クリスマス番外編
第3話 困った状況



芹菜が近づくと、トウキはゆっくりと幹の後ろから出てきた。

「いったいどうしたの?」

「久しぶりのオフなんだ。午後からなんだけど……」

マスクの下から、くぐもった声が聞こえる。

「そうなの」

それにしたって、トウキがこんなところに来るなんて、びっくりだ。

「真帆さんは……」

そう口にしたところで、そうかと思いつく。

「仕事なのよね?」

「ああ。それで……」

そこまで言って、トウキは急に口を噤んだ。

彼の視線は芹菜の後方に向いている。

振り返ってみたら、やはり由香里だった。

「ごめん。やっぱり気になって……怪しいひとじゃないですね?」

由香里は、トウキに向かって真面目に問う。

半分冗談なんだろうけど、トウキは真面目に受け取ったようだ。

「こんな格好してるけど、知り合いだから……それより、君は?」

そう問いかけた透輝は、由香里から答えを聞く前に、芹菜に責めるような目を向けてくる。

「芹菜」

その声の響きで、ピンと来た。

たぶんトウキは、由香里のことを男性と勘違いしているんだろう。

「彼女は女の子だから」

「えっ?」

トウキが大袈裟なほど驚きの声を上げる。

芹菜は思わず「透輝」とたしなめるように呼びかけたが、ハッとして口を押さえた。

彼の名を口にしないほうがいいのに……わたしときたら……

「『とうき』さんとおっしゃるんですか? 『とうき』って珍しい苗字ですね。どんな漢字を当てるんですか?」

「……」

由香里の勘違いの問いに、透輝は黙り込む。

なんと返事をしたものか、悩んでいるようだ。

ここは、芹菜がなんとかすべきだろう。

「あ、あのね……こ、このひとは……わたしの……」

透輝のことをどんな風に説明しようかと考えながら口にしていたのだが、結局思いつけず、芹菜は言葉を止めてしまった。

ま、まずい……

従兄弟ってことにする?

いやいや、由香里に嘘をついて誤魔化すようなことはしたくない。

そうよ。考えたら、事実をそのまま言えばいいんだわ……知り合いの彼氏なんだって……

「やっぱり、実はこのひとが彼氏?」

冗談めかして由香里が言う。

そうなんだろうと思ったわけではなく、ふざけての言葉のようだ。

「ううん、違うわ」

芹菜は否定して首を振った。

「彼は、わたしととっても親しい知り合いの婚約者なの」

「知り合いの婚約者さん? ……そうなんですか?」

なぜか、いまいち腑に落ちない顔で、由香里は透輝に問う。

「……そうだけど」

透輝は用心してか、ぼそぼそと口にする。

「サングラスにマスクに帽子まで……まるで芸能人が正体を隠そうとしているみたいですよ。どんな理由があって、そんな風に完全防御してるんですか?」

「決まってるだろ。寒いからさ」

痛いところを突かれたからか、透輝はむっとしたように答えた。

声で彼の正体がバレるんじゃないかと、芹菜はヒヤヒヤしてしまう。

「確かにね。でも、そんな格好してたら不審者みたいですよ。せめてサングラスは取ったらどうですか? 目は寒くないと思うし」

わおっ!

由香里ときたら、鋭い突っ込み。

い、いや、感心してる場合じゃなかった。

「君は、芹菜と仲が良いの?」

透輝は由香里の突っ込みをスルーし、そんな問いを向ける。

「この大学で仲良くなったんです。大学内では一番仲良いと思いますよ。ねっ、芹菜」

「え、ええ」

肯定して頷いたら、由香里が耳元に顔を寄せてきた。

「芹菜、このひと、ほんとに大丈夫なんだね?」

透輝に聞こえないように、声を潜めて言う。

「ええ、もちろん大丈夫よ」

芹菜はくすくす笑いながら答えた。

そんな芹菜の態度を見て、由香里は安堵の色を浮かべる。

「わかった。それなら、安心して帰るとするよ」

その言葉に、芹菜は目を瞠った。

そうか。由香里はそのまま帰るのが、心配だったんだ。

こんなに気にかけてくれるなんてと、嬉しくなる。

目元を緩めて頷いたら、由香里は透輝に向いて軽く頭を下げた。

「疑ってすみませんでした」

「いや……僕こそ」

透輝は躊躇いを見せつつ、サングラスに手をかける。

「透輝?」

サングラスを外すつもりだとわかり、芹菜は思わず、透輝の行動を阻もうと彼の腕を押さえていた。

「あのさぁ」

由香里が話しかけてきて、芹菜と透輝は一緒に彼女を振り返った。

「な、何?」

「ほら、トウキって名前の俳優がいるじゃない?」

その言葉に、芹菜と透輝はそろってビクリとする。

「な、何、その反応? まさか、ほんとに俳優のトウキだったり?」

そう言ったものの、由香里はくすくす笑い出した。

どうやら、人気俳優がこんなところに現れるわけがないと、思ってくれているようだ。

よかった。この様子ならば、最後まで隠し通せそうだ。

「そ、それじゃ……山ちゃん。わたしたち行くね」

早く別れたほうがいいと思い、芹菜は由香里に声をかけた。

「うーん。なんか、芹菜おかしいよね?」

疑いの眼差しを向けられ、頬がヒクヒクする。

「な、何も、おかしくは?」

「ほら、動揺があからさま」

確かに、動揺しちゃってる。

もおっ、わたしってば、平然としてないから。

この状況を、いったいどうすればいいのだろうかと、芹菜は頭を抱えたのだった。





   
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