける。
ふたりきりで身体を接近させるとなると、どうにも恥ずかしい気持ちになる。
誠志朗の身体を意識して顔を赤らめていたら、手を取られた。
そっと握りしめられて、心臓がドクンドクンと大きく波打つ。
「イブの夜は……僕と一緒に過ごしてくれるね?」
その申し出に、胸がいっぱいになる。
「はい」
「レストランの予約は、いまからでは無理かもしれない。そうなったら僕のマンションで過ごすことになるけど……それでもいいかい?」
「もちろん……あっ」
「芹、どうした?」
「い、いえ……久野さんからの預かり物があったことを思い出して」
芹菜は、スーツのポケットから封書を取り出しながら誠志朗に伝える。
「久野さんから?」
「はい。これです」
誠志朗に差し出す。
「それは君が受け取ったものだろう?」
「誠志朗さんと一緒に開けるといいって言われました」
「一緒に?」
「はい」
頷くと、誠志朗は眉をひそめつつ、受け取った封書を開封した。
「『愛の館』ディナー招待券」
誠志朗が中身を取り出して読み上げる。芹菜は驚いた。
「えっ? 『愛の館』って……あそこですよね?」
「うん。三月だったか……透輝に誘われて令嬢と四人で行ったあのレストランだな。君がもう一度行きたいって言っていたけど、なかなか予約が取れずにいたんだが……」
あのときの透輝も、やっと予約が取れたんだって言ってたっけ。
「それで、いつなんですか?」
「イブだ」
「ええっ、イブ!」
つまり、このディナー招待券は、物凄く価値のあるものってことになる。
「あ、あの……誠志朗さん、イブに連れていってくれるんですか?」
「せっかくだしな……君、行きたいだろう?」
「は、はい、そはれもう。わあっ、凄く楽しみです」
そう言った芹菜の脳裏に、由香里から聞いた大学のパーティが浮かんだ。
あっちも行ってみたくはあったけど……
こちらのディナーの方がいいかな。
「芹」
「はい」
「もう一枚、招待状が入ってる」
芹菜は眉をひそめた。
なんだか嫌な予感がするんだけど……
「そちらはなんの招待状なんですか?」
恐る恐る聞いてしまう。
「ファッションショーだ。今年もイブに、久野更紗のファッションショーを行うんだそうだ」
思わず瞳をキラキラさせてしまう。
去年のパーティはそれはもう素敵だった。
もちろん、後半は、とんでもない目に遭ったんだけど……
「僕らにもぜひ来てほしいそうだ。もうサプライズは絶対にないから安心して来てほしいと更紗さんが書いてる。去年のお詫びということのようだな」
「安心していいんでしょうか?」
「正直わからないな。けど、もちろん行くだろう? たぶん、令嬢と透輝も招待されているんだろうし」
「きっとそうですね」
楽しみが増え、わくわくしてしまう。
「それに、君のためにディナー用のドレスも、更紗さんがデザインしてくれるそうだ」
芹菜は驚いて目を見開いてしまう。
「至れり尽くせりですね」
「いささか不安は残るが……それもまた人生の味わいとして楽しむとしようか?」
「はい」
微笑んで頷いたら、誠志朗の唇が頬に触れた。
「今年のイブはもう諦めていたのにな。……やはり僕らは、久野さんに感謝するべきなのか?」
「たぶんそうです」
真面目に答えたら、誠志朗が噴き出し、芹菜の両頬を両手で包み込む。
「愛してるよ、芹」
言葉のあと、包み込むように抱き締められた。
「誠志朗さん、わたしも……」
言葉の続きを口にする代わりに、芹菜は誠志朗の身体を、ぎゅっと抱き締めたのだった。
End
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