クリスマス番外編
第5話 ふてくされてため息



パソコンのキーを叩き続けていた誠志朗は、キリのいいところまで作業を終えられ、ようやく手を止めた。

はあっ、やれやれ……

首のあたりに強烈な凝りを感じて、誠志朗は首の後ろに手を当てた。

どうにも疲れがたまってしまっている。

師走に入ったところなのだが、この時期は、とにかく仕事が立て込む。

いくら仕事を処理しても、やらなければならないことが次から次に湧いて出てくるのだ。

さらに忙しいときに限って、面倒な問題が発生したりする。

おかげで朝は1時間早く出社し、長時間の残業も当たり前となっていた。

もちろん土曜日も出勤している。

部下たちも頑張ってくれているのだが……

やはり、あとひとりくらい人材が欲しいところだ。

四月に新入社員がひとり入ってきたのだが、なんとひと月経たぬうちに辞めてしまったのだ。

仕事についていけないという理由で……

正直、唖然とした。

新米なのだから、ついてこれなくて当然。

失敗して、叱られて、それで育っていくものなのに……

それでいくと、芹菜は高校生でありながら本当によくやってくれていた。

失敗することもあったが、めげずに立ち直って……

いま、芹菜は大学生だ。そして、夏休みにはここでバイトをしてくれた。

そのときの芹菜のことを思い出し、思わず口元が緩んでしまいそうになり、誠志朗は慌てて表情を取り繕った。

目端の利く藤沢に気づかれては困る。

誠志朗は、思わず藤沢に視線をやった。

そのタイミングで、ふっと藤沢が顔を上げ、誠志朗と目が合う。

一瞬狼狽えたが、真顔を保つ。

「何かありましたか?」

「急ぎで頼んだ仕事、今日中に終わりそうか?」

誠志朗は藤沢の問いかけにたいして、ナチュラルに仕事の進みを確認する。

「うーん……まあ、残業込みでなら、なんとか」

「あーあ、こうも残業続きじゃ、新年を迎える前に倒れちまうぜ」

そう思いっ切り愚痴ったのは益田だ。

「みっともないわね、益田。グチグチ言うんじゃないの」

真帆は仕事の手を止めず、益田に向かって蔑むように言う。

いつものことなのだが、益田は頬をヒクヒクさせて真帆を見る。

「そうですよぉ。愚痴ったって、仕事は終わらないんですから、やるしかないですよ」

この部署で一番若い大川は、益田にそう言うと、真帆に顔を向けた。そして、「ねぇ、渡瀬先輩」と、真帆に愛想を振り撒く。

まったく大川きたら、きつい性格の真帆が怖いものだから、ご機嫌取りばかりしているんだからな。同じ男として、イライラする。

しかし、ここに天真爛漫過ぎる成田がいたら、さらに盛り上がったことだろう。が、その成田はなんと、三日前からインフルエンザでダウンしている。

もちろん、成田には完治するまで決して出社して来るなと命じた。

他の者達までも、インフルエンザでバタバタ倒れたりしたら、もうどうしようもなくなる。

まあ、そんなわけで、成田が抜けた分、さらに仕事は滞っているわけだった。

このままでは、芹菜とイブの夜を過ごせなくなってしまう。

忙殺されているこの状況のために、どんなに誘いたくても芹菜をイブに誘えないでいるのだ。

レストランでディナーなんてのも、すでに夢の夢だ。

いまからでは、予約など、どうしたって取れないだろう。

そうなると、あとは自分のマンションで一緒に過ごすか。

芹菜の両親から、外泊の許可はもらえると思うのだが……

まかり間違うと、楠木家のパーティに誠志朗が招待されてしまうかもしれない。

それはそれで楽しいだろうが、やはりイブの夜はふたりきりで過ごしたかった。

今週は、いっそ日曜日も出た方がいいだろうか?

日曜日は、芹菜と一緒に渡瀬家のクリスマスパーティに招待されているのだが……

パーティの開始は午後六時ということだし、それまで仕事をするか。

パーティの時間まで芹菜とデートするはずだったが、こちらはもう諦めるしかないな。

「宮島主任、どうぞ」

すっとコーヒーカップが差し出された。杉林だ。

まだ二時を回ったばかりで休憩時間ではないのだが、誠志朗がひどく疲れているのを見て、気を回してコーヒーを淹れてきてくれたのだろう。

「ありがとう」

コーヒーのいい香りがふっと気持ちを和らげてくれる。

「ああ、そうだ。杉林君」

「はい。なんでしょうか、主任」

「イブとクリスマスの日、君は残業などしなくていいからな」

「えっ? で、でも……そんなわけには」

「子どもが待っているんだ。残業なんてしていられないだろう?」

そう言うと、杉林は困った顔をしながらも微笑んで頷く。

「主任、主任」

益田が騒がしく話に割って入ってきた。

こいつが言おうとしていることは、聞かなくてもわかる。

「駄目に決まってるだろ!」

益田に向けて、キッパリと宣言してやる。

「へっ? ちょっと、宮島主任。俺、まだ何も言ってませんよ」

「お前は残業だ。何があってもだ」

「ええーっ。俺、クリスマスイブのパーティに行く予定なんですって。会費制で、もう五千円払っちまってて……」

「断ればいい」

「それが断れないんですよ。払い戻しはしてくれないことになってて」

「それは残念だったな」

「い、いや……宮島主任、それで終わらせないでくださいよ。俺のなけなしの五千円、パーになっちまうんですよ」

「パーティに行ける状況でないことは、お前もわかりきっていたはずだ」

「ほんと、益田は馬鹿よね」

蔑むように真帆が言う。

益田はむっとして真帆を睨むが、彼女は気にも留めていない。

普段は気に障る高飛車な真帆の態度だが、それが益田相手であれば、誠志朗も笑えるばかりだ。

「とにかく、いまは目の前の仕事を、各自処理するとしよう。いいな、益田」

「ふあーい」

益田はふぬけた返事をする。

誠志朗を見る目は、いじけた子どものようだ。

この男がいじけてみせても、かわいげはない。

「イブに残業しなくてすむ可能性がほしければ、仕事をしろ」

誠志朗の指示に、益田はふてくされたようにため息をつき、「わかりましたぁ」とぶちぶち答え、仕事に取りかかった。

誠志朗は残っているコーヒーを飲み干し、自分もすぐに仕事に戻った。

正直、誠志朗だって、ふてくされてため息をつきたい気分だ。





   
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