クリスマス番外編
第8話 またしても



デスクの電話が鳴り、仕事に集中していた誠志朗は無意識に受話器を取り上げた。

「はい」

「宮島主任」

この声は人事部長だ。

ずいぶんと声を張り上げ、なにやら浮き足立っているような感じが伝わってくる。

「はい、何か?」

誠志朗は相手の反応を訝しく思いつつ、問い返した。

「朗報だよ」

朗報?

そう思ったところで、相手の声のトーンが急に変わった。

「あ、ああ、はいはい」

電話の向こう側で、誰かとやりとりをしているようだ。

それにしても、ずいぶんとへりくだった対応をしている。

つまり相手は、部長よりも地位の高い人物ということになる。

この社でいえば、常務、専務、社長クラス……

「実はね、急なことなんだが、君の部署にバイトが入ることになったんだ」

バイトが?

あまりに唐突で、さすがに驚いた。

それでも、いまはとにかく戦力が少しでも欲しいところ。

バイトが入るのであれば、ありがたい。

しかし……バイトというのは、まさか芹菜なのか?

社長が手回ししてくれたんだろうか?

それとも、真帆が?

誠志朗は思わず真帆を見る。

彼女は仕事に集中しているようだ。

もしかすると、わざと集中している振りをしているとか?

真帆に声をかけてみようか迷っていると、受話器から「宮島君」と声がした。

「はい」

「どうしたんだ? 嬉しくないのか?」

「いえ。もちろん、ありがたいですよ。それで、バイトをしてくれるというのは……?」

「もうそろそろ、そっちに向かうはずだ」

向かうはず?

向かっている。ではなく、向かうはず?

人事部長の言葉の表現に、誠志朗は眉をひそめた。

見ると、部下全員が彼を見つめている。

バイトという言葉を耳に入れたからだろう、全員、期待するような目をしている。

そして真帆は……

「バイト? それって、まさか芹ちゃん?」

自然な驚きの反応を見せる。

どうやら、真帆は関係ないようだ。

となると、芹菜である確率は弱まるか……

いったい誰がやって来るのか気になり、誠志朗は自分の部署のブースから出て、ドアに足を向けた。

「あっ、宮島主任」

隣のブースの主任が焦ったように声をかけてきて、誠志朗は足を止めて振り返った。

「なんでしょうか?」

「ええっと……そのぉ……」

「ああ、ちょっと宮島君」

呼び掛けてきておきながら口ごもる相手を訝しく見ていると、今度は大原室長が呼びかけてきた。

「はい」

「ああ、僕はいいよ。室長のほうに行ってくれて……」

なぜか安堵したように言う。

誠志朗は首を傾げつつも、ドアとは反対側の室長の机に足を向けた。

ここに向かっているというバイトのことは気になるが、上司に呼ばれては仕方がない。

室長に歩み寄りながらも、ドアが気になって一度振り返った誠志朗は、ひどい違和感を覚えた。

部屋が静かすぎるのだ。

眉をひそめ、さっと周りに視線を飛ばしたら、その瞬間、静寂が消え去り、一気に騒がしくなった。

なんだ?

確実に何かがおかしい。それはわかった。

だが、理由がわからない。

見ると、誠志朗の部下だけが、この状況に戸惑っている様子だ。みんな立ち上がり、顔を突き合わせて話をしている。

そのとき、コンコンという大きな音がした。

企画室のドアを誰かが叩いたのだ。そして、再び静寂が広がった。

眉を寄せていたら、ドアが大きく開けられた。

そこに現れた人物に、誠志朗は呆気に取られた。

ビジネスマンらしく、きっちりと決めた髪型。さらにインテリ風の眼鏡をかけたスーツ姿の男。

透輝じゃないか!

なぜ、こいつがここに現れるんだ?

しかも、そんな格好をして……

まさか、こいつがバイト?

いや、そんなことあるわけがない。

ならば、これはどういうことなんだ?

ひと呼吸する間に、それだけ考えた誠志朗は、もう一度職場の中を見回した。

そしてやっと納得できる結論に至った。

馴染みの社員は消えてしまい、見たことのない者たちがいる。

さらに撮影用のカメラを抱えた者が数名。

久野監督の顔が浮かび、誠志朗は苛立ちともに歯を軋らせた。

くそっ!

またしても、してやられたということか?





   
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