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第2話 不審者?のお出迎え
校舎を出たところで、由香里のバッグからバイブ音が鳴り出した。
由香里はすぐに携帯を取り出して、開いてみる。
芹菜は携帯をサイレントにしていたことを思い出して、自分も携帯を取り出した。
「ふーん。パーティか」
由香里が呟く。
芹菜は顔を上げて彼女に視線を向けた。
「高校の同級生からなんだけど……大学で大がかりなパーティやるんだって。パーティ券を買ってくれないかだって」
「大学でクリスマスパーティをやるの?」
「『絶対に後悔させないから、是非!』だって。まったく柏井さんらしいな」
由香里はくすくす笑いながら、さらにメールを読んでいる。
「友達をいっぱい誘ってくれだって。参加費、そんなに安くないのに、無理だって!……あっ」
なにやら、由香里は急に声を張り上げた。
「詩歩も参加するって」
「そうなの?」
つまり、そのパーティに行けば、詩歩さんと会えるのね。
「そのパーティって、いつなの?」
行くつもりはなかったけれと゜、一応聞いてみることにする。
「イブ」
「あ、ああ、そうなの」
なんだ、それじゃ無理……かな?
そう考えた自分に芹菜は笑った。
だいたい、社会人の誠志朗さんは、大学のパーティになんて参加したがらないだろう。
「それで、詩歩さんが参加するなら、山ちゃんも参加するの?」
「その気はないな。だいたい詩歩の大学でもないし……ああ、でも……行く価値はあるかなぁ」
「えっ?」
由香里は急ににやにやし始めた。
「いやね。詩歩の彼氏の保科っていうのがね、普段超クールなんだけど……これが、詩歩が絡むと面白いのよ」
「そうなの」
なんとなくの相槌を打つ。
芹菜としては、どちらとも面識がないので、ぴんと来ない。
それでも、由香里が舌なめずりをしてにやついているものだから、そのぶん興味を引かれてしまう。
「山ちゃん、何かするつもりなの?」
「おっ。芹菜、聡いねぇ」
その返事に、ちょっと驚く。
「ほんとにするつもりなの?」
「ふふっ、その気になってはいるよ」
「まだ何をするかは決めてないけど?」
「そういうこと。こりゃあ、美都も誘わなきゃ」
そうか。美都さんも誘うのね。
そうなると、その大学のパーティに行きさえすれば、いつも話を聞いている、ふたりと会えるわけだ。
なんだか行きたくなってきてしまった。
誠志朗さんが仕事で会えないのなら、いっそそのパーティに山ちゃんと一緒に参加してみてもいいかも。
そういえば、去年はイブの日に、ほんと色々あったのよね。
芹菜は、昨年のとんでもないイブの日の記憶を蘇えらせる。
久野監督の仕掛けた罠に、まんまと嵌ってしまって……
あの出来事は今思い返しても、現実味が薄い。
あのあと、あの騒ぎはCM映像として流された。もちろん、その後も久野の策に嵌り続けている。
結局、カノンはいまだ健在だ。
だが、芹菜がカノンではないかという疑いは、以前受けたインタビュー以降消え去った。
おかげで、いまは騒ぎに巻き込まれる不安もなく、大学に通えている。
「芹菜」
急に由香里が呼びかけてきた。
なにやら警告するような声の響きで驚いたが、さっと手を伸ばしてきて歩みを止められた。
「ど、どうしたの?」
「なんか、不審者がいる」
「ふ、不審者?」
「ほら、十五メートルくらい先の、左側の木の後ろ……」
立ち止まって由香里の言う方向に視線を向けて、目を見開く。
確かに、帽子を目深にかぶった人物が、身を隠すようにしてこちらを見ている。
「あの不審者、どうみても、わたしたちのほうを見てるよね?」
由香里が胡散臭そうに言う。
不審者は全身黒づくめだ。
大きなダウンジャケットを羽織り、毛糸の帽子に大きなサングラス……さらに、完全に顔が隠れるようなマスクを装着している。
そこに来て、芹菜はハッとした。
あ、あれは……たぶんトウキなんじゃ?
そう気づいてよくよく見れば、これはもうトウキ以外ではあり得ない。
うわーっ、なんでこんなところにいるの?
狼狽えた芹菜は、思わず由香里を振り返った。
そんな芹菜を見て、由香里が眉をひそめる。
「芹菜、どうしたの? まさか、あの不審者っぽい人物のことを知っているとか?」
その通りだ。
芹菜は肯定して頷いた。
「えーっ、いったい誰なの?」
問われて、困る。
トウキと由香里を引き会わせてしまって、いいものだろうか?
やっぱり、まずいよね。
「あっ、わかった」
由香里が何を思いついたのか、声を上げる。
「あのひと、芹菜の彼氏なんでしょう?」
「あっ、ちっ、違う、違う!」
そこは激しく否定しておく。
「違うの? でも、知ってる人だったんでしょう? ああっ、まさかストーカーとか?」
うわーっ、トウキがストーカー扱いされちゃった。
どうにも笑いが込み上げてしまう。
「不審者でもストーカーでもないから。わたしに用事があってきたんだと思う。あの、山ちゃん……それじゃ、これでね」
由香里に手を振った芹菜は、依然、木の幹に姿を隠しつつ、こちらをちらちらと窺っている人物に駆け寄っていったのだった。
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