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第7話 喜びはじわじわと
「あの、透輝」
「大学の……」
ふたり同時に話を切り出してしまい、ふたりは互いに口を噤んだ。
ふたりして相手に譲るような眼差しを向け合う。
透輝が話を切り出さないので、「真帆さんの……」と話し出したら、透輝もまた同時に「大学の……」と口にする。
ふたりして相手を見つめ、噴き出してしまう。
「俺たち気が合うな」
「ええ」
くすくす笑いながら頷いたら、透輝が「お先にどうぞ」と譲ってきた。
「わたしの話は、その……真帆さんのところに、これから行くつもりなの?」
「うん。芹菜、君も一緒に行ってくれるだろ? ほら、宮島さんもいるんだし」
期待するように見つめられるが、すぐには頷けない。
誠志朗に会えるのは嬉しいのだが、会いに行っていいのだろうか?
だいたいいまは、誠志朗も真帆も勤務中なのだ。
「けど、仕事中だから無理なんじゃないかしら。いま凄く忙しいみたいだし……あの、ところで真帆さんは、あなたがオフなのに……仕事を取ったの?」
ちょっと信じがたく、透輝に問いかけてしまう。
いまの真帆は、とても真面目に仕事を頑張っているが、それでも滅多に休みのない透輝がオフとなれば、何があろうとも仕事より彼を取ると思うのだが……
「連絡取ってない……いや、取れてないんだ」
「そうなの?」
「うん。何度携帯に電話をかけても繋がらなくてさ。メールもしたんだけど……そしたら、河野が、君を誘って行けばいいんじゃないかって言うもんだから、こっちに来たってわけ」
河野さんか……
なんとなく、いろんなことが腑に落ちた。
河野が絡んでいるのなら、透輝がこの時間、ここで芹菜を待っていたのも納得できる。
芹菜の予定や行動範囲を、河野はかなり把握しているようなのだ。
それでもいまは、彼女がカノンとして騒がれていた時ほどではないと思うのだが……
あの頃は、ずいぶんと河野さんにお世話になってしまったっけ。
透輝と同じ事務所のタレントの卵、室井南都を護衛につけてくれたり……
突然、奈都が現れた時は、とんでもなく驚かされたけど。
「一緒に行ってくれるだろ?」
「うーん」
「芹菜?」
迷って考え込んだら、そんな芹菜を見て透輝が顔をしかめる。
「駄目なのかい?」
そんな縋る様な目で見つめられると、断りづらいんですけど……
だって、透輝が真帆さんを連れ出したりしたら、誠志朗さんが困ることになるんじゃないかしら?
ただでさえ仕事に追いまくられているのに……
真帆さんの分まで仕事をして、誠志朗さんが過労で倒れたりしたら……
それでも、久しぶりのオフだというのに、透輝と真帆が一緒に過ごせないのは可哀想だ。
わたしが真帆さんの代わりに仕事をするっていうのは駄目かしら?
「芹菜」
考え込んでいたら、性急な声とともに手首を掴まれ、芹菜は驚いて顔を上げた。
「どう……」
呼び掛ける前に、透輝が走り出す。手を引っ張られ、芹菜も走ってついていく。
「ど、どうしたの?」
「かなり離れたところからだけど……数人こっちをチラチラ見てたから……」
「えっ?」
そういえば、透輝はマスクとサングラスを外したままだった。
彼は走りながら、サングラスをかけている。
「大丈夫かしら? バレてはいない?」
「たぶんね。けど……あの雰囲気だと、似てるとは思ったかもしれない。君のことを知っている子たちでなければいいけどな」
「そんなことは心配しなくていいわ。もし何か聞かれたら、適当に誤魔化すから。けど、こんなところに本物の藤城トウキが現れるなんて、誰も本気では思わないわよ」
「ならいいけど」
走りながら会話していたら、透輝は停車しているワンボックスカーに向かって行く。
運転席のドアが開き、河野が姿を見せた。
「無事、見つけられたんですね」
「ああ。教えられた場所で待ってたら、すぐにやってきてくれたよ」
「誰にも正体はバレなかったんですね?」
「もちろん。そんなヘマはしないさ」
「ふむ」
透輝は自信満々に答えたが、河野は危ぶんでいるかのような目をしている。
「河野は、自分が君を迎えに行くと言って聞かなかったんだ」
まあ、それはそうだろう。
大学のキャンパス内で、透輝の正体がバレたら大騒ぎになってしまう。
「ほら、芹菜乗って」
透輝は芹菜に乗り込むように背中を押してくる。
「あの、でも……河野さん、これから真帆さんの会社に行くつもりなんですか?」
「そういうことになっていますね」
そう答えながら、河野は運転席に乗り込む。
迷っている暇もなく、芹菜は車に乗り、透輝の隣に座り込んだ。
「さて、ではどうしましょうか?」
河野は車を発進させ、透輝と芹菜に向かって質問を向けてきた。
だが、答えを聞かずに、言葉を続ける。
「まずは会社に行く。そして、芹菜さんに、真帆さんを呼び出してもらう」
「ああ、それでいい」
「ですが、真帆さんはいま仕事中なんですよ。呼び出すまではいいとして、そのまま連れ出すのはよろしくないんじゃありませんか?」
「もう三時になる。あと二時間くらいじゃないか。連れ出したって……」
「でも、真帆さんは、いま仕事が忙しいので、毎日残業してるのよ。透輝も、そのこと、真帆さんから聞いてるんじゃないの?」
「それは……でも、今日一日だけなんだしさ」
「真帆さんを強引に連れ去ったりしたら、当然渡瀬社長の耳に入りますよ。透輝、貴方の株は、また下がるんじゃありませんか?」
河野から淡々と諭され、透輝が顔を歪める。
「俺の株なんて、すでに暴落してるさ……」
「ならば、少しは株を上げる努力をしたらどうです?」
「そんな簡単にあげられるものならやってるさ。あの親父は俺を毛嫌いしてるんだ」
「私に言わせれば、透輝、貴方はまったく努力をしていない。もっと賢く立ち回ってはどうです?」
前方を見つめて運転を続けている河野から説教され、透輝は仏頂面になる。
「なら、どうやればいいっていうのさ?」
「今回はまず、渡瀬社長から攻めることをお勧めしますが」
「真帆の親父さんを攻めるって……河野、どういうこと?」
「真帆さんを勝手に連れ出すのではなく、渡瀬社長に頼むんですよ」
「頼みに応じるわけないさ」
「いえ……こちらには渡瀬社長が娘同様に可愛がっておられる芹菜さんがいます」
「わたし?」
「ええ。芹菜さんの力添えがあれば、きっとうまくいきますよ」
河野は自信ありげに言うが……
「透輝と真帆さんのために、ひと肌脱いでくださいますよね、芹菜さん?」
そう言われては、さすがに断われない。
「ま、まあ……はい」
渡瀬のおじ様にお願いするだけならいいかな。
けど、誠志朗さんになんて言おう?
困った芹菜だが、胸の中がじわじわと喜びに彩られていく。
会えるかな?
誠志朗さんに……
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